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しいていうならお前の横を歩いてるのが魔王  作者: たぴ岡
最終章「しいていうなら(略
224/240

「お前らが荷物をまとめはじめたようです」

四三七、かまくら在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中


 青空に大輪の花が幾つも咲く

 水の飛沫だ

 湯を張った湯船にこぶしを全力で叩きつければ水柱が立つ

 それと同じことだ

 ただし、この場合はそれを為したのが魔人と呼ばれる魔王軍最強の戦士だったということだ


 ふだん馬のひとは人間の精神世界に住んでいる

 出張中のお馬さんは物質世界に強く干渉することができた

 半獣半人の馬頭の怪人

 これがお馬さんの戦闘形態だ


 夢魔の一撃で砕かれた片腕は再生する気配がない

 一度、精神世界に帰還しなければ完調は望めないだろう

 長期戦に発展する可能性があるならその選択肢もあり得た

 だが――



「グラ・ウルー……痛々しい姿です。人間たちと共闘などするからですよ。魔物と人間は相容れない……それがあなたたちの結論だった筈です。それを、何を今更……」



 王種の開放レベルは5

 魔法の位階は高ければ高ければ昇格がにぶる

 生物の身体は、適応が進めば進むほど複雑さを増すからだ

 あるいはこうも言える

 大きな雪だるまを作るためには、多くの積雪が必須だ


 開放レベル6の壁は高く厚い

 だから王種は広域殲滅魔法に詠唱破棄を連結できる


 身の丈ほどもある火球が無数に、紅蓮の渦をひいて降る

 隕石が落ちてきたと言っても通じただろう


 空のひとが目を剥いた

 避けきれない!

 迫る焼き鳥の危機に――

 身を呈してかばったのは蛇のひとだ


 その鱗は強靭で、火球の直撃を受けても焦げ跡ひとつ付かない

 王種を除けば、もっとも頑健とされる魔物がこの蛇の王だ

 爆発の衝撃を物ともせずに突き進む


 上位の魔法が支配する環境において詠唱破棄は生息圏を確保することができない

 長大な胴体を足場に魔人が駆け回る

 隻腕が閃くたびに花火が上がるかのようだ

 たまや~


 蛇さんの陰から飛び出した空のひとが体当たりを敢行する

 指揮官を欠いた騎士たちも負けじと喚声を放つ



「ズィ・リジル……あなたは目障りな魔物だ。かつてわたしたちには、この世界で言う……蛇と、よく似た天敵がいた。猛毒に加え……高度な擬態能力を持つ……彼らを出し抜くために動力兵が生み出された……。機械仕掛けの、となり行くもの……ハロゥ……」



 技術的な問題を解決できたなら、人と共に生きるものは人の姿をとる

 驚くには値しない

 自分たちの姿かたちを特別視するのは知的生命体ならば当然のことだ


 それにしても、とつぜん語り出したな

 いや、これはあれか

 子狸さんに向けて放たれた自己紹介の一環に違いない


 だが、なぜ今なのだ……?

 あるいは……子狸さんの理解力に疑念を抱いている……?

 いや、それはないか……


 洗脳……その線はあり得るように思える

 ひとの尊厳、自由意思を捻じ曲げるような行い……

 とうてい許されることではない

 

 お前らの怒りが伝播したかのように、紅と化した騎士が魔剣を一気呵成に振るう

 火の宝剣による多重顕現だ

 魔物の知覚力は人間とは比べ物にならないほど鋭敏、かつ豊かなものである

 さらに霊気を開放したことでつの付きの省エネ性は向上しているようだった


 放たれた炎刃が、しかし次の瞬間に砕け散った

 なんだ?

 何かが来る……

 強大な力を持った何かが……!



??「重要なのは……」



 光の階梯を後ろ足が踏みしめる

 そして――

 ゆっくりとターン

 のこのこと階段を引き返していく

 


??「(とき)は常に……お前らと共にある……忘れるな」



 光の扉がパタンとしまる

 挟まったしっぽが回収されたあと、そこには何も残らなかった……


 ※ おい。何してんだ、あの青狸

  ※ (とき)は~じゃねーよ……

   ※ 数打てば当たる方式なのかよ


 仮に……

 仮にだ

 特赦を持ち、ポンポコスーツのセキュリティを突破した“何者か”が居たと仮定する

 その人物は“何か”をおれたちに伝えようとしているのではないか?

