青
王種は人間を基準とした存在ではない
人間の相手ならば都市級で事足りる
しかしそうではない……
開放レベル5は、動力兵との戦闘を想定したものだ
だから通常であれば騎士団が王種に牙を剥くことはない
何のために戦うのか、誰のために戦うのか
真に守りたいものがあるならば、彼らは王種との衝突を回避する手段を模索するべきだった
だが、今は……
不思議とそうではない気がしていた
理屈ではなかった
戦わなければ何も守れない
それは、いつかではなく
今なのだ
王都の防衛に回った王国騎士はおよそ八千騎
王国騎士団の大隊長“不敗”のジョンコネリ将軍が抜けた穴を埋めるべく
現在、王都には帝国騎士団と連合騎士団の一個大隊が派遣されている
これは王国宰相の交渉によるものだ
計一万騎の混成軍
それらの過半数は山腹軍団に呑まれ
残る半数の三割ほどは同士討ちによる消耗を余儀なくされた
さらにお前らの巻き添えで戦線を離脱した騎士も少なくない
残存兵数は千を切っていた
戦力は単純に十分の一ということにはならない
もっと下だ
実働部隊の欠員は戦歌の汎用性を著しく損なう
何のために戦うのか
誰のために戦うのか
理由すら定かではなく
しかし戦士たちは苦笑を禁じえなかった
連合騎士「まさか魔王と肩を並べて戦うことになるとはな……」
子狸「……魔王?」
妖精「お前のことです」
羽のひとが黒妖精さんとあやとりをしながらズバリと指摘した
そんなことは言われるまでもないと子狸さんは鼻を鳴らす
子狸「意外か? おれはそうは思わないな」
おれたちの子狸さんにとっては驚くに値しないことだった
それは、いったいいかなる先見によるものなのか?
肩越しに振り返った騎士に、子狸さんは不敵な笑みを浮かべる
子狸「ふっ、お嬢に頼まれては嫌とは言えんさ」
そのような事実はなかったが、しかし勇者さんの頼みとあらば仕方ない
きっと勇者さんには何か考えがあるのだろう
※ わたしにどうしろと言うの
一瞬、奇妙な間があった
奇跡的な沈黙だった
それは戦端が開く直前の出来事
しんとした空間に子狸さんの言葉が染み渡り――
直後、示し合わせたかのように全員が一斉に動いた
ワドマトが都市級召喚の詠唱に入る
蜘蛛型の動力兵が毒尾を打ち出した
人型は前へ
跳躍した戦隊級の下を
散開した騎士たちが小隊ごとに駆ける
木のひとが枝葉を幾重にも繰り出した
子狸さんが自動防御を解除する
山腹アナザーがアテレシアさんに絡みはじめた
それは、すなわちこの男が解き放たれたことを意味する
坂道を転がり落ちるように異様な傾斜の力場を駆け下りた太っちょが
ワドマトの眼前に降り立った
王国最強の騎士、アトン・エウロだ
異世界の魔導師を見据える眼差しが、まるで研ぎ澄まされた刃のようだった
どるふぃん「見覚えがあるぞ……? そう、この気配だ……」
二人に直接的な面識はないが
トンちゃんは共和国の出身だ
共和国は十年前に滅んでいる
直接、手を下したのは馬のひとだが
その原因となった活版印刷は……
魔法動力兵により持ち込まれた技術であった
その動力兵をワドマトが操作していたとしても不思議ではない
もしかしたら姿形も本人に似せたものだったのかもしれない
そして、このタイミングだ
トンちゃんは、やろうと思えばワドマトを連れ去ることも可能だった
しかし瞑目した子狸さんが
トンちゃんへと寄せた信頼が
結果的にワドマトを救った
子狸「五秒でいい。頼む」
どるふぃん「ノロさん」
トンちゃんは振り返らずにはいられなかった
いまだ子狸が自分を信じてくれているとは思わなかったのだろう
歴戦の中隊長の瞳が揺れた
ここに来て、はじめて見せた迷いがトンちゃんの選択肢を削ぎ落とした
自動防御と自動攻撃の共存は難しい
少なくとも現在の子狸では無理だった
自動攻撃を発動するためには一時的に防御を解く必要がある
子狸「ハイパー」
まるでそうなることが分かっていたかのように
子狸さんは静かに詠唱した
過度属性は魔物の外殻を再現する魔法だ
それは運命の輪郭であり
さだめの境界線だった
青と白。二色の霊気が子狸さんの全身を瞬く間に覆っていく
この小さなポンポコの外殻は、このとき……
ついに縞模様を獲得するに至ったのだ
前足をきつく握りしめる
究極の攻性魔法を、この子狸は撃とうとしている
木のひとの枝葉が、動力兵と騎士を等しく打ち据えた
冗談みたいに宙を舞った子狸防衛隊を
トンちゃんは歯噛みして見つめた
子狸さんへと迫る脅威を
一度は見捨てたトンちゃんだったから
二度目を許容することはできなかった
どるふぃん「“2cm”!」
わずか五秒で騎士団と動力兵は全滅していた
史上まれに見る物体干渉は王種の攻撃を一度はいなした
しかし、まだだ
二度目はない
木「終わりだ」
木のひとがあざ笑い――
トンちゃんと子狸の和解に
事態の推移を見守っていた勇者さんのテンションが
微妙に上がった
勇者「仕方ないわねっ」
