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しいていうならお前の横を歩いてるのが魔王  作者: たぴ岡
最終章「しいていうなら(略
226/240

刻、ときめく

 暮れなずむ空に火花星が鮮やかに咲いている

 呪言兵は誘導魔法の産物だ

 異世界より現れし北海世界の尖兵だった


 この世界とは魔法の在り方が異なるから

 動力核を破壊され、撒き散らされた魔力が強い反応を示す


 魔物と動力兵が相容れることはない

 失われた命を、おびただしい犠牲を

 この世界で生まれてすらいない存在が

 どのようにして対価を支払うと言うのだ……?


 どうしてそっとしておいてくれなかったんだ?

 無関係のまま、知らないままで居られたならば

 それがお互いのためなのだと、なぜ理解できなかった?


 せっかく知らないふりをしてやっていたのに


 ――お前たちは、最後のチャンスを失ったんだ

 

 沈みゆく夕日が子狸さんの横顔を赤く染めている

 引き結ばれた口元が、胸の裡を吹き荒れる激情にわなわなとふるえていた


 はるか上空で、また一つの命が散った

 魔法動力兵たちもまた犠牲者だった

 彼らは、根本的におれたちと同じ存在だ

 生まれた世界は異なれど、腹違いの兄弟のようなものだった

 彼らを討つとき、おれたちが何も感じないとでも思っているのか……?


 遠く離れていても、幸せに暮らしてくれていれば、それで良かった

 生きる世界が違うから、おれたちはこの世界の人間たちのために戦うしかなかった

 こうなることはわかりきっていたのに

 北海世界の魔導師は、弟たちに戦いを強要した……


 おれたちが本当に許せないのは、そのことだ

 決して我が身が可愛くて言っているわけではない

 その点だけはご理解を頂きたい


 ※ 王都さんの言う通りだ!

  ※ 異世界人、許すまじ

   ※ この世界から出て行け!


 ※ どのつらを提げてのうのうと居座ってやがる!

  ※ 許せんよなァーッ!

   ※ ああ、まったくだ! 弟たちが可哀相だと思わんのか!


 ※ ひとでなし!

  ※ 血も涙もないのか!

   ※ 帰れよ! 帰ってくれ!


 うむ……。お前らの気持ちはよくわかる

 しかし、最終的な判断を下すのは子狸さんだ

 まあ、子狸さんがお前らと同じ気持ちであることは疑いようもないがな……


 ねっ、子狸さん!



