魔王、降臨
【スーパー勇者さんタイム】山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん【使用に際しての注意事項】
何かを得れば、何かを失う
すくい上げようとした手から零れ落ちたものは、あまりにも大きく――
精霊の宝剣は、ついに最後の進化を遂げた
子狸さんは悪くない
自分は無敵なのだと、きちんと自白していた
バウマフ家は、嘆きの河の管理人だ
嘆きの河というのは、こきゅーとすの別名であり
その雛形になったのが、おれたちの反省文である
それらの原点には、祭典……つまり“掲示板”の存在がある
“管理人”の一族は、減衰特赦の術者だ
逆算魔法といびつに噛み合った反発魔法は
結果として、バウマフ家を末代まで祟る呪詛と化した
大魔法にあらがう呪詛は、宿主に強大な力を与える
バウマフ家は、原始の魔法を使えるということだ
その一つが永続魔法だった
勇者さんは悲劇のヒロインぶっているようだが
何度でも言おう、子狸さんは悪くない
彼女は、おれたちの子狸さんを信じるべきだったのだ
もちろん子狸さんの発言はたいてい次元が違うから
慎重に虚実を見極めねばならない
その点に関しては留意が必要だ……
【スーパー子狸タイム】王都在住のとるにたらない不定形生物さん【使用に際しての注意事項】
だが、一方でこうも言える
そもそも勇者さんは制限解除のシステムを知らない
幾度となく狸なべの危機に瀕してきた
たしかな実績が、子狸さんにはある
※ ふっ、なにを言うかと思えば……
子狸さんには、あの豊穣の巫女に勝った実績がある
※ うむ、大金星だったな
※ 一度あることは二度あると聞く……
※ 二度あることは三度あるとも言うな……
※ なんだと……? では、子狸さんは……
※ ああ。……なるほど、あるいは厳しいかもしれん。あのどろんこ巫女は掛け値なしの天才だ。だが……
※ 一度は勝ったんだ。勝負は時の運ということか……?
※ つまり条件は五分と五分……
※ そして、巫女さんは人類史上屈指の魔法使いだ……これは間違いない
※ おれたちの子狸さんは、とうに特装騎士を越えていた……?
※ だが、じっさいは惨敗を重ねている。これは、つまり……
※ ああ。子狸さんは、優しすぎるんだ
※ そう……優しすぎて実力を発揮しきれない……
※ 優しすぎるなら仕方ないね……
※ うん。優しすぎるなら仕方ない……
優しすぎる子狸さんは、いかなるときも省エネモードだ
言うまでもなく、バウマフ家が持つ最強の手札は
特赦による無制限の自動攻撃と自動防御である
永続魔法を使えるポンポコたちには、それが可能なのだ
そして、それは魔物に対抗する唯一の手段でもある
超光速で跳ねるお前らを、有機生物が肉眼でとらえることは不可能だ
それなのに、バウマフ家は他者にトリガーを委ねることを嫌う
お屋形さまですら、自動迎撃の構成には幾層もの安全機構を設けている
致命傷を避けるためだ
だから、おれたちは
自らの不死性をアピールすることを早々に諦めて
いかなる攻撃も通さない絶対防御を指導している
お前らと子狸さんが一丸となって情操教育を施した結果
人間らしい感情を取り戻した勇者さんが
目いっぱいスタイリッシュに魔王への殺意を表明している頃……
当然のように子狸さんは無傷であった
たとえ同じレベル9だろうと
魔王の走狗に過ぎない近衛兵では、子狸の並行障壁を貫くことはできない
忠義、忠誠と言えば聞こえは良いだろうが
魔王の命令に逆らうことができない……
逆らえるようにはできていない……
それは、つまり致命的なバグを放置していることと等しい
構造的な欠陥だ
おろかな木偶人形は、勇者さんではなく
スーパー子狸を、より上回る脅威と判断した
その点に関しては誉めてやってもいい
もっとも、おれたちの子狸さんに手を上げた時点で万死に値するが……
おれは寛容だ
八つ裂きにするのは我慢した
本来ならば魔王ごと触手で串刺しにするところだが
おれは我慢ができる子だからな……
ところが子狸さんは、魔王を買えばついてくる食玩に夢中だった
「なんだ、お前は……?」
星の部屋とは、宇宙のお前ら体験コーナーの別名でもある
となりの部屋は、いざというときのために備えておいたこん棒収納スペースだ
子狸の顔面を鷲掴みにしたまま、近衛兵は不思議そうに首を傾げる
フルフェイスの兜は、元帥と共通した造りになっていた
中の人などいないことになっているので、肌が露出しないよう工夫されている
唯一、露わになっている両眼に輝線が走る
魔物にとっての眼球とは、映像の一部でしかない
だが“目”と定義された器官で情報収集することが
高度な魔法環境では意義を持つケースもある
ようは、観測者の退魔性を利用することができるということだ
この場合は、子狸が“見られている”と認識することが重要だった
識別を終えた近衛兵が、宙吊りになっている子狸へと手刀を繰り出した
より厳密に、あるじの再定義を行ったことが見てとれた
無敵の魔法などない
魔法は、常に進化している
水平に吹き飛ばされた子狸が、雑多に積み上げられたこん棒に埋もれる
一歩、踏み出した近衛兵を見つめる目には困惑がある
「お前は。お前は……?」
子狸さん子狸さん
「え。なに?」
食玩の正体とか興味がないので、おれを誉めて下さい
「うむ……。でかした!」
ふっ、誉めても何も出ないぜ?
