つながる未来。明日へ
激しい戦いだった……
死力を尽くした魔王が
まるで糸が切れるように
がくりと項垂れ、両ひざをついた
宝剣が散る
弛緩しきった両腕には
すでに何の力も残っていない
尾をひく慟哭が
遠吠えの残滓のようだった
近衛兵は、魔王が沈黙すると同時に活動を停止した
息づく星々が、ふっと闇にまぎれる
あとに残ったのは、何の変哲もない石造りの部屋だ
断続的に地響きが床を伝った
魔都が悲鳴を上げている
おもな原因は、お前らの手抜き工事にあった
力学上、構造に無理があるため
支えを失った魔都は崩壊の一途をたどる
異能と魔法が衝突したとき
現世に浮かぶのは、三つの軸が交差する点だ
法則の座標軸が固定されるから、誤魔化しがきかなくなる
決着はついた
おれ参上した子狸さんが
今日この日のために用意していた
とっておきの決め台詞を繰り出した
子狸「ふはははは! 勇者よ、よくぞここまで辿りついたな!」
仰け反り、交差した前足で顔面を覆う
レベル4のひとたちが得意とする鳳凰の構えだ
そこから後ろ足を踏み出し、猛虎の構えへと移行した
勇者「…………」
子狸「…………」
続いておれ参上した三魔勇士が
華麗に着地して、厳しい面持ちで虚空を仰いだ
王国「魔都は、もうおしまいだ……」
帝国「ここも長くは保たない。脱出しよう」
連合「子狸、勇者さんを連れて――」
子狸のほうを振り向いた勇者さんが
ひっ、と息をのんだ
滂沱のごとし涙が頬を伝っている
勇者「ああああん……」
子狸「!?」
泣く子もだまる子狸さんが
とっさに目線で助けを求めたのは
じつのところ話の流れを理解していなかった小鬼たちである
目が合った
子狸「!」
鬼ズ「!」
彼らは、一斉に視線を逸らした
そして、さも当然のように部屋から逃げ出した
子狸「!?」
王国「ちぃっ……! 間に合え……!」
帝国「おれたちが崩壊を食い止める!」
連合「止めてくれるな子狸さん! 誰かがやらねばならんのだ!」
彼らの勇姿を、おれたちは忘れないだろう……
子狸「…………」
一人と一匹がとり残された
ドッキリのプラカードを持った山腹のんが
見ていて悲しくなるほど場違いだ
むなしく伸ばされた前足を
子狸さんは招くように前後する
謎の召喚儀式だった
子狸「ぽよよん、ぽよよん……」
そして、いまここにおれは宣言しよう
解析が終わりました
※ 王都さん! では!?
※ ついに、このときが……!
※ おれたちの本懐を遂げる日がやって来たのですね!?
うむ……。お前ら、本当によくやってくれた
※ おい。おい、お前ら
そこで、さっそくだが宇宙について復習したい
※ ああ、復習は大事だからな
子狸さん、いま忙しいのであとにして下さい
おれたちの悲願が果たされようとしているのです
※ 悲願なら仕方ないな
※ 物分かりのいい子狸さんが大好きです
※ よせよ、照れるじゃないか……
ご理解頂けたようですね
では、こほん……
まず、宇宙というのは、非常に過酷な環境です
気圧がありませんから、ほとんど絶対零度ですし
無重力というのも見逃せません
人選は慎重に行わねばならない……
ここまではいいですね?
※ なるほど。たしかに船外作業を想定する必要はあるだろうな
※ おれ、寒いところはだめだな~残念だわ~
※ おれも、気圧がないのはちょっとつらいな~
※ おれもさぁ、高圧環境でこそ光ると思うんだよね
※ わかるよ。真空の海って言うくらいだからね……
そうですね……
深海とか、わりと近いかもしれません
※ おい。やめろ
正直に言います
成功の確率は低い……
ですが、安心して下さい
まったく可能性がないのかと言えば
そんなことはありません
ここで、子狸さん(制限解除なし)を例に解説しますと――
①
子狸 壁
②
子狸 壁
③
壁 子狸
ズアッ(効果音)
このくらいの確率です
※ 実質的に皆無じゃねーか!
ズアッじゃねーよ!
その現象、じっさいに起こったの
千年も生きてて一回も見たことないんだがっ
※ だが、可能性は零じゃない……
※ ほんの少しでも可能性が残されているのなら……
※ おお、これは完全に成功する流れ
※ 流れとか言っちゃだめだろ!
おい! これ無理だろ!
他人事だと思ってたからスルーしたけど
退魔性とか関係ねーから!
それ以前の問題ですよ!
※ 海底のん……それでも行くのか?
※ 行かねえよ!
