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しいていうならお前の横を歩いてるのが魔王  作者: たぴ岡
最終章「しいていうなら(略
228/240

「だめ! お館さま!」


 姉妹たちが勇者さんを庇うように前に出た

 彼女たちはアリアパパをお館さまと呼ぶ


 アリア家の狐は五人姉妹だ

 よく似た姉妹ではあるが、年齢差があるため見分けがつかないということはない

 大きいのがイベルカとサルメア

 中くらいのがレチアとルルイトさん

 小さいのがコニタと覚えておけば間違いない


 勇者さんの表情が苦渋にゆがんだ


「何をっ、下がりなさい!」


 実の父親と姉妹たち

 もしもどちらか片方しか救えないとしたら

 愛してくれない父親ではなく

 自分を慕ってくれる姉妹たちを選べるという確信を、勇者さんは持てなかった

 おろかな判断を下してしまうのではないかと恐怖した


 光の粒子をまとって前に出ようとする勇者さんを、長女と次女が力尽くで抑えた

 領域干渉を全開にした勇者さんは、野生化した子狸さんに迫るほどの力を手にする

 だが、さすがに四人掛かりの制止を振りきることはできなかった

 三女と四女が加勢したことで身動きを封じられる

 

「コニタ!」


 両腕をひろげて立ちふさがるコニタはふるえていた

 強力な異能を生まれ持ったがゆえの傲慢さが彼女たちにはある

 人生を舐めていると言い換えることもできるだろう


 血を分けた肉親だから、五人姉妹の異能は共存関係を築くことができた

 コニタが心を読み、四人の姉がイメージの割り込みを掛ける

 そうすることで他者の思考を誘導することができた

 彼女たちが本気になったなら、対象となったものは“自分の思考”と“送信された情報”の区別がつかなくなるということだ

 限りなく洗脳に近い……強力な異能だ

 

 しかし、この共振現象が通用しない人間もいる

 完全な感情制御を持つアリアパパがその一人だった


 受信系と送信系は、制御系が分化したものだ

 とりわけ感情制御は精神干渉の最上位に位置する異能だった


 アーライト・アジェステ・アリアの昂ぶりを

 彼にとり憑いた感情制御が手放すことはない


 アリアパパの前では、コニタは無力な存在だった 

 それでも異能に甘えて生きてきた少女に、他に寄る辺はなく――

 ふるえる両足を叱咤して、兄がそうするように人差し指を突きつけた


 放たれた念波がコニタの意思を無視してうねる

 結ばれた像は、一つ目の小鳥だ

 指先にとまったそれを、コニタはぎょっとして見つめる

 奇妙な納得があった

 親近感と呼ぶには近すぎた

 得体の知れない感覚に戸惑う、が……


 ――構うものか!


 翼をひろげた小鳥が音もなくさえずる

 このときコニタは確かに見た

 小鳥を中心に放射状に放たれた力の波が――光の波だ……

 アーライトへと押し寄せる

 捉えた――掴んだと思った次の瞬間……

 彼の輪郭が不気味にゆがんだ

  

 コニタは悲鳴を上げ損なった

 隔離された意識が体感した、それは正常な時間軸より逸脱した出来事だった


 理屈ではなかった

 あれがアリア家に巣食う闇だ――


 自分など比較にならない、遥かにおぞましい何かを、腹に飼っている

 手出しをして良い存在ではなかった


 コニタの読心術は、念波で象った他者の思念を自身に取り込むという工程を踏む

 アーライトの思念は、同じ人間とは思えないほど混沌としたものだった

 発狂していると言われても信じただろう

 あらゆる感情が混在しており、またどれもが突出している


 感情制御がアリア家を選んだのは、元々彼らが情の深い人間だったからだ


 コニタは驚かない

 アリア家の人間は、例外なく独特のパターンを波形に持つ

 彼女が知りたかったのはもっと別のこと

 アーライトが子狸を狙う理由だ


 魔王だから、というのは建前だろう

 アリア家の人間は、討伐戦争にあまり興味を示さない

 魔物の存在を重要視していない


 魔物たちの矛先が動力兵へと向けられているのはあきらかだった

 人間の立場からすれば、この場は放っておくのが正しい

 では、この男はいったい何をしに来たのだ……?


