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魔王討伐の旅シリーズ~子狸編~

【そのとき、おれはこう言ったのさ】空中庭園在住のとるにたらない不定形生物さん【チェンジリングできないのは何故かって? そいつはお前の(ワイフ)に訊くんだな。結婚おめでとう……ってな】


 ※ そりゃそうだ!

  ※ うんうん。プロポーズはなかったことにならねーよ

   ※ よっ、男前! ひゅーひゅー!


 ※ ふっ、は、腹がよじれる! 庭園の、お前、空中回廊で何やってんだよ!


 いや、それはおれが訊きてーよ

 披露宴会場じゃねーんだからさ

 そういうのは回廊に突入する二、三日前に済ませておいてほしいわ


 あっ……


 お前ら、過去のイベント総集編やってる場合じゃないぜ!?


 いま手元に入りました情報によりますと

 おれアナザーが城内一周を終えたもようです!


 魔軍元帥です!

 お前ら、盛大な拍手で出迎えてあげてください!



【夏休みの宿題じゃねーんだからさ】山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん【そういうのは旅シリーズに突入する二、三日前に済ませておいてほしいわ】


 あれから一週間が経った


 ※ あれから?

  ※ あれからって、いつから?

   ※ ……あれ? 山腹の、いねーじゃん


 ※ 何してんの? 早く来いよ

  ※ もう、みんな集まってるよ~


 ……お前ら、なにか大切なことを忘れていないだろうか?

 自分の胸に手を当てて、少し考えてみてほしい

 王都のんに至っては、もう諦めてお前らの雑談に参加しちゃったからね?


 ※ おいおい。子狸じゃねーんだからさ

   この期に及んで仕事を残してきたやつなんていねーだろ


 ※ まったくだ

   旅シリーズの終盤なんて、いつもあほみたいに忙しいんだから

   スケジュールの調整なんざ、とうに終わってるよ


 うん、そうだね

 本当に慌しい一週間だったよ


 お前らは、いつもそうだ

 よりによって旅シリーズの終盤に

 あたためておいたイベントを放出しはじめる


 今回は、とくにひどかったね

  

 中でも、おれがいちばん興味を惹かれたのは

 テイマーシステムの導入かな


 ※ ああ、あれは盛り上がったな

  ※ まさか倒した魔物を仲間にできるなんて……夢みたいな話です……

   ※ ただし参戦はしません


 ※ 家で、あなたの帰りを待ってます

  ※ 貴族が意外と忙しい生活を送ってて、思ってたのと少し違った

   ※ あと、お子さんが予想以上にアクティブ。的確に急所を突いてくるからびびった


 ※ 欠点を挙げるとすれば、あれだな

  ※ うむ、レベル3以上のひとたちがびっくりするほどレア

   ※ 緑のひと、張り切ってたのになぁ……


 ※ おれさぁ……冷静になって考えてみたら

   人間に負けたこと一度もねーわ……


 ※ あったらびっくりだよな……

  ※ もう、どうやって負けたらいいのか見当つかねーもん……

   ※ レベル5の壁は厚かったか……


 ※ やはり魔物の卵を実装するべきだったか?

  ※ いや、さすがにそれは……

   ※ 悪い案じゃないと思うけど、まず根本的に卵生じゃないんだよな……


 ※ 青いのとか、卵から生まれたら何事かと思うわ


 万事が万事、この調子だ

 なんといっても目玉の三大イベントが強烈な存在感を放っていたな


 ※ 子狸さんの迷宮再建計画!

  ※ 古狸さんの本人不在のお見合い企画!

   ※ そして……!


 ※ そう! 魔軍元帥の世界最長級マラソンのフィナーレだ!

  ※ いま、まさに……! 魔軍元帥が……!

   ※ 謁見の間に辿り着こうとしています……!