 うっかり座標を間違えた……そのように判断するのはあまりにも早計だ

 早計は油断につながる……

 

 ※ お前は、何かっつうと子狸の肩を持つね

  ※ かまくらのーんがバウマフ家に寄せる期待は大きい

   ※ まさしく獅子身中の虫


 ※ 許すまじ

  ※ ちなみに獅子身中の虫とは

   ※ 内部犯の可能性は捨て切れないということだ!


 ※ お前ら、遠回しに子狸さんをばかにするのはやめろ!

  ※ いや、案外勇者さんも物を知らねーぞ

   ※ 何かっつうと物知りぶるよね。それはある


 ※ 得意満面で子狸さんに間違った歴史を教えたこともあるね

  ※ ああ、反乱軍の総指揮をとってたのが影武者とか自説を披露してたね

   ※ でも、軍人でも何でもないリンドールが急に活躍したのはおかしくない?


 ※ ……勇者さん? もしかして今おれたちの口調を真似したの?

  ※ 勇者さんは多芸だなぁ……

   ※ でもね、ちょっと惜しいかな


 ※ うん、惜しいね

  ※ こういう流れのとき、おれらはリンドっさんとかテイマっちとか言うんだよ

   ※ 覚えておいてね。流れは大事よ


 こきゅーとすの闇は深い

 あまりにも深遠だ。それゆえに勇者さんの黒歴史が輝かしくきらめくこともある

 それは、ひとが大河を前にしておのれのちっぽけさを自覚することと似ていた

 

 だが、試練に打ち勝たねば先へは進めない


 ――デッドラインまで残すところ10km



「……そうか。そういうことか」


 

 気付いたか

 だが、もう遅い

 彼女は、着々と背水の陣を完成させつつある


 中間圏を背にした王種は、まさしく無敵の存在だ

 魔法は成層圏外では作用しない

 その原則は、無論おれたちにも適用される


 レベル4が最終的にレベル5を上回ることはない

 決定的な攻め手に欠く――

 その程度のことは子狸にもわかることだ


 だが、忠告はしたぞ

 確かにお前の判断は正しい

 お前は、最後の最後に都市級を上回るだろう


 結局のところお前に足りなかったのは真剣味だ

 他人事でしかないから、どこまでも最善手に拘泥する

 口では勝敗に興味がないと言っておきながら冒険はしない

 眼前に迫った脅威を早々に排除しようとしない 

 ……底が知れたな

 

 選べ

 手札を晒すか、このまま溺れ死ぬかの二択だ


 

「……まだ、です」



 そうして彼女は選び取ったのは、第三の道だった



「助けて……。助けて下さい、ノロ・バウマフ……! わたしは、わたし達は、あなたの意思に正しく沿っている! 人と魔物が手を取り合う未来を――願っている! 悲願を……バウマフ家の悲願を、わたしたちならば実現できる!」



 ばかめ!

 この期に及んで命乞いか!

 見苦しいっ、愚かしいぞ!

 

 おれたちが用意した道は二つだ

 二つしかない

 わざわざ勝機を手放したかっ

 愚かものめ!

 子狸さんは、常におれたちの期待を裏切らない!

 おれたちの管理人だ!

 おれたちだけの管理人だ!

 誰が渡すものかっ

 

 ※ おや? 子狸さんの様子が……


 えっ!?



