「子狸が勇者さんと喧嘩したみたいです」part1
一、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん
お前ら
おはようございます
二、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん
眠いし
三、山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん
不健康な生活、送ってるから……
おれは眠くないし
小鳥たちがさえずってる
四、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん
おれんち
超☆吹雪
寝たら死にそう……
五、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん
問題児しかいないとか……
火口のと庭園のはどうした?
六、山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん
問題児……
え
おれも?
庭園のは
子狸バスター(仮)の起動シークエンスをチェックしてる
火口のは知らん
かまくらのが知ってるんじゃない?
火口のと仲いいし
七、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん
べつに仲良くねーし
あいつならスターズの河に残留してるぞ
緑のひとと一緒に
勇者さんのサンプルを細かく解析するんだとさ
八、墓地在住の今をときめく骸骨さん(出張中
おはよう
いい朝だな
雲間から差し込む朝日が美しいです
ところで……
おい
透き通ったの
お前、だいじょうぶか?
なんか成仏しかけてるけど
九、樹海在住の今をときめく亡霊さん(出張中
気にするな
朝もやに侵食されて
おれという存在が希薄になってるだけだ
一0、墓地在住の今をときめく骸骨さん(出張中
いや、気にするよ
それは気にしていいレベル
一一、管理人だよ
お前ら
おはよう
さっそくだけど
寝起きドッキリしようぜ
一二、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん
第一声が
それかよ
ドッキリもなにも
同じ部屋だろーが
ん?
歌人に仕掛けるってこと?
勇者さんじゃなくて?
一三、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
おはよう
勇者さんは
もう起きてる
着替えも済ませて一階の食堂へ
なんでも朝も早よからミーティングするらしいぞ
たぶん本日のスケジュールを話し合うんだろう
子狸「おれ、クリスくんを起こしてくる」
勇者「べつにマッコールはいなくてもいいけど。……まあいいわ。わたし、下の食堂にいるから」
子狸「今日は髪を結ばないの? なんならおれが結びますけど」
妖精「しね」
子狸「その肩でぼそっと言うのやめて?」
勇者「下の食堂にいるから」
子狸「おう」
勇者「返事は、はい」
子狸「はい」
寝起きで礼儀を正される子狸
子狸の返事を聞いてひとつ頷いた勇者さんは
羽のひとをともなって部屋をあとにしたのであった……
一四、管理人だよ
違うんだよ
おれは、結んでる髪が好きというより
結んでる髪をほどいてるのを見ると
どきどきするんだ
一五、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん
誰が性癖を語れと言った
いいから、さっさと歌の人を起こしてきやがりなさい
一六、管理人だよ
よし。わかった
おれが先行する
お前らはおれのあとに続け
一七、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん
続くつもりはない
だが、ふつうに考えて鍵が閉まってるだろ
合い鍵か何か持ってるのか?
一八、管理人だよ
そうやって
お前らはすぐに賢いふりをする
おれが、そんなへまをするとでも?
一九、山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん
おお……
秘策あり?
なんだなんだ
今日の子狸さんはひとあじ違うな
悪いものでも食べたか?
二0、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
歌人の部屋の前に到着
不敵な笑みを浮かべた子狸さんがドアノブに手を掛ける
子狸「…………」
当然、鍵は閉まってる
はたして子狸の秘策とは……!?
子狸「クリスくん。おれです。開けて下さい」
正解は
中の人に開けてもらう
でした
冴えてる
今日の子狸さん
冴えてるぞ……!
二一、墓地在住の今をときめく骸骨さん(出張中
うむ。冴えてるな
ドッキリという自分から言い出したことを忘れていなければ
より完璧だった……
二二、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん
なにをもってへまなどしないと言い張ったのか気になるところだが……
ちなみに、おれは勇者さんサイドね
勇者「はちみつ、いる?」
おれ「頂きます~。わあ、なんだかとってもVIP待遇ですねっ」
勇者「いろいろと便宜を図ってくれてるみたい。ノロのお世話もしてくれるって言うし」
おれ「え~……。ノロくんのお世話は素人には無理ですよぅ」
勇者「……馬のほうよ。同じ名前なの」
おれ「!?」
勇者「古代言語からとったらしいんだけど……珍しい名前よね。どういう意味なのかしら? あなた知ってる?」
おれ「ええと。はい、いちおう……。“はじまり”とかそういう意味だったと思います……」
まあ、終わりでもあるんだが……
子狸よ
お前、生き別れになった兄弟とかいないよな?
二三、管理人だよ
え?
なんなの突然……
いないけど
歌人「なっ、なにか? ノロくん? ちょっと、待って……」
ん?
寝てたのかな?
クリスくんは声が高いから
ドア越しに聞くと女の子と話してるみたいで
ちょっと焦るよ
二四、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
寝てたら、もう少し反応に間があるだろ
着替え中だったとかじゃねーの?