 何かしらの動機があり、それを解消できたなら、父娘の対決は回避できる

 少なくともコニタは、アーライトよりも子狸のことを知っている

 答えられることなら答えればいい

 そう思っていた


 しかしコニタは、それが思い違いであったと知った


「お、お館さま……」


 それだけはないと無意識に思っていたことを突きつけられて、呆然とつぶやく


「わ、わたしたちの、ため……?」


 意味がわからなかった

 コニタの読心術では、未知の概念を共有することはできない

 とくにコニタと面識がない人物についての情報はあいまいにしか伝わらないという欠点があった

 

 アーライトは、子狸の危機に駆けつける“誰か”を誘き寄せようとしている

 そうしなくては、姉妹たちの身の安全を確保できないと推測している

 ちらつく影……情報提供者? 隻腕、眼帯……

 小鳥、ポンポコスーツ、未来……

 雑多な情報が混じり合って判然としない


 アーライトは言った――


「なにを驚くことがある? お前たちはとくべつな力を持っている。それは、代替が利くものではないのだぞ……」


 彼の中で、姉妹たちの生命は他の人間よりも優先順位が高いのだ

 他の人間の中には、むろんアーライト自身も含まれる

 自分の刃は魔王に届かないだろう

 まず負ける。返り討ちは必定

 だから何だ? アリア家の人間は、そのように考える

 不可能であるということは、彼らが立ち止まる理由にはならない


 やっていることは子煩悩なのに、アリアパパの言葉は辛らつを極める


「お前たちに、自分でどうこうしようという気力はあるまい。ならば俺が動く。お前たちは、人形らしくじっとしていればいい。余計なことをするな」


「人形……?」


 アリアパパの言葉を、勇者さんが聞きとがめた

 勇者さんの異能は感情制御と似たような働きを持つ

 怒りを増長すれば、肉親への情を忘れさることも可能だった


「一度は見捨てておきながら……なにを今更」


 勇者さんが姉妹たちのあるじになったのは、アリアパパが彼女たちを不要と断じたからだった

 しかし……

 その出来事を以降とし、姉妹たちがアリアパパと接触する機会は極端に減った

 勇者さんがそうなるよう仕向けたからだ


 もしも姉妹たちが家出をしたなら、彼女たちの兄が放っておく筈がない

 トンちゃんは王国最強の騎士だ

 他者の精神に干渉できる姉妹たちは、養ってくれるものさえいれば安全に暮らすことができる

 勇者さんの庇護は必要ないのだ


 アリアパパは、非難の声を上げる娘を一顧だにしない

 小さなコニタを見下ろし、冷淡に告げた


「生きるでもなく、おのれの在りようを他者に委ねる……。そうしたものを――」


 逸るでもなく、当然のことを口にしているというように


「人形と言うのだ」


 コニタは動揺した

 漫然とある、働きたくないという気持ちを見透かされたような気がした

 あまつさえ、汗水流して働く人間を見下しているなど……

 その秘密だけは暴かれてはならないと、ぱくぱくと口を動かす


「わ、わたしは。わたしたちは……」


 だが、返す言葉がなかった

 アリアパパに食費を支払った記憶がいっさいなかったからだ

 それどころか勇者さんからお小遣いをもらっている

 もらったお小遣いは、まるで運命に導かれたかのようにお菓子へと変じる。貯蓄はなく――


 自分たちはやれば出来る……

 本気を出すには早すぎる……

 まだ焦る時間帯じゃない……


 この確信にも似た気持ちを、どのようにして伝えれば理解を得られるのか?