四三八、王都在住のとるにたらない不定形生物さん


 騎士たちの尋問に、ぽつぽつと自供しはじめた子狸さんが不意に顔を上げた

 カッと目を見開き、前足を高く掲げる

 もちろん、すぐさま騎士たちに取り押さえられた

 

 前足を拘束され、乱暴に頬を机に押し付けられた子狸さんが挑むように正面の騎士を睨みつける

 その気迫に騎士たちは動じない

 取り調べ中に豹変して暴れ出す容疑者も居る

 だが詠唱を警戒した騎士たちが口を塞ぐよりも早く、子狸は叫んだ


子狸「“最終審判(ジャッジメント)”!」


 目と鼻の先に発現したスペシャルカードが子狸の網膜を灼いた


子狸「うッ」


 悶える子狸をよそに、ひとりでに浮遊したカードが閃光を放つ

 かつて目にしたことのないカードの出現に騎士たちが驚愕の声を上げた


王国騎士「なんだ、そのカードは……!?」


帝国騎士「五つ星だと!? お前は……お前がそうだと言うのか?」


連合騎士「――大騎士の、資質……!」


 中隊長および大隊長といった称号名を持つ騎士を称号騎士と言う

 大騎士というのは、大隊長とその参謀を指して言う言葉だ


 大隊長に加え、昇進を確実視される中隊長は五つ星のカードを持つ人物が多い

 もちろん全員が全員そうというわけではない


 例えば、トンちゃんだ

 王国最強の騎士である彼は、三つ星の“視察(オービス)”カードを持つ

 これは特装騎士としてはわりとポピュラーなもので、お前らの(設定上の)能力を数値化し目視することができる

 さらに、お前らの座右の銘、本日の所感、一言メモ等も筒抜けになる


 トンちゃんの資質が低いというわけではなく、彼の場合は個としての能力が抜きん出ており

 それは戦術指揮官としての適性が重要視されないほど強烈な個性である、ということだ


 だが一つの傾向として、名うての騎士が高ランクのカードを具現する可能性は高い……これもまた動かし難い事実だった


 “最終審判”は、バウマフ家の人間だけが持つ究極のカードだ


 フィールド上の全プレイヤーの反則行為を禁じる――

 デスボールの在り方そのものを否定し、争うものたちに是非を問う

 バウマフ家の一族は、魔物と人類の双方に問い続けてきた

 共に歩むことはできないのか

 手を取り合い進むことはできないか

 一千年にも及ぶ悲願が像を結び、具現したのが“最終審判”のカードだ!


 もちろん言うまでもなく……

 反則の可否を下すのは審判の仕事である

 プレイヤーの領分ではない

 

 そして、その審判の羽のひとはと言えば

 

妖精「なんで動力兵どものほうがフェアプレイなんだよ! お前らは本っ当にどうしようもねーな! 情けなくって涙も出ねーよ!」

 

トカゲ「痛い! 蹴らないでっ」


うさぎ「暴力反対!」


 お前らをお説教していた


 …………


 “最終審判”は、フィールド上の全プレイヤーの反則行為を禁じるカードだ

 反則行為を禁じるというのは、ルールを遵守せよということであり――

 いま一度、ルールブックを見直してはどうか(提案)ということなのだ



四三九、アリア家在住の平穏に暮らしたい勇者さん(出張中


 ……何か意味があるの? それ


 ※ ようは、勇者の称号名と同じですよ

  ※ ある意味、どのカードよりも素晴らしいのです

   ※ 反則行為を禁じる……。うむ、深いな


 ※ さすがバウマフ家

  ※ さすがバウマフ家

   ※ バウマフは格が違った


 ※ 繰り返しますが、勇者の称号名と同じです


 わたしもそうじゃないかと思っていたの

 素晴らしいのひとことに尽きるわ

 感動した


 ※ ……お前ら、聞いたか?

  ※ うむ。この耳で、しかと

   ※ つまり勇者さんもジャッジメントのカードが欲しいと……


 要らない


 ※ 勇者さんもジャッジメントのカードを


 わたしは、要らない


 ※ ……また在庫処分に失敗したよ、お前ら

  ※ お屋形さまには好評なのになぁ……

   ※ ジャッジメントの真価は、事前説明ありきの自粛コンボだからね……


 ※ 勇者さんには使いこなせないか……

  ※ 勇者さんならば、あるいはと思ったんだが……


 挑発には乗らない


 わたしは

 そんなカード

 要りません


 ※ ちっ……

  ※ ちっ……

   ※ ちっ……

   

 ※ ちなみに勇者さんのカードは何なの?

