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しいていうならお前の横を歩いてるのが魔王  作者: たぴ岡
最終章「しいていうなら(略
195/240

子狸、戦場へ

 北海世界の「人間」は、陸上での生活にはあまり適していない

 彼らの母星には大陸というものがなく

 海上に浮かぶ群島が「人類」の活動拠点だった


 だから、泳ぎに適した身体を捨てても得るものはなく

 体温調節を海水に頼る生態が残った


 それは、非数世界の「人間」が直立歩行を獲得し

 脊髄への負担を抑えるために

 猛獣の筋力を忘れ去っていったことと似ている


 マリアの指がふるえた

 微細な水流を調整するために発達したひれの先端は、とても器用だ

 稼働範囲は狭いものの、重力の影響を受けにくい海中での作業に支障はない


 繊細な指先が恐怖におびえて硬直していた

 息が詰まるような沈黙……


 最後の魔法動力兵は、禁断の魔物だった

 彼女には何の制限もなかったから

 いとも容易くマリアを欺くことができた


 マリアが悪魔の生まれ変わりと罵った魔物たちですら

 バウマフ家という最後の良心を持つ

 ハロゥド・アンには、それすら、ない


 地下通路を行くアリスは、呪言兵たちの妨害をものともせずに突き進んでいる


 マスターの権限を移譲することに何の意味があるのか

 とっさには判断を下せなかった


「ぶー。時間切れです」


 だから、ここが歴史の分岐点になるとは思ってもみなかった


 未練もなく、早々に選択肢を取り下げた少女の眼差しは

 はっとするほど優しかった


「残念。……マリア、この世界の時間は有限なんだよ」


 本来、魔法は時間に束縛されることはない


 北海世界には逆算魔法という縛りがないから

 過半数の人間が望むなら、歴史を変えることも許される


 非数世界に、その理屈は通用しない

 もしも可能だとすれば、それは特赦を持つバウマフ家の人間だけだ


ド・アンは、マリアの理解が追いつくのを待ってから続けた


「ワドマトが言ってた。

 魔法回路には表と裏しかない。二番回路なんて嘘っぱちだよ。

 この世界で、科学兵器は正常に作動しない。正しい知識は否定されて……。翻訳魔法は封印された。

 異世界人が生きていくには厳しい世界を、彼らは作ったんだ」


 非数世界へと渡ってきた異世界人は、何者にもなれないということだ


 それでも……


 マリアは、放心したように呟いた


「ハロゥ……。

 いま、あなたがいる世界は、絵本に出てくるような世界です。

 漫画や小説で描かれるような世界に、行きたくないと言える人間は、きっと少ない……」


 指先から伝ったしずくが、足元を満たす擬似海水に落ちる

 跳ねた水滴が、開放された一番回線を伝って世界を渡る


 辿りついたのは、海の底に沈んだ都だ

 壁はなく、大きな柱が幾つも立ち並んでいる

 開放感あふれる広間に

 ぽつんと玉座が置かれていた


 玉座のあるじは、ここからでは尾しか見えない

 ひざまくらでもするかのように

 ポーラ属が居座っているからだ


 ふたりは言い争っていた


「……これは無理がないか?」


「いいから、おれを撫でるんだ。早く! 王者の風格を醸し出すには、そうするしかない」


「え~……? 前が見えないんですけど……」


「そんなはずないだろ。おれ、自分で言うのも何だけど鮮やかに透き通ってるよ……!」


「いや、お前ら自分で言うほど透き通ってないよね。だって、じっさいにおれの視界が濁ってるもん」


 鮮やかに透き通っている青いのを

 玉座のあるじが精いっぱい腕を伸ばして撫でようとする


「っ……つうか、でっけえな! 縮めよ! なんで成体なの!?」


「子猫を撫でる王者がいるか! おれのことは黒猫……いや、小ぶりな黒豹だと思ってほしいのです」


「嘘でしょ!? 一つもかすってない! 一つたりとて黒豹の要素がない! なにこれ。なんなの!?」


 尾がじたばたと暴れる


 バランスを崩した青いのが、玉座の横にぼてっと転がった


 どうやら魔物たちの宇宙進出は失敗に終わったらしい

 床にうずくまったポーラ属が嗚咽を漏らしはじめた


 海底洞窟に住むポーラ属は

 魔法の果実が転送されてくる「果樹園」へと通じる扉を開くための「鍵」だ


 つまり果樹園というのは、魔物たちが「二番回路」と呼ぶ……

 こきゅーとすの実験作である「擬似魔法回路」の発信地だった


 無意識の領域から魔法を引きずり出すことと

 思い浮かべた言葉を文字に変換して、仮想掲示板に打ち込む行為は

 原理的に同じものだ


 王種と呼ばれる魔物は

 扉の鍵たるポーラ属を守護するための存在でもある


 だから、いかなる状況であろうとも、王種がポーラ属を残して重要拠点を離れることはない


 例外があるとすれば、それは「山腹のひと」と「かまくらのひと」だった


 現状、王種は四人しかいないため

 かまくらのひとは南極大陸の地表に移住し

 さらにオリジナルを特定されないよう動いている