 そうだね……


 長く険しい道のりだったと思うよ

 雨の日も、めげずによくがんばった……


 最後の力を振りしぼった黒騎士が

 ラストスパートを掛ける


 ラストスパートと言っても

 もはや立っているのもやっとというありさまだ


 振り上げる腕も

 よたよたと左右にぶれる足も

 とっくのとうに限界を越えていた


 まるで身体全体が

 先へ進むのを拒絶しているかのようだ


 謁見の間に大集合したお前らが

 大きな……大きな声援を送る


 世界中のお前らが観衆だ


 地下で幽閉されているはずの魔人がいた

 その番人をしているという話だった蛇のひともいる

 魔王の騎獣が、手羽先に装着した魔王軍の軍旗をぱたぱたと振っている 

 

 海の底では、人魚さんが歴史的な瞬間の訪れを画像越しに見守る

 その傍らに、そっと寄り添っているのが海底のんだ 


 大歓声だった

 声援が膨れ上がるたびに

 黒騎士は本来の走りを取り戻していくかのようだった……


 一歩、二歩……

 ゴールテープを切る直前――

 黒騎士は、天を仰ぎ

 そして、両腕を突き上げた


 魔都がふるえた


 この瞬間、お前らの興奮は最高潮に達した


 がんばるひとは美しい

 それは、何もかもがあいまいな世の中で

 唯一の真理であるかのように思えた


 倒れ込むようにゴールした魔軍元帥が

 四つん這いになったまま吠えた


庭園「お! お! お! お……」


 わっと駆け寄ったお前らが

 偉業を成し遂げた一人の英雄を抱きしめる


 おめでとう


 おめでとう……


 さて……


 ここで、お前らに悲しいお知らせがあります


 ※ あとにしてくれ!

  ※ いまは、ただ、この感動を伝えたい……!

   ※ よくやった……! よくやったぞ、庭園の……!


 ※ お前が、おれたちの元帥だ!


 その気持ちは、よくわかる

 よくわかるんだが……


 少し聞いてほしい

 おれが、これまでお前らの邪魔をしなかったのは

 最大限に空気を読んでのことだ


 では、発表します


 

 勇者一行が

 魔都に突入しました



お前ら「なにぃーっ!?」



 本気で忘れてたのかよ……


 おい

 おい。そりゃそうだろ


 お前ら、ラストダンジョンも結晶の砂漠も完全にどフリーじゃねーか

 完璧に無人だったぞ


 そりゃそうだろ

 そりゃそうだろ!


 何事もなく到着するわ!

 だって、お前ら誰もいねーんだもん!


 ※ いや! え!? 誰かしら居ただろ!

  ※ おれら、何人いると思ってんだ!?

   ※ 誰かしら居るって! そう思うよ! ふつう、そうだろ!?


 オリジナルの人数は、言うほど多くねーんだよ!

 揃いも揃って、もぉ~!


 ※ お前ら、言い争ってる場合じゃないぜ!?

  ※ そ、そうだ。さいわい魔獣は集まってる。いまからでも遅くはないはずだ!

   ※ 蛇のひと!


 ※ ……うぃ?

  ※ 飲んでる――!?

   ※ いや、ばか! そうじゃない! 子狸は!? 子狸さんがいないことには――


 ※ え? おれ?

  ※ 子狸さん!

   ※ 子狸さん!


 ※ いま、どこ!? どこで何してるの!?

  ※ 砂漠か!? いや、この際、ラスダンでもいい! まだ間に合う!


 ※ 牛のひとの家だよ

  ※ ですよね~

   ※ うん、知ってた。だって、おれら中継を見てたもん


 ※ 青いの! こら! なんで野放しにした!?


 ※ ……じゃあ、言わせてもらうけど


 ※ あ、ごめんなさい

   ごめんなさい。おれたちが悪かったです


 ※ 言うよ。言う

   おれは、何度も言ったじゃん

   あと一週間しかないけどだいじょうぶ? とか

   あと五日しかねーんだけど、どうする? とか

   律儀にカウントダウンしたよな?


