ファイナルバトル
路線の違いが悲しいほど目に鮮やかだった
魔法動力兵――否、北海FCのスカウトと言うべきだろう……
全身を装甲で覆う白竜の口腔に、業火がともる
全国への切符を掴むのは、勝者が相応しいということだ
無駄に長い袖を切り捨てることのできない緑のひとは、苦境に立たされる
一対一ならば、無制限の変化魔法を用いて回避することは容易い
惜しまれるのは、頭の上に乗る有機生物が原子配列変換の手札を持たないという点だった
だが、元より悪条件は覚悟の上だ
ならば、先手をとる
芸を仕込まれた猫みたいに後ろ足で立った緑のひとが(魔ひよこの抗議は割愛する)
力場を踏みしめて前足を突き出した
選択したのは、足を止めての撃ち合いだ
長時間の高速機動は避けたかった
レベル4以上の魔物は詠唱を破棄できる
少女を露出の危機から保護することは可能だ
しかし同格の相手に対し、何かを守りながら戦うのは負担でしかない
巨体を小刻みに揺すると、頭の上に乗る小さな生きものから抗議が飛んだ
「なんだ、わたしへの嫌がらせか? 言っておくが、女の子でも吐くときは吐くぞ」
そのような幻想は抱いていないし、嫌がらせでもない
必要なことだ
子狸さんがごくまれに披露する勝利の舞に相通じるものがある
(レアスキル。発動条件を満たすのが難しい。欠点は、踊っている間は無防備になること)
詠唱置換は、状況を絞ることで成立する
旋律が、喜怒哀楽の感情を運んでくれるなら
歌詞は、平坦な言葉の情報量を越えることができる
愛と勇気、夢と希望……
悪魔があざ笑った、人間の「弱さ」が
魔法を新たな境地へと導くこともある
人の心を獲得した魔物たちだから見える地平線も、きっとある
人魚の歌声にこもるのは
ともに泣き、ともに笑った、千年という歳月だ
忘れ得ぬ日々……
嘆き、苦しみ、一度は立ち止まったこともある
それでもなお、あがくなら
譜面に刻まれた足跡は、魔物たちの力になる
「光と海と♪」
「闇と、空!」
――Over.Cangiling!
機竜に集中線が走る
逃げ場などない
重力線の集中砲火だ
会心の一撃! しかし緑のひとは呆然としていた
突き出した前足が虚しく宙を泳ぐ
歌詞をつなぎ、竜言語魔法を投じた豊穣の巫女が
「ふい~」とひたいに浮かんだ汗をぬぐって言った
「巫女スペシャル……とでも名付けようか」
「え~……?」
ネーミングセンスが子狸じみていた
――いや、肝心なのはそこではない
前置きをいっさい無視したのは何故だ
人間が人魚の歌声の恩恵に預かるのは、理屈から言って不可能だ
だが、その理屈は、第一世界の人間たちが定めたものである
完全な法則というものはない
自然淘汰されてきた物理法則ですら、おそらくは瑕疵がある
辿りついた闇の果て、光すら届かない混沌に眠るものが魔導の正体だ
呼び覚ますべきではなかった
理屈を超えている
法則の外にあるものを、完全に制御することなど出来はしない
だから、ときとして原則を打ち破る人間が現れる
「豊穣の、巫女」
巨竜は、この小さな人間に戦慄した
たった一人の天才が歴史を大きく動かすことはない
だが、推し進めることはできる
勇者は、この少女を評して「歴史に名を残す魔法使いになる」と予言した
それは決して誇張表現ではない
だから狙われるのだ
――しかし、これで勝算の目途は立った
王種は、レベル5の魔物だ
そして人間との戦いを想定していないから
「ダメージを受ける」という属性を持たない
二つの魔法が同軸の座標を争う場合、互いに同格であれば性質の衝突が生じる
それは、魔物たちが子狸さんに触れるとき、王都のひとが面白くなさそうにしているのと同じことだ
性質の衝突が生じるので仕方ない
開放レベル5は、痛手となっても決定打にはならないと見るべきだった
脆く、儚い。いずれは滅びる宿命にある人間を、それゆえに守りたい
緑のひとは、依然として不利にある
何かを守ろうとするとき、戦士は根源的な矛盾と向き合わねばならない
人の心を獲得した魔物たちだから、感情に引きずられて性質が歪む
高度な魔法環境では、心理的な要素も直接的にぶつかり合う
精神と肉体
肉体と精神
それらを、半概念物質は区別しない
この世のありとあらゆる物質は「点が密集したもの」と見なすことができる
厳密に言えば「線」という物体は存在しない
しかし、それは物の見方の一つに過ぎず――
例えば、子狸さんが学校で歴史の授業を受けているとする
その際、遠い過去に思いを馳せる子狸さんの身近には「歴史という二次元の物体」がある
(彼の授業態度は決して悪くない。ただ、マンモスへの深い愛が原始時代と現代の区分をあいまいにしている)
世界の次元を規定するのは、リサの回転速度だ
第一義、回転周期が結晶体の結合数を決める
(がんばるリサには、多くの同胞が集まる)
第ニ義、寄り集まった個数の約数と次元は等しい
(3の約数は「3と1」。三倍速で回る結晶体は、記憶を捻じ曲げることはしても、歴史を変えたりはしない)
この世界は三次元だ(縦、横、高さ)
最小の物質が「三つのリサが結合したものである」と仮定した場合
約数に「1」を含むから、この世界は「点」で構成されている
純粋な意味での「線」がないのは、約数に「2」がないからだ
だから、人間は「歴史」という「二次元を担当する結晶体」を手に取ることができない
これが魔導技術の基礎理論だ
ありもしない夢を追った挙句、その手に掴まされたのは悪夢だった
悪魔が人に囁いたのか?
