ワンサイドゲーム
登場人物紹介
・牛さん
魔都へと通じるゲートを守護する最後の門番。開放レベルは「3」。
歩くひとと同じく過去に実在した人間の姿を写しとるタイプの魔物だ。
お洒落ポイントは、つのとしっぽ。
魔物たちからは「牛のひと」、人間たちからは「メノゥイリス」と呼ばれる。
隔絶した身体能力を有する獣人種の中でも「最強」と目されるが、これは相性によるもの。
じっさいは鱗のひと、跳ねるひとほどのパワー、スピードはない。
ふだんは自宅の迷宮でごろごろして過ごしている。
趣味は昼寝。枕と布団には並々ならぬこだわりを持つ。
非常にお洒落なひとで、人前に出るときは外出用のパジャマを着用する。
現在の姿は、過去に迷宮を訪れた女性騎士のものをベースにしている。
魔物たちを生み出したのは「開祖」と呼ばれるバウマフ家のご先祖さまだが、魔物たちが「親」と認めているのは開祖のお嫁さんのほうであるため、とくべつな事情でもなければ基本的に女性の姿をとる。
特技はこん棒回し。腕を支点に、じつに器用にくるくると回す。複数のこん棒を同時に回すこともできる。
その妙技に感動した鬼のひとたちは、彼女に究極のこん棒「52年モデル」を贈呈し、牛のひとはこれを骨のひとに貸し出している。
【枕と布団が】迷宮在住の平穏に暮らしたい牛さん【恋しい】
人間たちが知る迷宮は氷山の一角に過ぎない
我が家は、日々拡張しているのだ
もちろん骨たちの 善意 によるものである……
※ ぐったり
※ ぐったり
空中回廊? ばかを言え
結界魔法の本質は収納スペースにある
好きなときに好きな部屋に行ける
ひろい空間は必要ない
腕を伸ばせば求めたものに手が届く
究極の快適空間……
それが、おれの迷宮なのだ!
※ 聞き捨てならないな。究極だと?
ふふん、悔しいか
誰だ? 庭園の青いのあたりか? 名乗れ
※ おれか?
おれは魔力を極めしもの
ひと呼んで砂漠の蛇の王とはおれのことだ!
お前のことは不憫に思っている
※ おれの家をばかにすんな! 住めば都って言うだろ!
※ いや……
※ さすがにあの砂漠は……
※ まず有機物が存在しない
※ ここに住めと言われたら、屈強なアニマルたちも呆然とするレベルだからな……
※ オンリーワンってことだよ。そういうの憧れるよね。がおー
※ おお、猫さん。猫さんは、やはり話がわかる。さすがは我が盟友だ
※ 勇者さんを泥まみれにしたい
※ 突然どうした
※ 鱗のひとか? お前、疲れてるんだよ
悩みがあるなら聞くぞ
※ うむ……
狐娘たちと親睦を深めていたんだ
同じマスコットキャラクターとして連携していく必要があるそうだ
※ それでいいのか。彼女たちは
※ トンちゃんがいるからな
彼女たちにとって、兄貴のトンちゃんは無敵のヒーローなんだろう
※ で、そのだめ人間シスターズはなんと?
※ ああ。なんでも彼女たちは
泥まみれの勇者さんを見ると興奮するんだと
どうしようもない変態どもだが……目の付けどころは悪くない
泥と言えばおれ。おれと言えば泥。おれの時代だなっ! おーんっ
※ ニンジンうめえ……
※ ……本物のうさぎさんは、言うほどニンジン好きじゃないけどな
※ なん……だと?
