連合国の刺客
【シリアスとはこういうものだ】山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん【王国×連合国 魔王討伐部隊】
それは奇妙な光景だった
結界魔法で維持されている迷宮は堅牢そのもので
外部から炎弾を撃ち込んでも焦げ跡ひとつ付かない
その迷宮が、不意に抵抗をやめた
そういうふうに見えた
勇者さんの推測は正しかった
大半の砲撃は弾かれたというのに
一部は、不可視の障壁をすり抜けるように
迷宮の外壁に吸い込まれていった
これまでは見られなかった現象だ
そのことに気がついた連合国の騎士たちが
消耗を嫌って温存していた殲滅魔法に切り替えたことで
迷宮の崩壊は一気に進んだ
まるで迷宮そのものが意思を持ち
ふと……
おのれが何者であったかを思い出したかのような
気味の悪い光景だった
生理的な嫌悪感とは異なる
とりとめのない違和感に
ぽつりと感想を漏らしたのは
まだ幼いと言っても良い小さな騎士だった
神父「う……なんか気持ち悪い……」
連合騎士「やれって言ったの、あんただろ!?」
すかさずツッコミが入る程度には
連合国の騎士は、この得体の知れない中隊長と親しんでいる
司祭が騎士団の中隊長を兼任していると言うと
他国の人間は、たいてい「なにを言ってるんだ?」という顔をする
長年の伝統と言えば、それまでのことなのだが
ようは連合国が欲しているのは、司祭の権限を持つ称号騎士だ
極論すれば、部隊を率いる上級騎士は、必ずしも戦士である必要がない
一人ぶん戦力を削れば事は済むからだ
勇者を崇拝する宗派であるから
その最高責任者が勇者と同じ戦場に立つのは
すじが通っていると連合国では考えられている
正直、現場で身体を張る騎士からしてみれば迷惑でしかなかったが
幼い頃から面倒を見ていれば情もわく
実在するぶん元帥よりはましであると、そのように考えているのかもしれない
一個の生命として最低限の評価を下されている少年騎士に
司祭の威厳はない
一国の重圧を担うには小さすぎる肩を
ぽんと軽く叩いたのは、しわだらけの前足だ
古狸「下がっておれ」
狸一族の長である
この偉大なるポンポコには
まことに奇妙な威厳が備わっている
連合国の司祭は、素直に頷いて道を譲った
騎士たちがグランドさんを見つめる眼差しは熱い
連合騎士「先生……」
いつの間にか成り上がっていた
じつに油断のならないポンポコである
眼前の瓦礫を見つめる古狸は、後ろ足で直立している
いにしえの血を受け継ぐ狸属にとって、二脚歩行は芸のうちに入らない
しかし見慣れないものからしてみれば
この古代アニマル種は、生命の神秘そのものであるかのようだった
古狸「派手にやったのぅ……。これは、さっさと掘り起こしてやらねばならぬ。酸欠で使いものにならなくなるぞぃ」
連合騎士「は……?」
密閉空間では酸素の消耗が激しい
基礎的な科学知識であるが、もちろん人間たちは知らなかった
呼吸をしなくては窒息することはわかっていても、そこ止まりだ
まず根本的に、発火魔法は火種を必要としないのである
古狸さんは、その異才ゆえに孤高の存在だった
いつの時代も天才とは孤独なものなのだ
連合騎士「さんけつ……ですか」
古狸「うむ。酸っぱいものを食べたくなるという、あれじゃな」
連合騎士「……なるほど」
だいぶ違うが……
もはや何も言うまい
前足を突き出した古狸が、意識の網をひろげる
魔法との同化が進行した魔法使いは、擬似的な第六感を獲得する
それは、ごく身近なありふれた感覚で
ゆっくりと発達するものだから異常なことだと気付くものは少ない
古狸がささやいた
古狸「ブラウド・グレイル・バナナはおやつに入らぬ……行け」
かつて耳にしたことのない詠唱に騎士たちがどよめいた
魔法を召喚する喚声は、習熟した魔法使いほど早口になる
※ 遠足気分か
※ オリジナルスペル自重!
※ 子狸さんも、将来こうなるのだろうか……?
※ 子狸は、おれが育てたんだ。古狸とは違う
※ いや、違わねーよ! お前、お屋形さまのときも同じこと言ってたじゃねーか
※ あ? じっさいに伝説狸はまともに育ったじゃねーか
※ あれは例外中の例外だろうが!
※ おれは、以前からお前の教育方針を疑問に思っていたんだ
※ 王都のひと……そろそろ白黒つけようぜ? お前は過保護すぎるんだよ!
