「決戦、海の見える街」part1
七、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
勇者「立ちなさい」
勇者さんの手から伸びる光の剣尖が
片ひざを屈した子狸に突きつけられる
怜悧な声には一片の情も通っていない
冷たい雨に打ちのめされるかのようだった
うつむいている子狸の表情には疲弊の色が濃い
ふ、と微笑みが漏れた
肺腑から絞り出された声には
彼女とは対照的に万感の思いが込められていた……
子狸「強く……なったね……。本当に……強くなった……」
その声に
その声に秘められた想いに
勇者さんの肩にとまっている羽のひとが懇願する
妖精「リシアさん! これ以上はもう……!」
勇者「あなたは黙ってて。これは、わたしとこの子の問題だわ。口出しされるいわれはない……」
八、空中庭園在住のとるにたらない不定形生物さん
どうしてこうなった……
九、火口付近在住のとるにたらない不定形生物さん
!
庭園の!
一0、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん
もしや完成したのか!?
一一、空中庭園在住のとるにたらない不定形生物さん
いや。しかし大詰めだ
集中してる鬼のひとたちの邪魔になりたくないし
あんまり家を空けてるとご近所さんが心配なんでな……
いったん帰宅した
そんなことよりも、これはなんだ?
旅シリーズが未整理の状態で
なにがなんだかわからん
一二、山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん
ああ、すまん
ここ数日ほど忙しくてな……
後回しにしちまった
一三、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん
こうして六人が集まるのは
久しぶりだな
王都の?
一三、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
おう
いい機会かもしれん
ダイジェスト版いくか
一四、火口付近在住のとるにたらない不定形生物さん
ひゅー!
一五、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん
ひゅーひゅー!
一六、空中庭園在住のとるにたらない不定形生物さん
すまんな、助かる
一七、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
いや、いいんだ
全貌を把握してるのはおれと海底のくらいだろう
言葉は悪いが、騎士団と比べたら勇者一行は問題にならないほど弱小だからな
まず、現在地だが
港町の一歩手前まで来てる
庭園のが別の河に流されていったのは
二番目の街だったな
あの街を出たあと
レベル2のひとたちが一行の足止めに失敗したので
おれたちは人海戦術に打って出た
街を出たあとの子狸(半裸)の大活躍たるや凄まじく
人生でもっとも輝いていた瞬間と言えるだろう
雲霞のごとく押し寄せる山腹のを
子狸「チク・タク・ディグ!」
子狸「アルダ・エリア・ラルド・グノー!」
面目躍如とばかりに突撃して一掃する子狸さん
詠唱の合間に触手で反撃する山腹のだが
山腹「しねぇぇぇいっ!」
当たらない。まったく当たらない
子狸「感じる……! なんだ、この感じ……。いける!?」
絶好調である
子狸『お前ら、見ててくれた!?』
おれ『すまん。見逃したわ』
一八、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん
一方、勇者さんは新メンバーの豆芝さんの教育に余念がない
自分たちの命綱がお馬さんの脚力にかかっていると考えているのだろう
勇者「合図を決めておくから、呼んだら来ること。いい? 見てなさい」
距離を置いた勇者さんが指笛を鳴らすと
黒雲号がとことこと近づいてくる
待機していた豆芝さんが、とてとてと黒雲号のあとを追う
勇者「よくできました」
おれ「賢いですね~」
勇者「そうね。先輩がお手本になるから、思ったよりも早く仕上がるかもしれないわ」
少し遅れて、のこのこと子狸が駆け寄ってくる
子狸「お嬢! おれの活躍ぶり見ててくれた?」
勇者「よくできました」
子狸「おう!」
おれ「お馬さんと同次元とか……」
褒められて嬉しそうに笑う子狸さんが見ていてつらい……
二0、火口付近在住のとるにたらない不定形生物さん
おれが合流したのも、このへんだな
庭園のが採取してくれた勇者さんのサンプルだが
緑のひとと一緒に解析した結果……
勇者さんは、というよりおそらくアリア家は
意識的に退魔力の強弱を操れることが判明した
術理としては
三番回路の再計算が終わった直後に
感情を凍結することで
魔法の構成を根っこから破壊できるもよう
しかし欠点もある
タイミングを誤ると魔法の干渉を防ぎきれないため
身体の末端でしか構成破壊はできない
剣を通して退魔力を発揮する場合は
斬ったものにしか効果は適用されないようだ
二一、空中庭園在住のとるにたらない不定形生物さん
剣を通して?
