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しいていうならお前の横を歩いてるのが魔王  作者: たぴ岡
最終章「しいていうなら(略
196/240

そして引退へ

 デスボール!


 それは……この世でもっとも過酷な球技の一つである


 正式名称は「ファルシオン」と言うのだが

 競技中、戦闘不能に陥る選手が続出するため

 屠球(デスボール)という俗称が定着している


 魔物たちの国技であり

 歴史上、様々な場面で騎士団との親善試合が行われている

 もちろん「親善」というのは建前だ


 ルールは簡単

 環境に応じて種目は変わる

 サッカーならサッカー、野球なら野球がベースになる


 しかし多くの場合、魔物たちの身体能力は人間を大きく上回る

 極端な例を挙げれば、ヒュペスがゴール前で卵をあたためているだけで

 魔物側の失点は物理的になくなってしまうのだ

 それでは試合にならない


 そこで、救済策として人間たちには特殊な効果を持つカードが配布される

 カードの内容は人それぞれだ

 その人間の資質や特性を表したものなので、何かをきっかけにして変化することもある

 試合中に変わったこともあるくらいだ


火竜召喚(イグニッション)」など、極めて強力な効果を持つカードもあるが

 お昼寝をしていることもあるので、総合的には怨霊種を複数召喚できる「軍勢(ネクロマンサー)」のほうが評価は高い


 また、カードにはランクに応じて相応のクールタイムが発生する

 そのため、一発逆転を狙える高ランクのカードは使いどころが難しい


 なお、悪質な妨害行為や暴力を働いた選手は退場となる

 が、対立関係にある魔物と人間の競い合いだ

 厳しく取り締まっていては選手が誰もいなくなる

 よって、退場措置はワンプレイで解除となる


 選手入場だ


 魔王を打ち倒したことで、アレイシアンは闇の宝剣の開放条件を満たした

 光陰が反転し、放出された黒点は夜の剣を形成する

 光と闇は表裏一体だ

 魔王の剣には、魔界へと通じるゲートを開く機能がある


 それは、地下通路が封鎖されることを見越してのものだ

 自在に瞬間移動できる魔物たちに空間歪曲式の隠し通路は必要ない

 だが、異世界人にとってはそうではないということだ


 子世界が意に沿わない発展を遂げることもある

 方舟の操縦法を知る異世界人は、法典を盾に交渉を迫ることができる

 魔法は、成層圏内でしか働かないという原則があるからだ


 人為的に作られたものだから、あらゆる物事に理由がある

 合理性の裏ごしに、傲慢さが透けて見えるかのようだった


 魔物たちの怒りを、アレイシアンが共感することはない

 彼らは、肝心なことを話さないからだ

 勇者の少女が信じたのは、魔物たちのシナリオを幾度となく崩壊の危機に追い込んだ子狸さんだった


 大地に穿たれた漆黒の門から、どっと生ぬるい大気が流れ込む

 瘴気だ

 魔界の大気成分は地上とは異なるとされている

 しかし魔界は実在しない

 たんに高温多湿の空気である。害はない


 魔界とは、つまり異世界という概念だ

 魔物たちは、魔法の正体が「魔界の法則」であると解説してきた


 もしも自分たちが敗北したとき

 おそらく挙兵するだろうバウマフ家の人間に

 何かを遺してあげたかったからだ


 魔界に攻め込むと言えば、騎士団の名目は立つ

 討伐戦争を通して、あらゆる布石を打ってきた

 ゲートもその一つだ

 