あるいは人の囁きに悪魔が耳を貸したのか?
その答えが出ることはない
魔法に数量の制限はなく
回転と速度の制限もない
存在しない魔法……
豊穣の巫女が用いる魔法は、そうした類のものだ
彼女なりの、足手まといにはならないという意思表示なのだろう
正直、それは無理だ
どうあっても負担になる
しかし使える手札が増えたことで戦況は変わる
――白竜は健在だった
驚くには値しない
反撃の業火を、緑のひとは身を投げるようにしてかわす
空中で巨躯をねじって、力場を蹴る
灼熱の吐息を噛み切った白竜が、大きく羽ばたいて急速に接近してくる
緑のひとの急激な運動に、巫女は振り落とされてしまった
願ってもいない好機の到来に、白いのが飛びついた
これが、とある天使だったなら、少女をおとりに使うくらいのことはしたかもしれない
狙いが彼女だと言うなら、むしろ人質にするという手もある
だが、宙に放り出された少女が悲鳴を上げるよりも早く、救いの手が彼女を抱きとめた
状況の落差についていけず、呆然と顔を上げる
その目に飛び込んできたのは、見慣れた横顔だ
「……ノロちゃん?」
ユニが、ふだん子狸を「ポンポコ」と呼ぶのは照れ隠しだ
ともに過ごした時間はそう多くないが、豊穣の巫女はノロ・バウマフの幼なじみと言ってもいい
リサの結晶化には願望と声明を要する
だから魔法力と記憶力の間には切っても切れない結びつきがある
変化した緑のひとの姿は、幼い頃の記憶を刺激するものだった
「な、なんで? どうして」
わざわざ子狸の姿を真似る道理が彼女にはわからない
しかし、そうではないのだと緑のひとは言う
「少し違うな。あいつが似たんだ」
彼女を抱きかかえることができて、視界を確保できる程度の大きさの生きものなら何でも良かった
それでもこの姿を選んだのは、もっとも負担が少ないからだ
記憶に焼きついた姿
一度として忘れたことはない
返しきれない恩がある
「それって……」
にぃっ、と口角を吊り上げて笑う女性の容貌に、幼なじみとの血縁を疑わずにはいられない
「巫女よ、知っているか?」
「なに、を?」
迫る白竜の鉤爪は、巨大な刃のようだ
「コロッケは揚げたてが美味しい」
女性が片腕を振ると、ひじから先が異形と化した
いや、変化を解いたと言ったほうが正しいのだろう
爪と爪が衝突し、激しい火花が散った
緑のひとの本名は「アイオ」と言う
古代言語で「緑」という意味の言葉だ
古代言語は魔物たちが捏造した言語だが、何から何まで嘘というわけではない
少なくとも、緑のひとを「アイオ」と呼んだ人間が居たことは事実だ
名前をくれた
居場所を与えてくれた
戦う理由など、それだけで十分だろう
体重差で弾き飛ばされたアイオが大きく息を吸い込んだ
すぼめた唇から鋭く吐き出された呼気には火花が混じる
爆発的に増殖した火花が、まるで星の奔流のようだ
「――噛みつくと火傷するぜ?」
美しい薔薇には棘があるということだ
魔物ことわざには歴史の重みが感じられない
そのことが新しい時代のはじまりなのか、それとも文明の終焉を物語るものなのか、ユニには判断がつかなかった
「なぜコロッケに例えてしまったのか……」
最終的な判断を下せるのは、後世の歴史家しかいない
火花群と業火が正面から衝突した
飛び散る黒点は、事象の影だ
あるがままの、闇――
手を取り合い回る黒点が
踊るように、結晶化していく
日の目を浴びることがない世界が、きっと数えきれないほどある
しかし歌のない世界がないと言ったら信じるか?
