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しいていうならお前の横を歩いてるのが魔王  作者: たぴ岡
最終章「しいていうなら(略
197/240

深淵を覗くものに深淵は踊れるか

 王都は、白亜の都とも呼ばれる


 道が石畳で舗装されている街は珍しい

 魔物の襲撃を受けた際に砕けて危ないからだ

 しかし土で汚れにくいなどの良い点もある

 王都は巨大な都市で、人口も多いため

 緊急時の安全制よりも利便性をとった。それだけの話だ

 

 整然とした街並みは、のちに王国の主要都市になることを見越していたからとされているが

 それは、嘘だ

 王都は、旧魔都である

 現在の魔都がそうであるように、魔物の居住区はスケールが大きい

 建国した当時、王都の規模は人口と釣り合っていなかった

 それが近年になり、ようやく追いついてきたと言うのが正しい


 魔物たちが同士討ちをはじめたなら、騎士団は共倒れを狙うべきだった

 しかし、王国を守護するアリア家が一方の肩を持った

 その事実は、討伐戦争の在り方を反転させるきっかけになる

 

 そうでなくとも、大隊長の多くは魔物との戦いに人生の大半を費やしてきた

 いまさら介入してきた第三の勢力を面白くないと感じるものは多かった

 彼らに機械の知識はないから、魔法動力兵の装甲が「鎧」に見える

 魔物たちは、おもに動物をベースにした姿をとる

 これは同士討ちではないのだと、人々は気付きつつあった


 そして、それがこの世界の歴史に干渉してきた魔導師の狙いだった

 彼の目的は、この戦争に勝つことではない

 人類と魔物の対立構造に割り込み、移住先を確保することだ

 

