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しいていうならお前の横を歩いてるのが魔王  作者: たぴ岡
最終章「しいていうなら(略
192/240

ハロゥ

 静まりかえった空間に

 子狸さんの寂しそうな声音が沁み入るようだった


「……魔王……」


 ごろりと寝返りを打ったイリスが、ぱちりとまぶたを開いた

 布団を跳ね除けて、厳しい面持ちで天井を仰ぐ

 彼女は、人間の容姿を写しとるタイプの魔物だ

 その表情は、どうあってもアレイシアンの目をひく


 だから、背後で重量物が倒れる物音がしたとき

 反射的にしまったというような顔をした

 アレイシアンは勇者だ

 魔物たちが何と言おうが、白銀の王から注意を逸らすべきではなかった


 ――いや、違う


 彼女は、子狸さんの言葉をもっと真剣に捉えるべきだったのだ

 子狸さんは、自分こそが魔王なのだと言う

 では、つい先ほどまで対峙していた人物は「何者」なのか?


 焦燥に似た危機感は、意識の外に追いやっていた後ろめたさから来たものだ

 とっさに光輝剣を起動した少女が、息をのんだ


「……!」


 自重を支えきれなかったのだろう

 うつ伏せに倒れた「魔王」が、のめり込むようにして顔だけをこちらに向けていた

 勇者の最後の一撃は、彼の兜に少なからぬ損害を与えていた

 床に打ちつけた衝撃で、兜の亀裂がひろがる

 虚無の仮面が剥がれ落ちた


 魔王の正体は「人間」なのだと言われていた

 それなのに、仮面の下に隠されていた素顔は

 複雑に絡み合った金属の管と

 右眼があるべき箇所に埋もれた黒球だった


 人間、では、ない


 いや、これは――


 魔王の残骸を、硬直して凝視している少女に機械の知識はない


 魔物たちは、もしもこの世界に魔法がなかったら

 どういった歴史を辿ったか研究していた


 彼らからしてみれば、魔法の存在は

 あきらかに人為的なものだったからだ


 文明社会の存続を前提としたルールが無数にあったし

 ある日、とつぜん歴史上に姿を現したとしか思えない痕跡も見つかっている

 古代遺跡がそうだ


 遺跡とは、方舟の一部が地表に露出したものである

 その正体は、巨大な宇宙船だ

 たしかな星外飛行機能を有している

 これは、魔物たちが秘密裏に建造した「星の舟」が実証している

 彼らが持つ科学技術の幾ばくかは、方舟から抽出したものだ


 知識が必ずしも無害なものではないと理解しているから

 魔物たちは、人類社会の繁栄を注意深く見守ってきた

 必要とあらば一国を滅ぼすことも辞さない


 つまり、偉大な先駆者たりえない少女にとって

 世界は平らで

 進みすぎた船は端から落ちる

 星々は空に貼り付いてくるくると回るものだった

 それらは「一般常識」であって、疑う余地のないことだった


 天災の多くは、魔物たちの所業ということで説明がつく

 人間の魔法は自然現象を発想の拠り所にしているのに

 いつしか根拠が逆転してしまっていた


 この世界における医学の最先端は

 内臓ははったりである、というものだ

 なくなると霊格が保てなくなるので

 いったん土に還って生まれ変わるのだ……

 本にもそう書いてある


 理に適っている――と小刻みに頷いていた少女の成れの果てが

 現在のアレイシアンさんである


 しかし皮膚の下が金属というのは納得できなかったらしい


「生きもの、じゃない……」


 ぎこちなく後ずさる

 生理的な嫌悪感を抱いているようだった


「お嬢!」


 つの付きという実例を知る子狸の叱責が飛んだ


「そういうのは良くない。おれがサイボーグだとしたらどうするんだ? おれの手首がぎゅいーんって回っても変わらず接してほしい……おれはそう思ってる」


 言うなり、沈黙している近衛兵に前足をかざす

 ふわりと浮遊した巨躯が、するすると宙をすべって魔王のとなりに安置された

 楽団の指揮をとるように前足が閃くと

 近衛兵とそのあるじは、ぬいぐるみのように並んで腰掛ける


 満足そうに頷く子狸さんを、アレイシアンは微妙な面持ちで見つめている


「さいぼーぐ、というのが何なのかはわからないけど……。わたしのあなたに対する評価はあまり変わらないと思う……」


「…………」


 彼女の発言を吟味した子狸さんが、魔物たちとの審議に入る


「お前ら。おれは、もしかして、いま告白されたのか? どう思う? お前らの意見が聞きたい」


「うむ。確実に惚れてる」


「ああ。彼女の危機に颯爽と現れたのは大きかったな」


「おい。やめろ。いまの評価、びっくりするほど低空飛行だろ。これ以上、追い詰めるな」


「だが、ものは考えようだ」


「出たよ、ものは考えよう。万能すぎてびびるわ」


