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しいていうならお前の横を歩いてるのが魔王  作者: たぴ岡
最終章「しいていうなら(略
191/240

魔王と話し合おう

 旅というのは楽しいことばかりではない

 道は必ずしも平坦ではないし、天候が予測を裏切ることもある

 風土の違いに身体が馴染まないこともある

 体調が崩れたとき、快適な寝床が用意されるとは限らない

 

 それでも旅慣れない少女が一定の生活水準を保てたのは

 強靭な生命力と魔法力を持つ仲間たちがいたからだ


 アレイシアン・アジェステ・アリアは

 ノロ・バウマフを出来の良い下僕と評したこともある


 野生動物じみた嗅覚の鋭さと体力を持つ子狸さんは

 労働の喜びに身を委ねることができた


 都会育ちというのは書類上の裁定に過ぎず

 世界各地で活動している姿を確認されている


 そして、ついに魔都で目撃された子狸は

 自分が魔王だなどとわけのわからない供述を繰り返しており――


「お嬢、嘘をついていたことは謝るよ。おれの演技を見破ることができる人間がいるとは思えないからな……」 


「…………」


 アレイシアンは、自白する子狸を無視した


 討伐戦争が魔物たちの自作自演だと言うなら

 もはや魔王の正体などどうでもいいことだったからだ


 それなのに勝ち誇る子狸を見ていると苛立ってくるから不思議だ

 たしかに――

 アレイシアンは、子狸が魔王だとは見抜けなかった


 少し疑いはしたものの、可能性は低いと見て保留していた

 控えめに表現するなら王の器ではないと思ったし

 魔王本人が勇者一行に潜入してくる動機がわからなかった


 あまりにも危険な賭けになる

 そして、まんまと潜入してきた少年が何をしたかと言えば

 料理に裁縫、掃除に洗濯といった家事全般である

 

 いまさら魔王だったとか言われても、困る

 だから何だとしか返しようがない


 だが、魔物たちの反応は劇的だった


「魔王さま!」


「魔王さまぁー!」


 魔王子狸に這い寄っておいおいと泣きつく

 自分たちが末端の兵士に過ぎないことを主張しているようだった


 しがみついてきた魔物たちを

 慈しみの感情に支配された管理人が振りはらうことはない


「よしよし、お前ら……もうだいじょうぶだ」


 魔物は不老不死の存在だ

 リサと呼ばれる――半概念物質を除去しない限り滅びることはない

 また、仮に除去に成功したとしても

 法典から新たに放出されるため、元を断たねばならない

 つまり法典を破壊するしかない


 リサは、魔導技術の産物だ

 物理的な観点から言えば、あらゆる物質よりも小さいものと定義されている

 最小の物質だから、寄り集まれば、もっとも複雑な構造体を形成できる

 魔物たちの血肉は「リサ結晶体」で構成されている

 彼らの言葉を借りれば、「魔力」と呼ばれるものの正体がそれだ


 都市級の魔物が威嚇に用いる無詠唱の浸食魔法が「魔力」と呼ばれているのは

 彼らの身体を流れるリサ結晶体――魔力の概念を上書きするためだった

 これは、彼らが魔法の存在を楽観視していた時期があるということを意味する


 死の概念を持たない魔物たちが生きようと決めた

 彼らの人生にゴールは用意されていないから

 汚点を残したくないという欲求がある


 飛ぶ鳥あとを濁さずという言葉はあるが

 飛べない鳥もいるということだ

 結局は潔癖に生きるしかない

 

 だから、魔物たちが真に欲しているのは

 魔王に命令されて犯行に及んだという免罪符だった……


「…………」


 管理人に泣いてすがる魔物たちを、少女は冷たく睥睨している


 ふと、床に転がっている騎士剣が目に入った

 屈んで拾い上げると、鞘におさめる

 たったそれだけの行動なのに、魔物たちに凝視されていた

 なんだというのだ。気分を害して言う


「なに」

 

