表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
しいていうならお前の横を歩いてるのが魔王  作者: たぴ岡
最終章「しいていうなら(略
225/240

四三八、王都在住のとるにたらない不定形生物さん


 おい。ちゃんと最後まで実況して下さい

 こら。お前ら逃げるな


 ※ 子狸さんの陰に隠れたお前にそんなこと言われても……

  ※ ごめんこうむる

   ※ 2cmさんこわい


 そうか……お前らは少し誤解しているのかもしれないな


 だいじょうぶ

 何も心配は要らないんだ


 異能は無害だ


 ※ なにその笑顔

  ※ いやいや、その言い分は通らないでしょ

   ※ さんざん反作用だ反作用だと言っておきながらそれか


 ※ 騙されないよ。もう騙されない

  ※ 口では何とでも言える

   ※ 子狸と一緒にしてないでほしい


 ※ べつにいいしゃん。このままなかったことにしちゃおうぜ

  ※ だな。このあと不都合なこともあるだろうけど編集すればいいよ

   ※ だな。子狸にはあとで言って聞かせればいい


 ※ だな。適当に言いくるめて二番の修復もさせちゃおうぜ

  ※ ここに来て二番が損傷した理由もよくわからないしな

   ※ わからないことはなかったことにすればいいんだよ


 ※ 悪が栄えた試しなしと言うからな

  ※ うむ。おれたちの愛と勇気が奇跡を起こしたんだ

   ※ なんなら勇者さんが倒したことにしてもいいしな


 ※ だな。なんかテンション上がって色々と言っちゃったけど

   あとで何かイイ感じの台詞を募集するわ

   合間に挟んでおけば正義は勝ったみたいな感じになるだろ


 なにを悠長なことを……

 お前ら、恥を知りなさい!

 現場に居るレベル4のひとたちは避難しようにもできないんだぞ!


 ※ えっ。逃げちゃだめなの?

  ※ ! この青いの……おれらの退路を……!?


 本当ならおれが駆けつけてやりたい……

 けど、できないんだ!

 おれには子狸さんを守るという使命がある……

 お前らに託すしかないんだ!


 ※ くそっ、この青いの……理論武装に隙がねえ……!

  ※ お前ら、王都のんの横暴を許すな!

   ※ 立ち上がるんだ!


 ※ 引きずり降ろせ!

  ※ 子狸さんを救い出すんだ!

   ※ 王都のん、子狸さんはお前の私物じゃねーぞ!


 ちっ、愚民どもが

 だが、上位の魔法は下位のそれに勝る……

 魔法に数量の制限はない……

 仮に全世界の人間どもが一斉に圧縮弾を投げようとも、盾の魔法を貫くことはない……

 守備に徹したおれを、お前らが上回ることはないということだ


 しょせん呪言兵など前座に過ぎんよ……

 このおれの前ではな!



四三九、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中


 蠢く……

 真の黒幕が、いま……!



四四〇、夢在住の特筆すべき点もないお馬さん


 お前らがデモ行進に身を投じた一方その頃


 トンちゃんの2cmが、ついに王種へと牙を剥いた


 封印された治癒魔法

 発展した戦歌

 精霊の宝剣

 それらはすべて王種に打ち勝つために用意したものだ

 ありとあらゆる要素がおれたちに有利に働いた

 それでも王種には及ばないとわかっていた

 

 だから切り札を温存した

 トンちゃんを影に幽閉したのは、最後の一押しを委ねるためだ

 所在をあきらかにしたのは、勇者さんが余計なことを言い出さないようにするためだ

 好意的に解釈すれば、お前らがぐだぐだと言い合っていたのは

 精霊の意識からトンちゃんの存在を消すためだったに違いない……


 王国最強の騎士、アトン・エウロ

 彼は、史上最高峰の適応者だ

 その身体能力は人類の限界域にあり――

 守るべき五人の姉妹を持つ

 逃れようもない戦いの宿命が

 それゆえに史上まれに見る物体干渉の異能を惹き付けた


 突き出した指は違えようもなく精霊へと突きつけられている

 手を結んで囲う五人の妹たちが、まるで咲き誇る花のようだった

 

 絶対のルールに囚われた精霊が金切り声を上げた



「アトン・エウロ! お前がッ……!」



 言葉は途切れる

 彼女は最後まで抵抗しようとした

 それは、きっと精霊自身に備わる生理反応に近いものだった

 設定をかなぐり捨てて足掻く

 

