選択
青狸、再臨――
しかし子狸さん、よく考えてほしい
青狸(仮称)が抱えている女性に見覚えはないか?
ないと言われたらどうしたらいいのかわからなくなるので
ここはしっかりと考えてほしいのだ
??「…………」
青狸(仮称)に抱えられた女性は期待の眼差しを子狸に注いでいる
はたして子狸さんはあっさりと答えた
子狸「母さん」
子狸さん1ポイント獲得!
※ おお……!
※ まさかの正解
※ 絶好調じゃないか
※ 今日の子狸は冴えてるな
※ 子狸さんの本気を久しぶりに見た
※ 子狸さんはやれば出来る子だからな
※ おいおい、王都のん。いささか簡単すぎたんじゃないか?
※ 初級者問題だぜ
※ 完全にボーナス問題だよ。王都のんは子狸に甘すぎる
うむ。このおれとしたことがハードルが低すぎたな
おれたちの子狸さんに限って実の母親を忘れるなんてあるわけないよね
もちろんおれは信じていたよ
母狸「ノロ!」
子狸さんの本名はノロ・バウマフと言う
我が子との再会に感極まる母狸さん
青狸(仮称)に抱えられたまま両腕を伸ばして息子に触れようとする
これを子狸さんは首をひねって紙一重で避ける
余裕すら感じられる回避運動だった
母狸「!?」
子狸「ふっ、遅い」
魔王討伐の旅シリーズを通して
いまやこの小さなポンポコには強者の貫録が備わりつつある
腕の中で暴れる母子を、着地した青狸(仮称)が解放した
母狸さんの動きは素早かった
ぱっと喜色を浮かべて我が子に抱きつこうとする
母狸「ノロ!」
子狸さんはスウェーしてこれを回避
いったん距離を置くと上体を揺すり、頭を左右に振って的を絞らせない
羽のひと仕込みのウィービングだ
母狸「……ノロ!」
三度目の抱擁
だが子狸さんには掠りもしなかった
鮮やかにステップを踏んで母狸さんを翻弄する
母狸さんは我が子の瞬発力に戦慄した
母狸「疾い……!」
母を見つめる子狸の視線は物憂げだ
子狸「母さん……。以前のおれとは違うんだよ」
以前とは違う子狸さんにここで第二問
母狸さんと一緒に行動していた青狸(仮称)の正体は?
おっと、焦らなくてもいい
この問題には慎重に答えてほしい
子狸さんが間違うと、あとでおれらが八つ当たりされるからね
なに、さして難しい問題じゃない筈だ
夫婦水入らずという言葉もある
青狸(仮称)は、じゃれ合う母子に背を向けて歩いていく
まだ幼かったあの日、力尽きた子狸さんをおぶってくれた大きな背中だ
子狸「…………」
あれ?
反応が薄いな
※ ……子狸さん?
※ 子狸さん、あまり深く考える必要はないんですよ?
※ ヒント:母狸の配偶者
※ ちなみに配偶者とは結婚した相手のことである
※ 第二ヒント:お前の家族
※ いや、その情報は要らないだろ
※ 子狸さんにとってはおれらも家族の一員だからな
※ 第三ヒント:魔物ではない
※ 第四ヒント:パン屋
※ 第五ヒント:前管理人
※ 第六ヒント:苗字はお前と同じ
※ 第七ヒント:パパだよ
子狸「ッ……!」
子狸さんの瞳に理解の色が弾けた
子狸「青狸……お前は……未来の――!?」
勇者「…………」
勇者さんが悲しそうに子狸を見つめている
青狸「…………」
いえね、違うんですよ
少しおれの話を聞いてほしい
……(考え中)
子狸さんはその天才性ゆえに物事の本質を直感的に把握してしまう
そう、青狸の正体が“未来の子狸”であると仮定すれば全てのつじつまが合うのだ
思い返してみてほしい
旅の道中、子狸さんはたまに妙な魔法を使うことがあった
お前らが教えてもいない筈の魔法である
新しい魔法を習得するためには反復練習が欠かせない
人間の想像力には限度があるから、じっさいに使うことで徐々に形にしていくしかない
その唯一の例外が豊穣の巫女であり、おそらく彼女は希望的な観測を想像から除外できる
つまり想像するだけで体験したに等しい膨大な検証を行っている
あの異常とも言える天稟の正体がそれだ
そして、この巫女さん学習を疑似的に再現する方法がある
強力な精神干渉による洗脳だ
かつて子狸さんが潜在能力を引き出されたように
ごく一部の極めて強力な異能は、自らの体験学習を他者に焼き付けることができる
成長した狐娘……コニタならば
彼女を軸とする五人姉妹ならば
それが可能かもしれないということだ
子狸さんがたまに妙な魔法を使っていたのは
未来のコニタが子狸の成長を促していたからではないのか?
