「都市級が港町を襲撃するようです」part4
九三、管理人だよ
お前らの野望は
このおれが
打ち砕いてみせる
九四、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
子狸「子供たちが泣いている」
だからそのための作戦会議だというのに
じっとしていられない子狸さん
なにかに招かれるように
ふらふらと窓のほうに行こうとするポンポコを
妖精「幼児か」
すっと片腕を突き出した羽のひとが
念動力で捕獲する
子狸「がっ……!」
子狸の退魔性はひととしてどうかと思うほど低いから
多少は無茶なイメージも通るのだ
巨人の手で鷲掴みにされたかのように
不自然な姿勢で拘束された子狸さん
ふわりと宙に持ち上げられて
妖精「ひとの話を。聞けと。言っている」
周囲を取り囲んだ光弾で
一撃、二撃としたたかに打ちつけられる
子狸「おふっ。おふっ」
妖精「おれは彼女ほど甘くはないぞ」
子狸「っ……この程度で勝った気に……! アイリン!」
子狸の治癒魔法が束縛を焼き払う
自慢の念動力を打ち破られて
羽のひとは不快をあらわにした
妖精「小癪な真似を……」
だが、いっときは念動力を払えても
完全に克服はできない
ちらりと窓を一瞥した子狸は
すぐに視線を羽のひとに転じた
羽のひとの視界を逃れようと
重心を落とし、すり足で右へ右へと回り込もうとする
子狸の行動は予測できない
接近を嫌った羽のひとも
同様に宙を踏んで彼我の距離を一定に保とうとする
自然と両者は
勇者さんを中心に周回運動をはじめた
勇者「……話を続けても?」
妖精&子狸「あ、はい」
ぐるぐると回り続けるこいつとあいつにも
勇者さんは自分のペースを崩さない
九五、かまくら在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中
勇者一行が会議を再開した頃
騎士たちは後退を余儀なくされていた
チェンジリング☆ハイパーの利点は速度だ
レベル3以下の魔物に対しては
ほぼ確実に先手を取れる
後手に回ったとしても
瞬時に追い抜き対処できる
その優位性が逆転していた
詠唱破棄の開放レベルは4
人間が扱える範囲の魔法とはケタが違う
チェンジリング☆ハイパーを封じられた騎士たちは
個別に対応するしかない
しかしチェンジリングを修めた騎士たちの魔法は
ワンパターンで見切りやすい
庭園「顔色が良くないな。先ほどの威勢はどうした。お前たちは、この国を守る兵士なのだろう? まるで子供の遣いではないか。子供の遣いだ」
遮光性の力場を手前に置かれただけで
騎士たちの魔法は着弾点を見失って機能しなくなる
目の前の闇を振り払おうとする前に
子狸バスターは次の手を打てる
その気になれば、呼吸ひとつで百でも二百でも魔法を叩きこめる
まばたきさえ命懸けの……
レベル4が君臨した戦場とは、そうした性質のものだ
庭園「意地を見せてみろ。抗ってみせろ。それとも、やはり……勇者がいなくてはだめなのか?」
執拗に挑発を繰り返すバスターに
騎士たちは無言を貫くことすら許されない
騎士H「遊ばれて……くそぉ! つの付き!」
騎士I「かつて勇者に敗れた貴様が……人間をあなどるのか!?」
いつ魔☆力が飛んでくるかわからないから
チェンジリングの備えは必要不可欠なものだった
具体的な検証はしたことがないが……
おそらくチェンジリング可能な言葉には時間的な制約がある
一分前か? 二分前か?