というか、お前
クラスの女子とはふつうに喋ってるじゃないか
二五、管理人だよ
クラスメイトは、ぜんぜん別だよ
小さい頃からずっと一緒なんだから
さいきんは、なんでか知らないけど苗字で呼ばれるから
なんか距離を感じる……
みんな元気にしてるかな……
おっと
いまはクリスくんだ
おれ「気にしなくていいよ? 開けておくれ」
歌人「ボクは気にするよ! なに? どうしたの、こんなに朝早く」
おれ「寝起きドッキリしようかと思って」
歌人「油断も隙もないな! なんなの、も~。いいよ、入って~」
おれ「お邪魔しまうま」
歌人「しまうま?」
おれ入場
おれ「いや、違う。違った。お嬢が呼んでる」
歌人「待って。おちつこう。どうしてそう思うの?」
どうして?
どうしてとはなんだ
お前ら会議のお時間です
二六、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん
どうもこうも
昨日お前が暴走した挙句、騎士に捕獲されたから
またぞろ勘違いしてるんじゃないかと心配されてるんだよ
二七、管理人だよ
そっか
それなら心配いらないね
おれ「だいじょうぶ。おれとお嬢は心でつながってるんだ。なにも心配はいらない……」
歌人「だめっぽいなぁ……。ベルさんは一緒じゃないの?」
おれ「あのひとは、とても心の優しい妖精さんなんだよ」
二八、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
待て
虚偽は認めんぞ
訂正する
子狸「あのひとは、おれとお嬢の仲を引き裂こうとする悪魔だよ」
二九、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん
ほう……
三0、管理人だよ
誤解です
おれはただ
小悪魔みたいに
可愛らしい存在だと
おれ「可愛いよね、リンちゃん」
歌人「いま、たしかに悪魔と……」
おれ「おれの堕天使だよ」
よくわからなくなってきた……
羽のひとは
おれにとって
なんなの?
三一、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん
お前
いつかころす(にこっ
三二、管理人だよ
あわわわわわ……
三三、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
羽のひとと勇者さんが
一緒にいるらしいことを察した歌の人
それなら
そうひどいことにはなるまいと同伴を承諾し
子狸とともに一階へ
食堂にて両者と合流
歌人「おはようございます」
妖精「おはようございます~」
羽のひと
ぱたぱたと子狸の肩へ移動
きらめく燐粉
ほとばしる闘気
子狸「…………」
無言のプレッシャーにおびえる子狸
勇者「おはよう。席はとってあるから、二人とも座って頂戴」
歌人「ありがとう。では失礼して」
子狸「……失礼します」
ミーティング開始
勇者「食べながら話すのは苦手だから、先に用件を言うわ」
歌人「今日の予定ですか?」
子狸「お嬢は食べ方が綺麗だよね」
勇者「そうね。まず、常駐の騎士に教えてもらったのだけれど、街道に出没する魔物は二種。メノッドブルとメノゥパル」
歌人「そうなんですか?」
子狸「うん。食べるの遅いけど」
おい
おい。子狸
ミーティングに参加しなさい
勇者「あなたが聞いていた話とは違うの?」
歌人「ええ。商人たちが言うには、駐在の騎士が黒衣の魔物を撃退したけど、だいぶ苦戦したと。街道のほど近くに発生源があるんじゃないかという話でした」
子狸「だいぶ違うね。別件に違いない……」
勇者「はちみつ、いる?」
子狸「え? おれ?」
勇者「あげる。はい」
子狸「とってもクリーミィ……」
妖精「クリーミィでもねーだろ」
ついでに、おれたちもミーティングしますかね
登場人物紹介
・ノロ(馬)
勇者さんの愛馬にして、子狸と同じ名を持つお馬さん。
子狸により「黒雲号」と命名されるも、べつに黒くない。
青いひとの証言によれば、ロバと似ているらしい。子狸に懐いている。
とくべつ俊足というわけでもないのだが、じつは非常に賢いため重宝されている。
マイペースな面もあり、めったなことでは走らない。
子狸の名前でもある「ノロ」は「はじまり」と「終わり」を意味する旧古代言語であり、(近)古代言語においては数字の「0」を意味した。
王国暦一00二年現在における数字の「ノラ(零)」は、その名残りとされる。
なお、作中に登場することはないが、「ノロ」は「詠唱破棄」のスペルでもある。
注釈
・メノッドブル
骨のひとを、人間はこう呼ぶ。
「ブル」は「骨」の意であり、「メノ」に「ッド」がつくことで「~するひと」の意が強調される。
視覚的な印象が強い魔物(あるいは通常より巨大な個体)は「メノッド~」と呼ばれることが多い。
なお、「ッド」による強調は古代言語の用法からは外れており、「エメノゥ」とするのがじつは正しい。
「ッド」の語源は不明。気付けば「メノッド~」と呼ばれるようになっていて、これに該当する魔物たちは「え? おれ?」と正直びびった。
人間はあなどれない……。