ストーリーの、崩壊
魔改造の実シリーズは概念を封じ込めたものだ
二番回路は人間たちの願いを叶えようとする性質を持つ
その性質を押さえ込んでいるのが魔法の果実だった
だから、つまり、何らかの事情で果実が機能しなくなったとき
人間たちは間接的に開放レベル9を行使することができるようになる
最大開放のレベル9へと到達した豊穣属性の術者が
全種類の果実を揃えたとき、道は開かれる
異能が具現したことで一部の果実は消失している
緑のひとが後生大事に隠し持っていた魔さくらんぼがそうだ
※ !?
魔さくらんぼは人間たちの超常的な能力の発現を封じたものであり――
しかし異能を完全に封じる込めることはできなかった
お前らが危機的状況に陥ったとき
状況が悪化するに従って果実は失われていく仕組みになっている
つまりハードルが下がっていくということだ
勝つか負けるかわからない
異世界との戦いに身を投じるおれたちが
最後に
人間たちへと贈るメッセージ
それなのに
バウマフ家の人間が
条件を満たせる構造に
なっていたのは
きっと……
おれたちの子狸さんが吠えた
子狸「返してもらうぞ!」
魔力が猛り狂う
撒き散らされた黒点が
巻き上がるつむじ風に踊るかのようだ
子狸「失ったものを、きずなを……取り戻しに来た!」
子狸さんの意思とは無関係に魔法が活動しはじめている
長時間に及ぶ自動防御の展開が原因だった
喚声と願望は術者を特定するための仕組みだ
しかし術者は必ずしも本人でなくとも良い
冤罪を許容するシステムは……
魔法側の適応者が最大開放に至ったとき
その人物を保護するルールへと変貌する
差し押さえとなる退魔性が同量であるならば
詠唱破棄の術者に近しい魔法は
召喚声明をねつ造できる
子狸の足元でリングが結晶化していく
割れ砕け、堆積していく
まるで経年劣化するように
それらはやがて結晶の砂漠と化した
魔都の手前にある蛇のひとの家は
かつて魔王がお前らと喧嘩して出来たものだ
蛇のひとは大いに嘆いたが……
雰囲気的にそれっぽいという理由で修繕はされなかった
※ 思い出として残そうという話だった筈
思い出に残すという理由で修繕はされなかった
※ ですよね
勇者「ルルイト!」
勇者さんは子狸の野望を阻止しようとしている
霧散した聖剣を再結合し、子狸へと振り下ろした
五人姉妹のうち、誰を呼ぶかで共振現象の使い分けをしているようだ
四女の名前を呼んだのは洗脳を辞さないという意思の表れだった
第二の必殺剣、破獄鱗ゾスは自動防御に阻まれる
だが異能の働きを防ぐことはできない
念力の正体は退魔性の結晶だからだ
魔法という異物が紛れ込んだことで生じた歪み
あるいは異なる歴史を辿った魔法なのかもしれない
魔法で物理法則を再現することは不可能ではない
法典は、人間たちに強要はしない
魔法を捨て去るという選択肢をなくしはしない
最終的な決断は人間たちが下さねばならない
それでも
彼らが
魔法を
望んだのであれば
――終点が魔物駅であってもいいということだ
アリア家の狐は子狸さんにけっこう懐いている
餌付けの成果だ
しかし彼女たちがここぞという場面で勇者さんを裏切ることはない
放たれた念波は結合して念力と化す
あらゆる異能は物体干渉を祖に持つ
人間の心を操るということは
脳内に流れる電気信号をほんのわずかに動かすということだ
強力な反面、大雑把な2cmさんでは出来ない複雑な作業も
世代を重ねた異能ならば出来るようになる
それが適応するということだ
進化するということだ
姉妹たちの念力が子狸さんをとらえた
この土壇場。この緊張感!
失敗は許されない……!
迫り来る全部乗せパフェの誘惑に――!
子狸「またこの子たちはお菓子ばっかり食べてッ……!」
おれの触手が刺さった子狸さんは強靭な意思であらがった!
反射した念波には手応えがなく
打ち破られたと知ったコニタの声には驚愕と称賛が入り混じる
狐娘「わたしたちの力が通用しない……!?」
彼女の足元を一つ目の小鳥が首を前後しながら徘徊していた
発現した異能の像は、念力の作用に何ら寄与することはない
しばしばその場の空気を読んでアクションするものの
基本的には居るだけだ
適応者は、異能者の下宿先に過ぎない
支払われる家賃が異能のトリガーだった
力の発信源は異能そのものであり
たまに違約金として暴走する以外、不労所得で日々の糧を得ている
異能が魔法の反作用であるように
異能者はお前らの反作用でもある
ろくでもない存在になるのは当然のことであった
※ 王都さん
※ 王都さん、おれら仲間だろ?
