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勇者

 勇者(ハロウィン)魔王(ヨト)が対峙している

 HalloweenとYoutooの邂逅……


 討伐戦争とは何なのか

 その答えが、この光景だ


 千年間、繰り返されてきた分岐点

 予言は成就された

 けれど解釈の仕方は一つではないから

 答え合わせをしてみたいんだ

 おれたちの声は届いたかな?


 光と影に分離した聖剣が惹かれ合うかのようだった

 それが自然なことであるかのように

 対峙する二人は、ゆっくりと歩み寄る


 暗がりを行く少女の手を握ってくれるひとは、もう誰もいない

 けれど、身体を包みこんでいる精霊の輪が

 彼女に孤独ではないと錯覚させた


 歩んできた道のりがある

 宝剣を軽く振ると、飛散した光の粒子が夜道を照らしてくれた

 妖精の輝きが背中を押してくれる

 領域干渉の最終形態――


 光は、勇者の力になる


 アレイシアンは言った

 

「吐いた唾は呑めない……二度と取り返しはつかない……」


 魔王も、また一人だった

 四人の都市級を突破されたなら、どこまでも孤独になる

 人間に負けはしないのだと証明するためだ


 魔王は、限りなく人間に近しい魔物だ

 だから、自分は魔物なのだという証を欲している


 だが、満足の行く答えなどない

 おのれが何者かを決めるのは自分自身なのに

 認めてほしいのは他人だからだ

 

 魔王は、最後の子だ

 気ままに生きる魔物は、王を必要としない

 それなのに魔王と呼ばれるものが存在するのは

 非力で脆い……最後の子を、憐れんだからだ

 庇護下に置くために掲げた大義……それが魔王だ


 その同情が、魔王をゆるやかに壊してしまったのか?

 鎧で身を包まねば戦場に立つことも出来ない、白銀の王が

 見事、星の部屋に辿りついた勇者へと辛らつな言葉をぶつける


「もう、まっぴらです」

 「わたしの前に立った人間は、いつも同じことを言う」

  「そんな人間ばかりじゃない。人間は変われる、その繰り返しだ……」

「そのたびに、信じてみようかという気になった」

 「僕は待った。千年間……」

  「何か変われましたか? 何も変わっていない……」


 乖離した宝剣は、決別の証だった


「出来もしないことを口にするな」

 「機会を踏みにじったのは、お前たちのほうだ」


 歴史の果てに、この戦いはある

 

 星空に落ちていくようだった

 星の数だけ人がいて

 星の数だけ夢がある


 もう他人事では済まされなかったから

 星の灯を通して

 両者の対決は、全世界に公開されている


 世界中の人々が、勇者と魔王の対決を見守っている――


 そうとは知らず、公開処刑の場に引きずり出された少女が吠えた


「お前が、それを言うのか……? あの子は、わたしとは違ったのに。わたしとは、違ったんだ!」


 二人が相容れることはない


 失ったものは大きくて――血は血で購うしかない


 そうではないのだと言ってくれるものがいなかったから

 どちらかの命を対価として差し出すしかなかった


 光と闇が激しく噛み合う


「これが答えだ! 他にすべはない。道は崩れたんだ……!」


 宝剣の連撃

 勇者の猛攻に、魔王は押し込まれる


 魔王は弱い

 復讐に燃える少女一人さえ、満足に下すことも出来ない


 大きく距離をとった魔王が、未知の喚声を放つ

 咲き乱れた氷華を、アレイシアンは拒絶する


「お前さえいなければ」


 剣術使いが進む道は、魔法が枯れ尽くした荒野だ


 絶体絶命の状況にあって、魔王は笑った

 手首を回して、闇の宝剣を下方に向ける

 人間には負けないという、強い自負心がある


 突進してきた魔王に、勇者は虚を突かれる

 力任せに宝剣を叩きつけると

 白銀の王が旋回した


 百景のカウンター

 剣士が編み出した奥義の一つだった

 

