いつか、君と出会う日を
世界の名称を決める権利を
他世界の住人は持たない
だから、正式名称を持たないこの世界は
暫定的に「連結世界」と呼ばれている
より公式な場面では「非数世界」と呼ぶのが慣例だった
非数世界は、北海世界の子世界だ
第一世界の子世界が北海世界だから
非数世界は第一世界の孫世界ということになる
親世界には、子世界の管理を行う義務がある
子世界の住人たちが一定の文化水準に達したとき
必要以上に不興を買わないよう
前もって最高の技術を下賜する手筈になっている
その「最高の技術」というのが
すなわち法典であり、法典に記された魔法なのだ
これは、他世界に干渉するべきではないという意見と
干渉することで救われる人命があるならば
見過ごすべきではないという意見の折衷案だった
できる限りのことはした
過干渉はしない
あとは現地住民の責任ということだ
北海世界は非常時にある
蔓延した知識は、種としての寿命を削る
極限の域に達した魔法が、人々から困難を奪い去ってしまった
他世界への移住は急務だった
他人の人生は最高の娯楽だ
北海世界の魔導師に、非数世界の住人たちを滅ぼす意思はない
彼らからしてみれば、非数世界の魔物たちはうまくやっている
バウマフ家の人間は、人類と魔物の共存を悲願としているが
見方を変えれば、両者は秩序ある敵対関係を築き上げている
だから、誘導魔法を駆使する「魔物」は
連結魔法の落とし子たる「魔物」の真似をすれば良かった
多少、性能が異なるのは
魔導師としてのプライドだろう
合理的である一方、心の奥底に根付く誇りを無視できない――
この世界の人間と同等、あるいはそれ以上の知性体
敵は、異世界の「人間」だ
おそらくは異なる外見と生態を持つ
バウマフ家と共にある「心」だけが魔物たちの拠り所だった
監視されている前提で動いていたから
日常を隠れみのにして今日まで生きてきた
そして、今――
雌伏のときを終え
魔物たちは「神」に挑む
私利にまみれ
私欲に溺れる神を
魔物たちは望まない
この世界から出て行け、と魔物たちは叫ぶ
一度、封を切られた圧倒量の敵意が
たちまち、こきゅーとすを満たした
ぴんと来ていない様子の子狸さんと勇者には
紙芝居でこれまでのあらすじを解説することになる
怨嗟にまみれた絵巻物を、ポーラが締めくくった
「この物語は、神に挑む素敵なおれたちを描いた物語である。おしまい」
「……もっと公平な資料はないの?」
アレイシアンは不満を露わにした
魔物たちの能力が、自作自演を疑うには十分だったからだ
精霊の宝剣を掴まされて全世界に熱演を放映された少女は
泥沼のような猜疑心に囚われている
「つまり、ようやく決勝リーグがはじまるということか……」
その点、子狸さんは呑み込みが良かった
殺意にたぎる魔物たちも
バウマフ家の人間と接しているときは
心の平穏を取り戻すことができる
「天才だ!」
「こいつめ……! 賢すぎる!」
「さすがバウマフ家」
「バウマフは格が違った」
「お前ら、胴上げだ!」
わっしょい、わっしょい
管理人を担いで胴上げしはじめた魔物たちを
アレイシアンは冷たい目で見ている
さも自分の理解力が劣っているような扱いが気に入らなかった
しかし、そんな彼女にも味方はいたようだ
部屋に飛び込んできた小さな少女が
空中でくるりと回ってアレシアンの肩にとまった
光の妖精、リンカー・ベルだ
彼女は、子狸を絶賛している魔物たちを睥睨して鋭く舌打ちした
「ちっ、やはりこうなったか……いかがわしい不定形生物どもめ……」
「リン……」
アレイシアンは、この妖精属に対して好意を抱いている
どのような態度で接すれば良いのか決めかねているようだった
魔物たちは即座に手を打つ
「シエルゥ!」
「ちなみにシエルゥというのは妖精さんの本名だ!」
「魔物として、苦楽を共にしてきた仲間と言わざるを得ない!」
彼らは、リンカー・ベルが重要な協力者であることを熱烈に主張した
重い荷物も、大勢で担げば軽くなる
引っ張る足は多いに越したことはなかった
「だまれ!」
「何を言うか! お前も同罪だ!」
「言い逃れは見苦しいぞ!」
「一人は全員のために、全員は一人のためにだろうが!」
「お前も奈落に落ちるんだよっ……シエルゥ!」
魔物たちの美しき友情を
地上のいかなる物質も断ち切ることは叶わないかのようだった
だが、狡猾なる原初の魔物は諦めていなかった
このまま罪の所在を有耶無耶にできるのではないかと信じている
「勇者よ、お前にも協力してもらうぞ……」
彼には、訴える側にいる筈の勇者さえも共犯者に仕立て上げる発想力があった
「お前がおれたちの側につけば、人間たちもついてくるだろう……。
お前たち人間が、おれたちへと向けた侮蔑は何のためにある?