 空間転移しようとした

 魔法動力兵は退魔性を持たない

 座標起点ベースの瞬間移動を使うことができる

 しかし転移されては2cm動かない

 

 まず2cm動くという絶対のルールがある――


 時間を遡ろうとした

 詠唱破棄という魔法がある以上、開放レベルは剥奪されるだろうが……分身を一瞬だけ過去に飛ばすことは可能だ

 王種は人間を評価の基準にしていない

 人間など瞬く間に無力化できる

 しかし適応者が無力化されては2cm動かない


 2cm動くという約束を守るために、あらゆる事象は捻じ曲げられる――


 巨腕を振りかぶる

 王種からしてみれば人間などちっぽけな存在だ

 王国最強の騎士? 問題にならない

 どれだけ願おうとも、祈りを捧げようとも

 ただのひと振りで消えてなくなる

 

 だが、同じことだ

 適応者なくして異能は世界に干渉できない

 適応者とは異能の起点だ

 起点がなくなってしまっては、2cm動かない


 それでは、約束が違うではないか――


 約定を果たせと理不尽が言う

 契約を履行せよと理不尽が吠える


 魔法はこの世界の法則ではない

 異なる法則が、元あった法則を押しのけて一方的に働くということはない

 異能は魔法の反作用だ

 自我を獲得した魔法が魔物を生み出したように――

 強固に結実した退魔性は異物の像を結ぶ


 放たれた念波が界面を伝う

 現れる――

 現実も虚構も等しく削り取る暴虐の王だ


 古びた鎧を身にまとっていた

 擦り切れた外套がはためく

 まるで歴戦の騎士のようであり……

 片足を投げ出して虚空に座るその姿は、膿み疲れた王のようでもあった

 立てた片足に無造作に腕を預けている

 隻腕だ


 すべての音が砕け散った

 秒針が進む音だけが空間を支配している

 人間であるならば頭部があるべき場所には

 複雑に絡み合った長針と短針が幾つも並んでいる

 歯車のようなものも見えた


 2cmさんの具現したのは、ごく短い時間だ

 千分の一秒か、それとも万分の一秒か……

 時間、空間、そういった制約から隔離された世界での出来事だった

 ここでは、肉体も精神も同じ価値しかなかった


 しかし――あるいはそれゆえに――トンちゃんは見た

 あれこそが自らの身体に巣食うものの正体だ

 しかしトンちゃんに驚きはない

 彼は、史上最高峰の資質を持つ適応者だった

 だから、きっと、自分の中に得体の知れない何かが潜んでいることを感じていた


 虚脱した様子で座り込んでいる2cmさんが、ふと頭上を見上げる

 長針と短針の塊が向きを変えたという、たったそれだけのわずかな所作だった

 たったそれだけのことなのに、精霊は劇的な反応を示した

 彼女を待ち受けるのは最悪の未来だ


 叫ぶ

 叫ぶ――


 足掻く

 足掻く――


 しかし、どんなに足掻こうとも……結末は一つしかない

 

 2cmさんが、哂った

 可笑しくて可笑しくて堪らないというように

 そして……


 がちん、と短針が推し進められた


 魔法は成層圏外では働かない

 だが、魔法の原則に異能が縛られる道理などなく――

 精霊の巨体を支える海原が、ほんのわずかに成層圏を踏み越えた

 わずか数mm……いや、もっと少ないかもしれない

 

 それなのに、精霊はまるで致命傷に至る猛毒でも塗り込まれたように悶絶した

 びくびくと震える両腕で頭を抱え込む

 ぼこぼこと身体の至るところが膨れ上がり、もしくは萎んでいく

 宇宙は退魔性に満ちている……


 魔法動力兵は魔法の群体だ

 精霊の体内を走る魔力が、互いに互いを犠牲に生き延びようとしている

 しにたくない――

 並行呪縛が統制を捨てた

 しにたくない――

 侵食魔法が盾魔法を押しのけようとする。両者は拮抗する性質を持つ

 しにたくない――

 発光魔法が遮光魔法を置き去りにしようとする。ふたりは似たもの同士だ。それゆえに相容れない

 しにたくない――

 射程超過が座標起点を足蹴にする。下位の魔法は上位の魔法に対して無力だ。それが魔法の秩序だった

 