四四二、方舟在住の世界をめぐる不定形生物さん(出張中


 王都妹です

 お兄ちゃんたちの愛がいっさい感じられません



四四一、王都在住のとるにたらない不定形生物さん


【ハロゥさんの書き込みが削除されました】


 魔法への親和性が極めて高く

 退魔性がほとんど機能しない……

 離脱症状とは無縁の不思議な生きものを“魔導師”と言う


 魔法を導き、支え、伝えるもの……


 動力兵を無尽蔵に生み出し

 この世界に送り込めるような術者が

 魔導師でない筈がなかった


 バウマフ家は、この世界における産地直送の魔導師だ

 素材の味を常に大切にしている……


 ふたりの魔導師が、互いにゆっくりと歩み寄る

 率いる軍勢は、二つの世界の“魔物”たちだ

 王都に終結し、激戦のさなか生き残った魔物たちが次から次へと戦列に加わる


 膨れ上がった群れの規模が、先頭を行くものの在るべき姿を標榜するものだった


 戦場の舞台となる王都に残留した人々の立場は各々で異なる

 生まれ育った故郷を捨てられなかったもの

 歴史の潮流から目を逸らせなかったもの

 さまざまだ

 やむにやまれぬ家庭の事情もあるだろう

 上司が休暇をくれなかった……? ないとは言いきれない

 休暇の概念が廃れて久しいこのおれという例もある


 ただ、彼らの大半に共通していたのが

 死地に身を置き、なお生きようとしていたことだ

 死にたいから残ったのではない

 捨て去ることが出来ない何かがあったのだ


 だから、この地に残るという決断を下した人々は

 その多くが悲しくも選択肢を削がれ、激戦区に集まっていた

 彼らが本当に頼れるのは、騎士団しか居なかったからだ


 この非常時において、魔物と剣尖を違える騎士たちの勇姿だけが

 人々の不安を紛らわせるものであり

 また帰る家を失った人々の境遇を……

 行き場のない怒りと悲しみを分かち合える同胞へと至る、唯一の道しるべだった


 かつては白亜の都と謳われた、瓦礫に埋もれた街並みを見つめる人々の目には濃い疲労がある

 群集と呼ぶには散逸しており、これは迫る危機を身近に置きたくないという心理からだ

 魔物と相対し喚声を叫ぶ騎士たちは、ふだん酒場で見かける家庭に居場所がない男たちとはまるで別人だった


 その男たちが、子狸さんの視線を避けるように道を譲った

 目を見開き、硬直する騎士たちを束縛したのが魔力であることは一目瞭然だった

 ちなみに一目瞭然とは、見ればわかるということだ――


 人々が、身を寄せるようにして囁き合う


「魔王」

 「魔王だ……」

「魔王が、王都に……」

 「……本物か?」

「あれが、魔王……?」


 その声は徐々に大きくなっていった

 誰も彼もが不安で仕方なかった

 明日からどう生きていけばわからなかった

 今日という日が過ぎ去ったとき、自分が生きているかどうかもわからなかった

 無事に終わることはないという確信だけがある

 

 日は沈もうとしている

 夜が押し寄せたとき、闇に親しんだ魔物たちの独壇場が訪れる

 一般常識として知られたその事実が、人々の恐怖を煽った


「魔王……!」


 弾劾する声

 戸惑うものもいる


「人間……? 子供だ。魔物、なのか?」


 異世界の魔導師に注目したものもいる


「天使さま……」

 「聖なる海獣だ!」

「あれは、天使の軍勢だったのか……?」


 異世界の人間が、この世界の人間たちと同じ容姿をしている可能性は低い

 願望と喚声。術者の必要最低条件に、進化の過程を考慮する要素は含まれないからだ


 聖なる海獣は、使命を果たした勇者を理想郷へと招く存在だとされている

 その伝承は、ある日とつぜん、降ってわいたように人々の信仰と結びついた

 

 白い毛皮は雪景色に溶け込み、天敵から身を隠すためのもの

 厚い皮下脂肪は寒冷地において体温を維持するためのものだろう

 アザラシさんとよく似ているが、ひれがやや細長い


 元来、陸上で狩りをする生きものではないのだろう

 浮遊する球体の上に乗って、するすると宙を滑るように近付いてくる

 

 人々の信仰を集める聖天使と酷似した姿

 それが動かぬ証拠でなくて何だと言うのだろう……?

 聖なる海獣は、植え付けられた概念だ


 魔王と天使の邂逅は、いましばしの時間を要した

 もちろん、走れば早くなる

 制限解除された子狸さんならば、瞬く間に距離を詰めることも可能だ


 だが、いまは……

 怒りに任せて時間を惜しむよりも

 招かざる客へとぶつける感情を、より惜しんだ……


 天使を歓迎する声よりも、魔王を弾劾する声が苛烈さを帯びるのは自然なことだった

 子狸さんは、人間側ではなく、魔物側につくことを選んだのだ

 剣呑とした疑惑の声が悪意に染まるのも時間の問題だろう

 しかし、そればかりではないことも記しておかねばなるまい……


 王都に巣穴を持ち、指名手配されたこともある子狸さんを見知るものは多い

 

「やめろ! あの子は人間だ! 魔物じゃない!」


 客観的に判断したなら、その主張は決して受け入れられるものではなかった

 そうして、ついに悪意の矢は放たれる

 王種を従える子狸に手出しするのは、ほとんど自殺行為だ

 しかし慢性的な不安にさいなまれた人間は、驚くほど容易に理性を手放す


 人間が、子狸に圧縮弾を撃った

 一人目が蛮行に及べば、二人目の心理的な抑制は軽くなる

 二人目が暴挙に出れば、三人目は理由を必要としなくなる

 

 雨あられと降りそそぐ圧縮弾に

 子狸さんは一瞥すら寄越さなかった

 作動した自動防御が凶弾をはじいた


 子狸排斥運動は長続きしなかった

 無駄な努力であると悟ったからではない

 無駄な努力をした一人の少女がしれっと魔物たちの列に加わったからだった


勇者「…………」


 勇者さんだ


 異世界人を追って地下通路に飛び込んだ勇者さん……

 置き去りにされたことを意に介した様子はない

 何事もなかったかのようにゲートから這い出し、子狸さんのマフラーの端を握った


 さも、自分が異世界人を追い詰め

 膠着した状況を打開したのだと言わんばかりの態度である


 ※ 王都のんっ、めっ!

  ※ そっとしておいてやれ! 可哀相だろ!

   ※ だから地下神殿には居ないって言ったじゃないですかぁ~!


 ※ 残念。これは残念……

  ※ 正直、こうなるんじゃないかと思ってたんだよな~

   ※ まあ、勇者さんの都合とかあんまり関係ないしな


 ※ 勇者さんは……

   なんていうか、自分を中心に世界が回ると思ってるトコあるよね

   どんまい! 次からがんばろう!



四四二、アリア家在住の今をときめく勇者さん(出張中


 なんなの


 ……


 王都のひと、あとでお話があります……

 言い訳があるなら聞きたい

 


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