 コニタにはわからなかった

 彼女はあまりにも幼く、つたない言葉しか持たなかった


 そんなとき、コニタの脳裏を過ぎったのは子狸さんの鳴き声だった

 幾度となく耳にした奇麗ごとが鮮やかに色づくかのようだった


「わたしたちは、人間です!」


 姉妹たちは、とうに仮面を脱ぎ捨てている

 兄と魔人の壮絶な争いにおいて、表情は有効な対抗手段だったからだ


 あふれる涙が頬を伝った

 おねだりすれば最後に折れるのはいつだって勇者さんのほうだった

 意識的にゆるめた涙腺が決壊し、零れる涙がきらめいた


「わたしのために、泣いてくれるひとがいる……笑ってくれるひとがいる……。だから。だから……わたしたちは人間です!」


 人間たちの美的感覚に照らし合わせれば

 コニタは美しい少女だった


 くっきりとした二重まぶたの

 透き通るような白い肌には染みひとつない

 紅も差していないのに薔薇色の唇が

 勝気に打ち震えている


 彼女は言った


「人形なんかじゃ、ない」


 少女の慟哭に、アリアパパは何を思うのか……

 しばしの沈黙

 頷き、言った


「そうか」


 アリアパパが絶望的な戦いに身を投じたのは

 姉妹たちに人間的な成長を期待できないと考えてのことだった


 しかし、そうではなかったとしたら?

 彼女たちに自立心が芽生え、自分の足で立って歩き出したなら

 たったそれだけのことで未来は変わる


「ならば、いい」


 そう言って、アリアパパは剣を鞘におさめた

 短く告げる


「行け」


「え……?」


 勇者さんが信じられないといった様子で瞬きを繰り返した


 察しの悪い娘だ……

 アーライトは嘆息し、簡潔に指示をした


「アレイシアン。お前は魔王につけ。見届けろ。俺は帰る」


 トンちゃんの悲鳴が割り込んだ


「アリア卿! アテレシアさまもっ、連れ帰って頂きたいっ」


 トンちゃんは人前ではアリアパパをアリア卿と呼ぶ


 トンちゃんの要望を、アリアパパは無視した

 口頭ではあるが、家督はアテレシアさんに譲り渡してある

 それは、つまりアテレシアさんの行動に今後は口出しをしない……

 好きにやれと言える程度には育ったということだ


 親としての責務を一つ果たしたアリアパパは

 意気揚々と刃物を振り回す長女を放っておくことにした


 長居は無用とばかりに歩き去っていく


「そんな!? ひとこともなくっ……お館さま!」


 トンちゃんは精神的に追い詰められるとアリアパパをお館さまと呼ぶ


 アテレシアさんが笑った

 

「だめね。アトン、わたしの考えはお父さまとは異なるの。あなたを野放しには出来ない。一緒に踊りましょう……」


「…………」


 トンちゃんは反論しなかった

 彼は、あのアザラシとよく似た生きものをこの場で捕獲することは出来ないかと考えていたからだ


 誘導魔法は強力な魔法だ


 動力兵たちの魔法が、従来のそれ……連結魔法とは異なる理屈が働いているのは明白だった

 スペルが違う

 より緻密で繊細。それゆえに難解を極める

 戦闘向きの魔法ではない。さらに先を見据えたものだ


 トンちゃんは法典の存在を知らない

 魔法の在りようが法典に定められたものなのだと知らないから

 二つの魔法が大きな隔たりを抱えているという発想には至らない


 なぜなら連結魔法は、初代勇者の手により蘇った古代魔法という設定になっているからだった

 べつの魔法があったとしても、あり得ないことだとは思わない


 聖なる海獣を捕縛するのは問題があるかもしれない

 ならば。名目上は招待するという形式をとれば良い……


 アトン・エウロは、天使を信仰していない

 今代の勇者を、連れて行かせはしない……

 妹たちの手元から飛び立ってしまわないよう、鳥かごの手入れに苦心してきたのだ


 それを横からかっさらうような真似は許さない

 地に堕ちた天使は、羽をもがれてさえずるが定めよ……

 王国の地を無断で踏んだ以上、そのように対処する権限が騎士にはある


 アトン・エウロは正義の味方ではない

 常識的な観念、良心といったものを持ち合わせてはいるものの

 妹たちのためとあらば切り捨てることができる


 彼の妹たちはアリア家の居候だ

 アリア家は王国の大貴族だから

 この国のために戦うと決めた……


 明確な優先順位がある

 もしもどちらか片方しか救えないと言うならば

 アトン・エウロは、妹と同じ年頃の他人ではなく、妹の手をとる


 一つ……危惧していることが、ある

 トンちゃんは、襲い来る剣舞を一つ一つ目で追って避ける

 分身を編み上げ、前後左右に分かれる

 回り込み、妹たちの姿が視界に入る位置をとる

 その思索を読まれた

 アテレシアさんは魔性の剣士だ

 ちょっとした仕草から相手の心理を分析する

 