 ※ そのたびに、お前らはこう言いました

   一週間あれば、ぎりぎり何とかなる

   五日あれば、何とか誤魔化せる

   おれは、今朝も言った

   そろそろ勇者一行はラストダンジョンを抜ける

   もう手遅れだけど、どうにかしたほうがいいんじゃないのか? と


 ※ そのとき、お前らはこう言った

   数時間あればイケる

   本気を出せば一時間で片付けられる、と


 ※ ……完全に夏休みの宿題じゃないですか

  ※ いやっ、事実だ! 誰か迎えに行け!

   ※ 待てよ! ポンポコ騎士団はどうするんだよ!?


 ※ 理由は在ればいいんだ! 考えろ!

  ※ 勇者一行は!? 勇者一行はどうするの!?

   ※ おちつけ! 蛇さんは使いものにならん! ならば、空のひと!


 ※ 任せな。すでにスタンバイを終えている……

  ※ ひよこさん、素敵! 愛してるぜ、ヒュペス~!

   ※ 第二陣は……!


 ※ いいや、おれが出るぜ。うぃ~ひっく

  ※ おれがフォローするよ! おーんっ

   ※ 鱗の……何か考えがあるんだな!? 頼んだ!


 ※ 問題は、子狸だ!

  ※ そうだ! 子狸を何とかしないと……

   ※ この際、設定なんざ関係ねえ! おれが迎えに行く!


 ※ じっとしてろ

   おれに考えがある。ぽよよん


 ※ 王都さん……!

  ※ 王都さん、やはり頼りになる……!

   ※ 最後に頼りになるのは、お前しかいないと思っていた……!


