表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
188/240

壊れる

 ――そして無情にも幕切れは訪れる


 どんな物語にも終わりはある


 綺麗ごとは吐き尽くされて

 最後に残るものが真実だとしたら

 そこに救いなどない


 何かを得れば何かを失う

 全てを得ようとするなら手元には何も残らない

 希望は捨てろということだ


 はじめに言っておくことがある……

 これだけは、はっきりさせておいたほうがいいだろう


 おれは無実です


 ※ ふざけんな!

  ※ お前が無実なら、おれら全員が無罪放免だろ!

   ※ つまり、おれたちは赦されていた……? 


 そう。何も恐れることはないんだ

 想像してみろ

 お前らは、子狸さんに隠し事をしていた

 その目的は、宇宙進出だ


 複雑に考える必要なんてないんだ

 いつだって子狸さんは正しい

 おれたちを導いてくれる存在……


 ※ やはり天才だったか……

  ※ うむ……。貫禄の名推理だったな

   ※ いっさい問題ない


 ※ いや、もう無理だろ

  ※ 誉めてもぜんぜん伸びないし……

   ※ むしろ悪化したんじゃないの?


 ※ 王都さんの支持率に陰りが……


 子狸さんを疑ってはいけません

 大切なのは信じること

 信じて、託すことなのです


 山腹の、お前もそう思うだろ?

 心の丈を打ち明けてくれ


 ※ 過保護! 過保護!


 だまれ!


 くそがっ

 いいか、よく聞け迷える子羊ども 

 魔法は成層圏内でしか作動しない

 それは何故だ?

 宇宙が退魔性で満ちているからではないのか?


 そして、お前らは旅シリーズのかたわら

 失われゆく退魔性を解析していた

 ……もう少しだ

 もう少しで解析は終わる


 勇者さんは変わった

 宿主が死に瀕したとき、異能は変質する

 そこには基盤となるルールがある筈だ 

 ひとことで言えば、宿主と心中するつもりはないということだ

 引っ越しの準備をしはじめるから、とめどもなく壊れていく


 トンちゃんが最高峰の適応者たりえるのは

 戦いと無縁ではいられないからだ


 基本的なルール……

 勇者さんは資格を失いつつある


 感情の赴くまま生きようとするなら

 彼女は、異能に見限られる

 適応者ではなくなる


 異能持ちは、そうではない人間に対して優越感を持つ

 これは絶対だ

 トンちゃんですらそうだろう

 本人は決して認めようとはしないだろうが、口では何とでも言える

 他人には出来ないことが出来る自分を、どうして誇らずにいられる?


