「決戦、海の見える街」part2
二八、火口付近在住のとるにたらない不定形生物さん
下らないとか言うな
子狸さんは真剣なんだぞ
二九、空中庭園在住のとるにたらない不定形生物さん
その事実が何よりおれの涙腺を刺激する
教官が甘やかすから、こんなことになったんだ
叱るべきところは、きちんと叱らないといかん
前々からおかしいと思ってたんだ
なんで子狸のテストだけ横スクロールアクションなんだよ
三0、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん
お前、言葉を選べ
減点方式のテストなんてやらせたら
子狸さん一生卒業できねーだろうが!?
三一、管理人だよ
できますし
ふつうのテストだと、おれの本当の実力はわからないって先生が言ってた
三二、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
零点より下はないからな
足し算の問題を暗号解読して得意げな子狸に
勇者さんは言葉を失う
眼前でくるくると誇らしげに回る珍回答集を
まじまじと見つめて
やがて彼女は、ぽつりとこう零した
勇者「……この世には勉強よりも大切なことがあると思うの」
子狸「うん? うん」
勇者「先を急ぎましょう。わたしたちには、やるべきことがあるわ」
子狸「……そう。そうだね。行こう! もうあと戻りはできない……サイは投げられたんだ!」
妖精「投げられたのはさじだけどな」
子狸「小さじ?」
妖精「大さじ」
子狸「タンジェント」
妖精「ひゅー♪」
子狸「ひゅー♪」
勇者「……あなたたち、息がぴったりね」
唐突に踊りはじめる二人に
勇者さんは呆れたとばかりに言い残し
草の上で寝そべっている黒雲号のもとに向かう
だいぶコントロールに慣れてきたらしく
片手を軽く揺すって聖☆剣を宙に散らす
あとをついて回る珍回答集を指先でつつくと
子狸の血と汗と涙の結晶は
まるで焼け落ちるように、あとかたなく崩れさった
子狸「ちょっ、お嬢!?」
勇者「手間を省いてあげたのよ。感謝なさい」
抗議の声を上げる子狸に
勇者さんは素知らぬ顔だ
子狸と羽のひとが顔を見合わせる
子狸「……もしかして思ったよりも点数が悪かったのかな? 最後の問題でちょっと悩んだんだよね。二択だったから」
妖精「いいからさっさと行け」
三三、空中庭園在住のとるにたらない不定形生物さん
ふむ……
じゃあ、おれ戻るわ
三四、山腹巣穴在住のとるにたらない不定形背物さん
おう。鬼のひとたちによろしく伝えてくれ
三五、空中庭園在住のとるにたらない不定形生物さん
みょっつ六世
三六、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん
五世どこ行った。布教しようとすんな
三七、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん
? 海底の?
三八、火口付近在住のとるにたらない不定形生物さん
どうした、海底の? なにか悩みでもあるのか?
三九、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん
お前ら絶対にわかって言ってるよね?
なんなの? 泣くよ?
四0、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
勇者さんの独断により食休みは終了
一行が、なだらかな丘陵を登りきると
眼下に広がる立派な街並みが一望できた
その更に向こうでは
日の光に照らされた海面がきらきらと輝いている
妖精「わあっ……!」
一行の良識をつかさどる羽のひとが感嘆の声を上げた
風に混ざる塩分濃度が微量ながら多い
四一、山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん
そこは塩の香りがしたでいいんじゃないか
くっ……!
罠だとわかっていたのに
思わずツッコんでしまった……
四二、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん
だからお前は甘いというのだ
四三、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
だな。用心しろ
お前らが子狸バスター(仮)とか呼んでる、例のあれ
そろそろ完成するんだろ?
庭園のがああ言っていたからには
試作の段階はとうに過ぎてると見ていい
いちいちツッコんでたら
いくら子狸さんでも不審に思うぞ
四四、管理人だよ
ここでお前らに質問です
おれバスターとはなんですか
四五、火口在住のとるにたらない不定形生物さん
ふと思ったんだが
子狸には教えておいたほうがいいんじゃないか?
土壇場で暴走されても困る
四六、山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん
一理ある
四七、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん
そうか?
王都のが、勇者さんから子狸を引き離したい気持ちはわかるんだけど
子狸にとっても他人事じゃないんだし
危機感を持ってもらわないと
正直、おれたちとの特訓には限界がある
どうしても甘えが生じるからな
四八、火口付近在住のとるにたらない不定形生物さん
それだったら、むしろ勇者さんの敵に回ったほうがいいんじゃないか?
四九、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん
いや、だから
勇者さんじゃ子狸には勝てねーよ
まず射程が違いすぎるし
聖☆剣に至っては、あれ実質レベル1だからね?
四九、火口付近在住のとるにたらない不定形生物さん
射程とか……
本気で言ってんのか?
エサの上にざるをかぶせて、つっかえ棒でいちころじゃねーか
五0、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん
子狸さんのことばかにしてんのか!?
警戒して罠のまわりをうろうろする程度の知恵はあるわ!
五一、火口付近在住のとるにたらない不定形生物さん
するわけねーだろ!
大好物の魔改造の実だぞ!?
断言してもいいぜ。わき目も振らないね!
五二、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん
あ、てめっ
あとだしは反則じゃねーか!?
魔改造の実はハードル高すぎだろ!
そこは、せめて野菜の切れ端くらいにしとけよ!
五三、火口付近在住のとるにたらない不定形生物さん
なんでわざわざハードル下げなきゃならねーんだよ!?
勇者さんがそんな甘いわけねーだろ!
アリア家なめんな!
五四、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん
くそっ、反論できねえ……
だがな! これだけは言わせてもらうぞ!
お前、忙しい忙しいと言っておきながら
この前、温泉につかってのほほんとしてただろ!
五五、火口付近在住のとるにたらない不定形生物さん
ちがっ、成分調査してたんだよ!
うん、そういえば人手が足りないなぁと思ってた
五六、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん
仕方ねーなぁ……
今度、手伝いに行ってやるよ
五七、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
話がまとまったようなので
先に進みますね
あ、温泉に関してはあとでくわしくお話をうかがいます
第一チェックポイントの港町に到着した勇者一行
かねてより問題視されていた検問だが
勇者さんの提案により
子狸の両手を拘束し縄を引っ張ることで解決を見た
騎士「これは聖騎士の……」
勇者「あなたは何も見なかった。それでいいわ」
騎士「はっ、自分は何も見ませんでした」
妖精「ノロくん、すっかり立派になって……」
子狸「へへっ」
羽のひとの称賛にまんざらでもなさそうな顔をする子狸だが
絵づらとしては、落ちるところまで落ちている
手早く宿屋を決めた一行は
その足で船の停泊所に向かう
勇者「船便の予約をしに行くから、一緒に来なさい」
子狸「うん? うん」
勇者「わかってないようだから言うけど、港町には船があるの。船。わかる?」
子狸「幽霊船なら知ってる」
勇者「幽霊船はないわ」
子狸「それは弱ったな……」
勇者「ためしに幽霊をとってみて」
子狸「船」
勇者「そう。船ならあるわ」
子狸「……そういうことか」
勇者「いまひとつ不安だけど……まあいいわ。行きましょ」
子狸「どこへ?」
妖精「きれいにループしたなぁ……」
正規の手続きを踏んでお船に乗ったことがない子狸さんであった