【残り十日】山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん【巻きで】
跳ねるひとが餌付けされていた頃……
どるふぃん「強さなど。わからないのか? メノゥイリス……」
喉の奥で低く笑ったトンちゃんが、具足を鳴らして踏み出した
人間たちは、牛のひとをメノゥイリスと呼ぶ
イリスというのは、彼女の本名で
古くは雌牛を意味した
おれたちに本名で呼び合う習慣はない
忙しいときは、つい口を衝いて出ることもあるが
子狸さんがついてこれなくなるので、ふだんは自重している
トンちゃんの口ぶりは、アリアパパを彷彿とさせるものだった
長らくアリア家で過ごしていたため、口調が似たのだろう
だが、この太っちょには
アリアパパにはない、身を焦がすような情念があった
どこか刹那的で
どこか破滅的な
それは絶望にあらがう男の声だ
どるふぃん「目に見えるものが全てじゃないんだよ。腕を伸ばしても手が届かないなら、そこで諦めるのか? そうしたものを――」
大きく踏み込んだトンちゃんがささやいた
どるふぃん「愚者と呼ぶのだ」
牛のひとは、こん棒を手元でもてあそんでいる
牛「違うな。賢明なのさ」
トンちゃんが踏み込むと同時に、勇者さんが動いた
牛のひとを挟み撃ちにするべく
前進しながら騎士剣を鞘に叩きこみ、両手でしっかりと聖剣を握る
しょせん光の宝剣は借り物の力だ
彼女に備わる真の資質は考えることにある
感情を制御できるから
いかなる状況でも観察を怠ることはない
いまや彼女は、王国最強の騎士と肩を並べて戦うことも出来た
退魔の宝剣なら、同士討ちの心配もない
レプリカではない、オリジナルの光輝剣は“選り分けるもの”だ
元来、勇者さんには標的指定に関して天才的なものがあった
敵、味方を見分ける目があると言うよりは
判別するための行動力があった
牛「遅い」
だが、それでも牛のひととの力差は埋まらない
一閃した光刃は、鱗のひとの顔面を切り裂いたときに迫る鋭さだ
これを牛のひとは難なく避ける
歴代の勇者は、彼我のスピード差を圧倒的な手数で補うことができた
剣術使いの勇者さんは、イメージを現実に落とし込む技量が不足している
側面に回り込んできた牛のひとに
トンちゃんは無理やり歩幅を縮めて跳んだ
踏み切ると共に旋回して、後ろ回し蹴りを放つ
この男は、見た目に反しておそろしく俊敏だ
騎士団で頭角を現してくる人間には、何かしらの天稟がある
トンちゃんの場合は、戦士としての恵まれた素養だった
猛獣の意識を即座に刈り取るほどの一撃だ
しかし、それでも、まだ足りない
不意を突かれながらも、牛のひとには目で見て対処するだけの余裕があった
突進してくる他の騎士たちを尻目に
ひょいと頭を下げて避けると
失速したところで捕まえようと片腕を伸ばしかける
――掛かった
と、考えるひまはなかっただろう
刹那の攻防だ
たとえ死角からの攻撃だろうと
牛のひとに通用しないのは織り込み済みだった
どるふぃん「ディレイ!」
牛のひとの代わりに力場へと蹴りを叩きこんだトンちゃんが
空中で巨躯をねじって、牛のひとの側頭部をひじで打ち抜いた
トップクラスの戦士なら、空中で複数の力場を編んで
完全に無防備な体勢から連打につなげる程度のことは可能だ
もちろん、相応の反動は生じるから
生まれ持った身体の頑健さは必要だろう
人体の構造上、この一撃を回避することは不可能だった
だから牛のひとは、とっさに首をひねって、つので受けた
彼女の側頭部から生えているつのは、剣士の斬撃を真っ向から受け止めたこともある
その膂力は人間離れしていて
大の男が首をへし折られるほどの衝撃に対してもびくともしなかった
牛「この程度か?」
どるふぃん「っ……!」
力場を踏んで後方に跳んだトンちゃんと
入れ替わりに他の騎士たちが前に出る
羽のひとは援護射撃に徹している
彼女の指先から放たれた光弾を
牛のひとは、こん棒を持たないほうの手で叩き落としている
高速で振動する宝剣を振り回してくる勇者さんを
牛のひとは、まったく問題視していない
なるほど、聖剣は脅威だ
しかし、それを振るう少女は、歳相応の運動能力しか持っていなかった
圧縮弾を解き放ったトンちゃんが再度の突撃をしたとき
牛のひとは、跳ねるひとのお株を奪うかのような跳躍を見せた