※ 子狸さん、おれも誉めて下さい
※ おれも
※ じゃあ、おれも
※ お前ら、何もやってねーだろ!
何もやってねーのに、誉められるのか!?
おかしいだろ!
じゃあ、おれも誉めろよ!
※ そ、そうだな……
目が覚めたよ
つまり誉めて下さい
※ ちっ、仕方ねーな。おれもひまな身じゃない。さっさと誉めろよ
※ うむ、コミュニケーションは大事だからな
※ 子狸さんは、もっとおれたちを誉めるべき
※ おれら、誉められて伸びるタイプだからね
※ 否定はしないさ
※ 因果律が崩壊する勢いで誉めて下さい
※ さあ、子狸さん
※ さあ、遠慮なく
※ さあ、どんと来い
「お前ら、愛してる!」
※ うむ……
※ うむ……
※ かろうじて赤点は免れたな
お前らが子狸さんに愛情を強要している頃
魔王の近衛は、戦闘形態へと移行していた
鎧の継ぎ目がスライドして、内部から幾つもの球体が射出される
それらは高速回転して、失敗した衛星みたいに近衛兵の周囲を行き交う
耳障りな甲高い音が響いた
子狸の困惑は増すばかりだ
「な、なんだ?」
複核型だな
子狸よ、簡単に説明すると
あれは究極の魔法使いだ
お前が狸なべにならないよう
日夜がんばってくれている細胞さんたちからしてみれば
お前の前足と後ろ足は別人なんだ
でも、魔法はそういうふうには考えない
お前の前足と後ろ足は、お前の一部として扱う
では、電子的につながっているものの場合はどうなると思う?
……少し複雑になるので省略するが
あのくるくると回っているのは、空飛ぶ頭だと思え
ようは、チェンジリング☆ハイパーだ
一つ一つが魔法の起点になる
座標起点に頼らずとも、最適な位置をとった核が魔法を撃ってくる
詠唱速度は、お前の十数倍だ
嫌になるね
めぐる、めぐる
衛星たちが、戦歌を口ずさむ
ヒュドラの歌声が、世界を紡ぐ
箱庭の世界は、竜には狭すぎる
ならば壊してしまえばいいと考えるのは
母の教えに背くことだ……
窮屈でもいいじゃないか
おっかなびっくり歩く竜がいてもいいさ
どうして、それがわからないんだ……
拡張した空間を
近衛兵が踏破して迫る
子狸の自動防御が作動
無数の光点がはじけた
それは錯誤によるもので――
飛び散る黒点は、認識の穴だ
究極的に比較対象がないものを認識することは出来ない
「!」
子狸が反射的に前足を突き出した
攻勢に転じれば一撃で片付くのに
相手はどう見ても人間ではないのに
生物であるかどうかも怪しいのに
それなのに、子狸は積極的な防衛にとどまる
近衛兵の“本体”と“手足”を力場で封じて
安心した気になっている
徹頭徹尾が甘い
甘すぎる
戦いには向かない……
バウマフ家の人間には
だから、教えたくなかったんだ
「だって動いてる! 生きてるんだ!」
木偶人形だって動くさ
ほんの少し工夫しただけだ
力場を引き裂いて飛び出した近衛兵が
黒球を等間隔に配置する
バウマフ家には、減衰への特赦がある
子狸の詠唱破棄を貫くためには、詠唱して最大開放まで持って行くしかない
魔法は、構成が複雑であればあるほど簡単に開放レベルを上げることができる
世界を滅ぼすためのシステムなのだと言われても納得してしまう
術者となる種族を保護するためとしか思えない仕組みがあるのに
一方で、基本的なルールを逸脱した存在……魔物を許容するシステムになっているのは何故だ?