   なんとなく予想はついてるかもしれないけど

   デスボールのカードは永続魔法の一種なんだ

   国技に指定された当時、強制的に召喚されておれら阿鼻叫喚


 わたしの? カードは……

 ……内緒



四四〇、海底洞窟在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中


 つまり、こうだ

 

 ――彼女は、バウマフ家の洗礼を浴びた


 子狸に頼ろうとした時点で、彼女の敗北は色濃く、確定的なものとなり――

 にじり寄る。真綿で首を締めるような、負け狸さんの幻影が。濃厚にまとわりつく


 身を以って知った筈だ

 バウマフ家がお前たちの味方だと?

 安心できるとも言ったな……?


 哀れな女だ

 愚かな女だ

 

 お前は、いったいこれまで何を見てきたんだ……?


 勇者さんを見ろ

 トトくんを見ろ

 巫女さんを見ろ

 そして――

 何よりもをおれたちを見ろ……!


 見えるか……

 奈落がお前を手招きしているぞ……

 子狸さんの前足が、ついにお前たちに突きつけられた……!

 

 終わりだ! 北海世界の尖兵ども!



「ひっ……!」



 びくりと精霊が硬直した

 悪循環から抜け出そうとして指示が錯綜したか?

 脆い。脆すぎる

 弱い! 弱すぎる!


 どうした? まだだ

 最後まで足掻いてみせろ!

 無様を晒せ、泥にまみれろ!

 

 それが出来ないと言うなら……

 出て来いっ、異能者!

 望みどおり相手をしてやる!


 お前の適応者はとるにたらない小物だ……



「はっ……その必要はない……。(わたし)の勝ちだ……」

 


 感情制御の異能は、もっとも身近な他人――すなわち適応者の心を操る力を持つ

 適応者に寄生し、長い時間を掛けて人格を統合していく

 しかしアリア家の人間は、異能を完全に飼い慣らしている

 それは恵まれた環境あってのことだ


 ――残り1kmを切った


 1kmなど、王種と都市級にとってはあってないようなものだ


 しかし……決して易しい道のりではなかった

 広域殲滅魔法に晒され続けた蛇のひとの鱗は見る影もなくぼろぼろだ

 空のひとの片翼は失われ、飛び立つことも叶わない

 一人、また一人と騎士たちが倒れていく

 

 開放レベル5と正面から打ち合える精霊の宝剣だけが戦線を支える要だった

 酷使の代償は重く、それ以上の見返りをつの付きに与えていた

 いびつな発達を遂げた紅玉の剣が枝分かれして更なる獲物を欲する

 力のみを貪欲に求めた末路がこれだ

 史上最悪にして最強の宝剣、血に飢えた三つ首の獣……トリプルバインダー……

 

 最強の宝剣は敵を選ばない

 最強の宝剣は味方を必要としない


 つの付きは、空中回廊を踏破し火の宝剣を手にした

 力であるじの座を勝ち取った

 その報いを受けることになる……


 覚醒した宝剣がつの付きにあるじの資格を問いかける

 鍵ではなく、剣としての在り方を強要されてきたから

 問いは刃でしか放たれない


 妖精の悲鳴が上がった

 枝分かれした一本の剣尖が這い上がり、つの付きの上腕を貫いていた

 錯乱した小さな少女がとっさに腕を伸ばし、宝剣の餌食となる前に――

 触るなとつの付きが叫んだ


 つの付きには、彼女の力添えが必要だった

 そして、それは自分を救うことではなかった

 黒い妖精の願いは――最後まで交わることはなく……

 

 復讐の業火に身を包んだ魔王の騎士が雄叫びを上げた

 満身創痍の魔獣たちが目を見張った

 つの付きは都市級の中では最弱の部類に入る 


 しかし、かつて何者でもなかった一人の魔物が

 黒鉄の鎧に鬼気を重ね、覚醒した魔剣を手に

 いまや王種を圧倒しつつあった

 

 あるいは、このまま押し切れば打倒することも可能だったかもしれない

 けれど、これまでの道を切り開いてくれたのは三人の魔獣たちだった……

 つの付きは、傷付いた彼らを見捨てることが出来なかった


 ――残り500m


 つの付きの片腕が木っ端微塵に砕け散った

 

