「子狸が勇者さんと喧嘩したみたいです」part2
三四、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん
勇者「商人たちの協力関係は上辺だけだから、情報が散逸しやすいの。彼らにとっては貴族も平民も等しくお客さまだけれど、おなじ商人に関してはその限りではないということね」
歌人「うそ、だったんでしょうか……?」
勇者「そうとも限らないわ。少なくとも、発生源があるという話には信憑性がある……。街というのは、ただそこにあればいいというものではないから。流通が滞れば、損をする一方なのよ。街道の封鎖に踏み切るなら、最低でも領主の許可が要るわ。ふつうなら、そんな許可は出さない。この街が置かれた状況は、ふつうではないということね」
おれ「でも、人の命が懸かってるわけですし……」
勇者「領主の仕事は人命を救うことではないわ。お金を稼ぐことよ」
王国の闇を見た
さて、ミーティングね
というか、お前ら
まだ話し合いしてなかったのか?
三五、山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん
仕方ないだろぉ?
ここさいきんの子狸さんは
夜になると活性化するんだよ
鬼教官の放課後レッスンから
解放されたからな……
三六、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん
子狸を野に放つべきじゃなかったんだよ……
三七、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん
でも、お前ら
昨夜、釈放された子狸さんと一緒に
眠った街を無意味に疾走してましたよね?
そのへん、どうなの?
三八、管理人だよ
誤解してるみたいだけど……
この世に無駄なことなんて
なにひとつとしてないんだよ?
三九、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん
お前は、おとなしく
はちみつ食べてなさい
いやぁ
なんかこいつがなんの前触れもなく
おれは弱くなったかもしれない……とか言い出すからさぁ
じゃあ特訓しようぜ
っていう
四0、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
どれだけエネルギーが有り余ってるんだよ……
尾行してるおれの身にもなって下さいよ……
子狸「お金か……。リンちゃんにはちょっと難しい話かな?」
妖精「お前がな。あと、ちゃん付けやめろ。悪寒がする」
子狸「! お、おれのことも呼び捨てでいいよ」
妖精「だからといって呼び捨てにしろってことでもねーよ」
子狸「まったくもう、口だけは達者なんだから……」
妖精「うまく切り返した覚えもないんだがっ」
はいはい……
仲がいいねお前ら
で、骨のひと
勇者さんを
お前らが出張サービスしてるお化け屋敷に誘き寄せるっていうのはわかった
具体的なプランはあるのか?
四一、樹海在住の今をときめく亡霊さん(出張中
ない
と言ったらどうする?
四二、墓地在住の今をときめく骸骨さん(出張中
どうする?
じゃねーよ
あるからね?
お前はそうやってボケてればラクかもしれないけど
じゃあ、おれもボケるよ?
それでもいいの?
四三、管理人だよ
お前らのボケは
ときとしてさばききれない
四四、墓地在住の今をときめく骸骨さん(出張中
ツッコミなめんな!?
この天然狸がっ
四五、山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん
おちつけ
絶滅危惧種みたいになってる
四六、管理人だよ
おれは養殖です
四六、墓地在住の今をときめく骸骨さん(出張中
あ~!
もう……
あ~!
ふう
すまない
少し取り乱した
今後のスケジュールだが
とりあえず
子狸を人質にとる予定だ
四七、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん
おい
かぶってる
それ、鬼のひとがもうやった
四八、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん
二番煎じは避けたいところだが……
他に手はないのか?
四九、墓地在住の今をときめく骸骨さん(出張中
いやいや
甘く見ないでほしい
おれらが配置についてから
優に四十時間は経過してるんだぜ?
お前らの活躍は
ひっそりと見守らせてもらいましたよ
勇者さんが
アリア家の人間だってのはわかった
けど、だからって血も涙もない人間だと決め付けるのは
いささか早計じゃないか?
じっさいに
捕獲された子狸を助けに行ってる
いまいちど
試してみる価値はあると思うんだ
どう?
五0、管理人だよ
勇者さんは優しい子だよ
五一、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん
子狸よ
お前は、だまされてるんだよ
ちょっと優しくされたからって
勘違いしてはいかん
彼女の剣術を見ただろ?
あれは
才能でも技術でもない
体質だよ
アリア家の血だ
たぶん感情の基盤構造が他の人間とは違う
お前らバウマフ家の人間とは
決して相容れない存在だ
五二、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
おれもそう思うぞ
勇者「さすがに魔物たちの意図するところはわからないけれど、わたしたちは訳あって先を急ぐの。だから、今日中に街を発つわ。あなたとは、ここでお別れね」
平気な顔して嘘をつくしな
歌人「? それはたしかに残念ですが……。別のルートから行くんですか?」
勇者「駐在の騎士とは話をつけてあるの。変装して、こっそり出してもらうつもりよ」
おや?