※ 盟友じゃないか
無論――
反作用だから酷似するというのは妙な理屈だ
むしろ正反対であると言ったほうが筋は通る
※ うん
※ いいぞ。続けろ
自立した小鳥が、何か興味を惹かれる要素でもあったのか
明後日の方向に歩いていく
しかし続きはまた今度だ
コニタが念波を解除したことで
小鳥の姿は糸がほどけるように大気へと溶け込んで消えた
コニタは歯噛みする
子狸に自分たちの力が通用しない……!
原因を探っているひまはなかった
しかし予期し得たことでもあった
狐娘「魔物と同じ……? マフマフ、お前は……」
精神干渉の念波は、厳密には適応者の支配下にはない
念力が具体的にどう作用しているのを、彼女たちは知らない
人間が意識的に操作するには複雑すぎるからだ
コニタの読心術がお前らに対して正常に作動しないのは
殺到した念力が大好物のお前らをついばむためである
異能は魔法の反作用であるから、お前らの駆逐に情熱を傾ける
しかし本質的には同等だから、一進一退の攻防につながるのだ
勇者「お菓子?」
勇者さんは姉妹たちの力の使い方に不満がある様子であったが……
子狸を止められないと見るや、お前らの説得に乗り出した
最善の行動ではある
勇者「どうして!? あなたたちは……この子を見捨てるの!?」
バウマフ家の人間だけが特赦を持つ
減衰のペナルティを無視できるということは
子狸の身の安全を保証するものだった
だが、それだけじゃない……
減衰特赦は、極めて強力な呪詛だ
連結魔法と誘導魔法が永続的に衝突することで成り立っている
おれたちは連結魔法から生まれた存在だから
誘導魔法の構成が見えない
バウマフ家に宿る呪詛がどれほどの無理を生じているのかがわからない
そして、それ以前に……生理的な嫌悪感がある
何とかして特赦だけを引き剥がそうとしてきたが
どうやらそれは難しい。とても難しい
……理由はまだあるぞ
特赦を以ってしても、最強の動力兵には及ばなかった
お屋形さまは……
最後の最後まで
実力で彼女を上回ることがなかった
それが答えだ
絶対の保証にならないなら
得体の知れない呪詛に頼ることはなかろう
共鳴し、発光する魔改造の実シリーズを
異世界の魔導師はまぶしそうに目を細めて見つめている
ため息を吐いた
海獣「しかし負けは負け……。あれは、結局のところ勝つつもりがなかった。あれだけのスペックを持ちながら……おろかなことだ」
このワドマトという異世界人は前向きな性格をしている
良い面にばかり目を向け、何かにつけ好意的な解釈をしがちだ
けれど自分の作品に対しては悪らつな口も利けるらしい
海獣「……私たちは、マリ・バウマフを“完成された魔法使い”と呼ぶ。怒り、憎しみ……そういった感情に身を委ねることができるバウマフ家の人間は貴重だからね。いや、貴重と言うより……例を見ないと言ったほうが適切かな」
その表情が一瞬だけ翳る
わずかに覗いて見えたのは憔悴した男の顔だった
海獣「さあ、門が開くぞ……。だいぶ抵抗しているようだが、時間の問題だろう。この世界の時間が解放される。彼、歴代最高の管理人がやらなかったこと、やれなかったことだ。仕事の話をすると私は言ったね。では、はじめようか……!」
一番回路は魔法専用の回線を持つ
魔法専用ということは、魔物専用でもあるということだ
動力兵たちが一斉に動いた
彼らは設計者の命令には逆らえない構造になっているが
生命の危機となれば話は別だろう
魔法動力兵の開放レベルは最大値の9だから
設計者の指令を命令系統の最上位に置いてしまうと
北海世界で最高の権力を持つのは魔導師ということになってしまう
しかし、そうではない筈だ
魔法使いは、社会で共存するには向いていない
手にした力が大きければ大きいほど、他者とは距離を置くことになる
社会の形態によって待遇が異なるだけだ
生涯、隔離されて過ごすものも居るかもしれない
そうでなければ、極めて特異な教育環境に放り込まれているだろう
おそらく魔法動力兵は、北海世界の共有財産という位置付けにある
術者の命令よりも“人間”の安全を重視するだろうことは想像に難くない
だから彼らは待機の命を拒み、生みの親であるワドマトを中心に堅陣を組んだ
白い機兵の群れに埋没した白い人間の哄笑が響く
海獣「950年だ! あれから950年も掛かった! 随分と苦労したよ!」
過去、未来からの干渉を防ぐ逆算魔法の施行は
この世界を監視する異世界人にとって都合の悪いものだった
彼らの最終的な目的は他世界への移住であり
そうでないなら、もっと他に遣りようがあったからだ
子狸さんの前足に52年モデルが召喚された
牛のひともびっくりの遠隔盗難だ
周囲を取り巻く果実たちが淡い虹彩を放っている
定期的に揺れ動き、種々様々な鼓動を奏でていた
躍動する果実たちに誘われたかのように
52年モデルの表面にぽこぽこと芽が生えてくる
それらは一定の段階まで耐えるように身をふるわせていたが
やがて爆発的に成長をはじめた
52年モデルを苗床に
あのひとは帰ってくる
南極の分厚い氷の下
かまくらのんが家で大切に大切に育てた苗木の
遠い、遠い、未来の姿
魔物が生まれるためには
重複した歴史が必要だ
魔法は矛盾からしか生まれない
物質的な観点から見れば存在は否定される
けれど“事実”は
重要な要素ではないのだ
朝、目玉焼きを食べたとする
探せば証拠もあるだろう
なんならタイムスリップしてくれても構わない
けど、もしも過去に戻って
そこで目にしたものが
玉子焼きを食べている自分だったなら
いまそこにいるお前は
いったい誰なんだ?
