かけがえのないもの
【こちらもシリアス担当ですし】王都在住のとるにたらない不定形生物さん【TA☆NU☆KIナイツ】
勇者さんが人生の岐路の差しかかった頃……
惜しくも惨敗したTA☆NU☆KIナイツ(チーム名)
地面に突っ伏して慟哭する子狸と愉快な仲間たちを
傲然と見下しているのは
有志で結成された、それ行けファルシオン部の部員たちだ
攻守に渡って華々しい活躍をし
文句なしのMVPに輝いた歩くひとが
ふっと口元をゆるめた
しかばね「ウォークライ!」
彼女の要求に応えて、勝ち鬨を上げるお前ら
勝利の美酒に酔いしれるお前らに
子狸が負け惜しみを口にする
子狸「おっ、おれたちは……本当なら勝ってたんだ……! きょ、今日は体調が良くなかったんだ……」
負け狸の遠吠えである
おれたちの管理人さんは
噛ませ犬から好敵手、果ては汚れ役まで幅ひろい芸風をお持ちだ
しかばね「はーん?」
愉悦に頬を紅潮させた歩くひとが
おいおいと号泣する子狸に歩み寄ると
上体を屈めて、耳元でささやいた
しかばね「なんなら再戦してやってもいいんだぜ……?」
ただし、と彼女は口元をゆがめて笑う
しかばね「おれとお前の1on1。納得がいくまで叩きつぶしてやるよ……」
勝てるわけがない
歩くひとは骨格に反した怪力の持ち主だ
たんじゅんな腕力勝負なら、腕一本でトンちゃんを転がすことだってできる
彼女の残酷な提案に、義憤を燃やしたのはポンポコ騎士団の面々だ
騎士A「そんなことを言われて、怖気付くようなやつじゃないことは理解しているだろう……!」
騎士B「子狸を壊すつもりか!? まだ子供なんだぞ……!」
しかばね「……お前らが」
上機嫌だった歩くひとが、さっと表情を落とした
しかばね「人間ごときが、こいつを子狸と呼ぶな」
とっさに見えるひとが制止していなかったら
殴り掛かっていたかもしれない
ほの暗い感情を瞳に宿した歩くひとが
犬歯を剥いて言う
ぞっとするような低い声だった
しかばね「なんの権利があってそうするんだ……? お前らは、こいつらのことを無視し続けたじゃねえか。お前らになにがわかる……いまさら味方づらしてんじゃねえよ」
バウマフの騎士は、ようやく十二人そろった
ようやく十二人……
たったの、十二人だ
彼女の表情に、その声音に
十二人の騎士は越えられない壁を見る
歩くひとが弾劾しているのは、人間という種そのものに対してだ
全人類の責任を負えるほど、彼らは傲慢ではない
理不尽と言えば理不尽な詰問ではある
しかし、子狸の味方をすると決めた彼らは
少なくとも拒絶される権利を手にしていた
バウマフ家は、歴史の裏で魔物たちと戦ってきた一族だ
どうしてこんなになるまで放っておいたんだという
冷たく激しい怒りが、おれたちにはある
いや、わかっている
もちろん悪いのは、おれたちだ
100%中99%はおれたちの責任だろう
もっとかもしれない
だから、残り1%未満の責任を問うても許されるはずだ
その権利が、たぶんおれたちにはある
子狸「めっじゅ~」
――どう責任をとってくれるのか
これは、歩くひとがポンポコ騎士団へと放る、最初で最後の試練だ
もしも彼らが満足のいく答えを持たないなら
彼女は、子狸を魔都にお持ち帰りしただろう……
しかし、そうはならなかった
彼らが出した答えに、歩くひとは満足とはいかなかったものの
及第点を与えたらしい
あるいは追試の価値はあると厳しめの評価を下したのか
彼らはこう言ったのだ
騎士A「……どう思う?」
特装A「どう考えても、悪いのは魔王だ」
騎士D「おれが思うに、勇者にも責任はある」
騎士B「小耳に挟んだ情報なんだが……」
特装B「……まじで? 月とすっぽんだぞ」
騎士E「いや、しかし……」
騎士C「え~……? ああ、でも……」
騎士F「そうか。うん、そうだな……」
協議の結果――
代表して騎士Aが言った
騎士A「アレイシアンさまを嫁にやろうと思う」
しかばね「そこまで無理しなくていいんだぞ」
アリアパパにころされてしまう
さしもの歩くひとも、彼らの覚悟のほどに態度を軟化した
しかし彼らは頑固だった
騎士A「いや、彼女は勇者だ。子狸の……なんだろう。ドラフト権? を獲得するためと言えば、きっと……」
言いかけて、つい先ほどまでそこにいたポンポコがいないことに気がつく
首をひねって後ろを見ると、火口のんを相手にタックルの練習をしていた
かまくらのんも一緒だ
マネージャーの連合小鬼が採点をしている。まめなひとだ
視線を戻した騎士Aが、勇者一行の事情に通じているらしい騎士Bに尋ねる
騎士A「……厳しいか?」
騎士B「アレイシアンさまは貴族だ。貴族と言えば政略結婚というイメージがある」
騎士A「そうか。……アリア卿を説得する自信はある」
本人に無断でなにをしようとしている
※ おい。おい、お前ら。まずい流れだぞ
※ これは、回りまわっておれたちが当事者に怒られるパターンだ……
※ ……そういえば、アリアパパは歩くひとの管轄だったな
※ いや、おれの記憶が確かなら担当は山腹のひとだったはず
※ ああ、追々のひとね
※ ちょっとちょっと。違うでしょ。こういうのは庭園のんの仕事だよ
※ どういうことなんだよ
※ お前、頼まれたら断らないからなぁ……
※ まあ、たしかに……遅かれ早かれの違いでしかないな
※ いや、おれは無関係だろ
※ 庭園のん……
※ ……ついていくだけだぞ
ノーと言えない庭園のんは、それゆえに究極の汎用性を獲得するに至ったのだ
もちろん、そうした点では
他人のふりをしているレジィも忘れてはならない逸材だ
※ いえ、僕は帝国担当なので……
※ 安心しろ。おれも一緒に行ってやるよ
※ その薄汚れたドリル……ジャスミンかい?
