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火を支配するもの

 実働部隊には大きな弱点がある


 欠員が出た場合

 人員の補充が利かないという点だ


 八人中、四人が脱落した部隊を二つ用意したとしても

 別小隊の間でチェンジリングを連結することはできない


 だから、攻撃と防御を完全に分業するしかなかった


 十、二十と顕現した宝剣を撃ち出しながら

 勇者さんは狐娘たちを通して騎士たちの采配をとる


 実動騎士が五人以上残っている小隊を後方へ

 勝敗の鍵を握っているのは、彼らの殲滅魔法だ


 妖精の加護を受けた勇者さんは

 飛ぶように地を駆ける


 骸骨戦士たちが散開したことで

 黒騎士までの道が開いた


 つの付きの傍らに黒妖精の姿はない


 黒装の騎士を守護したのは

 虚空に浮かび上がった魔剣の群れだ


 勇者さんは、薄闇から二振りの光輝剣を引きずり出して

 魔軍元帥に迫る


 ――イベルカ! サルメア!


 内心で、姉妹たちの名を叫ぶたびに

 魔物への憎しみが胸を焦がした


 ――レチア! ルルイト!


 限界まで膨れ上がった聖剣が

 掌中で暴れるようにふるえる


 ――コニタ!……アトン……


 六人の兄妹が笑っている光景が脳裏をかすめたとき

 口を衝いて出たのは

 魔王軍を統べる将への怒りだった


「なにも知らない癖にっ! つの付き! お前は!」


 敵なのに、敵だから

 魔人を野放しにした魔軍元帥が憎かった


 黒騎士は動かない


 玉座の手前は、なだらかな階段になっている

 謁見の間に集まった兵士たちを

 奥まで見通すためだ


 階段に足を掛けた勇者さんが

 ネクストサークルで待機している鬼のひとの眼前を走り抜けていく


 こん棒を支点に屈伸運動していた帝国小鬼が

 フォームの修正をしながら大きく素振りした


連合「ボーク!」


 勇者さんは、脇目も振らずに駆ける


 簡易プールでくつろいでいた海底のんが

 ふぃーと息をついた


海底「うまみ成分、抽出中」


しかばね「…………」


 お前らを見つめるリリィさんの目が冷たい

 怨霊種、不動のツッコミ役である彼女の

 笑いへの耐性は随一だ

 その牙城を、お前らは突き崩せるのか?


 勇者さんは、壇上の黒騎士を射るように睨んでいる


 その視線を遮るように通過したのは、見えるひとだ

 ふと、まぶしそうに手をかざして、言った


亡霊「夏。透き通るおれ」


 歩くひとが吹き出した

 彼女の持ちネタだった

 まさかの自爆である


元帥「ふっ」


 不敵な笑みを漏らした黒騎士が、ついに動く

 火の宝剣を引き抜き、悠然と一歩を踏み出した

 具足が重々しく揺れる


元帥「なにも知らない? なにを知れと言うのだ……?」


 はるか頭上、窓から飛び込んだ雷光が謁見の間を照らした

 光は、黒鉄の鎧をすべり落ちる


元帥「アレイシアン・アジェステ・アリア……。お前は人間だろう。おれは違う。おれは魔物だ」


 それが全てだった


 ふたりは違う生きものだった

 

 この二者の前では

 立場の違いなど、ささいな問題だった

 もっと大きな断絶が、両者を隔てているからだ


 反論したのは羽のひとだった


妖精「だったら魔王は! 魔王はっ……!」


 魔王の正体は“人間”だ

 魔軍元帥の言いぶんを信じるなら

 彼の、魔王に対する忠誠は不公平と言える筈だった


 それなのに、黒騎士の双眸に宿ったのは激しい怒りだ

 鉛を押し出すような低い声音でつぶやく


元帥「だれから聞いた……?」


 魔王が、魔物と人間の中間に位置する存在ならば

 だからこそ、自分たちの王を人間と呼ぶのは許しがたいことだった


 求める言葉など返ってこない

 問えども、問えども

 満足のいく答えはない


 互いの破滅を願っているから

 空白を埋めるのは言葉ではなく剣戟だった


 魔剣の一閃を

 勇者さんは、交差した聖剣で受ける


勇者「……!」


 重い一撃だ

 勇者さんの小柄な身体が弾き飛ばされる

 

 宙を舞った光の粒子と火の粉が

 ともに剣となって互いの刃を砕いた

 

元帥「だれに聞いた……!」


 繰り返し言った黒騎士が魔力を放つ

 以前のものとは形質が異なっていた

 