だから子狸さんの傍らに一つ目の小鳥が出現したのだ
目には見えないだけで、あの小鳥は常に子狸に付き添っていた
異能の顕現を封じていた魔さくらんぼが消失したことで姿を現した……
魔法動力兵に心を与えたのは、未来の子狸さんだ
なんのために?
その答えが、山腹のんの家の奥で眠る……
究極の資質を持った魔法使いなのだろう
扉に閉ざされた最重要拠点の最奥部は
この世でもっとも安全な場所だ
いかなる経緯を辿ったのか
詳細は不明だが、なんとなく想像はできる
未来の子狸さんは、おそらく全世界の人間から恨まれている“魔王”を
きっと、守ろうとしたのだ
お屋形さまは……異世界人を激しく憎悪している
しかし、あの大きなポンポコもまた……バウマフ家の人間だ
どうしようもなく、バウマフの血をひいている
だから見捨てることができなかった
たぶん“魔王”は、まだ小さな子供で
彼(あるいは彼女)の肉体に何らかの変調が起こったならば
本物の治癒魔法は封印されている……
この世界の人間とは身体の造りが異なる子供を救うすべは、ない
だからお屋形さまは、王都襲撃を計画し実行に移した
あと二年が待てなかった
異世界人を激しく憎悪しながらも、その子供を見捨てることはできなかった
青狸さんの足取りは重い
一歩、地を踏みしめるごとに殺意が吹き漏れるかのようだ
ワドマトの詠唱が終わった
召喚された都市級があるじの危機に立ち上がる
四種類のレベル4
とりわけ人々の目を惹いたのは巨獣と巨鳥だ
片や、猛禽と猛獣の特徴を併せ持つ白獅子
片や、蛇の尾と鱗を生やしたニワトリである
たぶん彼らはおれらっトコの魔ひよこ、腹黒蛇と同系統の伝承を原型に持つ
最強の魔獣と言えば馬のひとだが
あの魔人は諸事情により里帰りしていることがよくある
目撃件数が多いという意味では
魔ひよこと腹黒蛇は都市級の代表格と申し上げても過言ではない
体長は優に十メートルを上回り
純粋な膂力では魔王軍で一、二を争う二大巨頭だ
しかし青狸さんは圧倒的だった
成長した子狸さんは自動防御と自動攻撃の共存すら習得しているようだった
魔法には詠唱が欠かせない
だが、その詠唱すら魔法で作り出すことができた
動力兵の複核型と似た発想、似た技術
究極の域に達した連結魔法は誘導魔法と似て――
詠唱よりもイメージが先に立つ
バウマフ家の人間は、魔法側の判定において魔物により近しい
自分たちの味方であるという認識がある
だが事実として人間である彼らは、二番回路の恩恵に預かることも技術的には可能だった
三番回路と二番回路
二つの軸から観測される魔法は
確固たる交差点を得て不可思議な像を結ぶ
より魔物じみていく
火花がうねる
自動防御の更なる境地
紫電が叫び、巨大な機兵に屈服を強要する
こと対人戦において巨大な体躯は足枷になることもある
人型の魔物が総じて強力とされるゆえんだ
地に屈した巨体を飛び越した小柄な動力兵は
だから人間にとって最大の脅威たり得る
女性の姿をしているのは、手加減を期待できるからだった
追随する複数の核が散開し縦横無尽に飛び回る
複核型は、術者として最も理に適った個体だ
電子的に制御された核の一つ一つが喚声を分業できる
