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しいていうならお前の横を歩いてるのが魔王  作者: たぴ岡
最終章「しいていうなら(略
233/240

手を差し伸べて

 おれたちの子狸さんは弱者の味方だ

 それは常にそうだった

 何故なら弱者は、死を前にして何も選べない


 選ぶということ

 それがきっと人間がとくべつになれた理由だ

 知性は選ぶことからはじまった……


 だから子狸さんの峻別は

 ときとして善悪を超越する


 逆算魔法は崩れた

 治癒魔法は使用不可能な状況にある

 そのことを人間たちはまだ知らない


 しかしいずれ知ることになる

 今この瞬間、世界は変わった

 解き放たれた可能性が未来を鮮やかに塗り替えていく


 旅は楽しいことばかりではない

 悲しいこともあるだろう

 苦しいこともあるだろう


 けれど今は

 ほんの少しだけ

 手を貸すとしよう……


 子狸はママンと似ている

 召喚された挙句に宣戦布告を叩きつけられた木のひとの瞳が揺れた

 それは一瞬のことだったから人間たちは気付かなかっただろう

 まず木のひとに目はない

 しかし“見る”ことはできる

 魔物の外殻は運命により定められた“役目”の境界線だ


 木のひとが取り零してきた出会いが、今ここにある


 湧き上がる歓喜と感動を強靭な精神力で押さえ込んだ

 我慢することは慣れている

 哄笑を上げた


木「ファイナルステージ? お前が、おれをか。出来損ないの最後の子」


 しなる枝葉が触手のように蠢く

 木のひとは憐れむように告げた


木「人間にも魔物にもなりきれない……虚飾の冠を頂くはだかの王よ」


 千年樹の巨体を、子狸は挑むように見上げている

 不敵に笑った


子狸「ふっ、誉めても何も出ないぜ?」


 虚飾。外見だけが立派で中身が伴っていないこと

 例:しょせん元帥など虚飾の称号に過ぎんよ。ふぅははははぁ


子狸「……だが。虚飾かどうか……試してみればいいさ」


勇者「…………」


 勇者さんの動きは素早かった

 木のひとの葉っぱを採取しようとしている巫女さんの袖を引き

 ――木のひとの葉っぱは体幹を離れると光の粒子に還元される

 姉妹たちを伴って戦線を離脱する


 つまり逃亡を図った

 自分の手には負えないと判断したのだ

 多くの討伐戦争で物語の山場となる敵前逃亡を、今ここで実行に移そうと――


 しかし子狸さんは魔王だった

 魔王の正体は“人間”だ

 魔物にも人間にもなりきれない

 それはつまりどちらでもあるということだ


 最後の舞台に魔王が立つというのであれば

 人間たちは観衆であってはならなかった


 騎士団が一斉に動く

 ――心理操作だ

 子狸が心のどこかで願っていたことを

 魔法は独断と専行で実行へと移す

 さらなる拡大解釈を自動防御は獲得しつつある


 この心理操作に抵抗できたのは勇者さんだけだった

 彼女はバウマフ家以外で史上初となるこきゅーとすの閲覧者だ


 こきゅーとすをデザインしたのはお前らだが

 実際に創造したのは特赦を持つバウマフ家の人間だった

 だから、お前らの言うことを聞かないで

 何らかの隠し機能があっても不思議ではなかった


 勇者さんがこきゅーとすへと流されてきたのは

 たぶんその場の思い付きで仕組まれた狡猾な罠だったに違いない

 それは二番回路の損傷と無関係ではあるまい


 認識できないものに退魔性は機能しない

 異能は適応者を優遇するが、いざというときは我が身を優先する

 生命の危機に瀕した適応者の異能が変質するのはそのためだ


 魔法が術者の退魔性を代償とするように

 異能は何かしらの火種を適応者に求める


 それは、おそらく……

 正常な世界の在り方だ

 

 2cm動くということ

 その正体は歴史のずれなのではないか?

 正体と言うよりは原動力と言うべきかもしれない


 世界を一時的に浄化するのが異能だ

 しかし魔法使いは

 魔法のない世界では生きられない……


 退魔性は、特定の種族に肩入れをしない

 人間を守るために働くものではないのだ


 だから、この場にいる誰よりも高い正常性を保った魔剣士すら心理操作に絡めとられた

 彼女の場合、利害が一致していたという背景もあるのだろう


 アテレシア・アジェステ・アリアは

 おれたちの子狸さんに強い興味を覚えている――


 悪徳を滅ぼした末、最後に残るものが

 この小さなポンポコではないかと疑っているのだ


 ※ 近寄らせるな!

  ※ デスメイドめぇ……!

   ※ おれたちの子狸さんに近寄るんじゃない!

 