 魔物たちには、バウマフ家という縛りがある

 しかし異世界の住人には、バウマフ家の機嫌をうかがう必要などない

 設定が許すなら、多少の犠牲者には目を瞑る

 北海世界の「人間」は、その大多数が魔法使いではないからだ

 ハロゥによる大量破壊兵器に慣れすぎて、いまさら剣士になどなれない


 欲しているのは、油断ならざる異邦人という立場だ


 北海世界に蔓延した倦怠感を忘れ去るために、移住の際には記憶を洗浄する

 世代を重ねて、少しずつ違和感を削っていく予定になっている

 魔物たちに見守られて、ゆっくりと歩んでいきたい……

 バウマフ家の人間は、自分たちを蔑ろにはしないという確信がある


 彼らの推測は正しい

 だから追い詰められているのは、魔物たちだ


 騎士団の早期合流は嬉しい誤算だった

 魔法動力兵とは違い、魔物たちには負けられない理由がある

 これは、彼らの復讐なのだ


 広場の中心に座するのは、聖なる海獣の女神像である

 魔物たちは、海上には手出ししない

 だから、きっと魔を退けるものが海にはあるのだと人々は考えた

 その連想が勇者と結びついたのは自然なことだった


 聖なる海獣は、しばしば天使と同一視される

 魔王を打ち倒した勇者が人々の前から姿を消すのは、天使が迎えに来るからだと信じられている


 しかし、このとき広場を走った灼熱の剣閃は、聖剣と対をなす魔剣によるものだ


 精霊の宝剣という、歴史に名を刻んだ兵装に、蜘蛛型は後退を余儀なくされる

 魔物たちの欺瞞を暴くことに、彼らは価値を見出さない

 おだやかな暮らしに程良い刺激(スパイス)を望むなら、実在する「神」は不要だからだ


 ゲートから這い出した魔物たちが各所へと散っていく

 その中には、獣人種の姿も混ざっていた

 レベル3の魔法動力兵に、レベル2の怨霊種をぶつけるのは不毛だ

 値千金の勝利を願うよりは、堅実に白星を拾いたい


「メカ来たっ、メカトカゲ! ことごとく真似しくさって!」


「降下地点の割り出し急げ! ゴーゴーゴーゴー!」


「ウサちゃんいないよ!? なんか狼みたいなの来た!」


「おれ、じつは狼だったのか……」


「どう見ても食われる側だろ! 走れ! ムーブムーブムーブムーブ!」


「騎士団のご一行は、こちらに並んで下さーい。こちらでーす」


 最強の魔獣が旅行ガイドみたいになっていた

 黒雲号と豆芝さんがお腹に体当たりをしている

 グラ・ウルーは馬の魔物だ

 同じ馬として、何か感じるものがあるのかもしれない


 なお、アトン・エウロは影の中に幽閉している

 五人の妹たちも一緒だ

 暴走した異能を鎮めるのは、彼女たちにしか出来ない

 あとは時間が解決してくれる筈だ


「こう?」


「違う、違う。自分が青いひとになったみたいなイメージで……こう」


 闇の宝剣は、ゲートを開く機能を持つ

 ゲートを閉ざすことが出来るのは光の宝剣だけだから

 いったん開けてしまえば、あとは放置しても良かった


 これを機会に、アレイシアンは子狸さんに柔軟体操を教わっていた

 以前から、たまに身体を曲げたりしているのを見掛けたことはあるが

 ふだんから奇行に走るため、あまり気にしていなかったのだ

 尋ねてみたところで、会話になるか否かは常に試される

 しかし、いまは王都のひとという専門家が答えてくれた


「こぶしの握りをゆるめて……打ち抜く!」


「それはジャブの打ち方だ」


 リンカー・ベルは、空の一点を見つめている

 白い雲が疎らに浮いているが、頬を撫でる風には湿ったものがない

 雨季は終わったようだ

 それは、火花星を隠せなくなるということ

 つまり潮時だ


 彼女の視界を、大きな影が遮った


「ズィ・リジル……」


 都市級の魔物は、レベル3の魔法動力兵を一掃できるほどの力を持つ

 しかし、彼らには彼らの為すべきことがあった

 これまで、ずっとマリ・バウマフの身辺警護をしていた蛇の王が

 子狸と対面するのは、久しぶりの出来事だった


「子狸さん」


 魔物たちは、人とは異なる時間を生きるものとしての視座も持つ

 親しい人間をあまり作ろうとしないのは

 最後には置いて行かれると知っているからだ


 誘われるように、ノロが前足を差し伸べた

 リジルの鱗は、ひんやりとしている

 見た目ほどゴツゴツしていなくて、むしろ滑らかだ


「今日は、何をして遊ぼうか……」


 バウマフ家の人間は、魔物たちの感情に敏感だ

 ふだんはにぶい癖に、ときおり心を見透かすような()をする


「えっ。なんなの、その自分が遊んでやってるんだみたいな上から目線……」


 リジルはびっくりして目を丸くしたが、事実だ

 魔物たちは、肉体的に老いることがない

 だから、彼らの精神年齢は、ずっと昔に止まってしまっている

 幼いままではいられなくて、老成するには身体が若々しすぎる

 言動が落ちつくとしたら、それは単なる怠慢だ


「? ひとりじゃ遊べない。上も下もないだろ」


 ノロは、人間だ

 長く生きても、せいぜい百年がやっとだろう

 魔物たちに何を遺してやれるだろうかと思う