 変形の側転から、闇の宝剣が閃く

 正確に首を狙った必殺の一撃を

 アレイシアンは強引に身体をねじって宝剣で受ける

 結実した二対の光翼が、少女を強烈に補佐した


 圧倒的に有利な体勢から押し返された魔王が

 はじめて生命の危機を感じて、いまさらのように叫んだ


「お前たちは、自覚していない!」

 「平和な世界!」

  「飢餓のない世界!」

 「すべてを与えてくれる“神”だと!? ぶざけるな!」

  「妬ましい」

   「苦しいよ……」

  「この上なく、恵まれているくせに!」

 「現状に甘えて、変わろうとしない!」

  「怠慢だ!」

   「羨ましい」

    「どうして、こんな不公平が許されるんだ……?」


 アレイシアンは、魔王が接近戦に偏重するよう誘っている

 宝剣の多重顕現を試さないのは

 決定的な好機を窺っているように見せるためだ


 限界が近いことを、誰よりもよくわかっているのは彼女自身だった

 残された時間は少ない

 彼女の退魔性は、急速に崩壊しつつある


 もう、違う生きものだからという理由で

 魔物たちを敵視することはできなかった


 だからと言って、人間たちが間違っているということにはならない


 アレイシアンは、人間だ

 数々の強敵たちが彼女を強くした


 光輝剣の軌跡が星座を結ぶかのようだった

 一撃、一撃が魔王を追い詰めていく


「わたしは、ともだちに変わってほしいなんて思ったことはない!」


 光と闇が交差する

 星のまたたきを遮って迫る魔王の剣を

 勇者の剣が弾き返した


 苦しまぎれの結界など

 いまの彼女には通用しない


 アレイシアンは、叩きつけるように怒鳴った


「変われ、変われと……うるさいんだよ! ばか!」



 *



 ココニエド・ピエトロは、幼なじみの無事を祈っている


「シア……!」


 目の前に浮かぶ中継画像を直視するのが怖くて

 護衛さんに実況させている


「おおっと、魔王の奥義が炸裂したぁー!」


「奥義!?」


 びくっとして聞き返した少女は

 頭に特注の紙袋をかぶっている


「奥義」


 残念なあるじの姿に

 護衛の人は胸中でうめきながら頷いた

 

「が、これをアレイシアンさまは聖剣で受けるぅー!」


 直立不動を保ったまま叫ぶ姿が哀愁を感じさせた


 机を挟んで紙袋と向かい合っているのは、マヌ・タリア

 ちまたで奇跡の子と呼ばれている女の子で

 現在はピエトロ家で暮らしている 


「先生、だいじょうぶかな?」


 彼女は、子狸の安否を気遣っていた

 振り返れば、黒尽くめの男が立っている


 マヌは、護衛と称してついてきた男に尋ねる


「ねえ、みょっつさん」


「おれは、そんな名前じゃない」


「でも……」


 子供らしい自己顕示欲の表れなのか?

 つい三週間前まで騎士だった男は

 みょっつと呼ばれることを半ば諦めている

 ため息をついて言った

 

「近衛兵が戻ってこない。卿が粘っていると見るべきだろうな」


「…………」


 除隊して、なおポンポコ卿に魂を縛られている不憫な外道を

 奇跡の子は、憐れみの目で見ている

 