 ※ 本当なら、勇者さんに教えるはずだったんだけどな……

   これも運命か

   お前ら、はじめるぞ……



 遠く、迷宮の跡地にて――


王都「封をくぐるなら剥ぎとられる神秘の枚数で良い」


 骨のひとたちと共同で、瓦礫を撤去していたポンポコ騎士団の面々が

 目を見開いて硬直した


王都「四つの魔法を見るだろう。避けては通れない」


 牛さんと仲良く作業をしていた子狸の横に

 つい先ほどまで居なかったはずの

 青くてニクいやつが佇んでいたからだ


王都「法典、子供部屋、星の舟、兵士、未来、果樹園。お前は出会う」


 このとき、ついに

 ついに王都のんが

 ステルスを解除したのだ……



【エンディングは】王都在住のとるにたらない不定形生物さん【おれたちが決める】


子狸「王都のひと……」


 子狸は驚かなかった

 人前で、こうして話すのは久しぶりだな


 おれは言う


おれ「約束を果たそう」


 子狸が、はっとした


子狸「……ついにはじまるのか、予選リーグが」


おれ「ちがう。……先代の勇者との約束だ」


 九代目の勇者は、魔王と、ある約束をした

 それは、とてもシンプルで

 誰にでも予想がつくような内容だった


 そのとき、魔王の魂は

 邪神教徒と融合していたから

 勇者と約束したのは、おれなのだ


おれ「ともだちを助けてほしい。それが、やつの願いだ」


 ころさないで、と勇者は言ったのだ


 意味のない願いだった

 邪神教徒は、バウマフ家の人間だ

 おれたちが、おれたちの管理人をどうこうする筈がない


 それでも、おれは、そのとき、たしかに肯いたし

 約束は、約束だ


 それは無意味な願いだったけど

 邪神教徒は、とうに逝ってしまったけれど


 ならば、おれは、その子らを助けよう

 約束の本質とは、そういうものだ


 おれは、唖然としているポンポコ騎士団を見下ろした


 子狸が集めた人間の騎士たちよ……

 お前らに言ってやりたいことは山ほどあるが

 いまは、ただ感謝するとしよう


おれ「魔人は、魔都の地下に幽閉されている」


 成人のポーラ属は、一般家屋を飲み込めるほど大きい

 おれたちにとっては自然体の

 もっともリラックスした状態を、人間たちはメノッドポーラと呼ぶ


おれ「王都襲撃の責を問われてのことだ」


 元が王都勤務の騎士であるなら

 彼らは、王都襲撃の現場に居合わせた筈だ

 魔物への憎しみは人一倍だろうに

 だから資格がある、とも言えるか……


おれ「無断で軍を動かしたから? そうではない……。あれは、魔王軍の最後の切り札を人前に晒した」


 魔都には、たった一つだけ抜け道がある

 いざというとき、魔王を逃がすための隠し通路だ


 それは地下神殿を通して

 王都へと

 旧魔都の跡地へとつながる最後の扉だ


おれ「おれは、イド。お前たちがヨトと呼ぶ……原初の魔物だ」


牛「おい。青いの。なあったら」


おれ「牛さん、ちょっと黙っててくれませんかね?」


牛「子狸を連れてっちゃうのか?」


おれ「……面倒くさいひとだなぁ。いいよ、お前も一緒に来い」


 牛のひとは、子狸に甘い


 おれはため息をついてから

 身体を屈めて、触手を地面に突き刺した


おれ「乗れ。魔都へ向かうぞ」


 子狸が、はっとした


子狸「まさか、すでに本戦がはじまっていると言うのか!?」


おれ「もう、いいよ。それで……」


 予選リーグというのは、人間たちを絡めとる狡猾な罠であった……


 予選リーグは昨日だったことにする――

 魔物たちの恐るべきトラップを

 おれたちの子狸さんは、瞬時に看破したのである

 

騎士A「いよいよ、はじまるのか……」


 子狸の言うことには素直に従うのかよ

 なんなんだ、こいつら……


 進み出たポンポコ騎士団が

 作業の邪魔になるからと脱ぎ捨てた鎧を装着していく

 鬼のひとたちの手で改造され

 新しく生まれ変わったプレートメイル……


 それは、まぼろしの三号機と酷似していた


 王国の時代遅れな感じと

 帝国の手入れのしにくさ

 そして、連合国の無節操さ……

 それらを、あわせ持つかのような武装が

 日差しを浴びて

 光が波打つかのようだ


 それは、鎧の塗装を滑る陽光が織り成す

 メタリックな縞模様だった


 いろいろあって唐草模様になってしまったマントを

 十二人の騎士が一斉に羽織る


 子狸の肩にとまった黒妖精さんが

 ポンポコ騎士団の勇姿を控えめに表現した


コアラ「これほどまでに怪しい集団を、わたしは見たことがない……」


 鬼のひとたちは、自らの仕事に満足している


連合「いいね~」


帝国「ジャスミン! 念写、念写!」


王国「はい、にっこり笑って~」


 先頭に立つ子狸が

 マフラーの端を前足ではじいた

 指笛を吹こうとして失敗する

 察した豆芝さんが、とことこと歩み寄ってきた


 子狸さんの表情は、真剣そのものだ


子狸「みんな、聞いてくれ」


 ちいさなポンポコが独白する

 

子狸「この一週間、主将として厳しいことも言ったと思う。弱音も吐かず、よくついてきてくれた……」


 ベンチスタートの主将は、とつとつと内心を吐露する


子狸「もしかして、と思ったことはある。でも、違った。そうじゃない。認めるのが怖かったんだ、おれは」


 おれたちの管理人さんが、ついに真実を語る日がやって来たのか?


 子狸は、バウマフ家の末裔だ


 バウマフ家は、魔物たちの管理人を代々務めている

 時は王国暦一00二年……

 魔王を討つべくして旅立った勇者さんを

 おれたちは陰に日なたにサポートしてきた

 けれど子狸さんは、なかなか思い通りに行動してくれなくて……


 この物語は、おれと愉快なお前らが綴る

 一匹のポンポコの壮大な生態観察ドキュメントである



子狸「魔王は、復活していたんだな……」


 

 ようやく気がついてくれたのですね……


 ずっと、その話をしていたのです



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