子狸の様子が……
子狸「ひと知れず、魔物を退治するんだね! さすがお嬢だ」
勇者「ばか言わないで」
子狸「え?」
勇者「魔物に遭遇したら、逃げるのよ。馬の足なら振りきれるわ」
子狸「え? だって、でも……」
勇者「あなたは、余計なことを考えてないで、わたしの命令に従ってればいいの。きっとうまく行くわ」
子狸「そんなの違うよ!」
いつかは、こうなると思ってたんだよな……
椅子を蹴って立ち上がる子狸
いつになく真剣な表情である
子狸「お嬢は、勇者だろ? 勇者は、困ってるひとを見捨てていったりなんかしない」
あ、バラしちゃった……
歌人「勇者……?」
唖然としている歌の人を無視して
勇者さんが
即座に起動した聖☆剣を子狸の首元に突きつける
おっと無駄だぜ
言うまでもなく子狸には守護の魔法をかけてある
たかだかレベル4の攻性魔法じゃあ
おれの防壁は突破できんよ
妖精「!」
羽のひと、結界を頼む
他の人間に見られると面倒だ
五三、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん
おう
というか、すでに構成は走らせてある
それにしても……
年齢不相応に冷静な女の子だと思ってたんだけど
違ったんだな
迷いがないんだ
勇者「そうかもしれないわね。だから?」
子狸「?」
勇者「勘違いしているようだけれど、わたしはべつに自分の命が惜しいなんて思ったことはないわ。それは他人の命も同じことよ」
子狸「そんなの……だめだよ」
勇者「? あなたの言うことは、ときどき理解できないわ」
おれは基本的に理解できない
勇者「わたしに、戦えと言ってるんじゃないの?」
子狸「? 戦うというか……立ち上がろうっていうか。逃げるのは、だめだよ」
勇者「もう少し詳しく」
子狸「え~? ちょっと待ってね……」
子狸さん
レッツシンキングタイム
五四、管理人だよ
お前らなら、わかってくれるよね?
どう伝えたらいい?
このニュアンス
五五、山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん
いや、わからん
五六、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん
当然のようにわからん
もう少し詳しく
五七、管理人だよ
え~?
お前ら、ふだん偉そうなこと言ってるくせに
これだもんなぁ……
五八、墓地在住の今をときめく骸骨さん(出張中
ぶっ飛ばされたいの?
いいから詳しく話してみなさい
なにがだめなの?
お前、言ってることが支離滅裂だぞ?
いや、いつものことなんだが……
五九、管理人だよ
仕方ないなぁ……
二度は言わないよ?
おれは勇者さんに
あんまり危ないことはしてほしくないんだ
女の子だし
でも逃げちゃだめなんだよね
つまり、そういうこと
六0、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん
こいつ、むかつく……!
ていうか
おい
あんまりびびらせるな
なにひとつとして新情報が含まれてねーぞ……
ぜんぜん詳しくなってない
がんばれ
もっとがんばれ!
六一、管理人だよ
ここまで言ってもわからないなら
ちょっと……
ごめんな
とにかく、このままじゃ勇者さんはだめになる……
おれがなんとかしなくちゃ!
おれ「結論が出ました」
勇者「言ってみて」
おれ「お嬢」
勇者「なに」
おれ「おれは、いまちょっと怒ってます」
勇者「なにに」
おれ「お嬢の、そういう……なんていうの……あれ。あれなところに。そう……つまり、あれだ。わかるよね?」
勇者「まったく」
おれ「自覚がないんだね。……自覚? 自覚はあるのかもしれない……それはお嬢にしかわからない」
勇者「そうね」
おれ「とにかくですね。お嬢とは、ここでいったんお別れです」
勇者「それ、前にも聞いたわ。一流のシェフを目指すとか何とか……わけのわからないことを」
おれ「そんなこと言ってないよ。茶化さないで」
勇者「言ったわ。間違いなく」
おれ「……言ったかもしれない。それは認めよう」
勇者「絶対に言った」
おれ「この世に絶対なんてないよ」
勇者「絶対にないことはあるの?」
おれ「え?」
勇者「なんでもない。続けて」
おれ「あ、はい。……ええと、なんだっけ。……そう、そうだった。お嬢には、絶対に忘れてほしくないことがあります」
勇者「早くも……」
おれ「おれは、これからそれを……あれだ。あれをしに行きます。それまで、お嬢とは口をききません。これも絶対ね」
勇者「また……」
おれ「クリスくん!」
歌人「え? はい?」
おれ「行こう!」
歌人「ど、どこへ?」
おれ「決まってるじゃないか!」
歌人「そう、だろうか……?」
おれ「しゃきっとして! おれたちが、この街を救うんだよ!」
歌人「え?」
勇者「待ちなさい。わたしに無断でどこへ」
おれ「お嬢とは口をきかないって言ったでしょ。でも寂しくなったら言いなさい。黒雲号のお世話もちゃんとすること。わかった?」
勇者「いま、口をきかないと……」
おれ「リン。お嬢をよろしくな」
妖精「ころすぞ」
おれ「リンさん。お嬢をよろしくお願いします」
妖精「もうひと声」
おれ「閣下。哀れなおれにお情けを。なにとぞ、なにとぞ……」
妖精「よかろう。お前がなにを考えているのか、さっぱりわからんが。……行け。骨は拾ってやる」
おれ「ありがたき幸せ。では!」
歌人「え?」
注釈
・特訓
山篭りとかするあれ。
バウマフ家の人間は、幼い頃より魔物たちの手で英才教育を施される。
英才教育を施された結果があれなのかということはさておき、シナリオを遂行する上で必要な知識や、不必要な知識を徹底的に叩き込まれる。
子狸が一定の条件下において「颯爽とおれ参上」に類する行動をとるのは、魔物たちによって仕組まれた条件反射である。
この「特訓」により、バウマフ家の人間は「謎の覆面戦士ルート」や「超古代文明の末裔ルート」、果ては「魔王の腹心ルート」に至るまで柔軟な対応をできる……筈だ。たぶん。