個人によって異なるだろうし
その日の体調、状況にも左右されるはずだ
負傷は逆算能力で癒せても
集中力には限りがある
だから騎士たちは負けるべくして負ける
黙りたくても黙れない騎士たちに
かぶとの奥で庭園のの表情が好色に歪んだ……
九六、空中庭園在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中
勝手におれを変態認定するな
違うよ。ぜんぜんそんなんじゃない
三勇士の例もある
チェンジリング☆ハイパーに先があるというなら
いまのうちに見ておきたい
九七、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん
それは……
実在すると仮定しても
この局面で使うとは思えんが
九八、空中庭園在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中
それこそ、おれたちの考え方だな
人間は死ぬ
恐怖に打ち勝てる人間は少ない
縄張りを侵されてるんだ
逃げ場はない
レベル4に対抗しうる技術があるなら使うさ
それとも、あるいは使えない理由でもあるのか……
九九、かまくら在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中
子供たちの善悪観は単純だ
後退を続ける騎士たちに
魔☆力の支配を免れた子供たちの声援が飛ぶ
子供A「がんばれ!」
子供B「負けないで!」
そのたびに騎士たちの悲壮感が増すかのようだ
騎士を目指す人間なら
誰だって勇者に憧れる
ここにいるのは、勇者になれなかった大人たちだ
歴史上、都市級の魔物を撃退できたのは勇者しかいない
苦しまぎれに撃ち放った圧縮弾さえ
じゅうぶんな余裕をもって展開された盾魔法に一蹴される
魔軍☆元帥は止まらない。止められない
とうとう騎士たちは港町の中央広場に追いつめられた
舟着き場は例外として
街の出入り口は街門の一ヶ所しかない
必然的に街の中心部では四方から馬車が行き交うから
広いスペースが設けられている
見晴らしの良い地点まで進むと
勇者一行が泊まっている宿屋が見えた
身体の向きを調整した子狸バスターが
次の瞬間
どこからともなく飛んできた光槍に
胴体を貫かれた
庭園「なに……?」
光槍が飛んできた方向を見るバスターに
今度はべつの方向から飛んできた光槍が
かぶとを貫く
一00、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん
狙撃だな
二個小隊はおとりで
分割した一個小隊が別地点から時間差で撃った
使い古された手だが
それが有効であることは歴史が証明してる
帝国と違って
王国は肥沃な大地と気候に恵まれてる
一年を通して雪が降ることはまれだから
屋上がある家が多い
いちばん怖いのは台風の被害で
三階建て以上の家屋はめったにない
屋上で腹ばいになっている狙撃班の
喜びの声を中継します
騎士L「ヒット。体勢維持。次撃……(撃)てっ!」
指揮をとっている騎士Lが見ているのは
発光魔法で空間に投影した拡大映像だ
ほとんど間を置かずに二方向から連射された光槍が
遠目に見える黒鉄の騎士を景気よく串刺しにする
身体の至るところから光槍を生やしたそれと
距離を隔てて目が合った
騎士L「! やめっ! 移動するぞ!」
一0一、かまくら在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中
まったく痛痒を覚えていない様子の魔軍☆元帥に
騎士たちはひるまない
この機を逃すようなら騎士失格だ
子狸バスターの注意が逸れた
いまが最後のチャンスだった
騎士C「ゴル!」D「タク!」B「ロッド!」K「ブラウド!」G「グノ!」
固く凝縮された幾つもの炎弾が
灼熱の軌跡を描いて子狸バスターに着弾する
開放レベル3の範囲殲滅魔法
レベル2とは比較にならないほどの火力だ
人間たちは古来より自然災害に悩まされてきたから
規模が大きいものほど威力が上がるという信仰がある
事実上、人間たちにとっての最強の手札だ
業火に晒された鉄は溶ける
庭園「つまらん。この程度か」
だが、鬼のひとたちのそれは
魔法に頼りきりの人間たちが忘れ去った遺失技術に他ならない
従来の鉄を焼き貫くイメージは通らない
子狸バスターに突き刺さった幾条もの光槍が
夢の終わりを告げるように砕け散った
一0二、空中庭園在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中
たしかに使い古された手ではある
期待外れでもある
が、悪くない
おれの心は震えたぜ
かまくらの
一0三、かまくら在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中
おう
騎士たちの切り札は通用しなかった
だがしかし、それでもだ……
子狸バスターの足は止まっていた
庭園「おれの採点は厳しい。及第点は与えられんが……返礼だ。受け取れ」
よっこらしょ
子狸バスターの右腕INおれが
軽く虚空をなでる
空間に火線が走り
遠く見える狙撃地点の二軒を斜めに寸断した
屋上が丸ごとずり落ちたなら
下にいる住民は無事では済まない
狙撃担当の騎士たちは即座に逆算能力で修復した
そうでなくとも、おれがフォローしただろう
大した意味はない
だが、騎士たちの心をへし折るにはじゅうぶんな一撃だった
騎士C「スケールが違いすぎる……。こんな化け物に勝てるわけが……」
騎士A「ひるむな! 水滴は岩を穿つ……われわれのやっていることは決して無駄ではない!」
叱咤したのは、勇者一行が港町に入ったとき検問した騎士だ
ああ、つまり、こいつが先任の小隊長なのか
一0四、空中庭園在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中
どうかな?
