目指せアイドル、スーパースター
メノゥとハロゥ
両者の戦いは、レギュラー争いに例えることもできる
さいきんの魔物たちは子狸さんの言動を好意的に解釈するから
これは本質を突いていると言ってもいい筈だった
だが、アレイシアンは懐疑的だった
「…………」
球技で決着がつくなら苦労はしない
そのように考えているのかもしれない
しかし、魔物たちは人前では全力を出さない
勝つこと
負けること
定められた境界線の内
限られた手札を駆使することに価値がある
子狸さんは、戦列を整えていく北海FCの面々を見つめている
その表情は余裕の一言に尽きる
「今年の一年は活きがいいな」
応じたのは、骨のひとだ
気取った様子で子狸の肩にひじを乗せてもたれかかっている
「威勢だけじゃないといいがな」
彼の本名は「ブル」と言う
レベル2――怨霊種の舵取りを担う花形選手だ
かつては、その身に備わる再生力で一世を風靡したが
魔法の普及にともなって「比較的、与しやすい」という不名誉な称号を得ている
なるほど、総合的には騎士に劣るだろう
人類の平均値に設定された身体能力は、戦いを生業とする人間を多くの面で下回る
が、しかし、それゆえに磨かれた技量は注目に値する
全国でも屈指のテクニシャンだ
足元の技術には定評がある
また、生粋のストライカーとして知られる見えるひととのコンビネーションも一級品だ
この二人は、プライベートでもよく一緒にいるのを見かける
気が合う以前に、カテゴリーが同じなので付き合いやすいのだろう
開いたひざに両手を押し当て、関節に負荷を掛けているエースストライカーの声音は厳しい
(ただし彼に関節はない)
「全国は甘くない。一年坊主が生意気な」
今日も必殺の幻影ドリブルが炸裂するのか?
その透き通った身体から繰り出される攻撃的なドリブルは、驚異的な決定力を誇る
怨霊種の紅一点、歩くひとが子狸さんとアレイシアンの間から顔を出した
二人の肩を抱き寄せて、相手チームに悟られないよう小声でささやく
「アレイシアンさん。君は初心者だけど、動きは正確だ。パスでつなげていこう。ノロくんも。いいね?」
無条件に信頼する人物が女性だったため、魔物たちは人間の姿を借りるとき、たいていは同じ女性を選ぶ
そして、容姿を写しとる代償という意味合いもあるのだろうか?
歩くひとには、モデルとなった人物が望んでいた生き方をしようとする傾向があった
現在は「クリス・マッコール」と名乗っている
あてのない旅を続ける吟遊詩人だ
「マッコール……あなたまで……」
アレイシアンは愕然とした
魔物の中でも、彼女はまともだと信じていたのだ
クリス・マッコールは、アレイシアンの人となりが嫌いじゃない
むしろ気に入っていると言ってもいい
真剣な人間が好きだ
なのに、ひた向きであればあるほど人は孤立していく
だから、友達がいない子狸さんの味方をしてあげたかった
何事にも真剣であろうとするから、ノロ・バウマフの言葉は心のフィルターを透過していく
「お嬢は、泣き虫だからなぁ……」
「!」
自分を棚上げした少年の声には肩ひじを張った感じがない
ぽろりと本音をこぼすとき、子狸さんはやんわりとした口調になる
激しく反応したアレイシアンは、珍しく動揺した様子だ
「だって。あれは」
二の句を継ごうとして失敗する
彼女が星の部屋で泣き喚いたのは、悔しかったからだ
一緒にいたいと言った魔王が、それなのに子狸の命を軽く扱ったのが納得できなかった
少女は感情を取り戻しつつある
いまは、まだその途上だ
だから、この感情に名前を付けるべき段階ではなかった
友情ではない
愛情ではない
もっと未発達で
しかし崇高な何かだ
アレイシアンは慎重に言葉を選んだ
ぶり返してきた羞恥心が彼女の頬を染める
赤面している自覚があったから、うつむいて直視を避けた
「……べつにあなたのために怒ったわけじゃないわ」
「お嬢が、またわけのわからないことを言いはじめた……」
子狸さんの思考は高度すぎて、他者との会話が成立しないことがある
「これだけは言うまいと思っていたけれど……」
一人で勝手に盛り上がっていたアレイシアンさんが、クリスくん越しに子狸の耳をつまんだ
「ばか!」
彼女がこうまで他者を悪しざまに罵るのは珍しい
だが、いつの時代も天才は理解されないものだ
この二人が対立したなら、経緯はどうあれ魔物たちは子狸の味方につく
「子狸さんは天才……」
「イケメン……」
「高学歴になる予定……」
魔物たちの囁きは、子狸さんの自信になる
しかし、必要とあらば謙虚にもなれる
