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しいていうならお前の横を歩いてるのが魔王  作者: たぴ岡
最終章「しいていうなら(略
190/240

衝撃の事実

 全員が共犯者だったから

 一致団結して身の潔白を訴えねばならなかった


 この世界の魔物たちは

 無制限リサ制御体と呼ばれる存在だ

 いっさいの制限を持たない……

 野放しの神と評してもそう的外れではないだろう


 それゆえに彼らは

 必要に迫られたならば

 微妙に無罪認定されそうな管理人を

 共犯者に仕立て上げることも厭わなかった……


「おれたちは反対したんだ。けど子狸さんが」


「子狸さんに言われて仕方なく」


「断腸の思いでした」


 こきゅーとすに収録された記録は膨大だ

 そして人間の処理能力には物理的な限界がある


 いずれは露見するとしても

 たとえ将来的に自分たちの首をしめる結果につながったとしてもだ……

 魔物たちは「いま」というかけがえのない瞬間を大切にしたかった

 

「お前ら……」


 彼らの純粋な願いに感涙しているのは、一人の少年だった

 彼は「嘆きの河」の正統な後継者だ

 ノロ・バウマフと言う


 掲示板の前に立った人間は、その世界の魔法の在り方を決める権限を手に入れる

 該当者が現れなかった場合、管理人は次代の管理人を指名する権利を持つ

 これらは、魔法の存在に否定的な管理人を認めないルールだ


 世界に魔法を下賜する法典が望むのは

 自らをめぐる底なしの戦乱だ


 喚声と願望。術者たる種族が一定の絶対数を満たしたとき

 より強力な魔法を産み出すために

 血の法典は受肉する


 方舟の奥で、契約者を今か今かと待ちわびている

 板面で踊る光の文字は、外部情報の大部分を可視光線に頼る人間に合わせたものだ

 原始的な意思を持つ――

 この黒板が、魔物たちの相互ネットワーク「こきゅーとす」の原型だった


 魔物たちは、管理人の一族とこきゅーとすでつながっている

 おのれの所業をどこまでも正当化できたから

 このとき、少年は涙したのだ


 彼の名は、ノロ・バウマフ

 魔物たちは、この涙もろい少年を「子狸」と呼ぶ

 そして、呼び捨てにするのが憚られるときは、さん付けする


 子狸さんは、きっぱりと言った


「ともに地獄に落ちよう……!」


「いや、それは……」


 だが、そこまでの覚悟が彼らにはなかった


 地獄への片道切符を

 多くは望まない……

 とっさに路線変更したのは

 少しでも犠牲を減らすためだ


「ぽよよんっ」


「ぽよよんっ」


 二人のポーラ属が、アレイシアンと子狸さんの背にのしかかる

 彼らは、それぞれ「王都のひと」「山腹のひと」と名乗るものたちである

 しかし、魔物の自己申告は当てにならない

 別人の可能性は捨てきれなかった


 二人は、媚びを売るように互いの身体をこすりつける

 自分たちが無害な存在であることを主張しているようだった


 アレイシアンは、アリア家の令嬢だ

 アリア家は、感情制御と呼ばれる異能を代々受け継ぐ一族だった

 しかし、アレイシアンの感情制御は不完全なものであったらしい


 ならば、彼女に小動物を愛でる気持ちが芽生えていたとしても不思議ではない……


 愛嬌を振りまいている二人のポーラ属は

 とうてい小動物には備わる筈もない判断力を以って

 いまは知性を捨て去る決断を下したのである


 付け加えて言うなら、彼らは自らの魅力に揺るぎない自信を持っていた

 その点に関しては、他の魔物たちも同等あるいはそれ以上の自信がある

 なるほど、と一つ頷いてあとに続いた


 王種と都市級の魔物たちは、この場にはいない

 三人のディン属は、部屋の外で柱に張り付いている


「ふんぬっ!」


 崩れゆく魔都の命運は、彼らに託された

 他の魔物たちの罵詈雑言にも

 いまは手が放せないの一点張りだ


 頼りの妖精(シエルゥ)とリリィに至っては、いっさい応答がない

 前後の状況を多角的かつ複合的に判断したなら

 もっとも可能性が高いのは居留守だった


 もしも自分たちが同じ立場だったなら

 同じ行動をとるだろうと推測するのは容易かった

 信じたい、けれど信じきれない……

 その事実が、何より魔物たちの胸を悲しみで満たしている


 その悲しみを糧に、ロコとシマが床で仰向けになった

 魔王の寝室は狭い

 観戦する傍ら、他の魔物たちと酒盛りしていたためか?