 ポーラ属が、もっとも多くの分身を持つのは、そのためだ


 山腹のひとは、そもそも重要拠点の近くに住んでいない

 アリア領のとある山村に程近い洞窟にも「扉」はあるが

 その奥には開けた空間があるだけで

 これはハロゥを誘き出すために用意された最終決戦の地だった


 そうなる予定だった


 綿密な計画を立ててきた魔物たちにも誤算はある

 異世界の事情など、彼らには知る由がなかったからだ


 非数世界に、貴族と反貴族の勢力があるように

 北海世界にも様々な立場の人間がいて

 その中には、移住計画に異を唱える団体も存在する


 じつのところ

 このとき、すでに趨勢は決していた


 非数世界を担当する魔導師「ワドマト」は

 黒幕とは程遠い……「切り捨てられた尾」だった


 もちろん、復讐に燃える魔物たちにとっては知ったことではなかったが……


 海底都市にポーラの慟哭が立ちこめる


 魔物たちが「退魔性」と呼んだ、「魔法を非活性化する因子」は実在しない

 もっと単純な話だ


 宇宙には、魔法を形成する半概念物質「リサ」が存在しない

 仮に「異星人」が存在した場合、それは第一世界にとってイレギュラーでしかないからだ


 魔物は、宇宙には行けない


「泣くなよ……」


 玉座のあるじは、腰から下が鱗で覆われている

 流形線の、泳ぎに適した魚類の半身を持つ女性だった


 身にまとう羽衣には淡い光沢がある

 この日のために用意した一張羅だ


 ひじ掛けにもたれると、やわらかな仕草で頬杖を突いた

 這い寄ってきた青いのを優雅な手つきで撫でる


 彼女は、ため息を吐いてから

 玉座を立ち、海底都市に集った深海魚たちを見つめた


「歌います」


 特赦を持たない魔物たちが

 高レベルの魔法を扱おうとするなら

 詠唱をしなくてはならない


 開放レベルの差異はあれど

 魔物たちは人間たちと似たような条件を課せられている

 だから、彼らは騎士団の戦術を真似れば良かった


 音階は秩序だ

 声の響きには感情が宿る


 雑多な詠唱も、譜面に落とせば一定のルールが生じる

 輪唱できる


 人魚の歌声が世界をめぐる


 魔物たちが驚愕した

 歌は二重に聴こえた

 ハロゥも同じ結論に至ったのだ


 連結魔法と誘導魔法は、じつは相性が良い


 だから、二つの異なる歌が

 まるで二つで一つであるかのようだった


 王国、王都の上空に、大きな火花が咲いている


 完成された魔法使い……マリ・バウマフ

 そして、最強のハロゥ……ド・アン

 両者の戦闘は究極域にある


 他の魔法動力兵は、追随することすら叶わない

 戦闘の余波を浴びて四散する

 爆発、爆発、爆発……

 これが火花星の正体だ


 歌が、光と共に降ってくる


 空を叩く音……

 光の剣が、魔法動力兵たちを串刺しにした


 聖性を帯びた刃は、魔属に対して絶大な威力を発揮する

 装甲の物理的な強度など問題にならない


 魔法の最大開放はレベル9だ

 だから、減衰による罰則を織り込んだとしても

 光輝剣は開放レベル6の受け皿になり得る


 つまり王種をも滅ぼしうる「最高位の存在」だった


 手足を地に縫い付けられてひれ伏した魔法動力兵を

 冷然と見据える瞳には不躾な闖入者への怒りがある


 勇者が王都に舞い戻ってきた


 その手は、しっかりとマフラーの端を握っている


 泰然と前足を組んだ子狸が王都の地を踏む

 現管理人、ノロ・バウマフは言った……


「おれの目的は、最初から一つしかない……。

 そう……全国制覇だ」


 勇者が、ため息を吐いた


「あなたを野放しにしたのは失敗だった……」


 子狸さんに選択権を委ねたことで

 彼女は、全国制覇を目指すチームの一員になった


 肩にとまる妖精の言葉には毒がある


「ノロくん。お前は補欠です」


 だが、ノロ・バウマフは主将として言わねばならないことがあった


「さあ、はじめようか……」


 じりじりと包囲を狭めてくる「新入り」たちを教育せねばならないことは明白だった

 足運び一つとってもなっていないと感じる

 自己主張が甘い

 もっと派手に、もっとクールに、もっとエレガントに……

 手本を見せてやることは簡単だ

 そのためには――


 バウマフ家の人間が、魔物に端を発する事象の中心に立っていることは確かなことだった

 なぜなら彼らは……彼らこそが「魔物」に選ばれた唯一の契約者だからだ


 手荒な歓迎会といったところだ……

 ノロ・バウマフは胸中でささやき、堂々と宣言した


「デスボール……!」


 アレイシアンは無視した


 片手を揺すり、光を闇へ

 光の宝剣は、闇の宝剣の一形態でもある


 闇の宝剣を地に突き立てて叫んだのは、魔物たちに強要された言葉だ


召喚サモン!」


 世界の危機とか、なんかそんな感じなのだ

 開き直るしかない

 


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