夢魔「ともだち……」
青狸さんの実力は魔法動力兵を凌駕している
しかし夢魔さんには強く出れなかった
ぴたりと立ち止まった青狸の影から
まるでそうあることが正解であるかのように
ポンポコスーツが迫り出してきた
成長した子狸さんの愛機
どこか幼さを残す面影は消え、狼にも似た精悍さを持つ
パイロットを必要としないのか
獰猛に地を駆け、たちまち夢魔さんに肉薄しこれを制圧した
青狸さんは何故か動力兵に対し同情的だった
異世界人へと向ける感情は、彼らに対しては適用されないようだ
はっとするほど優しい声音で言う
青狸「あの男の言うことなんて聞く必要はないんだ。君たちは自由だ。友達を大切にしなさい。その気持ちは、とても素晴らしいものなんだ。掛け替えのないものなんだよ」
言い置き、視線を正面へと戻した
ぞっとするような酷薄な眼差しだった
青狸「縛りつけ、踏みにじるような真似が許されるものではない……」
矢のように放たれた視線の先
異世界の魔導師は、最後の手札を切る
海獣「友情、愛情。結構なことだが、それらは兵士に必要かね?」
必要だと人は言う
しかしそれが本当かどうかはわからない
結果論でしか量れない事柄だ
ゆえに両者の意見を隔てているのは価値観の相違だった
ワドマトは異世界の人間だ
生まれた世界が違う
生きる世界が違う
しかし出会った
純白の毛皮を密猟者の目から庇うように
無数の鱗粉が舞っている
異世界の妖精属は、まるでそこだけが動物園みたいにファンシーだ
同じ妖精とは思えないほど穏やかな気性をしている
それなのに、設計者がひとこと命じただけで凶暴性を剥き出しにしてしまう
白くまさんたちの低い駆動音が唸る
鋭いつめを露わに甲高い雄叫びを上げた
青狸さんの眉間に深いしわが刻まれる
声だけが静かだった
言葉から感情を切り離さねば
理不尽を問うことすらできないほど激昂していた
青狸「兵士にも明日はある。笑い、泣き、仲間と肩を叩き合うくらいの、ほんの少しの自由を……どうして、認めようと、しない」
子狸「めっじゅ~」
子狸さんが鳴いた
??「その通りです」
賛同を示す感嘆の声が降る
呼んでもいないのに性懲りもなく現れた
青狸さんの肩にとまったのは小さな女帝
ふわりと舞った長い髪を、光の滴が伝うかのようだ
頭上に頂く金冠の動力源は怨念である
蹴落としてきた好敵手と同じ数だけの重みが宿る
女王「争いは無益です。花と共に生きましょう」
妖精属の女王は、理性を失った白くまさんたちの惨状を深く嘆いた
こぶしを交えたもの同士でしかわからないこともある
女王「少しは楽しめそうですね」
芽生えた友情は、いとも容易く摘み取られる
その落胆が彼女の表情に濃い疲労を落としていた
女王「リベンジマッチという響き。わたしは嫌いではありませんよ……?」
青狸「兵士にも明日はある」
青狸さんは繰り返した
しかりと女王は頷く
女王「明日の果てに“死”は横たわる……」
妖精属は平和を愛する種族だ
争いを根絶する手段として敵勢力を殲滅する以外の道はあるのか
一見すると好戦的な振る舞いが、反論を期待してのことだと知るものは少ない
何故か?