 あるいは、そうかもしれない……

 彼らは、あらかじめ体長を縮めていた


 ごろごろと床を転がる


「おーんっ」


「きゅう、きゅう」


 困ったのは、固有の鳴き声を持たないブルとパルだ

 ふと振り返ってみると、イリスが布団をしいて横になっている

 彼女は、定期的に昼寝することを至上の命題にしているようだった


 自分たちも寝転がってみれば、何か新境地が開けるかもしれない

 頷き合った二人の怨霊種が、本来あるべき姿勢に移行しようとしたところ

 不意に少女と目が合った

 こきゅーとすを読みあさっていたアレイシアンが、肩越しに振り返っていた

 

「…………」


「…………」


 自己主張していた魔物たちが、無言で居住まいを正して立ち上がる


 アレイシアンも無言だ

 

 彼女が十代目の勇者だった

 光輝剣を授かり、勇敢にも魔王軍に立ち向かい

 苦難のすえに魔王を打ち倒した……

 喜ばしいことの筈なのに、これといった感慨はないようだった


 億劫そうに立ち上がったアレイシアンが、両手で土埃を叩いて落とす

 その様子を、魔物たちは無言で見守った


 念入りに身なりを整えた少女が、にこりと笑った

 彼女は、笑えるようになった

 床を指差して告げる


「座りなさい。足を崩して楽にして頂戴……」


 ひどく優しい声音だったが

 魔物たちは忠告を無視して正座した

 彼らに残された最後の矜持が

 きっと少女の言葉に従うことをよしとしなかったのだ


 だが、子狸は不敵に笑った


 いかなるときも彼は先陣をきる

 このときもそうだった


 いったいどれほどの修羅場を潜ってきたのだろうか?

 はっとするほどの美しさをたたえる……

 それは見事な正座だった


「お嬢」


「なに」


 この二人の遣り取りは、大抵いつも同じ手順を踏む


 子狸は、寂しそうに笑った


「ついに気がついてしまったんだね……」


「そうね」


 アレイシアンは読書家だ

 将来、アリア家を背負って立つだろう優秀な姉に

 幼い頃、誉められたのが嬉しくて

 少しでも役に立てたらと書物を読みあさってきた


 だから彼女は、目で文字を追う習慣があったし

 文章から情景を思い浮かべるすべに長けていた


 異能には、世代が進むと劣化していく性質がある

 これは外部に影響を与えるものほど顕著で

 感情制御をはじめとする内部完結型の異能が劣化することは稀である

 つまり、まったくないわけではない


 アレイシアンがそうだった

 彼女に宿る異能の正体は、変域統合と呼ばれる類のものだ

 念波を変調し、他者の感情に影響を与えることができる


 バウマフ家以外の人間がこきゅーとすに接続できないのは

 こきゅーとす側で遮断するよう設定されているからだ


 その防壁は、念波を変調できる人間の存在を想定していない

 変域統合という異能の存在を、魔物たちは知らなかった


 異能とは魔法の反作用だ

 この世界の異能は、魔物たちが生まれてから急速に発達しはじめた


 魔法は、この世の法則ではないから

 魔法への抵抗力など人体には備わっていない


 魔法の行使に際して失われていくのは

 この世界に在るべくして在る、存在としての正常性だ

 退魔性という表現は正しくない 


 あるとしたら

 それは正しくは「異能」を指す言葉だ

 適応者というのは、「退魔性」に適応した人間を意味する

 

 ノロ・バウマフは

 いや、子狸さんは言った――



「こ」

   「の」

  「お」

     「れ」

    「が」

 「魔」

  「王」

     「なの、だー!」


 

 このとき、ついに最終決戦の火蓋が切って落とされたのである!



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