「子狸はこんらんしている」part1
一、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
羽のひとを新たなる旅の仲間に加え
にわかに活気づく我らが勇者一行
次の街へ向けて、いざ出発……!
と行きたいところだが
まずは本来の目的である
調理器具一式を手に入れるために
専門の鍛冶屋へ
妖精「一口に包丁と言っても、いろいろあるんですね~」
勇者「いちばん高価なものを買っておけば間違いないのかしら」
子狸「用途の幅が広いものがいいかな。サイズはやや小ぶりで使い回しの良いものを、重量はある程度あった方が手に馴染む」
子狸は
こんらんしている
妖精「ノロくんがまともなことを……」
勇者「……はじめての感覚だわ。これが感動というものなの……?」
感動を知る勇者さん
絶賛こんらん中の子狸が
率先して鍛冶屋の店主と交渉し
無難に商談をまとめる
子狸「どうしたのさ、ふたりとも? さあ、行こう。おれたちの旅は、まだはじまったばかりだ……!」
違和感が物凄いのですが……
二、火口付近在住のとるにたらない不定形生物さん
子狸さん
かっこいい……
三、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん
この子狸になら
抱かれてもいい
四、山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん
おれは
子狸はやれば出来る子だって
信じてたよ
五、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん
子狸はじまったな……
王都の
あとでデータを送ってくれ
永久保存する
六、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
おう
抜かりはないぜ
きちんと、あらゆる角度から録画しておいた
編集して完成したバージョンを
今夜にでも河に流す
七、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん
さすが青いひとだな
おれは
子狸の肩から
勇者さんの反応シリーズ
をリリースする予定だ
八、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
おう
突き詰めていけば
面白いものが出来そうだな
さて
目的のものを入手し、一行は往来へ
勇者さんは
一向に旅立とうとする様子がない
もう一泊するのかな?
九、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん
訊いてみる
おれ「リシアさん、次はどこへ行くんですか?」
勇者「……足が疲れたわ。広場で少し休憩しましょう」
子狸「あんまり出歩かない方がいいんじゃないかな? 君は、有名人みたいだね」
おれ「……おお」
勇者「……おお」
これが子狸の真の実力なのか……
ちらりと背後を警戒する子狸が
お屋形さまとだぶって見えるぜ……!
一0、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
すっかり立派になって……
子狸の懸念は現実のものとなり
通りの向こうから
二人組の男が近づいてくる
勇者「思ったよりも遅かったわね」
どうやら勇者さんは
彼らと顔見知りらしい
片や
眼帯をはめ
隻腕の男
その男に
つき従うように歩いているのは
長身の
あきらかに素人離れした物腰の男である
騎士崩れか……?
二人とも厚手の上着を肩に引っかけてる
胸にきらめく純金製のカフス
どう見てもカタギの人間とは思えません
本当にありがとうございました
一一、管理人だよ
何者だ?
一二、山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん
ファミリーの人間かと
王国の貴族制度に反発する無法者たちです
仁義を重んじるのですが
末端のものには荒くれものが多いので
民衆の支持は得られてません
しかし現実問題として
街の治安を下で支えているのは
彼らの圧力によるものです
騎士団の人手不足は深刻ですからね
一三、管理人だよ
そうか
アリア家との関わりが
あるのかもしれないな
だが
もしもということもある
羽のひとは
彼女を守れ
おれも
いざというときに備える
一四、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん
イエッサー!
一五、空中庭園在住のとるにたらない不定形生物さん
おれ
もう満足だ……
いつ死んでもいい……
一六、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん
庭園の!?
逝くな!
これからだろ!
いままで悪い夢を見てたんだよ……
ようやくはじまったんだ……!
一七、空中庭園在住のとるにたらない不定形生物さん
ああ。すまない
少し取り乱した……
一八、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
一直線に勇者さんに近寄ってきた二人組が
彼女に頭を下げる
眼帯「申し訳ない。手違いがあったようで……」
途中で超空間に立ち寄ったからな
そのときに見失ったんだろう
おそらく察しはついているだろうに
勇者さんは悪びれない
勇者「そう。まあいいわ」
長身の男は
周囲の目を気にしている
たぶん眼帯の側近なんだろう
大通りから外れているとはいえ
この街は王都に程近く
人通りは多い
側近「……場所を変えますか?」
勇者「ここでいいわ。あなたたちだって王国の民には違いないもの。疾しいことなんて何もないのよ。そうでしょ?」
眼帯「さすがにアリア家のお嬢さまは豪胆でいらっしゃる……。うちの若い衆にも見習ってほしいもんだ」
勇者「そうね。他の貴族が、みんなそう考えてくれたら心配もいらないのだけれど……」
眼帯「何か心配事でも?」
勇者「訳あって、少し長い旅になりそうなの。仮に、あなたたちが頼んでもいないのに行く先々で便宜を図ってくれるとしたなら、わたしたちは借りたくもない恩を作ることになるわね。困ったことだわ……」
眼帯「国を憂うお気持ちはわかります。つまり……いらぬお節介とは存じますが……」
勇者「そう。それなら仕方ないわね。わたしはね、心配なのよ」
眼帯「と申されますと……?」
勇者「わたしたちの一族は、これまで王家に仇なす不忠の輩どもを数えきれないほど粛清してきたわ。だから、王家に万が一のことがあってはならないと……そう思ってる」
眼帯「ご立派です」
勇者「いいえ、当たり前のことよ。けど、その当たり前のことができない貴族の多いこと……」
その筆頭がアリア家なんですけどね……
勇者「わたしは、しばらく王都に戻れないわ。我が家を疎んじる者からしたら、どう思うかしらね……。あってはならないことだけど……わたしなら騎士団を味方につけるわ」
ところで話は変わるけど
いい天気だよな
一九、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん
おう
いい天気だな
吹雪で一歩先も見えないぜ
二0、火口付近在住のとるにたらない不定形生物さん
ほう
ご近所さんたちは
どうしてるんだ?