「たまに鋭いことを言うな、お前は……」


 翻訳魔法が封印される前なら、魔物たちは人間の身体を作り変えることができた

 けれど――

 いまわの際に、バウマフ家の人間は

 本当に……幸せそうに笑うのだ


 それなのに、異世界人が関わってくると途端にぶち壊しだ

 魔法は、「不思議なもの」であれば良かった

 理屈など欲しくなかった


 穴埋め問題を解くみたいに

 答えが当てはまるたびに

 自分たちの汚点を見せつけられるようで――

 殺意がわく


 魔物たちの敵意が向かう先に、異世界人は居る

 人目がない地下通路の戦いは、もっとも熾烈なものになる

 群れなす魔法動力兵を振りきったアリスが、ついに地下神殿へと踏み込んだ


 彼は、史上初の異世界人の目撃者ということになる

 だが、驚きはなかった


「聖なる、海獣!」


 その可能性は、当然あると思っていた


 この世界の生物の進化をひも解いてみても

 高度な知性を獲得する可能性が高いのは海洋生物だ


 ひと抱えほどもある球体が宙を浮いている

 その上に腰掛けているのは、大きな布を身にまとった、白い……

 苦行を乗り越えて悟りを開いた高僧のようにも見えた


 きらきらと輝くつぶらな瞳が、親しげに細められるのを見て、


「息をするなッ!」


 アリスの触手が、大気との摩擦で火花が散るほどの速度で放たれた

 瞬時に距離を詰めて、首に触手を巻きつけた異世界人を宙吊りにする


「お前は、それがどれだけ傲慢な行いであるかも自覚していない!」


 剥き出しの殺意をぶつける

 この場にはいない仲間たちの言葉を代弁してやりたかった

 

「この世界で生まれてすらいない! お前が!」


 異世界人の心臓が鼓動を打つたびに、言いようのない嫌悪感がした

 完全に独立した事象などないのだ

 この男が、こうして息をしているだけで

 この世界には何かがもたらされて、一方で損なわれる


 めぐりめぐって、誰かの寿命が一秒伸びるかもしれない。ならば、逆に減ることもあるだろう

 その「一秒」の価値を、異世界人には語る権利がない

 突き詰めれば、魔物たちの怒りとは、そうしたものだ


 いま、この場で殺すか……?


 アリスは、本気でそうしようかと迷った

 殺すつもりならば、はじめから地下神殿ごと消し去っている

 そうしなかったのは、異世界が一つだけとは考えにくいからだ


 魔法には、世界から世界へと渡り歩ける潜在能力がある

 それを他世界に無償で与える以上、魔法そのものを無力化できる「安全装置」が、どこかに――

 しかし、確実に。ある

 魔物たちは、異世界人の良心をまったくと言っていいほど信用していない


 ――しかし現実はさらに非情だ


 リサというのは、魔導技術の基礎理論を構築した研究者の名前だ

 生前、彼女の研究が評価されることはなかった

 罪滅ぼしのように、もしくは責任を押し付けるように、あるいは呪われるように

 無制限リサ制御体は「リサたち」と、そう呼ばれる


 異世界の魔導師は、酸欠に喘ぎながらも笑顔を絶やさない

 ひれを持ち上げて、三本指を立てた

 発達したそれは「手」と称しても誤りではないだろう……

 

「私の願いは三つだ」


 彼らは、海中において超音波による会話が可能だ

 しかし陸上では音波の伝導率が低いため、周波数を下げねばならない

 この世界の人間と会話するときは、こちらがメインになるだろう


「…………」


 アリスは、触手をゆるめた


 ――何故、この世界なのだ?

 ずっと言葉には出来なかった、理不尽への問いがある


 魔導師の口調は友好的だった


「一つに、君たちと話してみたかった」


 いまさらのように気が付いたが、流暢な王国語だ

 翻訳魔法が封印されている以上、何らかの手段で学習したのだろう


 彼は、照れ臭そうに笑った


「うまく話せているだろうか? 勉強したんだ。あちらの言葉は、君たちには通じないだろうからね。

 正直に言うと、連合国語は少し不安だよ。バウマフ家が王国に拠点を移してしばらく経つから……錆ついているかもしれない。

 それが二つ目だな。バウマフ家の人間と話してみたかった」


 バウマフ家のことに話題が移って、アリスの触手が緊張した


「どの口で……」


 管理人の一族に呪詛を打ち込んだのは魔法動力兵だ

 だが、減衰特赦は偶然の産物だった

 誘導魔法と連結魔法は、相性が良かった

 

「そして、三つ目だが……ふふ、これはもう叶った。この世界に来てみたかったんだ」


 異世界の人間が、この世界の人間と同じくらいの寿命であるという保証はない

 それなのに、魔物たちは、さしたる理由もなく「魔導師は二人以上いる」と思い込んでいた

 しかし、そうではなかった


「私は、ワドマトと言う……」


 異世界の魔導師ワドマトは、遠くを見つめるような目をしていた


「ずっと、ずっと。この世界を見守ってきた……。魔導師……ワドマトだ」



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