 勇者さんが真に勇者として目覚めたとき

 彼女は異能から解放される

 チェックメイトだ


「串刺しになって――」


 勇者さんが絶叫した


「しね! 魔王!」


 精霊の輪がひろがる

 結実した魔力が物理法則と競合し

 最小単位が繰り上がる


 魔界――異世界の法則が走ったとき

 光は、魔力の集合体となる


 乱れ飛んだ光剣は

 トンちゃんの殲滅魔法を真似たものだ


 魔王は、最後の最後までプライドを捨てることができなかった

 魔物に生まれたかった

 人間に生まれたかった

 中途半端で、だから愛おしい……


「わたしは――」

 「違う! 私は」

  「どうして、こんな目に遭わなくちゃいけないんだ」

 「呪ってやる」

  「ちがう。魔王は……」

「わたしは……」


 光の宝剣は、所持者の強い感情に呼応する

 闇は、光の側面だ

 生への渇望が

 執念が

 闇の宝剣を次なる段階へと押し上げた


 八つに枝分かれした黒剣が、魔王を致命傷から遠ざけた

 しかし、あまりにも遅すぎた

 強大な魔獣たちに守られていたから

 対応しきれない、精彩に欠ける――


 打ち落とし損ねた光剣に手足を貫かれて

 後退した魔王に、恐怖への耐性はなかったから

 迫る破滅が甘美ですらあった

 最期の瞬間、ひとの資質は残酷に試される


 それでも前に出た

 決して背中は見せなかった

 彼は、魔王だった


 分裂した黒剣が複雑に絡み合い

 円錐状の刃を形成する

 触れたものは違いようもなく打ち砕かれる――

 形状操作の最終形態

 八葉、オールイン


 一撃の威力では

 フェアリーテイルを上回る魔剣だ


 勝敗を決する究極の刹那――

 突き出された黒剣を

 勇者さんは旋回して回避した

 歩幅を縮めて激しくステップを刻んだ

 魔王に肉薄する

 一挙動で抜剣した騎士剣を逆手に握ったのは

 鎧の隙間から確実に喉笛を突くためだ

 息が切れた

 心肺機能は限界に達している

 次はない 

 魔王の顔面めがけて、光輝剣が振り落とされ――


 命運が尽きる直前に魔王が叫んだ


「わたしは!」


 勇者さんには、古代言語の知識があった

 だから、魔王の最後の言葉は

 無意味な単語の羅列では終わらなかった


 最期の瞬間、ひとの資質は残酷に試される

 魔王は、こう言った


 しいていうなら、あなたのとなりを、歩いているのは、わたしである


 つまり魔王は、こう言ったのだ



「わたしは、あなたたちと一緒にいたい……」



 精霊の宝剣には重量がない

 だから聖剣は、振るうものの心情を最後の一瞬まで反映する

 聖剣は武器ではないのだと子狸は言った

 その通りだった


「ッ……!」


 勇者さんは、魔王を斬れなかった

 自らの意思に反して宝剣が散ったのだと思った

 だが、そうではないのだと理解して

 ふらりと後ずさった


「どうして! その気持ちを少しだけでも……!」


 口を衝いて出た言葉が、どのような願いから発されたものなのか自覚できなかった 

 それなのに両手がふるえて

 とても鉄剣の重量を支えていることができなかった


 目の奥がひどく痛んだ

 記憶にない感覚だった

 思わず目元に手をやると

 指先に湿った感触が残った


 悔しかった

 とにかく悔しくて

 悔しくて……

 引き攣れた声が喉から漏れた


「ひっ……」


 もう立っていられなかった

 その場にぺたりと座る

 自分に何が起こっているのか理解できない

 こわかった

 どうすれば戻れるのかと益もないことを願う


 とめどもなく涙があふれてくる

 勇者さんは泣いた

 赤ん坊、みたいに


「わああああん……」


 そして、このとき……


 空気を読まない子狸さんが

 呪言兵の首根っこを掴んで

 のこのこと星の部屋に舞い戻ったのである


「 お れ 参 上 ! 」



 *



 中継画像を通して子狸の生存を知った少年が嬉声を上げた


「にーちゃん!」


 少年は、どういうわけか屋上にいた

 そして、どういうわけか覆面とマントを着用していた

 となりに立っている成人男性と同じ装いだ


「やはり生きていたか、名探偵くん……」


 子狸さんを名探偵と呼ぶ、この男こそが怪盗アルだ

 白昼堂々、屋上で仁王立ちしている夜の紳士が

 少年に呼びかける


「二号、われわれも負けてはいられんぞ!」


「どうしておれが二号なんだよ!?」


 この少年は、怪盗アルの後継者であるらしい

 怪盗アル二世というわけだ

 二号のツッコミは鋭い


「あんた、領主さまの息子だろ!? なにやってんだ。おとなだろ。なにやってんだ!」


 もっともな言いぶんである

 しかし、一号は一笑に付した

 虚空を見つめるのは、夢見るような熱い眼差しだ


「悪を正すのに理由などいらないさ。燃えるような正義の心があればいい」


 自分に酔っていた


 怪盗アルは二人組みだ

 現在はトリオを結成しているようだが……

 影のように控えている男が言う

 アルシャドウといったところか


「二号くん。残念だが、君は知りすぎた。率直に言えばそうなる」


「さいあくだ! あんたら、さいあくだよ!」


「だが、それだけが理由ではない……」


 高笑いしている一号を押しのけて、アル影は続ける


「自覚しているはずだ。漫然と日々を過ごしても、君は強くはなれない」


 実行犯の相棒が当てにならないから

 シャドウは裏工作が得意だった

 利用しやすい子供を言いくるめるすべに長けている


「守るべきものがある。ならば、どうする? 騎士になる。それはいい。だが、もっとスマートなやり方もある。私ならば、君を鍛えることができるだろう……」


 シャドウは、特装騎士に近い腕前を持つ戦士だ

 じつはピエトロ家に仕えていて

 駐在の騎士たちと懇意にしている少年に

 正体を知られているのは、非常に都合が悪かった


 騎士を志望している少年が共犯者になれば

 互いに弱味を握れる

 つまり未来への投資だ


「私を真剣にさせてみないか? これは、そういう取り引きなんだ」


「でも……」


「……君の先生は、闇魔法が得意だったな。私もそうなんだ」


「!」


「学校では――騎士団もそうだ――君の要求を満たしてはくれない」


 そして、この日

 ひとりの少年が闇に堕ちたのである……



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