誰が行くか!
※ 決意は固いようだな……
よし、お前ら胴上げだ!
※ さわるな! 離せ!
※ ちっ、この……!
おい、火口の! 鍵を開けろ!
海底のんの決意がにぶらないうちに、さっさと持って来るんだ!
※ よし、緑の! ついてこい!
※ あいあいさー!
※ いいぞ、よし! 放り込め!
※ ちょっとちょっと、お前ら
海底のひとが可哀相じゃないか
おれが行くよ
※ フォトン、お前は引っ込んでろ!
宇宙飛行士は……
おれの夢だ!
でしゃばるな
※ ! か、海底さん……
※ 海底さん……
※ お、おれも! おれも宇宙に行きたい!
※ おれもだ!
※ おれも行きたい!
※ お前ら……仕方ねーな
今回は譲ってやるよ
とくべつだぜ?
※ くそがっ、性根が腐ってやがる!
さっさと放り込め!
※ 全部おれ!
※ させるか! 全部おれ!
※ 無駄な抵抗を……! 全部おれ!
宇宙飛行士の座をめぐって、お前らの熾烈な争いがはじまる
一方その頃、のこのこと勇者さんに歩み寄った子狸
気の利いた言葉でも掛けてあげれば良いものを
となりに立って、うんうんと唸ることしかできない
嗚咽を漏らしていた勇者さんが、ふと泣き止んだ
両手で目元をこすっている
子狸「お嬢」
勇者「…………」
子狸の呼びかけに、勇者さんは答えない
【】【】
※ ? なんだ?
※ 王都の?
※ えっ、そんな……うそだろ?
※ ! 制御、系の……
これが彼女の……
そういうことなのか!?
※ まずい! 流せ!
※ いい天気だなぁ
※ いい天気だなぁ
※ いい天気だなぁ
※ お前らのアドリブ能力に絶望した……
※ あれ?
お兄ちゃん、知らなかったの?
彼女、制御系の第二世代なんでしょ?
劣化した異能は、ほとんど別物だよ
生物の進化と同じだね
純正の適応者ができなかったことも
世代が進めば、できるようになる
※ ……妹よ
そういう説明はいらないから
いまは、とにかく河を流そうじゃないか
そしてお願いですから、しんで下さい
※ あはっ
二番回路とバイパスさせたのは失敗だったね~
たぶん、もともとそういう系統だったんじゃない?
念波の変調かな?
だから感情の制御が甘いんだ
がんばって家族の真似をしようとしていたから
本来の性質は眠ったままになってたんだね
※ 妹よ。話し合おうじゃないか
話せばわかる
※ だから、あなたの異能は
彼らのやり方じゃ壊れないんだよ
はじめまして
わたしは、ハロゥ
ハロゥちゃんって呼んでね☆
※ ここは、こきゅーとす
素敵な生きものたちが世間話をする場である
おや? 新人さんかな?
歓迎するよ
※ いや~……この前は参ったわ
具体的にどうこうってわけじゃないけど
参ったわ~
※ ああ、あれね
あのときは、本当に参った……
たしか、そう……インテリジェンスの問題だったな
※ おう。あれは難問だったな
おっと! 新人さん
上のほうは見ないほうがいいぜ?
きみは、まだ素人だからな
きっと後悔することになる……
これは確かな情報だ……
【勇者さんを】管理人だよ【なぐさめる会】
新入り、お前か……
※ 子狸さん
※ 子狸さん、ちょっと落ち着こうか
※ 運がいいな、新入り
子狸さんは、こきゅーとすの管理人だ
すべての責任を負ってくれる、ということだ
※ 同時に、あらゆるイベントの総括者でもある……
待て、余計なことはするな
訊きたいことがあれば、おれたちが答えよう
子狸さんは、いま忙しいんだ
※ まずは入力方法だ
そうだな……言葉にはしづらいが
発光魔法で文字を書く感じだ
※ 待て、新入りが魔法使いとは限らないんじゃないか?
※ なるほど、一理ある……
※ あるいは、そうかもしれん。可能性は低いが……
おれは忙しい。そう……じつはそうなんだ
※ 子狸さん
※ 子狸さん、少し黙ろう。な?
ふっ、お前ら……
おれを信じろ
※ そうとも。お前ら、子狸さんを疑ってはいけません
子狸さんは、常におれたちの期待を裏切らない存在……
短刀……
短刀?
いや、ケーキ入刀に言う
※ 短刀直入
短刀をケーキ入刀する
直入……言う?
※ 短刀直入に言う
じゃあ、それで
……何の話だっけ?
※ よし、新入り
まずは試しに入力してみるんだ
あなたのお名前は?