そうあってほしいと願うおれの遠回しな非難だからだ……
おい。子狸さんが見ている前で過激な発言は控えて下さい
いい加減にしないと本気で怒るよ? ぽよよん(怒
女王が進み出る
女王「あなたたちのスペックを試してあげます」
無防備に直進する彼女に、白くまの群れが一斉に襲い掛かった
鋼の牙は、妖精の柔肌を容易に切り裂くだろう
群がる白くまが幾重にも層を形成し、たちまち毛玉みたいになる
共鳴、増幅された羽音が、悲鳴を掻き消すには十分な騒音と化していた
一秒経った。動きはない
二秒、三秒……
白くまの群れが獲物の確保に総員を費やした頃
数条の光が漏れ出でる
徐々に輝きを増していく
やがて炸裂した光の輪が、白くまさんたちを弾き飛ばした
勇者に付き添う妖精は、原則として光の属性を持つ
落ちこぼれという設定になっているから、これという決め手を持たない
戦士型の妖精が得意な魔法を一つに絞っているのに対して
攻撃パターンが多いのは補助型に見られる特徴だった
これは勇者の成長に応じて得意技を決めるという目的の他に
バウマフ家への有効なツッコミを模索するという側面がある
従ってナビゲーター役の妖精は
最終的には一つの魔法に習熟していくことになる
史上最高と謳われる八代目勇者に付き添った妖精が最後に選んだのは……
女王「シューティング☆スター」
正直、子狸さんはバウマフ家として優秀な部類に入る
わりと発言はまともだし、会話が成立する可能性も決して低くない
安心して見ていられる面があったため、結果として羽のひとの成長はゆるやかなものとなった
しかし、そうではない……
ナビゲーター役が非常時に対応せざるを得なかった過去の討伐戦争において
戦隊級、都市級との激戦を潜り抜けた妖精さんは
設定の衣を脱ぎ捨てるがごとく戦士として完成していく
ベル族の女王は、一つの完成形だ
魔王など問題にならないほどのパワーを持ち
下位都市級に相当する潜在能力を開放している
その反射速度、動体視力は王種にも匹敵するだろう
放射された光の散弾
それら一つ一つが急角度で屈折し
白くまさんたちの急所をエグい角度で捉えていた
ポーラ属さんの超奥義レクイエム毒針の掃射版に近しいものがある
白くまさんたちの総攻撃に
女王は酷評を下した
女王「よくわかりました。あなたたちに不足しているもの……それは危機感です」
いかなる経緯でそうなったのかは不明だが、女王の頬に一筋、浅い傷が付いていた
バウマフ家の人々が過敏な反応を示すため、お前らの傷口からは虹色の光が漏れるという措置が取られている
魔物の血が流れたとき、雨が降った次の朝などは小さな虹が架かるのだ
頬を伝い落ちる虹彩を、女王は指先でぬぐった
おもむろに金冠を外し、手に持ったまま突き出す
ぱっと指を離すと、落下した金冠が露出した土壌にめり込んだ
警戒する白くまの群れに、女王は言った
女王「犠牲が、必要ですか?」
青狸「…………」
怒涛の展開を見せる妖精ファイト
一方その頃、青狸さんはいっさい関わり合いになるまいと歩を進めていた
動力兵の戦線は崩壊した
すでに青狸さんを遮るものは何もなく――
木「見せてもらおうか……! バウマフ家の未来とやらを!」
どさくさに紛れて木のひとが子狸側についた
木のひとは見た目ほど物質系の魔物ではない
外殻の大樹は、およそ千年前に動物たちから譲り受けた縄張りを取り込んだものだ
木のひとは森そのもの
お前らが全世界に散る以前、お前らの家は木のひとだった
ワドマトは、木のひとを樹精霊と評した
その本性は木霊とでも言うべき霊魂に近しい何かだ
いつしか木のひとの枝葉には数えきれないほどの木彫り人形が湧き出していた
頭を小刻みに揺らし、一斉に唱和する
木「子狸はおれにプレッシャーを与えたぞ……! お前はどうだ!?」
根を這わして迫る巨木に、青狸さんは――!
青狸「…………」
ぽいっとバナナの皮を放り投げた
木「ちぃーっ!」
木のひとが激しく舌打ちした
罠だ!
お前らが期待の眼差しを寄せる
母狸さんと一進一退の攻防を繰り広げる子狸さんですら目を見張った
試されている!
負ける……?
負けるのか!? 王種が!
緑「やめろーッ!」
緑のひとが悲痛な叫び声を放った
座して待つという選択肢が、この緑にはなかった
彼は、王種のリーダーなのだ……