※ なんだ、こてんぱんか。お前ら揃いも揃って、おれをこてんぱんか
※ ポンポコ母の証言もあるんだぞ
子狸は手が掛からない子だった
より正確に感想を述べるなら
お前がよくできた魔物だったと……
※ それは仕方ないだろ
その頃、おれは親狸のほうについてたんだよ
※ ……ん?
おい。あんまりびっくりさせるな
ひとつも仕方ない理由になってないだろ
一瞬、納得しかけたじゃねーか……
王都のんは、堂々と適当なことを言う
魔法に心を与えたのはバウマフ家の開祖だ
それは、つまり人間の心を写しとったことを意味する
もちろん、おれたちの身体機能と知識量は人間の比ではないから
出力される人格は完全に別物だ
しかし魂の底流に深く刻まれた適当さが
ときとしてお前らに牙を剥くことがある
王都のんは、苦しんでいる……!
魂の記憶に呑み込まれまいと必死に戦っているのだ――
※ ぽよよん
連合騎士団が固唾をのんで見守る中
古狸さんが前足を蠢かせた
人間に例えるならば、貫通魔法と浸食魔法は同姓同名の別人だ
浸食魔法は、水魔法と土魔法の源流にあたる
連合騎士「おお……」
騎士たちが驚きに目を見張る
うず高く積み上がった瓦礫の山が、ふわりと宙を浮いた
魔力――と胸中でつぶやいたのは連合国の司祭だ
彼は、裏で魔王軍と通じている
魔物たちが本当は心の優しい素敵な生きものであることを知っているから
自ら出陣するという暴挙に出ることを厭わなかった
子狸と同年代の刺客を用意した連合国の意図は見え透いている
しかし残念ながら、子狸からは敬遠されている
なにかと構おうとしてくるから、すっかり警戒されてしまっていた
一方通行の友情に身を焦がしている連合国の偉いひとが
とり澄ました表情を繕ってから配下の騎士に告げる
神父「今代の勇者は王国貴族です。ひいきがあったとしても仕方ない」
魔物に監視されている前提で動いていたから
両軍は、直接的な接触を避けていた
ここまで大規模な合同作戦を実施した以上
もはや別行動をとる意義は薄い
幼さの残る神殿騎士が口にしているのは
それらを前提とした今後の行動方針だ
神父「あなたたちは、勇者の命令を第一とすること。白アリは考えなしだからな……。流行らないんだよね、そういうの。勇者さまも、すぐに勘違いに気付いてくれるよ」
言外に、トンちゃんの命令は無視して良いと言っている
神父「彼女は聖騎士だ。悔しいけど、そういう面では信頼していいと思う。どうかな?」
連合国は、実質的に王国特産と言える英雄号が妬ましくて仕方ない
制御系の異能持ちを探し出して、第二のアリア家を作ることは不可能ではないだろうが
そのためには、現在の権力者に幾つかの利益を無償で差し出してもらうしかない
王国の権勢を削ぐ意味でも有効な対策ではあったが、現実的な案ではなかった
参謀の一人が、意を掴めない提案に眉をひそめた
連合騎士「勇者は、アトン・エウロの操り人形ではないのか?」
勇者さんの作戦指揮能力は、トンちゃんを師としたものだ
二人の意見が大きく違えることは、そう多くない
神父「アトン・エウロは、いつ脱落してもおかしくないんだ。彼は、僕らの機嫌を気にすると思うよ」
魔人に対抗できるのはトンちゃんしかいない
だから、どれだけ遅くともその時点で王国最強の騎士は脱落する
それすら希望的な観測だ
不測の事態が起これば、王国騎士団は予定を前倒しにするしかない
その場合、魔人が出てくることはないと見切っている少年には余裕がある
――しかし、なにか……不気味なものを感じるのは何故だ?