 浮上してきたのは、魔都で熾烈な争いを繰り広げてきた戦士たちだ


 不可視の鎖に絡めとられた魔法動力兵が地に屈した

 一斉に放たれた蠍の尾が斬り飛ばされる

 飛び出した骸骨戦士たちの手中で、魔火の剣が激しく燃え上がっている


 踏み込んだ黒騎士が魔剣を一閃すると、火線が走った

 寸断された魔法動力兵が、閃光を放って爆散する。光の爆発だ

 彼らは魔力に還元される際、魔物たちとは比較にならないほどの光量を発する

 撒き散らされた誘導魔法が、この世界のリサ結晶体と激しく反応するからだ


 魔物が、他世界にあって生まれ持った魔導配列を崩すことはない

 魔法の根幹をなす基本ルール……

 あらゆる魔法事象は、第一世界に有利に働くよう設計されている


 神に等しい力を持つ魔物たちは有益な存在と見なされている

 なのに招いてみて、無力化してしまうようでは意味がない


 魔法使いは、どこまで行っても自分を縛る魔法からは逃れられないということだ


 歌が聴こえる

 旋律が競うかのようだ

 美しい歌声に誘われて、家屋に避難していた人々が空を仰ぐ


 巨鳥が舞っていた

 背に乗る騎士たちが戦歌を紡ぐ

 矢継ぎ早に撃たれた光線が、地上の機兵を次々と撃破していく


 魔王軍が攻めてきたかと思えば、とつぜん同士討ちをはじめて

 今度は何故か騎士団と共闘している

 わけがわからなかった


 事情を知らない人間からしてみれば

 魔法動力兵は、新種の魔物と見るのが自然だった


 一度はポーラの軍勢に敗れ去った騎士たちは、続々と王都に帰還しつつある

 彼らは敵味方を判じかねて身動きがとれずにいた

 魔都に突入した筈の決死隊は、魔王軍に協力しているようだが

 魔法動力兵は、王都に攻め入ったポーラ属の大群を排除しようとしているようにも見える


 だが、百戦錬磨の称号騎士が決断を下すよりも早く、動き出した人物がいた

 白刃が閃く。後退した機兵の足が宙を舞った

 関節部を狙い済ました一撃だった

 振り下ろした剣を見つめ、男はつぶやく


「硬いな。だが――」


 蜘蛛型の魔法動力兵は、八脚の足を持つ

 身体を支える足を一つ失ったことで、体勢を崩しながらも

 毒尾による一点狙撃を補正することができた


 だが、鍛え抜かれた剣士の技量は想像を絶するものがある

 魔法使いとの戦闘を想定した剣術は、足運びに独特の緩急を持つ

 直線的な軌道をとる尾撃を、男は身体をひねって回避した

 両腕を弛緩させたまま、半身から半身へ、肩を押し出すように前進する


「儚く、脆い。お前たちを切り捨てるたびに、俺は……」


 跳ね上がった剣先を、魔法動力兵は受け止めようとして失敗した

 空中で軌道を変えた剣は、斬るよりも当てることを重視したものである

 刃物による殺傷は、治癒魔法の適用外だ

 治らない傷を負った魔法使いは、ひどく動揺する


 そして、この男は魔物の天敵とも言える存在だった

 魔法使いにはなれなかった被支配者の怨念、妄執……

 連綿と受け継がれた略奪と差別の歴史が、魔法を憎悪する異能者を産んだ


 アーライト・アジェステ・アリア

 彼の意識に触れたリサは、極端に活動がにぶる


「一つ、また一つと、手向けの花を思う」


 膨張した光の炸裂は、呪言兵の断末魔だ

 増援した機兵の挟撃を、アーライトは危なげなく捌いていく

 白刃が閃くたびに、大輪の火花が咲く


 たいていの剣術使いは、おのれの剣技を人前に晒すことを嫌う

 とくにアーライト・アジェステ・アリアを、蛇蝎のごとく嫌う剣士は多い

 長年の修練により身につけた秘術の数々を、ただの一瞥で盗まれたからだ


 アーライトの剣術には一貫性がない

 悪癖と言ってもいい、個別に備わる呼吸の揺れを、目にしたまま再現している

 盗んだ技を、より良くしようという意識が欠落している


「墓標に供える花を。……俺は悼む」


 しかし呪言兵を抉り、切り裂くのは、存在そのものを否定する拒絶の意思だ

 言っていることとやっていることが違う

 

 それなのに、聖騎士の沈痛な面持ちに

 騎士たちは騙されるのだ


「アリア卿……」


 アリア家の人間は、いかなる強敵にもひるむことがない

 大貴族という、王国を支える重鎮でありながら、自らの命を惜しまない

 その危うさが、多くの人間を惹きつけるのだ


 まるで墓標のように、機兵を無造作に串刺しにしたアーライトが空を仰いだ

 青空を背景に巨鳥が旋回している


 アリア家の人間が、魔物(メノゥ)側についた

 このことは、大きな意味を持つ

 視線を戻したアーライトの口元に浮かんだのは凄絶な微笑だ

 

「借りは返したぞ……」


 彼は、過去に魔物たちと密約を結んだことがある

 とある亡国での出来事だ


 娘二人のうち、どちらかを勇者として差し出す

 その代償として、アーライトは「治癒魔法」の封印を望んだ

 逆算能力ではない、本物の治癒魔法だ

 もっとも、当時――

 すでに魔物たちは治癒魔法の根幹をなす「翻訳魔法」の封印に着手していた

 魔物たちは珍しく正直にそう言い、べつのことにしろと言ったのだが……

 それならばいいとアーライトは納得した

 彼は、あまり魔物に関心がない

 対応はおざなりで、あっさりと頼みを聞くこともある


 しかし、魔物たちは知らなかった

 

「翻訳魔法」の封印を、アーライトは重く考えている

 どのみち封印する手筈になっていたと魔物たちは言うが……

 そんなことは関係がない

 功績には相応の褒章が必要だ

 大きな借りが出来たと、そのようにアリア家の人間は考える


 そして、いま……

 魔物たちの味方をしたことで返済は終わった

 あとは自由にやらせてもらう


 マントをひるがえし、歩き出す


「アテレシア」


「はい」


 追随するアテレシア・アジェステ・アリアは、将来を嘱望される才媛だ

 剣士としては、すでに父を越えている

 蜘蛛型の指揮をとっていた人型を撃破するのは、彼女にとって難しいことではなかった


 アーライトは言った


「気が変わった。いまからお前がアリア家の当主だ」


 堂々たる引退宣言だった


 アテレシアの口元が綻んだ


「では、アレイシアンの処遇は、わたしに一任して下さいますね?」


「好きにしろ」


 完全な感情制御を持つアテレシアにも

 血を分けた妹を愛おしく思う感情はある


 愛情を傾けることと、骨の髄まで利用することは

 彼女の中で矛盾しない

 

 アテレシアは、腰に提げた鞘を指先で触れる

 鞘におさまっているのは、とある魔物が手土産に持参した剣だ



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