 彼らが一定の秩序のもと、自分に利があると認めることで動力兵の生命活動は成立している

 それが失われたとき、精霊は自壊するしかなかった


 目には見えない手が精霊の肩を掴んで引きずり込もうとしているかのようだった

 それは、例えるならば吸引力が落ちない掃除機のようだった

 甲高い悲鳴を上げる精霊が脅威から少しでも遠ざかろうと腕を伸ばす

 しかし容赦なく引きずり込まれていく

 なんだか心臓によろしくない光景である……


 ※ これはとても子狸さんにはお見せできない……

  ※ 飛び出せ宇宙したお前らがちょうどあんな感じなんだが

   ※ こうして目の当たりにすると、心がくじけそうになるよね


 ※ なまじ抵抗するから良くないんだよ

  ※ ひと思いにさくっと飛び出せばいいのにね

   ※ うむ。素人だな。まったくなってない


 われ先にと逃げ出した魔力が競うように空を走る

 飛び散る黒点は認識の穴だ

 認識するすべがないから、錯誤により光って見える


 王種の魔力は膨大だ

 このとき放たれた光は分厚い雲のように全世界を覆った

 精霊の最期だった


 そして――

 物語はついに終幕へと向かう……



四四一、王都在住のとるにたらない不定形生物さん


 空を埋め尽くした光に、騎士たちが呆然と立ちすくんでいる


子狸「……!」


 隙あらば逃亡しようとしていた子狸さんは、この好機を見逃さなかった

 骨のひと直伝の隠密術を活用し、風景に溶け込む

 中腰のまま、さっと後退する

 まるで熟達したこそ泥のようだった

 人垣に身をひそめ、死角を縫うようにのこのこと歩く


 しかし相手は騎士だ

 一筋縄では行かない……そのことを子狸さんは熟知していた

 最適なタイミング、最適な角度で人垣を抜け出し……

 慎重に人目を避けつつ、ぎりぎりの境界線を見極める……

 そして脱兎のごとく地を蹴った!


 尋問していた騎士が、ふと視線を滑らしたとき

 そこにはすでに子狸さんの姿はなかった


王国騎士「なっ……にぃっ!?」


帝国騎士「うおっ!?」


連合騎士「消えっ……!?」


 騎士たちは驚愕した

 騎士団は、魔物案件の専用窓口であると同時に犯罪者を取り締まる警察機構でもある

 人後に落ちない人狩りプロだ

 その騎士たちをして、忽然と姿を消した子狸さんの手際は驚嘆に値するものだった


 まんまと包囲網を脱出した子狸さんは、なかなかの健脚の持ち主である

 走力は生まれ持った筋肉の質などが大きく作用するため、トンちゃんみたいにはなれない

 しかし、フォームを矯正したり運動力の伝達を綿密に調整することにより

 体育の授業でヒーローになることはできる

 もっとも、狙撃手の存在を常に意識する子狸さんが全力で短距離走に挑んだことはないのだが……


 いずれにせよ、初動の遅れは致命的だ

 疾走する子狸さんの捕獲に乗り出したとき、すでに騎士たちは大きく引き離されていた

 矢継ぎ早に圧縮弾が放たれるが、野生の超感覚を常備する子狸さんには通用しない

 ひょいひょいと避ける。振り返りもしない

 こと逃げ足に関して、この小さなポンポコの右に出るものはそうそう居ない

 さらに――


子狸「アルダぁッ!」


 騎士のお株を奪うかのような分身魔法

 三匹に分裂した子狸さんが淀みなく喚声を放つ


子狸「パル・チク・タク・ディグ・タク!」


 子狸ズが跳躍した

 空中に固定した圧縮弾に飛び乗り、三方に散る

 

子狸「ラルド! ラルド! ラルド!」


 圧縮弾は、もっとも初歩的な投射魔法だ

 元々、存在するものを利用するため負荷が小さく

 それゆえに開放レベルが上がりにくいという特性を持つ

 言い換えれば、もっとも使い方に幅がある魔法ということになる


 拡大した圧縮弾を足場に、子狸さんが自由へと向かって飛翔した――


 歯噛みする騎士たちだが、さすがに殲滅魔法を打ち込むわけには行かない

 子狸さんは未成年だ

 貫通魔法を撃つことにも躊躇いを覚える

 先んじて圧縮弾を撃ったものですら非難の眼差しを甘んじて受け入れねばならなかった

 

 子狸の空中機動は熟練を感じさせるものだったが

 へたに撃墜すれば無事では済まないかもしれない

 落地による怪我は治癒魔法の適用外だ


 しごく真っ当な人としての良心

 その迷いが騎士たちの動きをにぶらせる


子狸「勝った……!」


 勝利を確信した子狸さん

 英才教育を施されているため勝利宣言を忘れない


王国騎士「喋った! あいつが本体だ! 追え!」


子狸「!? 何故わかった!?」


 本体が特定された理由はよくわからないが……

 少なくとも受信系の適応者に分身が通用しないことは確かだ


子狸「“異能持ち”か……!」


 異能持ちとは!?