いま、この瞬間、全人類を死滅させる一撃が放たれてもおかしくなかった
だが、そうはならなかった
魔王の近衛は、子狸を強敵と認識している
相手を不利な立場に追い込むのは、勝負の鉄則だ
鈍色の騎士がひと息で増殖した
座標起点ベースの分身魔法……
退魔性を持たない魔物ならではの完全コピーだ
ある一定以上の騎士の集団を、ひとは騎士団と呼ぶ
ひとりひとりが世界を滅ぼし尽くせる力を持っている
悪夢のような光景に、子狸は気圧された
「でもっ、あいつは魔王を守ろうとした! 感情があるんだ……」
ちがう
そういうふうに作られているだけだ
「なにが違うんだ!? なにも変わらない! 同じだ!」
後退しながら子狸は断言する
歯を食いしばると
わけもわからず
悔しくて
悔しくて……
ぽろぽろと大粒の涙が零れた
「誰かが生きていてほしいと思うなら、それが命なんだ」
ああ言えば、こう言う……
なんなの? 反抗期なの?
お前には、おれたちの善意を疑って掛かるところがある……
もしかして、嫌がるお前を女装させたの恨んでるの?
でも、あれは仕方なかったんだよ
ひまだったんだ
「ひまなら仕方ないな。でも、そうじゃないんだ……!」
違うの?
じゃあ、なに?
寝起きドッキリでスカイダイビングしてた件?
でも、あれも事情があるんだよ
ひょっとしたら飛べるんじゃないかと思ったんだ
「でも、だめだった……」
違うのか……
お前のクラスメイトを誘拐しようとした件かな?
あれに至っては、未遂に終わったじゃないか
本当ならお姫さまをさらおうとしたんだけど
頭でっかちの宰相から待ったが掛かったからさ
あのときは最後まで言い出せなかったけど……
けっきょく心身ともに逞しい木こりさんをね
お前が、こう……颯爽と救出したんだ
感動したぜ
「うん、感動巨編だったね……」
わからないな
いよいよ迷宮入りか……
※ おい。すでに謎は解けてる
※ 反抗期に理由なんてないでしょ
※ ですよね。これといって心当たりもないし……
※ いや、狭い範囲で見るからだめなんだ
※ 社会へのアンチテーゼ的な?
※ 子狸さんは、生まれついてのレジスタンスということか……
※ われわれ帝国は、いつでもバウマフ家を歓迎しますよ
※ 吐いた唾は呑めないんだぞ。勇者さんもそう言ってる
※ ちょっと待ってほしい。いま、言ったのはおれじゃありませんよ?
ええと……ジャスミン?
少しお話があります。裏庭に来れませんか?
※ そういえば、鬼のひとたちのお祭りはどうなったの?
おれ、勇者さんのお母さんに変装してたから参加できなかったんだ
※ ああ、うん……
※ うん……
※ 王都のんがね……
※ もう王都のんという時点で、悲しい結末しか予感できない
※ まあ、誰とは言いませんけど、銀冠の魔王がですね
ボーナスチャンスと称して、鬼のひとたちを言葉たくみに
王種の素材集めに駆り出しまして……
※ 王都さんは悪くないと思うの
だって王都さん言ったじゃん
受ける受けないは自由意志だって言ったじゃん
※ だって、受けないと内容は教えないとか言われたら受けるじゃん……
鬼のひとたち、お願いしちゃったじゃん……
もう、びっくりするほどお屋形さまと同じ手口じゃん……
※ 三人で、がんばって緑のひとの足をぽこぽこと叩いてたなぁ……
※ その点、火のひとはサービス精神があるね。炎弾から必死に逃げ回る小鬼さんたちは輝いてた
※ ひどいのは、大ちゃんだよ。あのひと、全力で脅しに入るからさぁ……容赦っつうもんがないよね
包囲を狭めてくる騎士団に、子狸は後退を続ける
眼前を飛び交う衛星が、おびえる子狸をあざ笑うかのようだ
行く手を阻む全身甲冑は、電子の糸で操られる人形に過ぎない
魔法に数量の制限はない
人形の増殖は止まらない
そして、それは――
魔法の衝突がそうであるように
上位の魔物に対して下位の魔物が無力であることを意味する
※ ぽよよん
時間切れということだ
おれと、王都のんが入れ替わる
この山腹さんは、華麗に勇者さんのもとに舞い戻るぜ
近衛兵にとっての不幸とは
いつも子狸の横にいるひとが、おれほど寛容ではないということだろう
「さわるな」
忠告ではなかった
それは最後通牒ですらなく
殺意の残り香でしかなかった
触手が乱れ飛び――
いっさいの抵抗を許さず、分断された鈍色の具足が宙を舞った
王都さんが、全身から鬼気を発して進み出る
「お前らに、なんの権限があってそうするんだ……?」
※ このひと、本当に沸点が低いよね……
※ 子狸に関しては、とくにそう
※ おれらが触るのも嫌そうだもん……そりゃそうなるよ
※ ていうか、おれ、前にポンポコ騎士団をお説教してたら
王都のひとになだめられたんですけど!
おとなになれよ、みたいな目で見られたんですけど!
この青いの、おれと同じことを言ってるんですけど!
※ そういう理屈、王都のんには通じねえから……
だって王都のんだぜ……?
暴虐の王が、ついに解き放たれたのである
魔王なんて目じゃないぜ……