天井を蹴る。壁を蹴る
彼女は、一度としてこん棒を振るわなかった
それほどの実力差が彼らの間には横たわっていた
大儀そうにこん棒を肩に乗せた牛のひとが
ふわりと元いた場所に舞い戻ったとき
トンちゃん以外の騎士たちは地に伏していた
王国騎士「がっ……は……?」
意識は刈り取られていない
しかし、彼らは信じられないという目で床を見つめていた
何をされたのか、それすら理解の範疇になかったからだ
そして、満足そうに笑った
彼らの中隊長は、王国最強の騎士だ
いや、おそらくは世界最強なのだと彼らは信じていた
あるいは史上最強に違いない……と
どるふぃん「グレイル」
部下たちの献身は、彼に幾ばくかの猶予を与えた
憤怒の形相を形作るのは、不甲斐ない自身への怒りだった
――なにが王国最強の騎士だ
もっとまともな作戦を立てられなかったのかと、彼は自分を責めた
――たしかに、自分たちは勝つだろう
しかし犠牲を前提とした作戦など、彼は肯定してはいけなかった
どるふぃん「この借りは高く付くぞ……」
おそろしく低い声でささやいたトンちゃんが
一歩、進むごとに、彼の全身を覆う鎧が剥がれ落ちていく
貫通魔法で、自らの鎧を切り裂いたのだ
牛のひとは、つのを用いる程度にはトンちゃんを警戒している
妖精「このっ……!」
羽のひとの念動力も、魔物には意味をなさない
彼らの肉体は、魔力で構成されている
たとえ物質のように振る舞っていようとも、それは本来の作用ではないのだ
勇者さんが練習中の切り札を晒した
牛のひとは、人体の稼働域に精通している
フェイントがいっさい通用しないのは
虚実が判別できる境界線を見極めているからだ
人型ならではの戦闘術である
彼女に勝つためには、物量で圧倒するしかない
どれほど速く動いているように見えても、それは相対的なものだ
じっさいには、これまで倒してきた獣人種ほどのスピードはない
勇者さんは、高速で振動する光刃を床に突き立てた
勇者「お願い……!」
しばしば子狸がそうしてきたように喚声を口にする
そうすることで何かが変わるのか? 剣士の勇者さんにはわからない
だが彼女にしてみれば、聖剣が発達した理屈も謎めいている
道中、羽のひとは所持者の感情に呼応すると教えてくれたが
当の本人は自らの変化に対して無自覚で
もしくは懐疑的だった
はたして光の宝剣は、あるじと認めた少女の願いに応えた
光へと変換された振動が、石造りの床を伝う
光速の斬撃など避けようがない
しかし、牛のひとは八代目勇者が後世に遺してしまった負の遺産だった
彼女には、史上最高と謳われる勇者との戦闘経験がある
力場の上を歩く
たったそれだけのことで勇者さんの切り札は無力化できた
牛のひとの興味、関心が向かう先は、依然として史上最高峰の適応者のみだ
牛「抜けよ。2cmだったか? すべての異能の根源にあるもの……オリジナルのネウシス……」
あまねく異能は、物体干渉を起源に持つ
物体干渉の異能は、まず遺伝しないが
適応者の肉体は、やがて滅び土に還るからだ
大多数の異能は遺伝する
より正確に言えば、適応した肉体が生前ないし死後
その因子を直接的あるいは間接的に取り込んだ人間へと
異能は“感染”するのだ
2cmというのは絶対のルールで
その分をわきまえないものは暴走する
アリア家の感情制御などは、わかりやすい例だろう
彼らの異能は表層的な感情にしか働かない
自分の記憶を削ったりすることはできない
あまねく異能は、本質的に同じものなのではないか
ただし対象が異なる
独自のルール……世界観を持つ
三つ目の軸
たぶん、それが正解だ
トンちゃんは不快を露わにした
中隊長としておのれを律してきた彼が
こうまで嫌悪感を示すのは珍しい
どるふぃん「どいつもこいつも……。異能だと? こんなもの、私は欲しくなかった」
除装したことで、胴巻きに抑え込まれていたお腹まわりのぜい肉が悩ましげに揺れた
牛のひとは軽口を叩く
牛「そうかい。だがな、お前の念力は、万人が欲する“救いの手”だぜ。ためしにアンケートしてみろよ。何人かは、お前と同じことを言うだろう。口だけさ」
トンちゃんが本心から要らないと言えるのは、彼自身の持ちものだからだ
二人は、一足一刀の間合いで足を止めた
光弾を連発して疲弊した羽のひとが
ふらふらと舞い降りてきて勇者さんの肩にとまる