 アテレシアさんの興味の対象になるということは

 死神さんとお近付きになるということでもあるのだ


 立ちふさがるお前らに、彼女は親しげに微笑んだ


アリア姉「シアの言うことが正しいなら」


 アテレシアさんは、勇者さんをシアと呼ぶ


アリア姉「あなたたちは、居ても居なくても同じね」


 ……魔物は世界を滅ぼしてもお釣りが来るほどの力を持っている

 本気になったお前らを人間たちは止めることができないし

 けれど、ああだこうだと文句を垂れながらも社会に貢献してきたのだ


 それを否定するのか


 お前らの非難の眼差しを、彼女が退魔性越しに受け取ることはない

 あれだけの距離が、こんなにも遠い

 隔てている。強く


 魔物の感情を正確に見分けることができるのは、バウマフ家の人間だけなのだ

 だから、決して近寄らせはしない……


 無言で這い寄るお前らに、アテレシアの表情はさらに穏やかなものとなる

 口元は控えめに綻び、向けられる視線には慈悲とすら呼べるものが宿る

 くつろいでいるときのお前らに、ときおりバウマフさんちのひとが繰り出してくる幼児を見る目だ


 対極にある筈の、アリア家とバウマフ家の人間には、奇妙な共通点がある

 それは、たぶん両者が異なる陣営の適応者だからだ


 原初の異能は、自らの因子を世界にばら撒くとき

 まず、はじめに制御を司る子を産んだ


 内部で完結する制御系は外的要因に左右されにくいから

 受信系と送信系を安定供給する母体になり得る


 美貌の魔剣士は言った


アリア姉「戦いを忘れた人間は、平和の価値を正しくは量れない」


 踏み出す

 凶器を手に行く血塗られた道は、和平へと至る道なのか


アリア姉「価値を知らない人間に、今ある暮らしを享受する資格はない」


 アリア家の人間は、長じるに従い感情制御の人格を取り込んでいく

 統合された人格は、深い濃紺を帯びるようになる


 勇者さんみたいに子狸側の属性を

 完全な感情制御を持つアリア家の人間が手にすることはない……


 ※ 一緒にしないで


 ボケにもツッコミにもなりきれない

 それはつまりどちらでもあるということだ


 ここさいきんボケ側に傾きつつある勇者さんが

 今後、いったい如何なる道を歩むのか

 おれたちは、ただ優しく見守るとしよう


 自覚がないようだから言っておく

 傍目から見ると、勇者さんは五人姉妹とそっくりだ

 面倒臭がりところもそうだし

 口ほどにもないところなど他人の空似かと目を疑う


 悲しいことだが……

 飼い主とペットは似ていくのだ


 ※ じゃあ、わたしも言わせてもらうけど

   あなたたちね、あの子と似ているわ

   なぞったみたいに同じ運命を辿るのね……


 子狸と一緒にしないでほしい

 お前、それがどれだけの侮辱かわかって言ってるの?

 もう人格を否定するレベルだぞ

 ひとが嫌がることはするなと教えられていないのか?

 まったく……


 ああ、おれはいいの

 おれが子狸と似てるっていうのは誉め言葉だからね

 けど、おれが言われるのはべつなのね

 気を付けてほしいのです


 ※ おい。大丈夫か? かなり理不尽なことを言ってるぞ

  ※ ……しかし一面の真実ではある

   ※ その辺のさじ加減は、まだ勇者さんには難しいだろうな


 ※ もう少し正確に言うとね

   子狸がおれらに似てるっていうのは禁句なんだよ

   薄々は自覚していることだし

   でも指摘したところでどうしようもないことだからさ

   それなら黙っていたほうがみんな幸せになれるよね?

   そういうバランス感覚を、勇者さんには学んでほしい


 生きるということは、学んでいくということだ

 アテレシアさんの凶刃をひらひらとかわしながら

 お前らは勇者さんへの教育を怠らない


アリア姉「原種……?」


 かつてアテレシアさんは

 自宅への不法侵入を試みた三人のポーラ属に

 理不尽とも言える制裁の刃を下した


山腹「…………」


 だが、今の山腹のんならば

 一度は凶弾に倒れ、奇跡の復活を遂げた

 このちょっと本気を出した山腹のんならば

 

 アリア家の歴史、史上最高の天才と謳われる魔剣士と

 同じ高みに並べる

 追い越せる――!


 体幹を移し、距離を置いた山腹のんが

 具合を確かめるように液状化した触手へと視線を落としている

 目線を合わさぬまま、ゆっくりと噛み締めるように言った



山腹「決着をつけようか……」



 夜の帳はとうに落ちている

 飛び交う発光魔法がまるで蛍の群れのようにきらびやかだ

 しかし舞台の幕は、まだ降りない 

 カーテンコールには早すぎる


 異なる世界で生まれ、異なる世界で生きてきた二人の魔導師が並び立つ


 一人は魔物(メノゥ)の王だった


子狸「これが、王種……!」


 もう一人は魔物(ハロゥ)の王だった


海獣「時間を稼いでくれ。都市級を召喚する」


 二人の魔王が最後の戦いへと赴こうとしている


 お前らはもじもじしている


牛「……いや、なんつーか、照れるなぁ。どうしたらいいの、これ?」


緑「ちょっと待って。ちょっとだけ待って。いま、おれの中でダイジェスト編が放映されてるから……!」


うさぎ「おれもだよ! なんでこきゅーとすなんて作らせたんだろう……? 未来に贈る歌とか、おれ言っちゃってる……!」


人魚「わ、わかるよ。もう、ちょっと……いったん集合しようぜ、お前ら! 円陣を組もう!」



 時間の制約はすでになく

 お前らの過去の発言は

 現在を生きるお前らの羞恥心を刺激する


 ひとを呪わば穴二つという言葉もある

 勇者さんが微妙に満足そうな顔をしていた

 吐いた唾は呑めないし、二度と取り返しはつかないのである


勇者「……!」


 おれたちは、地獄の片道切符を多くは望まない

 望まないが、しかし……

 どうあっても免れないというのであれば

 旅は道連れ、世は情け……

 より多くの落選者に幸運は舞い降りるだろう


 一人旅は、きっと寂しい

 お互いの境遇を励まし合ったり

 不幸自慢することが旅の醍醐味なのではないか


 たまには愚痴を零してもいいさ

 一人、泣きたい夜もある

 でも、それだけじゃないんだろ?


 一人ではできないことも、二人ならできることだってある

 三人なら? 四人なら? 肩に担いだ重荷は軽くなる

 支え合うということは、そういうことだ

 共倒れになるということなのだ

 


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