二一、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん
え
ふつうに
かまくら作って
避難してるけど?
見張りは交代制で
二二、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん
それ
お前が
技術革命
起こしてるんじゃ……?
二三、山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん
おれんちの
ご近所さんも
似たようなもんだぜ
年々お供え物が増えていってる気がする
二四、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
おっと、いかん
話を聞いてなかった
勇者さんとの世間話を終えた眼帯が
子狸の目を覗き込む
眼帯「お前か? ノロ・バウマフってのは。……大きくなったな。あまり似てないと思ったが、面構えは親父譲りか」
子狸「……父さんのことを?」
眼帯「お前の親父さんは、おれの命の恩人だ。向こうは覚えちゃいないだろうがな」
あ~……
こいつ
あのときのチンピラか
二五、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん
あ~……
いたね
そういえば
血まみれで行き倒れてたのが
子狸が三歳くらいのときだな
二六、管理人だよ
そうなのか……
合縁奇縁ってやつだな
二七、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん
勇者さんも同意見みたいですね
勇者「そうなの? 不思議な縁ね」
眼帯「そうでもないですよ。我々の業界じゃあ、こういうのは珍しいことじゃない……。しかしアリア家のお供が平民とはね……こいつとはどこで?」
勇者「魔物にさらわれてたところを拾ったの」
眼帯「さらわれて……? そんなへまを、あの男がするかね……?」
妖精「ノロくんには放浪癖があるんですよ~」
眼帯「ふぅん。あんまりお袋さんに心配かけるなよ?」
子狸「…………」
無反応の子狸さん
眼帯「……で、だ」
急変する眼帯の表情
眼帯「お前、腹に何を飼ってる?」
おれたちのことかな?
いるんだよね……
たまにこういう勘の鋭いやつがさ……
どうする?
二八、空中庭園在住のとるにたらない不定形生物さん
おれが行く
子狸の影に成り済まして
不意打ち気味に襲撃するわ
場合によっては魔王の腹心ルートに突入するけど
まあ、側近が何とかしてくれんだろ
二九、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
そうか?
そこまでやらなくてもいい気もするが……
まあ、やるってんなら
羽のひとは
タイミングを見て
超空間で四人を隔離してくれ
街中で暴れられると面倒だ
バウマフ家の歴史は
表沙汰にはしたくない
三0、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん
おう
って早ぇーよ
青いひと扮する子狸の影が
眼帯に
レクイエム毒針の変化形を放つ
側近「! 叔父貴!」
側近は
おれたちの期待を裏切らなかった
盾の魔法で難なく弾く
チェンジリングね……
職業軍人の技術だぜ
もしくは暗殺者……
庭園「バレてしまっては仕方ない……」
伸び上がる子狸の影
おれ「魔物!? こんな街中で……! リシアさんっ、わたし結界を張ります!」
勇者「お願い」
うは☆
まったく動じてない
さあ、子狸さん!
いいとこ見せるチャンスですよ!
子狸「…………」
おや?
三一、管理人だよ
何者だ?
三二、空中庭園在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
え?
三三、火口付近在住のとるにたらない不定形生物さん
え?
三四、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん
え?
注釈
・チェンジリング
詠唱を変換する技術。
人間は詠唱を破棄することができないため、不意打ちや不意打ちに対抗する手段として、詠唱を「改造」する技術を発展させてきた。
そのひとつが「チェンジリング」である。
先の発言を詠唱として扱うもので、かなりの習熟を必要とする。
詠唱はレベルに応じて長くなる(指示が複雑になる)傾向があるため、チェンジリング可能な魔法はごく低レベルの魔法に限られる。
「詠唱を隠せる」というメリットから、近距離戦においては切り札になりうる。
一見すると便利なのだが、この技術を習得すると手札が少なくなるという決して小さくないデメリットも発生するようだ。
つまり、状況に応じて魔法を使い分けようという考え方の人間には合わないらしい。