 *



 魔王が駄々をこねる子供のように叫んだ


「嫌だ! 負けたくない!」

 「ハロゥ! 何をしている!? わたしを――」

「バウマフ家は」

 「――メノゥ!」


 視界を埋め尽くすほどの魔法を突き破って

 アレイシアンは魔王に迫る


 彼女も、また極限状態にある

 肩で息をしている


「はぁっ、はぁっ……!」


 頬に張り付いた髪を、乱暴に振り乱して手の甲でぬぐった


 それでも彼女は叫んだ

 そうせずにはいられなかった


「偉そうに言うな! こんなところで、のうのうと――。エニグマは、自分の足で歩いてたのに!」



 *



「…………」


 世界中の人々が見ている前で実名を出された豊穣の巫女――

 シャルロット・エニグマは、顔面を両手で覆って項垂れた


 側近たちが、代わる代わる慰めの言葉を掛ける


「まあまあ、気にするなよ、ユニ・クマー」


「きみは今日からユニ・クマーだ」


「良かったじゃないか、ユニ・クマー」


「わたしは嫌いじゃないぞ、愛嬌があって。ユニ・クマー」


 とうとう嗚咽が漏れはじめた


「えぐっ、えぐっ……ひどいよ、リシアちゃん……」


 才能ある魔法使いは、想像力が豊かだ

 よりにもよって字幕付きで放映されていたから

 今後の人生が心配でならなかった


「あの!」


 一人の側近が挙手して発言権を主張した

 生贄に定評がある少女だった


「ポンポコが頭からガッて行かれたんですけど。あれ、死んじゃいません?」


「だいじょうぶだよ……」


 洟をすすりながら、豊穣の巫女は言う


「わたしも、あなたたちの話を聞いてわかったんだけど。あのひとは、多視点魔法が使えるんだ」


 多視点魔法というのは、座標起点の別名だ

 子狸は、暴走する魔法から彼女を救出する際に座標起点を行使している


 ユニ・クマーは高名な研究者でもある

 彼女は言った


「仮説は幾つか浮かぶけど……うん、いちばんしっくり来るのはこれかな?」


 虚空に浮かんだ画像をぴたりと指差す

 彼女が指し示したのは、白銀の鎧をまとった破戒者だ


「魔物たちは、二つの勢力に分かれて争ってるんだ。魔王は、べつにいるよ。たぶん答えは一つじゃない」


 そう言って彼女はにっこりと笑った

 両手を打ち鳴らすと、両腕を大きくひろげて

 ことさらに明るい声で言った


「だから、わたしたちはリシアちゃんを応援しよう!」



 *



 誰かに名前を呼ばれた気がした

 身体が軽い

 こんなにも疲れ果てているのに

 どこまでも飛んで行ける

 そんな気がした


 願い、祈りは勇者の力になる――


 限界まで酷使した肉体が悲鳴をあげている

 アレイシアンは、最後の力を振りしぼる


 もっと力を

 もっと

 もっと、もっと

 もっと、もっと、もっと

 もっとだ……!

 

「勝手に期待して! 勝手に幻滅して! どうしろと言うの!?」


 多重顕現した宝剣を射出した

 光剣が乱舞する中、アレイシアンは鉄剣の柄に手をかける



 *



 王都の空は晴れ渡っている

 青空を仰いでいるのは、アリア家の当主……アーライト・アジェステ・アリアだ

 どこまでも付いて回る画像で、彼の娘が喚き散らしている

 アリア家にあるまじき醜態……

 見苦しいことだ


「……どうだ?」


 興味がないと言わんばかりに目を逸らして

 となりに立つ男へと声を掛けた

 

 その男は隻腕で、眼帯をはめている

 一心に上空を見上げている


「火花星ですね……。すげぇ規模だ……何かが……なんだありゃ?」


 この男は、未来を見通す目を持っている

 正確には、ずれた時間軸を認識することができる異能持ちだ

 だから規定の未来が否定されたとき、その力は永遠に失われることになる


 二人の男は、一人ずつ従者を連れている

 進み出たのは、長身の男だった


「叔父貴……魔物どもが迫っています。これ以上は……」


「そうかい。まいったな……後ろでおっかねぇ姉ちゃんが見張ってるからよぅ……」


 四人は、見晴らしの良い屋上にいる

 外壁にとりついた魔物たちの総攻撃がはじまった


 騎士団は敗れたと、そう見るべきだろう

 はじめから勝算のない戦いだった

 民間人の避難は終えている

 それでも、他に行き場のない人間は残るし

 そうでなくとも、この国と運命をともにするという人間は少なくなかった

 彼らを評して、アーライトは言う――

 

「イカれてるんじゃないか?」


 人間は、もっと有効に死ぬべきなのだと

 アリア家の当主は、常日頃から不平を述べている


「アテレシア」


「はい、お父さま」


 付き従うのは、アリア家の歴史でも天才と称される剣士だ

 アーライトは、牙を剥いて笑った


「お前には言うまでもないことだろうが……少々不安になってきた。つまり、俺の子育てについてだ」


 念には念をということだ

 彼は、自慢の愛娘に簡素な指令を下した


「戦って死ね。俺はそうする。お前もそうしろ」


「お父さまが戦死なされた場合、わたしがアリア家を頂きます」


「そうしろ。生き残れたならば、お前が当主だ」


 父娘の会話に、となりの男は眼帯を押さえている


「クレイジーだ……」



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