勇者さんが叫んだ
彼女は意外とよく叫ぶ
必要とあらば叫ぶと言うべきだろうか
言葉は偉大だ
騎士団と合流してからは、たまに発声練習をしている
昨夜とか人目を忍んで「ばーにんぐ!」などと叫んでいた声で勇者さんが言う
勇者「待ちなさい! アトン、抑えて。勝ち目はないわ」
牛のひとの提案に乗るべきだと、彼女は言った
トンちゃんは、眼前の強敵から目を離さない
どるふぃん「お嬢さま、あなたの足元に倒れているのは私の部下です。私のような得体の知れない男についてきてくれた部下なのです」
勇者「あなたの判断ミスよ。はじめに提案されたときに応じるべきだった。責任は、わたしにもある」
牛「賢いお嬢さんじゃないか」
牛のひとは感心したように尾を振った
視線を遮らないよう
わきに逸れて二人の遣り取りを見守る
トンちゃんの視線が牛のひとを追う
彼は、慎重に言葉を選んだ
どるふぃん「私は、底の浅い人間だ。戦うことしか能がない。だが、彼女は違う……」
だからトンちゃんは、本当なら勇者さんを魔都に連れて行きたくなかった
アリア家の屋敷で、ずっと妹たちと一緒に暮らして欲しかった
外の世界に目を向けてしまわないよう
一人で生きていけるすべを教えなかった
勇者さんが、ときどき奇行に走るのは、トンちゃんが矯正を怠ったからだ
沈黙したトンちゃんに
踏ん切りがつかないのだろうと察した勇者さんが声を張り上げた
勇者「アトン!」
だが、トンちゃんはとうに決意していた
自らの罪と向き合うように、決然とまなじりを吊り上げる
どるふぃん「決着をつけよう、メノゥイリス」
【決着をつけよう】王都在住のとるにたらない不定形生物さん【メノゥイリス(笑)】
勇者一行が迷宮に命を賭していた頃……
チームポンポコも、また闘っていた
騎士B「くっ……!」
抜けない――!
両腕をひろげて立ちふさがる見えるひとのプレッシャーに
騎士Bは絶望的な未来を幻視した
騎士B「ならばっ」
即座に反転する騎士Bの意図を、瞬時に汲んだのは騎士Aだ
騎士A「寄れっ!」
彼は、百戦錬磨の小隊長だった
見えるひとたちのマークを振りきった騎士Cと騎士Dが
苦境に立たされる味方のもとに全力で駆ける
四人の重騎士が、フィールドの中央で激しく衝突した
騎士A「エンドゾーンで会おう!」
頷き合った四人が、ゴールラインを目指して散開する
彼らは巧みに手元を隠して走る
いったん合流したのは、誰がボールを持っているのか特定しにくくするためだ
亡霊「ボールはどこだ!?」
しかばね「ちぃーっ! マークにつけ! 四人ともつぶせ!」
常識的に考えれば、ボールを持っているのは突破力に優れる騎士BかCだ
だが――
はっとした歩くひとが、踏みとどまって上体をひねった
しかばね「子狸はどこだ!?」
騎士A「遅い!」
ボールを持っていたのは騎士Aだった
彼は、欠点らしい欠点を持たない投手だった
決して才能に恵まれた選手とは言えない
しかし、誰よりも仲間のことを大事にする男だった
それが隊長の資質だ
騎士Aが放った楕円形のボールを、子狸の前足がしっかりと受け止めた
歩くひとが絶叫した
しかばね「とめろーっ!」
お前らが一斉に触手を撃ち放つ
そのことごとくを子狸は回避した
成長していたのは勇者さんだけではなかった
ゆっくりと、けれど着実に一歩ずつ進んでいたのだ
もはや、この子狸をレクイエム毒針では止められない
亡霊「ここまでだ……!」
進路に割り込んできた見えるひとを
子狸は激しくステップを刻んで抜き去る
亡霊「なにっ!?」
子狸「おれには、これしかないんだよ……!」
小柄な身体を活かしたランプレー
それが子狸の持ち味であり、そして唯一の武器だった
二軍スタートした小さなポンポコが、ついに開花しつつあった
だが、直進を避けたことで
態勢を整える時間を相手に与えてしまった
四人の見えるひとたちが子狸の行く手を遮る
この布陣を突破するのは、まず不可能だ
子狸「くっ……!」
歯噛みする子狸を、しかし仲間たちが支えた
馳せ参じた特装騎士たちが、見えるひとたちと真っ向からぶつかる
特装A「行けっ!」
子狸が吠えた
子狸「うおおおおおっ!」
マネージャーの鬼のひとたちが、両手を組んで勝利を祈る
鬼ズ「子狸さん……!」
そのとなりで、ふと呟いたのは騎士Hだ
騎士H「なにやってるんだろう、おれたち……?」
正気に返った