※ !? おい、ユニィがいねえ!
※ 逃げやがった!
※ くそがっ、追え!
小鬼たちが草原を駆けていく
殴り合いをはじめた火口のんとかまくらのんに
子狸が割って入る
壮絶なクロスカウンターが炸裂した
ひざから崩れ落ちる子狸
カウントに入った黒妖精さんが
両腕を交差して試合終了を宣告した
歩くひとがため息をついた
騎士たちが顔を見合わせる
そのときである
見えるひとたちが、ふと南西の方角を仰いだ
非実体系に属する彼らは、独特の感覚を持つ
しかばね「どうした?」
人型は総じて強力な魔物と言えるが
その反面、固有の特性を持たないことが多い
歩くひとも例外ではなかった
見えるひとがつぶやく
その声は苦々しい
亡霊「……ラストゲートが開いた」
その視線が向かう先は、三角地帯の中央部に位置する大樹海だ
樹海の奥深くには、大きな洞窟がある
通称、ラストダンジョンと呼ばれる、世界最大級のダンジョンだ
ラストダンジョンの奥には、魔都へと通じるゲートがある
ラストダンジョンのゲート……略してラストゲート
魔都への直通路が開かれた……
すなわち、三つのゲートを突破したものが現れたということだ
しかばね「あの牛さんが敗れたというのか……」
ポンポコ騎士団は、いまだに第二のゲートまで辿りつけていない
妖精の通り道は、出発地点から目的地までを直線距離で進むことができる
しかし移動したという事実は残るから
障害となる魔物たちがいなくなるというわけではない
結界は迷路に例えられる
簡略化と複雑化は、本質的に同じものだ
危険な近路を行くか
安全な遠路を行くか
それだけの違いでしかない
だが、おれはこう思うのだ
お前らもきっと同意してくれるだろう
※ ああ。子狸さんなら、きっと……
※ お前ら、希望を捨てるな!
※ そうだ! 計算上もう無理だけど、おれたちの子狸さんなら……!
お前ら、よく言った!
担架で運ばれていく子狸さんが
おれたちの最後の希望だ――!
【シリアスは食べ物ではない】墓地在住の今をときめく骸骨さん【おれも入部したい】
終わったな……
※ 終わってねーよ!
※ 何一つとして終わってねーから!
※ むしろ、はじまったんだよ!
いや、違うよ。こっちの話
骨っちだよ。お前ら、元気してた?
※ 骨っち!
※ 骨っち~!
※ いや、実況してる場合じゃないだろ! 上、上~! 崩れてきてる~!
うん、じつは実況してる場合じゃないんだ
でもね、おれはどうしてもお前らに伝えておきたいことがあったのさ
……迷宮は、もうおしまいだ
おれは、牛さんと運命をともにするよ
※ 骨っち……。お前、やっぱり牛さんのこと……
おれは骨のある魔物だからな
※ がっかり
※ お前にはがっかりだよ……
がっかりするのは、まだ早いぜ
聞いてくれ
牛さんは、命よりも大切なものがあると言った
それはなんなのかと、お前らは思ったことだろう……
おれは、わかっている
よくわかっている……
口よりも先に手が出るようなひとだ
馬車馬のように働かされてきた……
逃亡を図ったのは一度や二度じゃない
いまだって牛さんの命令で、安眠用の牛ぬいぐるみを作っている
ぬいぬい……
居住スペースの床板を張り替えているおれもいる
ところ狭しと、おれがいる
迷宮が崩れれば、ここも無事じゃ済まない
無意味な作業かもしれない
それなのに、この土壇場で
逃げ出そうとするアナザーは一人もいなかった
おれは、お前たちを誇りに思うぜ
さすがおれだ
居住スペースに駆け込んできた牛さんが
作業を続けるおれたちを見て、目を丸くした
一瞬、安堵したような、けれど
すぐに、そのことを恥じ入るような表情だった……
言葉にしなくとも伝わることはある
なんで逃げなかったのかって?
……ま、最後のひと仕事ってトコかな
そういうお前だって、なんで戻ってきたんだよ
まったく、世話の焼けるやつだ
お前の面倒を見てやれるのは、おれくらいなもんだぜ
駆け寄ってくる彼女に、おれは苦笑して両腕をひろげる
昼寝ばかりしているような、どうしようもないやつだが
お前の気持ちは、よくわかった
どんと来なさい
牛「どけ! 邪魔だ」
あるぇ~?
おれのわきを通り抜けた牛さんが
ベッドにダイブして愛用の枕に頬ずりをした
牛「もう、お前を離さない……」
※ 牛のひと……
※ お前というやつは……
硬直しているおれに
彼女が言う
牛「おら、何をぼーっとしてんだ! お前は布団を持て! お前はカーテン! ぬいぐるみも忘れるなよ!」
ひとしきり怒鳴ってから、彼女は快活に笑った
牛「仕方ねーから、骨ぬいぐるみはおれが持ってやる!」
鎖骨は持たないであげて下さいね