「いえ、べつに……」


 さっと目を逸らした魔物たちは、しかし不満げである


 ……ああ、とアレイシアンは納得した

 彼らは、管理人の生命を脅かすものに対して敏感だ

 あらゆる生物に絶対の命の保証などというものはない

 しかし魔物たちは、彼らの知覚が及ぶ範囲において管理人の身の安全を追求しようとする

 過保護と言うには、行き過ぎた執念を感じる


 アレイシアンは、名案を思いついたとばかりに人差し指を立てた

 喜色を表すように耳がぴんと立つ


 じつのところ、とあるポーラ属は

 少女がこきゅーとすに干渉してくる可能性を視野に入れていた


 アレイシアンに装飾品を贈ったのは、彼女の正常性を奪うためではない

 いざこきゅーとすへの干渉がはじまったときに

 それは正常性が損なわれたためなのだろうと

 他の魔物たちを錯覚させることが目的だった


 地獄への片道切符を多くは望まない……

 しかし、どうあっても主犯の誹りを免れないならば

 旅の道連れは多いに越したことはないということだ


 アレイシアンは、いまだ盤上の駒に過ぎない

 彼女は言った


「イドというのは、どの子?」


「…………」


 名乗り出るものはいなかった


 イドというのはポーラ属のひとりで

「王都のひと」と呼ばれる原初の魔物だ

 管理人の近衛にして、討伐戦争は牽引する

 魔物たちの指導者という立場にある


 おそろしく知恵が回る個体であるため

 彼を見捨てることが自己保存につながるという確信を

 魔物たちは持てなかったのである


 いまは一致団結するときだと、彼らは信じていた


「洗いざらい話してくれれば、あなただけは見逃してあげてもいいわ」


「ふっ、愚かな……」


 狡猾な司法取引に対して、ひとりのポーラ属が進み出た


 彼は、ただの人間である少女の浅慮をあざ笑う

 触手を蠢かし、威嚇するように吠えた


「何が訊きたいんだ? 約束は守ってもらうぞ……!」


「お、お前というやつは……」


「最低だ!」


「王都の! 自分さえ良ければそれでいいのか!?」


 魔物たちの罵詈雑言が飛び交う

 裏切りは許されざる大罪だった

 しかし、イドは彼らを一喝した


「だまれ! おれに任せておけ……。このおれに掛かれば、人間の小娘ひとり言いくるめるなど訳もないのだからな……」


「王都さん……」


「王都さんは、やはり頼りになる……」


 本人を目の前にして堂々と宣言したイドに

 魔物たちは畏怖の念を新たにする


 だが、アレイシアンはひるまなかった

 目線を子狸に振って言う


「彼が、あなたの言う……王都のひとなの?」


 子狸は重々しく頷いた


「そうだ。そして、このおれが魔王であ~る」


 彼は、おのれが魔物たちの頂点に君臨する存在であることを強調した

 少女の反応が薄かったので

 聞き逃したと思ったのかもしれない


「魔王です」


 三度目の自己申告を行ったのは

 だんだん不安になってきたからだ


 魔物たちの声には慈愛があふれている


「子狸さん」


「子狸さんは、立派な魔王だと思います」


「王都襲撃のときも、ほら、屋上で高笑いしてたじゃないですか」


「そうだったかな……? 本当に?」


「信じてほしい。おれたちがお前に嘘を吐いたことなんてないだろ?」


「いや、それはどうかな……。疑わしい事案が幾つか……」


「子狸さん、大切なのは過去を振り返ることではないのです」


 大切なのは未来であると魔物たちは言う


 彼らは、光輝剣を継ぐ最後の勇者――アレイシアンを

 ある程度まで納得させる自信があった


 人類の代表者「勇者」が

 魔物の代表者「魔王」と対峙し

 これを討つ……


 討伐戦争とは、人間の戦士たちを鍛え上げるためにある

 また、魔物たちが概念を共有する場として働く


 空中回廊、火山洞窟、南極大空洞、海底都市……

 重要拠点と呼ばれる、それらは魔物たちが作り上げたものだ


 彼らは本当に重要なことを「言葉」に頼らない

 彼らが信じているのは「心」だ

 きっと、それだけが彼らに残された最後の自由だった

 唯一無二のイレギュラー……


 勇者は戦力になる


 聖剣とは、都市級を下しうる……

 つまり王種との決戦を想定して設計されたものだからだ


 魔王討伐の旅シリーズは、巨大な罠だ

 だから、その在り方を捻じ曲げようとする複数の意思が介在する


 アレイシアンは、言った


「六人のポーラ……あなたたちが“鍵”なのね」


「いいや」


 イドは、否定したが

 アレイシアンの推論は正しい


 定まった形を持たないポーラ属は

 扉を開ける唯一無二の鍵として機能する

 それゆえに彼らは完全なコピーを生み出さない


 とくに古代遺跡の鍵であるイドは徹底していた

 彼が、管理人の近くを離れないのは

 そこがいちばん安全だからという理由もある


 イドは、獰猛に笑った


「その言葉が“鍵”なんだ、アレイシアン・アジェステ・アリア……」


 柔らかい日差しの中――

 大樹に背を預けて座る女性を

 まだ幼い魔物たちが囲んでいる……

 

 その光景を思い浮かべるだけで

 復讐を誓ったあのときの激情は

 魔物たちの胸に、まざまざと蘇る


 決して色褪せることはない

 彼らは、過去を思い出にできる構造にはなっていない


「いま、この世界に異物が紛れこんだ……シナリオBというわけだ……」


 いちばん可能性が高いのは

 遊び感覚で干渉している、というものだと思っていた

 だが、どうやら違ったらしい

 

 魔物たちは、この日この瞬間のことを

 一度たりとて相談したことはない

 しかし概念を共有することはできた


 つまり、この世界に魔法を流出した「敵」の正体についてだ


 自分たちに親はいない

 いるとすれば、それは一組の夫妻だけだ

 お前たちではない……

 

 魔物たちは、こきゅーとすを通じて宣戦布告した

 それは厳粛として行われた

 抑えようもない憎悪を塗り込めるように呟く



「さあ、決着をつけようか……異世界人ども……」

 


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