ああ、そうか
自分自身を退魔現象の一部として扱ってるのか
珍しいタイプだな……
たいていの剣士は、全身を覆うイメージで退魔力を使うんだが……
なんというか、ひどく攻撃的な退魔性だな……
使い勝手が悪いだろうに
体力がないなら、なおさらだよな
二二、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん
そのへんは勇者さんも気にしてたぞ
道中、子狸に相談してた
勇者「わたし、体力がないみたい。まさか平民に劣るなんて思わなかったわ」
子狸「平民とか関係なくない?」
勇者「生意気だわ。……どうしたら、そんなに走り回れるようになるの?」
子狸「簡単だよ。たくさん食べて、ぶっ倒れるまで走って、よく寝て、たくさん食べて、ぶっ倒れるまで走って、よく寝て、たくさん食べて」
勇者「……無理ね。体力以外で補うしかなさそう」
子狸「ぶっ倒れるまで走る、寝る、食べる、走る、寝る……」
おれ「おーい。結論もう出てるからいいぞー」
子狸「一朝一夕でどうにかなるなんて思うな!」
おれ「キレた!?」
二三、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん
とにかく、調子づく子狸が目障りだったのは言うまでもない
おれと火口ので共同戦線を張って
なんとか子狸を排除しようとするも
火口「おら! つかまえたぞ!」
おれ「落とせ! 落としちまえ!」
崖から放り投げようとするおれたちに
子狸はあくまでも屈しようとしない
子狸「アバドン・グノ・ラルド!」
火口「ちょっ……無属性自重っ」
おれ「てめー本当に人間か!?」
子狸さんが止まらない
子狸『おれ、いま輝いてる! お前ら、今度はちゃんと……!』
王都『すまん。見逃したわ』
かように絶好調がとどまるところを知らない子狸さん(半裸)であったが
勇者「……服を脱いだら好調になるような子とは一緒に旅はできないわ」
子狸「そんなことはもちろんありえない」
勇者さんのさりげないひとことで
スーパー子狸タイム
終 了
二四、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん
じっさい子狸に自覚はなかったみたいだな
次の街で、勇者さんに服を買ってもらって嬉しそうにしてた
子狸「一生の宝物にするよ!」
勇者「着れなくなったら捨てなさい」
あと、勇者さんのブルジョワぶりが相変わらずひどい
街につくたびに新しい服を買ってる
今回の旅シリーズは、もはや勇者さんファッションショーの様相を呈しつつある
そのたびに子狸のテンションが上がって、うざったいことこの上ない
二五、山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん
かくして子狸の超人的な勘働きは見納めとなったが
今度は羽のひとが無双をしはじめた
妖精「マジカル☆ミサイル!」
子狸「痛い痛い痛い! だからおれメイン! おれメインだから!」
妖精「うざったいんだよ! もろとも散れ!」
子狸「青いひとたち逃げてええええ!」
おれ「邪妖精がぁぁぁあああ!」
おれと子狸の夢のタッグが成立したり……
少年「おれ、将来は立派な騎士になりたいんだ!」
子狸「ならば、まずはこのおれを倒してみることだな……」
妖精「…………」
騎士を夢見る男の子に子狸が魔法の教師役を買って出たり……
子狸「ちっがーう! 崩落魔法は背骨をへし折るイメージだ!」
少年「背骨を!?」
子狸「さもなくば、こう……この、これ! がんばれ!」
少年「あんた語彙が少ないな!? 年上なのに!」
子狸「誉めてもなにも出ないぞ」
少年「誉めてねーよ!?」
無駄に感動の別れを演出したり……
少年「にーちゃん! おれ……おれ忘れないよ! 騎士になれたら、そのときは……また会えるかな?」
子狸「おう。そのときは、競争だな。楽しみにしてる……お前のクロワッサン」
少年「あんたおれになにを教えた!?」
勇者「…………」
勇者一行の旅は続く……
二六、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
そして、とうとう港町を目前に控えた
本日正午のことである……
この頃には、日が落ちる前に次の街に入るらしいと
法則性を見出した子狸さん
あらかじめ前の街で食材を買っておくという知恵を身につけていた
放っておくと好物ばかり食べようとする勇者さんの体調を気遣ってか
近頃の子狸ランチは野菜中心のメニューである
勇者さんの方針で、食後は食休みの時間をとる
そのときである
少年の教師役で、すっかり自信をつけた子狸が
妙なことを口走りはじめた
子狸「そういえば、お嬢は学校とかどうしてるの?」
勇者「貴族は家庭教師を雇ってるの。平民とは違うわ」
子狸「じゃあ、おれが勉強を教えてあげるよ」
妖精「無理だろ」
勇者「……そうね。それは良いアイディアかもしれない」
だが、勇者さんは乗り気である
もちろん子狸から学べるものなどなにもない
勇者「あなたは、ろくに計算もできないみたいだから。わたしが徹底的に教えてあげるわ」
子狸「勉強なんて将来の役には立たないよ」
即座に方向転換する子狸だが
勇者さんの決意は固かった……
羽のひとが発光魔法で作り上げた問題集に
聖☆剣を教鞭に見立てた勇者さんがレクチャーを加える
生徒に子狸を迎えた青空学校の開催である
勇者「違う。なんでそうなるの。さっき教えたでしょ」
子狸「りんごを四つも食べられないから……ここは二つにしておこうと……」
妖精「その自分ルールやめろ」
やがて力尽きる子狸さん
子狸「もう……戦えないよ……」
勇者「立ちなさい」
子狸「強く……なったね……。本当に……強くなった……」
妖精「リシアさん! これ以上はもう……!」
というわけだ
二七、空中庭園在住のとるにたらない不定形生物さん
果てしなく下らねえ……