――これが魔物だ
魔物という存在の根底にあるものがこれだ
先ほどまでの憔悴していた男はもういない
興奮に輝く瞳を一心に注いでいる
息を引き取るように、夜の帳が落ちた
この物語を見届けようと王都に残留した人々が
一人、また一人と生成した照明を放つ
誰も彼もが魔法使いだった
彼ら一人ひとりが魔法の感染源であり
またリサ結晶体の供給源でもあった
結晶体は、術者と魔法の中間に結合される
具体的にどこということはない
狭間に揺れる
両者を結びつける基地局であり
より単純な構造をした、非概念物質――リサの司令塔として働く
ぎしぎしと軋む音がした
ライトアップされたのは、いまだ成長を続ける巨木だった
王都に根付いた大樹が、わさわさと窮屈そうに木の葉を揺らす
大きくしなった枝が無数に放たれ、動力兵たちを打ち据えた
本物の治癒魔法は封印されている
本調子ではない
しかし圧倒的な――
世界に君臨する王種の力だった
配下の動力兵が折檻されているのも構わず、ワドマトは喜色満面の笑みを浮かべる
そうだろう、嬉しいだろう
今この瞬間、この世界の時間を縛る逆算魔法は過去のものとなったのだ
焼け落ちた規定の未来が、光となって降り注ぐかのようだ
もじもじしているお前らに代わって、ワドマトが声高らかに叫んだ
海獣「久しぶりだな! 樹精霊!」
そんな名前ではない
木のひとだ
久しぶりの対面にお前らはもじもじしている
かく言うおれもどう接して良いものか決めかねている
ところが、お前らの気持ち木知らずである
木のひとは怒り狂っていた
のっけからテンションマックスだ
木「異世界人! よくもおめおめと! よくも邪魔をしてくれたな!」
昔から怒ると手のつけられないひとであった
おれたちも異世界人は嫌いだが
木のひとが復活したらわりとどうでもよくなった
それはある
事実としてそうなのだから仕方ない
しかし遠未来に飛ばされた木のひとの怒りはおさまらなかったらしい
ひと口に遠未来と言っても、時間軸上における現在の延長とは少し違う
時間という概念の少し先というか……
やや、はみ出た感じだ
いかんせん逆算魔法の発信源になっていたので
当の本人は正常な時間軸から外れていた
台風の目みたいなものだ
体感時間で千年ほど
根を下ろすくらいしかやることがなかったのだろう
お久しぶりです
なんていうか
お前らがもう二度と会えないみたいなテンションで異世界人にキレていたので
おれも少し流されていた面があり……
じっさいに再会してみると少し照れますねぽよよん
……
ここは子狸さんに委ねたい
子狸さん子狸さん
あのひとが木のひとです
二十四人目の魔物メイトですよ
ちょっと、なんていうの、気恥ずかしいから
しばらくおれらの通訳に回ってほしい
できる?
子狸「できる、できないで言えば……不可能ではないな」
ホントに?
その台詞を言ってみたかっただけじゃないの?
信じていいの?
子狸「戦い……」
子狸さん?
……
ときにお前、妙に冷静ですけど
木のひとを見て何か思うところはないのですか?
子狸「精霊か。なるほどね」
精霊?
いや、まあ、そう言えなくもないけど……
見た目ほど物質系じゃないからね、あのひと
子狸「戦わなければ、何も守れない……」
言うなり、子狸さんの自動防御が作動した
ワドマトを抱えて逃げ惑っている動力兵たちが
瞬間移動してきた子狸さんの背中をきらきらした目で見つめる
振り下ろされた巨木の枝を、力場で受け止めた子狸さんが不敵に笑った
子狸「ファイナルステージだ」
子狸、参戦――