 狙い済まして放たれた不可視の一撃だった

 魔人の片腕を崩したものと同質の現象……

 この世界では解明されていない物理法則を利用したものだ

 動力兵にはこれがある


 つの付きは止まらない

 間髪入れずに残された片手に宝剣を顕現した

 三人の魔獣が傷付いた身体を投げ出すように突進した

 彼らの進路を阻むあらゆる障害を魔火の剣が打ち滅ぼした

 

 二度目の狙撃

 つの付きの腕と片足が同時に粉砕された

 木の葉のように吹き飛ばされた彼を、空のひとが力場を蹴って受け止めた

 意識を保っている騎士は一人も居なかった

 戦い尽くした戦士たちが横たわる中、常夜の騎士が片足だけで立ち上がる

 

 ――残り200m

 

 つの付きを支えたのは、彼のパートナーだ

 彼女はあふれる涙を零れるままに任せて黒騎士を激しく叱咤した

 黒騎士は、何事か小さく呟き……

 三度顕現した宝剣の柄を剥き出しになった口でくわえた

 

 獲物に喰らい付いた獣のように首をねじる

 肉を噛み千切るように振り抜いた

 これがつの付きの最後の一撃になった


 三度目の衝撃が黒騎士を壊れた玩具のように弾き飛ばした

 落ちていく

 寄り添う妖精は念動力を解いた

 この戦いの行く末は、彼女にとって重要なことではなかった

 ともに落ちていく


 唯一王種に対抗し得る宝剣の所持者が戦線を離脱した

 こうなることは、わかりきったことだった

 不可避の結末だった

 それなのに

 残酷な現実と違えようもなく直面して

 はじめて、残された三人の都市級が極限の領域に足を踏み入れた


 空のひとが悲哀に濡れた咆哮を放った

 蛇のひとは最後まで友に忠実であろうとした

 馬のひとが血を吐くような雄叫びを上げて影の兵士を引きずり出した


 無謀とも言える突撃だった

 彼らを庇ったのは、つの付きが残した最後の火線だった

 魔王軍最高の魔法使いは、この土壇場で、不可視の一撃を解析し――

 結果を見ることもなく、だが上回った


 ――残り10m


  ――8m


 つの付きが辿りついた解答を共有することは出来なかった

 あまりにも一瞬の出来事だった

 何をされたのかわからない

 何が起こっているのかわからない

 だから踏み込むしかなかった


 ――5m


 馬のひとの視界を巨体が遮った

 蛇のひとだ

 ぐらりと空間が揺らいだ

 

 蛇のひとの全身が弛緩した

 何が起きているのかわからない

 何をされているのかわからない

 それでも前に出るしかなかった

 

 カッとくちばしを開いた空のひとが敵までの最短距離を行く

 次の瞬間には全身が金縛りにあったかのように硬直した


 全滅する――!


 精霊に肉薄した馬のひとが力場を駆け上る

 隻腕を振り上げた

 追随した影たちによる総攻撃だ


 ――3m


  ――2m


   ――1m!


 この一撃に馬のひとは全身全霊を注ぎ込んだ

 影たちは霧散し、馬のひとが荒い鼻息を吐く

 戦闘形態は解けていた

 力なく項垂れる


 精霊は……健在だった

 押し切れなかった


 あと少しだったのに

 本当に……あと少しだった

 あと、ほんの少し

 たったの――


 

「“2cm”」




 ぴったりだ


 やはり時間が解決してくれた


 復帰したトンちゃんが、お馬さんの上に片ひざを立てて精霊を指差していた


 五人姉妹も一緒だ


 ※ ふっ、勝ったな

  ※ けっきょくトンちゃんに頼ることになったか

   ※ できれば避けたかったなぁ……


 ※ ! 出るぞ……


 お前らが最後の最後まで粘った理由……

 2cmさんの具現だ


 おれは逃げます


 ※ おれも逃げます

  ※ ですが、おれも逃げます

   ※ いいえ、おれは逃げます


 


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