十番目の可能性、ストライプドッグが走る
闇の宝剣は世界に影を落とす
縞模様みたいに
鮮やかに
庭師もかくやという美しさ
木のひとの枝葉が、するりと幹から切り離された
木「おお……」
木のひとの反応は淡白だった
そこには邪魔をされたという憤りは見られない
むしろアリア家の中庭に根を下ろすことを認められたような……
通過儀礼を果たした清々しさを感じていた
子狸さんが言った
子狸「最高のパーティーだろ?」
握りしめた前足をゆっくりと開いていく
究極の攻性魔法とは何なのか
小さければ小さいほど良い
それは、もしかしたら、人類の歴史において
武器、あるいは兵器の最終解答
――米粒ほどの小さな圧縮弾だった
肉眼で目視することさえ困難なのに
桁外れの存在感を放っている
込められた膨大な魔力が
錯誤による暴風を引き起こしていた
木「待て」
木のひとが根を這わして後ずさる
動揺を表すように木の葉がざわざわとこすれる
木「……今日のところはこれくらいにしておくか」
言い放たれた停戦の誘いに
子狸さんは小さく首を横に振った
子狸「たくさんのものを失った」
一歩、後ろ足を踏み出す
究極の攻性魔法は距離を選ばない
しかし木のひとは同じだけ後ずさった
木「おれはやってない」
子狸「誰だってそう言う」
子狸さんの言葉には経験者ならではの重みがあった
――負けられない戦いがある
本当の意味での、勝たねばならない戦いだ
これまでのあまたの敗戦は
今日この日この瞬間のために積み上げてきた試金石に他ならなかった
妖精「…………」
コアラ「…………」
足手まといになるのを恐れてのことだろう
二人の妖精がそっと子狸さんの肩を離れる
おれたちの子狸さんが、ゆっくりと
そう、ゆっくりと前足を掲げる
圧縮弾の周囲を
飛散した黒点が星雲のように取り巻いていた
木のひとが絶叫する
木「おれは被害者だ! 召喚しておいて何を今更……!」
子狸「そうか。まだ黒幕がいるんだな……?」
妖精「お前のことです」
勇者さんの肩にとまった羽のひとがズバリと指摘した
だが子狸さんは、そうではないのだと言う
子狸「心当たりがある。青狸だったか……?」
逃げ道など、どこにもないかのようだった
図星だったのだろう
ぎくりとした木のひとが覚悟を決めたか踏みとどまる
木「子狸ぃ……!」
子狸「木のひと~!」
木のひとの巨体が迫る
子狸さんはひるまない。跳躍した
そして――!
巫女「……わたしって、もしかして逆に凄いのかな?」
巫女さんが目にした光景とはいったい!?
次回へ続く……!
※ もうね。どうすれば子狸さんは勝てるの……?
※ おい。まだ負けてない
※ いや、だめだろ。かつてないほど仰け反ってる
※ さっさと撃てば良かったのに……
※ 跳躍したのが良くなかった
※ 今コマ送りで見てるけど、前足を振り下ろす動作は不要だったな
※ そもそも自動攻撃の何たるかを理解していない可能性がある
※ 自動防御を優先したからなぁ……
※ ここは勝ってほしかった
※ お前ら。おれはどうやって退場すればいいのですか?
※ 木のひと!
※ 木のひとだ!
※ こきゅーとす、お初だね!
※ そうか! こきゅーとすなら話せるよ!
※ 木のひと~!
※ 木のひと~!
※ 木のひと~!
子狸「ぐあ~!」
ある意味、子狸さんは最終的には勝利したのかもしれない
いや、あるいはこれまでもそうだったのではないか……?
たしかに子狸さんの勝率は低い
だが、敗戦から学ぶことは多いという話を聞いたことがある
その理屈はよくわからないが……
つまり、人間たちの考えでは十戦して九敗しても問題はない
むしろより多くのものを得たと言えるのかもしれない
だとしたら、やはり真の勝者はおれたちの子狸さんということになる
※ おい。じゃあ巫女さんはどうなるんだよ
※ う~ん。あれは別枠ということにしよう
※ 子狸さんの輝かしい戦歴がまた一つ……
※ ……いや、やっぱりおかしいよ!
※ 負けは負け。潔く認めよう。な?
※ うむ。この場は木のひとに勝ちを譲るとしようか
※ お前ら、バウマフ家を甘やかしすぎ
※ むしろ厳しすぎると思ってる
※ これ以上、厳しくするとツッコミで河があふれる
※ あ~
※ ん? あ~
※ お~
上空から一匹の狸が降りてきた
木のひとに吹き飛ばされた子狸を空中で受け止める
もう片方の前足には、妙齢の女性を抱えている
仰ぎ見た子狸さんがぎょっとする
子狸「お前は……!」
大きなポンポコは、眼下の異世界人を一心に見つめている
その横顔に子狸さんは見覚えがあった
子狸「青、狸……!」
……先ほどとはまったくの別人に見えるが
人間は成長すると原子配列変換を起こすと以前どこかで耳にしたことがある
子狸さんは常に正しい
お前らを導いてくれる存在だ
青狸さんは言った
青狸「……異世界人……」
その声に宿る感情は一つ
憎しみだ
憎しみしか、なかった