 再度、突進しようとした勇者さんの片腕を

 不可視の鎖が絡めとる


 すかさず光剣で断ち切った勇者さんが

 後退しながら多重顕現した宝剣を射出する


 黒騎士は、不意に口調を和らげた


元帥「前言撤回しよう」


 そう言って、片手をかざす

 すると、空間に穿たれた幾つもの穴が

 放たれた光剣を吸い込んだ


 黒騎士は言った


元帥「二年か、三年あればと、おれは言ったな。訂正しよう。あと一年もあれば、お前はじゅうぶんな脅威になれた」


 現時点では違うということだ


妖精「!」


 羽のひとが目を見張った

 宝剣を吸い込んだものの正体が掴めなかった

 彼女は、とっさに思う


 ――だめだ。勝てない


 たしかに勇者さんは強くなった

 しかし完調した黒騎士は、それ以上だ

 足運びには淀みがなく

 港町で見せたようなぎこちなさがない

 さらに未知の技術を持っている……


 彼女の危惧は正しい

 つの付きが用いたのは、魔剣の変形だ


 魔軍元帥は、魔王軍最高の魔法使いだから

 宝剣への適性が極めて高い


 火の宝剣が渡ったのは

 最悪の相手だったのだと、羽のひとは理解した


 勇者さんは両手の光剣を駆使して果敢に攻める

 聖剣と魔剣が切り結んでいる間にも

 骸骨戦士たちが振るう魔火の剣に

 騎士たちが次々と倒れていく


 集団戦を想定した剣技だ

 剣士としての骨のひとは、技量で魔軍元帥を上回っている


 力場を踏んで飛び上がった骨のひとが

 空中で素早く回転して炎弾を打ち砕く

 

 騎士たちの障壁は、宝剣の前では虚しく散るしかない

 切りつけられた騎士が、また一人、紅蓮の炎にのまれた


王国騎士「ぐあ~!」


 命に別状はない

 しかし、火柱にのまれて打ち上げられた騎士は

 回復魔法を以ってしても復帰が望めない


 粉砕された鎧が、あたり一面に散乱している

 戦線は崩壊しつつあった


妖精「っ……!」


 羽のひとは決断を下した


 光輝剣は、所持者の強い感情に呼応する


 勇者さんと親しい誰かが犠牲になれば

 きっと彼女は、もしかしたら

 黒騎士を上回る力を手に入れることができる


 トンちゃんが、そうしたように――


妖精「……リシアさん」


 ぞっとするほど穏やかな声だった


 勇者さんの退魔性は、もう……


 当然の結果だった


 彼女の猫耳は、彼女の精神状態を反映して動く

 おそろしく高度な魔法の結晶だった


 その猫耳が、ぴんと張りつめる


 勇者さんが悲鳴を上げた


勇者「リン! だめ! やめなさい!」


 この場で、黒騎士を倒してしまえば何も問題はない筈だった


 だから勇者さんは、最後の切り札を使う


 片方の聖剣を散らし

 黒騎士へと人差し指を突きつけた


勇者「チク・タク・ディグ!」


 彼女は、魔法使いではない

 しかし人間である以上、その資格はある


 そして一朝一夕で扱えるほど、魔法は安くない

 はったりだった


 身構えた黒騎士に、渾身の刺突を繰り出す

 だが、つの付きの反応速度が上回った


 聖剣が、砕け散った


 吹き飛ばされた勇者さんが

 とっさに肩に手をやる


 その手をすり抜けて、羽のひとが飛び立った

 二対の羽が生み出す爆発的な加速力は、他の追随を許さない

 どれほど腕を伸ばしても

 ずっと一緒にいると約束した小さな少女には届かない


勇者「リン!」


 羽のひとは、黒騎士へと一直線に飛翔する


 多重顕現した魔剣からは、逃れるすべがない

 それでいいのだと思った

 それなのに、彼女の眼前に飛び込んできたのは

 黒衣の、少女だった

 

 小さな両手が絡み合う

 慣性でくるくると回りながら

 ふたりの妖精の視線が交錯した


 羽のひとの眼差しに明確な敵意が走った


妖精「ユーリカ!」


 彼女の突進を抑えた黒衣の妖精が

 ふわりと微笑んだ


コアラ「リンカー」


 乱れ飛んだ魔剣を、フライパンがとらえた


 光の粒子が床一面に走る

 浮かび上がった幾何学模様の中心に魔口が穿たれた

 ちょうど勇者さんと黒騎士の中間だ

 

 その穴から飛び出してきたのは

 勇者さんと、そう背丈の変わらない小さな……

 そう、小さな狸さんであった


 小さきポンポコ

 その四方を、十二人の騎士が固める


 唐草模様のマントに混ざって

 真紅のマフラーがたなびく


 くるくると回っていたフライパンを前足で掴みとる

 もう片方の前足に持っているフライ返しを、びしっと黒騎士に突きつけた


 避難していた黒雲号がいなないた


 その声に応えたのは

 豆芝さんと

 そして、ご存知……

 おれたちの子狸さんである



「 お れ 参 上 ! 」


「 ぽ よ よ ん ! 」



 いつも子狸さんの横にいるひとも負けじと吠えた



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