誘われるように踊る、爪と爪が交錯した
鳴り響いた甲高い衝突音が、王都を埋める怒号を切り裂くかのようだ
受け流され、駒のように旋回した鱗のひとが行き掛けの駄賃とばかりに長い尾を跳ね上げた
しかし身体的な特徴が似通っている以上、攻撃手段も重なる
存分に遠心力を乗せた一撃が阻まれ、巨大な太鼓を叩くような音がした
家々の窓は破砕し、整然と縦横に伸びる石道に亀裂が走る
巨獣の競り合いは、人間たちが日々を営む街の許容範囲を越えていた
巨大な魔物が跳ね回るたびに、家という家が踏み砕かれていく
前もって大多数の住民が避難していたのは不幸中の幸いだった
家屋に侵入した北海FCのストライカーを、非数TNのディフェンダーが撃退している
(TA☆NU☆KI.Nは即戦力の若者たちをひろく募集しています。経験者優遇。勇者公認の優良クラブチームです!)
兎人が高速で上下に跳ねる
その巨体も相まって、さながら白い豪雨だ
天地無用のラビットファイア!
丸い尻尾が殺伐とした戦場に一輪の花を添えるかのようだった
跳ねるひとは、うさぎさんをベースとした魔物だ
動物の姿をとる魔物は多い
真の好敵手が愛嬌を振りまく小動物たちになると見抜いていたからだ
魔物たちは、愛玩動物の座を虎視眈々と狙っている
その事実を裏付けるのがテイマーシステムの試験導入だった
働きたくない
働きたくない――
人類が無償の愛に目覚めたとき
魔物たちの理想郷は完成する
夢を実現するために、今はひと時の戦意に身を預けたい……
――その、ほんの一瞬の油断が命取りになることもある
わずか、単調になった跳ねるひとの高速機動に
つけ入る隙を見出した人狼型の機兵が飛びついた
喉笛に噛みつかれた跳ねるひとが目を見開いて苦痛にあえぐ
「かはぁっ……」
だが、一体いかなる先見によるものか?
人狼と兎人の対決を視界の端で捉えていた鱗のひとの介入は早かった
鱗のひとは、攻、走、守の三拍子が揃った万能選手だ
彼が中盤にいるだけでチームの安定感が違ってくる
人狼型は、望みの薄い得点よりも失点のリスクを嫌った
跳ねるひとを置き去りにして後退する
鱗のひとの爪が空を切った
背後から襲い掛かる同形の機兵を
間一髪、危機を脱した跳ねるひとが蹴り飛ばした
一連の攻防は、どちらかと言えばミスよりも巧さが目立っていた
致命的なミスはなかったから、双方の傷は浅い
仕切り直しだ
互いに背を預けて立つ二人の姿には、互いへの確かな信頼がある
「二対二……やはりこうなるか」
「…………」
「あれっ、もしかしておれのこと頼りにならないと思ってます?」
「……いえ、そんなことは」
「そ、そうだよね」
戦局の鍵を握るのは、チームとしての成熟度、連携になりそうだ
だが、一瞬の閃きが魔法のように劇的なドラマを演出することもある
「ふふ、そうはしゃぐなよ。恥ずかしいじゃないか……」
開放レベルを制限した魔物と魔物の戦いは、子供がじゃれ合うようなものだ
しかし、その「子供」一人ひとりが天災に等しい力を持っている
恥ずかしいで済まされる問題ではない
なだれ打つ轟音を「いつものこと」と割り切ってしまえる子狸さんを、アレイシアンは観察している
実感があった
ここが歴史の分岐点だ
魔法動力兵――その背後にいる魔導師は、この事態の落としどころを考えている筈だ
移住が目的だと言うなら、人類を滅ぼすつもりはないのだろう
単に住むところを探すなら、無人の世界に行けばいいのだから
無知であるがゆえに、アレイシアンはそう思った
だが、一方で複雑な過程を通さずに済んだから、正しい結論でもあった
人間の動機は、いつでも単純だ
ただ、賢いふりをして複雑に見せようとするから、遠ざかっていく
星の部屋で魔王が吐露した言葉を、アレイシアンは忘れていない
あの戦いが公開されていたことには、きっと意味がある
――主要な都市には、正確な時刻を計測して鐘を鳴らす専門家たちがいる
響き渡った荘厳な音色が、日常にしがみつく人間の意地であるかのようだった
この非常時に時刻を知らせてどうなると言うのか
律儀なことだ
だが、涙目で鐘を打つちっぽけな人間が、反撃開始の合図になることもある
上空で待機していたリンカー・ベルが、負けじと高らかにホイッスルを吹いた
――いま、運命のキックオフ