「たしかに、おれは頭が良くないかもしれない……。
でもね、お嬢。それは、後世の歴史家が決めることなんだよ」
物事の一面のみを見て判断を下すのは愚かな行為だ
後世の歴史家に全てを託そうとする子狸さんに、アレイシアンは水面下で蠢く色彩豊かな飼育係たちの姿を幻視する
「……本当にろくなことを教えないわね」
クリス・マッコールも当事者の一人だ
睨み付けると、彼女は目線を逸らした
やましいところがあったからではない
勝利を、より確実なものにするためだ
緊張した佇まいで守備を固める北海FCを指差し、ささやくように告げた
「お前たちは知らないだろう……。これは予言だ」
顔を正面に向けたまま、子狸の肩に片手を置く
艶やかに笑った
泡が溶けるような、消え入る声は弱気から発したものではない
それは不気味な確信だ
「うちのポンポコがピッチに立ったとき……フィールドに十二人目のプレイヤーが出現する」
――ぽよよん
子狸の横にいる青いひとの身体がふるえた
ポーラ属は「扉」の「鍵」だ
法典は、遺跡に足を踏み入れた候補者に幾つかの試練を課す
勇気、体力、知恵……
非力な契約者を望まない
だが、開かずの扉を前にして
いきなり青いのを鍵穴にねじ込もうとした一人の男がいた――
原初の魔物、イドの記憶は、鍵穴にねじ込まれるところからはじまる
のちの初代魔王である
オリジナルのポーラ属は、この星の遺伝子を持つ
青く見えるのは、特殊な波長を放っているからだ
唯一無二の鍵――
星の記憶……
体表を滑り落ちた陽光が
まだらに
たゆたう……
リンカー・ベルが言った
「出現した時点で反則とります」
不正に屈さない彼女が審判だ
何故かぎょっとした様子の王都のひとを冷たく一瞥してから、ぱっと舞い上がる
小さな身体が、青空に吸い込まれるようだ
二対の羽を透かして、散る、火花星が、ひときわ華麗に咲いた
旋律は鳴り止まない
「命の、ともし火♪」
競い合うように
「黒い、献花を♪」
絡み合うように
落ちてくる
その歌声に、ノロ・バウマフは何を思うのか
バウマフ家の一族は、この世界でもっとも魔法に適応した人間だ
侵食率は99%を越える
瞳の奥にはリサの輝き……魔導配列が宿る
もっとも魔物に近しい存在なのに
より人間に近しい
遠く、距離を隔てているのに
身近に感じるのは……
「……セクハラじみた視線を感じる」
ユニ・クマーは嘆いた
アレイシアンさんが「エニグマ」と呼ぶ少女である
本名はシャルロット・エニグマと言うのだが
全世界に実名を晒されたため、今後はユニ・クマーを名乗ると決めた
なまじ有名人だったから、興味を持った人間が少し調べれば
豊穣の巫女という国際指名手配犯に辿り着いてしまう
しかし偽名を用いれば、別人だと言い張ることも可能だろう
優れた魔法使いは想像力が豊かだ
自分が勇者一行の一員だと勘違いされるのではないかとおびえている
否定しても、たぶん無駄だ
今代の勇者は、国の利益に適った行動をとる
積極的には否定してくれないだろうと想像する程度の自負はあった
上空の強風に煽られて、特徴的な長い袖が服ごと持って行かれそうだ
露出の危機に心身がすくむ
人目を惹くための衣装であったが、目に見えるのは成果ではなく後悔だ
らしからぬ悪態を吐く
「くっそー! わたしの人生はいったいどうなってるんだ!?」
宙を駆ける巨竜の頭上で、眼下の光景を楽しむ程度には優雅だ
「世の中には自業自得という言葉があってだな。ああ、自業自得というのは……」
「ポンポコじゃないから!」
「え!? もしかしてポンポコさんのことばかにしてるの……?」
躍動する緑色は、王種と呼ばれる最高位の魔物だ
都市級が束になっても敵わない、超高校級の選手である
ひょっとしたらプロのトップリーグでも通用するかもしれない
だが、この日、視察に訪れたスカウトの目に止まったのは――
「もう降ろしてよ~!」
「子狸さん子狸さん。自業自得くらい言えるよね? えっ、目薬? 目薬がどうしたの? 目薬!?」
「月の輪ぐま……」
子狸さんとの思い出に心の安定を求める少女は
半分、泣きが入っている
地上に残してきた配下の五人が何事か喚いている
大きな翼をひろげて旋回している機兵が
長い首をねじって口腔を晒した
洟をすすりながら、ユニは言った
「ぐすっ、あっちのほうがカッコイイね……」
「おれ、可愛い路線ですから」
バウマフ家の人間が、可愛い可愛いと言うから
魔物たちは、ずっとこの路線でやって来たのだ
いまさら後戻りはできない
一部、凶悪な人相の天使もいるけど