いや、理解はしている。気になるのは管理人の不在だ
代わりに前々管理人がいる……
なにか致命的な見落としをしているのではないかと、少年騎士は据わりの悪いものを感じる
なんとなく勇者一行についてきた古狸さんの手腕は見事なものだった
浸食魔法どうこうではなく、驚嘆すべきは王国騎士団の守護防壁に触れなかったことだろう
予定していた手筈では、殲滅魔法で瓦礫を粉砕して救出するという乱暴なものだった
ひとつ頷いた中隊長に代わって、参謀が声を張り上げた
連合騎士「救出作業に入れ! ただし、メノゥイリスが生存している可能性は高い。用心しろ!」
一歩でも迷宮を出たなら、牛のひとはさして大きな脅威ではない
彼女の打撃力で百人余の騎士を一度に打ち倒すのは無理だし、殲滅魔法に耐えるほどの強靭さはないからだ
だから、彼女にほんの少しでも理性が残っていれば
たとえ生存していても、この場は撤退するというのが、勇者さんの推測だった
その見立ては正しく、救出作業は滞りなく進んだ
中でも目覚ましい活躍を見せたのは
連携体制を築き上げたマスコット勢である
魔ひよこの頭の上に乗った狐娘たちが
魔トカゲと魔うさぎにあれこれと指示を飛ばしていた
狐娘「もうちょっと右」
トカゲ「ここか?」
狐娘「ちがう。行きすぎ」
ひよこ「あっ、耳……。耳をねじらないで……」
うさぎ「ふっ、どうやらおれの出番のようだな。こう見えて鼻は利くんだ……見ていろ」
狐娘「よし、いいぞ……。お前は出来るうさぎだ」
トカゲ「……!」
うさぎ「そんなことで嫉妬されても……その、困る」
程なくして、王国騎士団は無事に発掘された
黒雲号とトンちゃんを従えた勇者さんが
とうとう表舞台に姿を現した連合騎士団へと歩み寄る
勇者さんは、騎士と言うには細すぎる少年を観察する
子狸と似た背格好の
しかし、ビジュアルは子狸よりも数段
※ 子狸さんは、おれたちの基準で言えば美少年のはず
※ 子狸さんは絶世の美少年
※ おい。逆に哀れなんだが……
容姿端麗な子狸さんと比べるのは、あまりにも不憫というものだ
コメントは控えるとしよう
勇者さんのねこみみがぴくりとふるえる
彼女は、少年騎士を指差して告げた
勇者「とらえなさい」
神父「えっ」
即座に応じたのは連合騎士だ
両腕を拘束された迷える子羊が抗議した
神父「あなたたちは、僕の部下でしょ!?」
連合騎士「勇者の命令が第一なので仕方ない……」
神父「仕方ないね……」
子羊は納得した
立ち止まった勇者さんが、諦めの良い中隊長を傲然と見下す
勇者「ノイ・エウロ・ウーラ・パウロ……のこのこと出てきて何のつもり?」
彼女からしてみると、連合国の人選はまったく納得が行かないものだった
他に有能な中隊長は幾らでもいる
よりによって司祭を寄越した連合国の真意を、勇者さんは計りかねている
だが、すぐにぴんと来たらしい
勇者「……あなた、命を狙われているの?」
神父「やめてよ! 心当たりがありすぎる!」
これまで考えないようにしていたのだろう
実戦経験など、ほとんどないに等しい司祭の少年を三角地帯へと導いたのは
戦力としての期待ではないことはあきらかだった
つまり、彼の失敗を企む何らかの力が働いた結果だ
そして、最低でもそれを実行できる影響力を持っている……
崖っぷちだ
少し目を離した隙に失脚しかけていた
神父「……僕には、もうあとがないんだ。でも、これはチャンスだと思ってる……なんでもするから見捨てないで下さい! 勇者さまぁー!」
勇者「…………」
だが、司祭(現)の残念力は、子狸さんには遠く及ばない
はたして勇者さんは返り咲けるのか?