※ なにこれ
※ なにこれさんですか?
変わったお名前ですね
ははっ……
新入り、お前は礼儀がなってないな
なにこれとは何だ。なにこれとは
先輩には敬語を使いなさい
お前も魔物の一員なら――
※ 子狸さん
※ 子狸さん、冷静に
※ あ、魔物っていうのはあだ名みたいなものです
おれたち魔物! みたいな
あえて魔物というかね、うん
お前ら……優しいな
だが、おれは心をディンにするぜ
※ ディンにしなくていいから
※ 子狸さん、おれたち気にしてないから。ディンにする必要はないのです
※ 待て、お前ら
ここは子狸さんに任せてみないか?
すべての権限は子狸さんにある
おれたちは子狸さんの意思を尊重するしかないんだ
※ うむ……
※ 子狸さんの命令とあらば従うより他あるまい……
※ それがルールだからな。命令には逆らえん
なんだよ、お前ら
おとなしいな
一緒に歌おうぜ
※ 子狸さん
※ 子狸さん、歌うのはあとにしましょう
おい。歌ってる場合じゃないだろ
いまは勇者さんだよ
※ 子狸さん
※ 子狸さん、そのマフラー素敵ですね!
だろ?
手編みのマフラーなんだ
というわけで、新入り
残念だけど、お前に構ってるひまはおれにはない
悪いが、自分で調べてくれ
検索する欄があるから
※ 子狸さん
※ 子狸さん、検索はだめ!
※ 検索は上級者向けだから! 検索はだめ! しんじゃうかも!
※ どうすればいいの?
勇者「」とかで検索すれば、たいていのことはわかる
※ 子狸さん
※ なんで的確なんだよ!
※ ここで、とつぜんですが
これまでのあらすじ――!
※ 山腹のー! こきゅーとすを再設定しろー!
※ 無理だよ……。異能だもん
※ さて、と……
そろそろ出発の時間だな
お前ら、行ってくるよ
※ 海底の! きさま、一人だけ逃げるつもりか!?
※ おっと、逃げるとは心外ですね
夢を叶えに行くのです
お前らは、地べたでおれの成功を祈っていて下さい
※ 海底さんの本名はドライと言います
ふだんは海底洞窟に住んでいる立派な魔物です
※ おれの個人情報を売るのはやめて下さい
嘘です。嘘ですよ~
海底洞窟に行っても、おれはいません
騙されちゃだめですよ~
※ 魔物! 魔物! おれたち魔物!
【つながる未来】王都在住のとるにたらない不定形生物さん【明日へ】
しばしの沈黙が流れた……
ひとは――
手をとりあって明日へ進むべきなのではないだろうか
争いは、むなしい
ささくれだった心は、悲しみしか生まない
大切なのは、赦すことだ
すべてを受け入れる、ひろい心があれば
いずれきっと……
人と魔物が手をとりあって、ともに踊れる日がやって来る
おれたちは、そう信じている
誉められて伸びるタイプなので
叱らないでやってほしいのだ――
勇者「…………」
床に突っ伏した勇者さんが
ぶるぶるとふるえている
おれもふるえる
ぽよよん
プラカードを掲げた山腹のんが
ことさら陽気に叫んだ
山腹「ドッキリでした! てっててー!」
勇者「…………」
勇者さんは無反応だった
子狸さんが意を決して声を掛ける
子狸「お嬢」
すべての希望はお前に託された
しゃがみ込んで、前足を差し伸べる
子狸「おれと一緒にパンをこねないか?」
就職の誘いだった
希望は潰えたのだ――
なんら反応がない勇者さんを
子狸は不思議に思ったのだろう
子狸「お嬢?」
四つん這いになって顔を覗きこむ
おれには、そんなことをする勇気がない
子狸さん、実況をお願いします
子狸「顔が真っ赤だ」
ありがとうございました
ふっ、終わったな……
おれたちは、激しくお説教されるだろう
それは間違いない
けれど、反省はしないさ
それが、おれたちの選んだ道なのだから……
――勇者さん、見ているかい?
相談があるんだ
子狸だけは……
いや、おれだけは見逃してくれないかな……?
悪気はなかったんだ
よかれと思って、ね……
※ 王都のん……じつはおれもなんだ
そうか、お前も……
※ 恥ずかしながら、おれもさ
※ おれも……
※ おれもだ……
お前ら……
*
明けない夜はない
飛び去っていく星の舟を、一人の男が見守っていた
雲間から差し込んだ光に目を細める
風が吹いた
尖塔の頂上部に後ろ足をかける
眼下を見つめる眼差しには、深い慈しみがあった
つながる未来を、楽しむ……
男は、優しく微笑んだ
古狸「ふっ」