「つまり、これ以上は下がりようがないと……? ある意味、これはチャンスなんだと、お前は言うんだな?」


「子狸さんは逆境でこそ輝くからな」


「えっ、本当に? 逆境をひっくり返したの、あんまり見たことないんだけど……」


「いや、言われてみればそうだけどさ。なんとなくそういうイメージがあるんだよ」


「……じゃあ、サイコロ振るから……」


「うん……出目が4以上で?」


「うん……3以下は……」


「…………」


「もう一回」


「…………」


「子狸さんは逆境に強いみたいだ」


「ああ。これほどとはな」


 逆転の目は、まだ残されている……


 子狸の恋がそうであるように

 魔物たちの本当の戦いはこれからだ


 魔王の正体は、近衛兵と同じ魔法動力兵であった

 彼らは、魔物たちが作ったものではない

 彼らは、魔法と科学の融合――誘導魔法の産物だ

 世界が異なれば、魔法の形式も異なる


 誘導魔法とは、魔法動力兵を組み上げる魔法だ

 血の法典の存在価値は、より強力な魔法を産み出すことにある


 有機生物には肉体構造上の限界がある

 だから極限まで発達した魔法は

 魔物という最適解からは逃れられない


 魔法動力兵は、異世界の魔物だ

 魔物の呼称は、世界によって異なる

 この世界の魔物たちが「メノゥ」と呼ばれるように

 誘導魔法で編み上げられた魔物は――


 ハロゥ、と呼ばれる



 *


 魔王が崩御した同時刻――

 王都の街壁がついに決壊した


 雪崩れ込んだポーラ属の軍勢が

 王国の首都を青く染め上げていく……


 王都にとどまった人々は、崩壊していく王国を

 なすすべなく見つめる


 情に流された勇者は、魔王を斬ることができなかった

 涙に暮れる少女と、停止した白銀の王

 そこで動画の配信が途絶えてしまったため

 その後、どうなったのかはわからない


 勇者は敗れてしまったのか?

 それとも、すべては手遅れだったのか?

 幼い勇者の勝利と無事を天に祈ることしかできなかった


 だが、二年の歳月を経て

 ふたたび王都への侵攻を果たした魔王軍の動きは不審だった

 王城という明白な目標に興味を示したのは全体の一部に過ぎなかった

 

 では、いったい何をしに来たのか……

 まるで王都襲撃の再現だった

 大半の人々は同じ疑念を抱いた筈だ

 そして、それは正しい


 二年前の王都襲撃は、今日この日のために

 当時の管理人――マリ・バウマフが企画した予行演習だったからだ


 侵攻軍の総指揮をとっているのは

 エルメノゥポーラ……原種と呼ばれる強力な個体だ


 王都には、一度でも口にすると嫌な感じで癖になると評判のパン屋がある

 そのパン屋の看板に飛びついた原種が全軍に号令を下した


「撃てぇーッ!」


 配置についた魔物たちが

 引きしぼった触手を、一斉に頭上へと放った


 天高く、遥か上空

 雲も疎らな青空に火花が咲く


 迎撃と反撃が激しく交錯した


 しなる、白い……(さそり)の尾のようなものが地上に降りそそいだ

 それらに貫かれたポーラたちが魔力に還元される

 部隊長たちの激が飛んだ


「ひるむな!」


「次弾! 撃てーッ!」


「! 来るぞぉー! 散開しろ!」


 落下してきたのは、かつて人類が遭遇したことのない第三の勢力だった


 純白の機体

 蜘蛛の脚と蠍の尾を持つ機兵たちだ

 八脚の足で王都に降り立った魔法動力兵が

 伸縮自在の毒針を振り回してポーラたちを威嚇する


 数は少ないが、人型の機体もいる

 分離型という分類に入る強力な魔法動力兵だ

 縦横無尽に飛び回る「核」を持つ


 魔物たちは、数百年前から

 この敵性体と熾烈な争いを繰り広げてきた


 これまでに確認された魔法動力兵のオリジナルは二十四種

 そこから、さらに三つの型に分かれる

 内蔵型と分離型、そして複核型だ

 もっとも厄介とされるのが複核型だったが……


「居ねぇだ……? なめやがって……」


 シナリオB……

 二番目に可能性が高いと予想されていた「敵」の目的は――


 この世界への移住だ


 一方的に便利なものを与えて

 言外に、いつでも取り上げることができると匂わせれば

 その世界の住人たちを支配下における


 だが、魔物たちにも幾つかの誤算はある


 魔法動力兵は「北海世界」の尖兵だ

 北海世界は、完全に歴史を調整された世界だった

 だから誘導魔法という……

 一人の魔法使いが他世界の総戦力に匹敵しうる究極の魔法が生まれた

 

 北海世界の希少な魔導師たちは

 魔導技術を生み出した「第一世界」への復讐を誓っている



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