 ――人間の中には、ごくまれに不思議な力を生まれ持つものがいる

 魔法では説明が付かない超感覚、もしくは超常的な現象を引き起こす人間だ

 そうしたものを、適応者もしくは異能持ちと呼ぶ……!


 ※ 子狸さん、じつは勇者さんも異能持ちなんだ……!


子狸「お嬢が……!? 異能……まさか実在するなんて……」

 

 ※ お前、やっぱり読み流してたんだな……

  ※ いや、たんに忘れてたんだろう

   ※ まず思い出したのが奇跡だ……


 ※ ふむ……。これを機会に説明してみてはどうか?

  ※ だが……三行。ここが限界じゃないか?

   ※ だな。じっくりと積み重ねていこう


 ※ 子狸さんは飛躍的に成長している……

   いずれは四行に前足が届くかもしれん


子狸「!」


 四行


 人類の限界を超越した命題が子狸さんに重くのしかかったのか?

 不意に後ろ足を止めて上空を見据える

 

 ――いや、そうではなかった

 大きく目を見開いた子狸さんの視界に飛び込んできたのは

 落下してくる黒騎士の残骸だった


 寄り添う妖精は、慎ましい意匠の黒衣を身にまとっている

 魔軍元帥のパートナー、ユーリカ・ベルだ

 彼女は、子狸を探していた

 

 念動力を騎士たちに浴びせる

 黒騎士の身体を慎重に地面に降ろしてから、彼女は言った

 意思とは無関係に声がふるえた


コアラ「人間たち、下がりなさい」


 彼女の鬼気迫る表情に、騎士たちは侵しがたいものを見た

 念動力を焼き切ったのは条件反射によるものだった

 戦いを生業とする彼らだから、失われる気配に鈍感ではいられない

 

 つの付きの片腕がなかった

 両足もなかった

 あるのは、冷たい別れの予感だ


 いま、一つの命のともし火が消えようとしている

 誰が見てもそれはあきらかだった


 騎士たちの手は、誰かを守るためにある

 誰でもない、彼ら自身がおのれをそう律した

 小さくゆらめく炎を吹き消してしまうことを彼らは恐れた


 ユーリカ・ベルは、つの付きの惨状に硬直している子狸を手招きした

 胸が詰まって、のどから搾り出さなければ、声が出なかった

 だから憮然とした声音になった

 

コアラ「あなだだけでいい。こちらへ……」


 最後くらい

 彼の望みを叶えてあげたかった


 子狸は、わずかに魔王の魂を宿した人間だ……

 

 どうして、とも

 なぜ、とも……言わなかった

 子狸は、黒騎士に駆け寄ると胸に前足を置いて叫んだ


子狸「ハイパー!」


 過度魔法は、魔物の外殻を再現する魔法だ

 だから傷付いた魔物の欠損を補うことが出来た

 しかし霊気の開放条件は不明瞭な部分が多く、詠唱すれば常に発動するとは限らない

 このときがそうだった


 子狸は、何度も唱えた

 何度も、何度も……


子狸「ハイパー! ハイパー! くそっ、なんでだ……いまだろ! いまじゃないのかよ! なんでだ! ハイパぁぁぁー!」

 

 霊気の開放条件は多岐に渡る

 非常に複雑、かつ多角的で実質的にはコントロールできない

 この条件を、おれたちは運命の境界線……定線と呼ぶ

 