北の方角を見つめていた羽のひとが、つぶやいた
妖精「リシアさん、ついにここまで……来ました」
勇者「そうね。……いいえ、これからなのかもしれない。きっと……」
言いかけて思いとどまった勇者さんを
トンちゃんが見つめていた
彼は、疑念をはらうように首を振る
それから、整列した王国騎士団の精鋭を視界におさめて言った
どるふぃん「最終決戦だ」
想定外の事態が、幾重にも彼らの行く手を阻んだ
それでも、彼らはここまで来た
王国騎士団の士気は最高潮だ
おいおいと号泣する連合国の偉いひとを
鈍色の騎士たちがなぐさめていた
連合騎士「泣くなよ、坊」
連合騎士「きっと、いいことがあるって。な?」
【シリアスねぇ……】王都在住のとるにたらない不定形生物さん【子狸の本気を見せてやるよ】
王国と連合国の合同軍が大樹海へと向けて出発した頃……
子狸「……!」
目を覚ました子狸が目を見開いた
跳ね起きて、前足を見つめる
子狸「!?」
青白い霊気が前足を包んでいた
二種類の霊気は、まるで相容れないかのようだった
青が白を駆逐していく……
やがて白色の霊気を狩り尽くした青色の霊気は
子狸の意思とは無関係に、外殻を構築しはじめる
何かを得れば、何かを失う……
これは霊気の暴走だ
分類3の領域に至った過度属性は
術者のイメージを捻じ曲げてしまう
子狸は……過度魔法への適性があった
いつ意識を乗っ取られても不思議ではないのだ……
異形の輪郭を形成していく前足を
子狸は、もう片方の前足で押さえ込んでうずくまる
……分類3が開放された頃から
ときどき子狸を襲うようになった現象だ
でも、とくに実害はないらしい
子狸「……ふう。まだまだだな」
ひとしきり苦しむ演技の練習を終えた子狸さんは
見学していたお前らに言う
子狸「どうだった?」
亡霊「……なんの意味があるんだ、それ?」
意義を問われて、子狸は目を丸くする
子狸「え? だって、へんな病気だと思われると嫌じゃないか……」
しかばね「……青いのか? 青いのがそう言ったのか?」
違いますよ。おれは無実です
ね、子狸さん
子狸「……ぽよよん?」
火口の、お前が前衛だ
庭園の、お前は後衛。詠唱に入れ
かまくらの、お前が指揮をとれ
火口「ふっ、久しぶりだな。全力を出すのは……」
かまくら「おいおい。腕がなまったんじゃねーのか?」
庭園「やはりレベル9か……。肉弾戦がメインになるな」
進み出たお前らが真紅の霊気を開放する
凄まじいまでのプレッシャーだ
しかし見えるひとはひるまない
亡霊「やれるか? お前らにおれが……いや……」
骸骨「おれたちがな……!」
幾星霜の時を越え
ついに集結したレベル2のひとたち
呼応した霊気が吹き荒れる
くっ、まるで嵐のようだ……!
大蛇の構えをとる二人に
歩くひとは泰然と姿勢を崩さない
しかばね「言っとくけど、おれはそれやらねーからな」
亡霊「なんでよ!?」
骸骨「青いひとたちは一致団結してるのに!」
ひどい! と声を揃えて非難する盟友たちに
歩くひとは、ぷいとそっぽを向いた
TA☆NU☆KIナイツのメイトたちは
鬼のひとたちと車座になって議論していた
王国「やっぱり肉球かなぁ……」
帝国「いや、つめ跡も捨てがたい」
連合「……縞模様は?」
騎士A「いや、さすがにそれは……」
鬼のひとたちは小道具を担当している
彼らが話し合っているのは
ポンポコ騎士団の識別マークについてだ
鬼のひとたちは、鎧を改造したくて堪らないらしい
現在はマントに入れるエンブレムを相談しているが
隙を見ては鎧の方向性に話題を持って行こうとする
さすがに長年の慣れもあってか
騎士団の面々は押しとどめようとしていた
うんうんとうなる鬼のひとたち
不意に――
はっとしたジャスミンが顔を上げた
王国「……鎧?」
帝国「鎧……を?」
連合「じつは、あたためてきたアイディアがあるんだ……」
特装A「強引すぎる……」
特装Aがうめいた
はじめから彼らに選択肢はなかったのだ
登場人物紹介
・司祭(現)
連合国の中隊長と勇者教の司祭を兼任する少年。
お名前は「ノイ・エウロ・ウーラ・パウロ」。
「ウーラ」は「司祭」の称号名である。一時期、勇者を騙るものが現れたため、その真贋を見極めるためという名目で制定された。
聖なる海獣のお告げを聞いた者だけが「ウーラ」を名乗ることが許される……らしい。
つまり光輝剣を持っていようが何だろうが、司祭の許し(聖なる海獣のお告げ)がなくては勇者とは認定されない。
ついでに、勇者を信仰している教徒をまとめてもらっている。
連合国では、この「司祭」に「中隊長」を兼任してもらうという常軌を逸したシステムを採用している。
魔物たちへの嫌がらせと言うよりは、彼らの事情に通じる人物を、前線に置くための方便に使っているようだ。
さらに「ノイ・エウロ・ウーラ・パウロ」の場合は、現管理人の子狸を懐柔することを期待されている。
本人はとくべつ乗り気ではなかったようだが、幼い頃から司祭としてちやほやされたせいなのか、自意識過剰な面がある。
子狸が自分を「兄のように慕っている」と勘違いしており、その認識は正されていない。
あと、意外と打たれ弱い。すぐに泣く。むしろ仕方なく構っていたのは子狸のほうであるという証言もあり、奇妙な上下関係を構築している。