おれは騎士Cが怪しいと見てる
隊員の質にもよるだろうが
小隊長が特定されないよう動くのは基本だからな
たしかに小隊長を優先的に叩けば騎士たちの士気は下がるが……
まあ、あまり深い意味はない
騎士たちには悪いが、ここまでだ
一0五、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん
日はだいぶ傾いている
士気を取り戻した騎士たちは不屈の闘志で戦い続ける
目標を包囲している二個小隊が小狸バスターの注意を惹き
狙撃班が屋根伝いに移動しながら狙撃を繰り返す
一方その頃……
力尽きたオリジナルを
火口Bと山腹Bが見下ろしていた
やはり番狂わせは起きなかった……
力なく地面に横たわった火口Aと山腹Aを
そのコピーらが無慈悲にブロックする
魔法活動を封じられたオリジナルふたりは
かき氷みたいになってしまった
一0六、火口付近在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
かき氷って言うな……がくっ
一0七、山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
王都の……
この件には……
黒幕がいる……
子狸を……任せた
がくっ
一0八、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
ああ。任せておけ
あとで絶対に助ける
ああ、でも……
よく考えたら
面子は変わらんよな
一0九、火口付近在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
ちょっ
一一0、山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
ちょっ
一一一、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん
さすが魔王
目のつけどころが違う
一方その頃、騎士たちの奮闘をよそに
勇者さんは作戦を披露していた
勇者「作戦と言っても、できることは限られてるわ。あなたたち二人で敵の注意を惹きつけて頂戴。その間にわたしが回り込んで急襲する。基本的には……怨霊種と戦ったときと同じね」
とにかく子狸の理解力が乏しすぎる
子狸「おれは……勇者にはなれなかった……」
なんか語り出した
子狸「だから、お嬢は逃げて。君と一緒にいると、おれは夢を見るんだ。その夢を……たくさんのひとに見てほしい」
勇者さんは時間の無駄を省いた
勇者「わかったわ。わたしたちは逃げる。それでいいわね?」
子狸「おう」
勇者「じゃあ、具体的な作戦だけど。もしもわたしの考えている通りなら、敵の状態は不完全な可能性が高いわ。わたしの宝剣が狙いだと仮定すると……わざわざ街を襲撃するメリットはない」
おれ「人質をとろうとしてるんじゃないでしょうか?」
勇者「そのときは無視するわ。そんな下らないことをするような小物には用がないの。勝手にすればいい」
かつて、そんなことを言った勇者はいたろうか……
というか、子狸がうざい
いつの間にか、おれを追い回すのが目的になってる
本当に……
本当にどうしようもないポンポコだよ、こいつは……
おれ「おい。追ってくるな」
子狸「ちがう。おれが追われてるんだ」
おれ「……ノロくんが立ち止まれば、わたしも止まります。それでいきましょう。せーのっ、はい!」
子狸「…………」
おれ「…………」
子狸「…………」
おれ「……止まれよ」
子狸「……そっちこそ」
エンドレスに突入したおれたちに
勇者さんが淡々と続ける
勇者「常に撤退を意識して戦うこと。突撃はしない。あなたは……」
周回運動を見切った勇者さんが
子狸の頬をつまむ
勇者「女の子が嫌がることをしないの。ちゃんと聞いてる?」
子狸「聞いてます。……あ、止まった」
勇者「聞きなさい。あなたは魔力への対策も必要だわ。盾魔法で全身を包むように固定して、破られたらすぐに新しく張り直しなさい。わかった?」
子狸「お嬢はわかってないなぁ。そんなことしたら、どうやって攻撃するのさ?」
おれ「こいつ、むかつく……」
勇者「……他に対策はあるの?」
そしてこの得意顔である
子狸「いいこと思いついたんだ。治癒魔法をチェンジリングすればいいんだよ」
それ、まんま騎士たちのパクりじゃねーか!
というか……
おれ「お前……チェンジリングできないでしょ……?」
子狸「おう。……使えなくちゃだめなのか? いや、そんなことはないはず……おれのプランに穴はない……いや、でも……」
思い悩んだすえに、子狸は肩を落とした
子狸「なんてことだ……こんな落とし穴があるとは……」
おれ「惜しかった。言う前に自分で気づけたら満点だった。もうちょっと、もうちょっとだぞ……!」
勇者「…………」
一一二、火口付近在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中
べつに惜しくはない
前提を飛ばして先に進もうとするからそうなる
一一三、山腹巣穴在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中
いつだったかの作文でもそうだったな
さんざん無職を褒め称えておいて
最後に職業を修正し忘れたもんだから
授業参観で朗読したときの
ポンポコ母の切ない眼差しが忘れられない
あれは前もってチェックしなかった王都ののミス
一一四、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
チェックはしたよ
無職でもべつにいいじゃねーか
それを言い出したら
お前らのご職業はなんだよ?
一一五、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん
ストーカーに言われたくはない
一一六、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
え?
いや……あれ?
反論するつもりだったんだけど
ちょっと本気で傷ついた……
どういうことだ……
薄々は自覚していたということなのか……
一一七、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん
す、すまん……
そんなつもりじゃなかったんだ
いや、気にすんなよ!
おれたち全員ストーカーみたいなもんだよ!
しかも高性能なんだぜ!
とくにお前はスキルが半端ねーしな!
一一八、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
ありがとう
おれ……がんばってみるよ
一一九、火口付近在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中
これがオリジナルの底力だというのか……
一二0、山腹巣穴在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中
オリジナルおそるべし……