 トンちゃんは、彼女への思いを赤裸々に語った


「壁の花になりたい……」


「ふふ……」


 アテレシアさんは楽しそうだ


 トンちゃんは強い

 運動能力、動体視力、反射速度、それらどれもが一級品だ

 彼が攻勢に転じれば、アテレシアさんといえども敗北は避けられないだろう

 そうしないのは、大恩あるアリア家に逆らえないからだ


 アテレシアさんは、ちぐはぐでいびつな人間関係を好む


「ふ、ははははは!」


 楽しいこと、嬉しいという感情を自由自在に引き出せる

 これが完全な感情制御だ

 自分がどう感じるかを自分で決める

 あまりにも不毛な作業だ

 だから自分自身に一定のルールを敷く


 自ら規定した“設定(ルール)”の数々が

 アテレシア・アジェステ・アリアという人間の“意思”であり“人格”だ


 ――怪物め!

 

 胸中で吐き捨てたトンちゃんが少しでも目くらましになればと光弾を繰り出す

 剣術使いに生半可な魔法は通用しないが、退魔性の発露は観測者の五感と連動している

 複雑な軌道をとる複数の投射魔法ならば剣士の防御を貫く可能性はあった


 これに対しアテレシアさんは独特の歩法を披露する

 前後左右にふらつき、生じた死角に滑り込んできた光弾を指先ではらった


 魔物と人類の争いがもっとも激しいこの大陸には、さまざまな武術が存在する

 その中の一つに、強者との対戦を想定した武術というものがある

 ある一定以上の能力を対戦者に要求する武術だ


 用意された死角をトンちゃんは突かずにはいられなかった

 肉弾戦ならまた話は別だっただろう

 しかし、こと剣士との対戦において魔法はリスクが低すぎた


 ――予想以上にやりにくい

 

 おのれの準備が不十分だったことをトンちゃんは悟った


 甘く見ていた、と言うよりは……考え方に隙がある

 剣術使いと魔法使いの間には埋めようもない認識の差がある


 例えるならば詰め将棋だ

 ふるえる子狸さんの前足が穴熊の堅陣に挑むとき

 ぎょっとするような奇跡の一手が生まれることがある


 こう、駒の斜めになってるところを唯一の拠り所に、絶妙な力加減でスーッと引っ張るのだ

 意外と器用な子狸さん。意外と器用な子狸さんに清き一票をお願いします


 ※ おれは支持するぜ

  ※ おれもだ


 ※ ちなみに穴熊とは将棋の戦形の一つである

  ※ なお、とくべつルールの将棋崩しでは高難易度の積み具合を指して言う


 ※ いや、おれはまだ納得してないよ?

   どうして子狸だけ将棋崩しなの?

   別競技じゃん……

   別競技じゃん!


 ※ 徐々にルールを教えていけば良いという話だったはず

  ※ まずは駒に触れて慣れさせるという話だったはず


 ※ とりあえず将棋崩しをマスターさせることが

   最終的には近道になる、という話だったはず


 ※ ……近道か?

   ああ、いや、そうだったな

   思い出したわ

   オセロよりは近いもんな


 ※ オセロで惨敗してから

   いまのは将棋じゃないとか言い出すからややこしくなる


 負けないように差すのではない、勝つために差すのだ――


 大切なのは先手をとることだ

 アトン・エウロは胸中で叫んだ


 ――お兄ちゃんは許しませんよ!


 妹たちが子狸に近すぎる――

 気を許していることが不安だった

 

 心でつながる末妹が、これ見よがしに振り向いてため息を吐いた

 とてとてと早歩きで子狸に追いついて、ひょいと表情を覗き込む

 子狸さんは許せないモードを続行中だ


 コニタは言った


「マフマフ、らしくないな。感謝はどうした……?」


 彼女は、子狸のことをマフマフと呼ぶ


 子狸は苦笑した

 小さな子供の言葉を無視することは出来なかった


「そうだな。でも――」


 口元が綻んだのは一瞬だった


「おれの父さんは、パン屋なんだよ」


 まっすぐ正面を見据える瞳には仄暗いものが宿っていた


「不定形パンは、当たりが出るともう一つもらえるんだ……」


 子狸さんの決意は固いようだ


 コニタは愕然として言った


「なにを言いたいのかさっぱりわからない……」



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