 運命は、満足して逝こうとするものに力を貸すことはない


子狸「っ……だめだ! 諦めるな! まだ……!」


 子狸は、黒騎士の身体を揺さぶりながら懇願した


子狸「お前たち! お願いだ、力を貸してくれ!」


 その声に応えたのは、子狸の分身たちだった


子狸ズ「めっじゅ~!」


 一斉に前足を突き上げて鳴く

 すると、子狸ズは次々と光の粒子に還元されていった


 連結魔法だけで減衰特赦を再現することはできない

 特赦を持つのは、オリジナルの子狸だけだ

 制限解除された子狸は、最大開放の詠唱を破棄することができる


子狸「アイリン!」


 つの付きの手足を打ち砕いたのは開放レベル5だ

 最大開放の足元にも及ばない

 たちまち修復する


 鎧は直る

 しかし……


子狸「効かない! 効いてない! なんでだ!? あれは……存在しない魔法か! でも、だからって……!」


 そうか……存在しない魔法。そういうことだったのか

 でも、そうじゃないんだ

 子狸よ

 存在しない魔法だから治らないということはない

 ちがうんだ


子狸「エルラルド・アイリン!」


 ちがうんだよ……


 治癒魔法は、ほぼ最上位の性質だ

 性質が強すぎる……

 魔法を介さない損傷は、治癒魔法の適用外だ

 そう教えてきたな……

 けど、それだけじゃない


 治癒魔法は、魔物の身体には効かない

 同格、同性質の魔法は互いに相殺し合う……

 上位の性質は下位の性質に勝る……


 治癒魔法は、逆算魔法は……

 おれたちの身体を傷つけることはしない

 けど……

 癒すことは、できない


子狸「そんなの、聞いてないぞ……。教えられてない……忘れるなんてこと、絶対にない」


 薄々は勘付いてたんだろ……?

 お前、真っ先に過度魔法に頼ったじゃないか

 魔物に対して治癒魔法を使うという発想がなかった

 それは何故だ?


 ……理解していたからだ

 治癒魔法の性質は強すぎる

 お前は、たぶんわかっていたんだ

 だから治癒魔法に頼ろうとしなかった


 とくべつな技術が要るんだ

 繊細な魔法コントロール……

 突き刺さった魔法のみを取り除く高度な技術が要求される


 それは、お前にはないものだ

 

子狸「……言ってくれれば。言ってくれれば練習したよ! たくさん! いくらだって!」


 だから言わなかったんだよ……


 時間がなかったんだ

 おれたちは、お前に自分の身を守るすべを学んでほしかった

 それ以外の魔法は後回しにした……

 教えてしまったら、お前がそれを優先することはわかっていた

 だから教えなかった


子狸「……そうだ、父さん。父さんなら……!」


 たしかにお屋形さまならば簡単にこなせるだろう

 グランドさんでもだいじょうぶだ


 差し込んだ希望の光明に、ぱっと喜色を浮かべる子狸さんであったが……


 黒妖精が言った


コアラ「声を……聞ぃて、あげて……」

 

 子狸がぎくりとした


 バウマフ家の人間は、魔法への親和性が極めて高い

 魔法の構成が、目には見えずとも……なんとなくわかる

 感じてしまう


 生きたいという気持ちが、つの付きにはない


 彼に、子狸がどう見えていたのかはわからない

 確かめるすべは永遠に失われてしまった

 つの付きは言葉を発さなかった


 ただ、のろのろと持ち上げた片手で

 そっと

 壊れものを扱うように、子狸の頭をなでた


 それきりだった


 子狸は……


 黒騎士の胸に泣いて縋る黒妖精をじっと見つめる


 ふらつく後ろ足で、ゆっくりと立ち上がった


 振り返る


 子狸の魔力が騎士たちを絡めとった

 

 最大開放の魔力だ


 肉体の自由を奪われた騎士たちの身体がひとりでに動く


 彼らは一斉に道を開けた


 子狸さんの視線が矢のように放たれる


 そこには、異世界の魔導師が佇んでいた


 転移してきた庭園のんが、子狸さんの肩にしがみついた


 子狸さんが後ろ足を踏み出した


 ゆっくりと歩いていく


 お前らが子狸さんのあとに続く


 いつしか歌は鳴り止んでいた


 緑のひとが舞い降りた

 地響きを立てて着地すると、無言でお前らの参列に加わる


 大小の石片が巻き上がった

 寄り集まったそれらが巨人を形成した。大きいひとだ


 水しぶきが散る

 浮遊する水球に乗って降下してきたのは海のひとだ


 火の粉が舞った

 火のひとは再生を象徴する不死鳥だ。火の粉に体幹を移すことができる

 

 王国のひとが、帝国のひとが、連合国のひとが

 三人のディン属が、根性という名の翼をひろげて子狸さんに追いつく


 骨のひとが、見えるひとが、歩くひとが

 鱗のひとが、跳ねるひとが、牛のひとが

 子狸さん率いる魔物たちが、激しい戦いに荒廃した王都を歩いていく


 先頭を行く子狸さんを、瓦礫に身をひそめた人々が食い入るように見つめていた


 誰かがこう言った



「魔王……」



 どこからどう見ても魔王です

 本当にありがとうございました



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] シリアスが激熱展開で天元突破してる ★5つでは足りない
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