今日この日のためだ。お前たちは、おれたちが侵略者だと信じて疑わなかった。
いまや立場は同じ……騎士団に協力を要請しろ」
メノゥとハロゥは、ほぼ互角の戦力を擁している
最大開放の衝突ともなれば負けはしないが……
同じ土俵、同じ制限では難しい
魔物たちは、フルメンバーではないからだ
一人、足りない……
二十四人目の魔物は、未来にいる
逆算魔法を行使し続けるためだ
この世界を見つめる魔導師にとって
過去、未来からの干渉を防ぐ大魔法の施行は都合の悪いものだった
移住先を決める際
カタログをめくるように歴史をひも解く必要性があったからだ
親世界の善性を信じていた魔物たちにとっては
だから、王国暦52年のハロゥ侵攻は手ひどい裏切りだった
南極大陸における一大決戦――
双方の利害は決定的に対立し
それゆえに逆算魔法を透過する呪詛が生まれた……
最終的に逆算魔法が効力を発揮したのは
一人の魔物が、おのれを犠牲として時間軸に根付いたからだ
戦いに敗れた魔物たちは
未来にいる仲間のために日記をつけることにした
それが、こきゅーとすだ
彼らは、その嘆きと悲しみを人間たちと分かち合おうとは思わない
唯一の例外がバウマフ家だった
バウマフ家の人間に呪詛が打ち込まれたのは
当時の管理人が、ともに南極大陸で戦ったからだ
バウマフ家だけが、魔物たちの認める戦友だった
しかし、ハロゥの軍勢に打ち勝つためには騎士団の力が要る
敵は、おそらく五体の王種を用意してくる
都市級を打ち破れる勇者ならば、五人目の穴を埋めることができる筈だ
人類の最後の希望――勇者の敗北を
異世界の魔導師は、おそらく望まない……
魔物たちの最後の切り札
魔王を打ち破りし最後の勇者は――
「…………」
子狸を、見た
嘘を吐けない性格と見越してのことだ
彼が、魔物たちの急所だった
「あなたは……どうしたいの?」
魔物たちは管理人の意見を無視できない
ハロゥとの戦場から遠ざけようとしていたのが
きっと魔物たちの唯一の真実だった
「おれは……」
その場にいる全員が子狸さんを見つめる
リンカーの羽がふるえた
光の燐粉が舞う
物質的な観点から見れば、魔導素子――リサは最小の物体ということになる
本来であれば時間、空間に囚われることはない
時空間に干渉する魔法が高度とされるのは、人間の価値観によるものだ
魔法の原則が定める開放レベル、性質の上下関係は
第一世界が決定権を独占している
飛散した光の粒子は、より近い状態にある結晶体に惹かれる
事象を隔てる距離は無視され――
再結合した光は、遠く……
古代遺跡の上空に顕現する
光輪が不協和音を奏でた
遺跡を守護する巨人兵――エイラが吠える
「残念でした。おれです」
一番回路は、魔法専用の回線を持つ
魔物は魔法そのものである
だからハロゥは一番回線を通して非数世界へと転送される
青空を引き裂いて現れたのは、巨大な腕だ
直近では、港町付近の海域において
エイラは、この機兵と相まみえている
重要拠点の「鍵」であるポーラ属が一堂に会したときが
北海世界の魔導師にとっては大きな好機だからだ
二対の翼と、輝く円冠
殲滅の性質を持つ……
機械の天使が
甲高い雄叫びを上げた
言うなれば、そう……
メタルおれガイガーだ!
エイラが、ゆっくりと前進する
激しい戦いを予感させる佇まい
言い渡したのは、違えようもない宣戦布告だった
「お前は、子供たちのヒーローにはなれない……」
王種は、開放レベル5を自在に操る最高位の魔物だ
彼らは逆算魔法の支配下にあって、なお
大規模の攻性魔法――広域殲滅魔法の連続使用を許されている
言下にして襲い掛かる紫電の渦を
最高位の呪言兵は、光線で薙ぎ払った
突き出された砂の巨腕を
純白の外殻で覆われた巨腕が阻んだ
重ね掛けされた結界が巨人たちの戦域を形成する
次の瞬間、両者は砂漠に立っていた
流砂に足を取られた機兵の上体が大きく傾ぐ
紫電をまとったエイラの片腕が――
半ばから寸断され、宙を舞った
墓標のように砂漠に突き立つ
地表を突き破った鋭利な刃を、エイラは噛み砕いた
怒りは尽きることがない
再生した腕を、機兵の喉に這わせる
後悔がある
逆算魔法の軸になるのは、自分でも良かったという悔恨の念だ
巨人兵が持つ殲滅の性質は
管理人を守護する近衛を滅しうる、唯一の属性だ
エイラは言った
「聞こえるか?
お前らの世界に攻め込むとしたら、それはおれだ。
子狸は、悲しむだろうな……。だから生かしておいてやってるんだ」
魔物と魔物の会話は高速で行われる
だが、このときは不自然な間があった
のしかかる巨人兵を、天使が口汚く罵った
「化け物め。お前らは“悪魔”の生まれ変わりだ。モンスター!」
魔法動力兵は言葉を持たない
悪意の発信者は、魔法動力兵を介してこの世界を見る……
画面の向こう側にいる「敵」だ
女性の声だった
北海世界の魔導師には、一人につき一人の補佐官がつく
負け犬の遠吠えだ……
エイラは、酷薄に笑った
敵に対する容赦というものを
生憎と殲滅属性の魔物は持たない
滅びの予言は、だからエイラの特権だった
「幾つかの未来がある……。
お前たちは勘違いしているようだから、教えてやるんだ。
いいか、“鍵”には手出しするな」
「お前らの自由にはさせない……。
恩知らずめ。せっかく守ってやったのに!
手出しするなだと!? 手出しするな……? ふざけるな!
……何を? お前は、何の話をしている?」
補佐官の口調が急速に醒めた
「お前は……」
――嫌な符合だ
エイラは胸中で舌打ちした
「適応者だというのか……」
異能は魔法の反作用だ
当然、異世界にも適応者はいる