最強の獣人
子狸はきっかけに過ぎなかった
ここ妖精の隠れ里では、才能ある若者たちは女王を目指して自己鍛錬に励む
彼女たちには未来があった
しかし、そうではない――
自らの限界を自覚した者たち
あるいは競争に敗れた者たちは
安穏とした暮らしをよしとせず
着実に牙を研いでいたのだ
彼女たちが着目したのは
妖精ならば誰しもが備えている念動力だった
地下深く
ひそかに設けられた格納庫
居並ぶ真紅の騎士たちの両目に
虐げられし者たちの怨念が
にぶい光となって灯っていく
その様子を眺めて、一人の妖精が満足げに頷いた
自身も後れをとるまいと
愛機の操縦席におさまる
動力に熱を入れ
認証を終えると
小さな指先が跳ねるように操作盤を叩いていく
真紅の機体が唸るような駆動音を上げる
幾重にも浮かんだ仮想パネルが
起動シークエンスの進捗を告げる中
小じんまりとした操縦席で、彼女は吠えた
妖精「雌伏のときは終わった……。機甲師団、出るぞ!」
鬨の声を上げて出撃していく機兵たち
その中に、一匹の獣が混ざっていた
ずんぐりとした体躯は
オーバーテクノロジーの結晶だ
先太りのしっぽは縞模様も鮮やかで
頭上には丸い耳が張り出している
妖精「動きがにぶいぞ、新入り!」
専用の機体が何故か用意されていた
子狸「なんぞ……?」
※ ポンポコスーツ……
※ うん……ポンポコスーツはバウマフ家の人間しか起動できないからね……
※ 発掘された古代の機体とか、なんかそういう……?
※ お前ら、ちょっと聞いてくれよ
※ なんだよ。また唐突だな
どいつもこいつも……
※ しかも内容が適当なんだよな
子狸じゃねーんだからさ
しっかりして欲しいわ
※ お前ら、そうやってしょっちゅう子狸じゃないとか言うけど
もしかして、おれのことなの?
たまに森で見かけるひとのほうじゃなくて
※ なんでおれたちがよそさまのお子さんを比較対象に挙げるんだよ
※ でも、おれは知ってる
青いひとたちが絵の具に嫉妬してること
※ そりゃそうだろ
人工的に合成した着色料を基準に
青より少し薄いとか言われると、かなりイラつくよ
それは違うんじゃね? ってなるよ。ふつうは
※ 言ってくれれば、こちら側としても
天然モノの染料を提供する心積もりはあるっつう話ですよ
※ え~……?
でも、お前ら、ぷるぷるしてて使いにくそう……
※ 使いにくそう!?
※ 言うに事欠いて……! この子狸……!
※ ……お前らの、その塗料としての絶対的な自信は、いったいどこから来るんだ……?
【量産型】王都在住のとるにたらない不定形生物さん【つの付き】
三号機は屈指の名機とされている
いまでこそ出世して魔軍元帥まで登りつめたつの付きだが
人間たちに注目されはじめたのは、四号機……
つまり第九次討伐戦争で一躍脚光を浴びたという経緯がある
しかし、おれたちからしてみると
生きた鎧という設定は非常に使い勝手の良いものだった
耐久力に優れる半面、動作が緩慢で
なんだか難敵っぽい雰囲気も出る
駆け出しの騎士を相手取るには、ちょうどいい難易度なのである
とくにレベル1の魔物を何度か撃破して
さいきん調子に乗ってきた新人の鼻っ柱をへし折るのに重宝していた
そんな中、鬼のひとたちがリリースした第三世代の鎧シリーズは
完全シナリオ遂行型の機体と言われる
極めて凡庸な性能をしていて
突出したものがないのだが、そのぶん誰にでも扱える操作性が魅力だ
ひとことで言えば面白みがない
これ、偶然の産物でしょ。どうなの、鬼のひとたち?
※ いや……正確には究極のバランスを目指した機体なんだ
※ 連合国が台頭してきて、三強体制が築かれた頃だったからさ
三大国家の制式装備を少しずつ真似て
可変機構を採用する予定だったのね
※ ブーストモードをオンにすると、各国の特徴が混ざり合って
一時的に出力が増す仕組みだったんだけど……
こう……三つの国が手を取り合うことで凄いパワーを発揮できるよ、みたいな……
メッセージ? 的なものをね
※ ところが、なにをどうやっても変形しないわけ
あのときは、へこんだね
で、よくよく調べてみたら……
おれら、三人が三人とも微調整してたんだよ
※ おれはさ、ちょっと自国のカラーが強すぎるかなって思ったのよ
おれ、謙虚だからね
二人に気を遣って控えめにしたの
三ヶ国の協調がテーマだったから
※ おれら、同じこと考えてたんだよね
ちょっと照れるわ……
※ 正直、予想はしてたよ
ミーティングのとき、お前らまったく目を合わせないから
図面が丸ごと入れ替わってることもあったしさ
※ 納品まで間がなくて
あ、これやばいなっていう雰囲気はあったね
※ そうそう。そしたら、結果的にね?
互いの特徴を潰し合っちゃったんだよ
全員が控えめにしたせいでエネルギーが足りなくなるしさ
※ 互いを思い遣る心が、三号機を生んだのさ
仲良しですね
数で劣る反乱軍は、量産した三号機を投入することで短期決戦を目論んだ
対する正規軍、女王率いる討伐軍は、妖精魔法が通用しない鋼の戦士たちに劣勢を余儀なくされる
しかし、彼女たちは優秀な人材だった
かろうじて拿捕した三号機を、少し練習しただけで乗りこなしてしまう
生まれ持ったものが違う……
争いの発端となった“違い”に、反乱軍は追いつめられていく……
そんな中、女王は自軍の優位を確たるものにしようと
“耳付き”と呼ばれる機体の撃破を命じた
圧倒的な性能を誇る“耳付き”……
その量産を許してしまえば、戦局は一気にひっくり返されるだろう
数々の猛者たちが、ポンポコスーツを駆る子狸の前に立ちはだかる
妖精「硬い……! なんなんだ、この機体は!?」
妖精「なんてパワーだ!? 化け物めぇ……!」
妖精「まるで素人だ……。耳付きのパイロット……お前はいったい……何のために戦う?」
妖精「勘違いをするなよ、少年。君がこれまで生き残ってこれたのは、機体の性能によるものだ。実力ではない」
出会い……
黒妖精「耳付きに頼っているうちは、一流の戦士にはなれないわ」
子狸「おれは……三号機には乗れないんだ。サイズが……」
黒妖精「ああ、うん……」
そして別れ……
黒妖精「強く、なったわね……」
子狸「!? その声……ユーリカ? きみなのか!?」
黒妖精「……行きなさい。女王は、この先にいる」
そして……
子狸「かはぁっ……!」
女王のねじ貫きが、子狸に炸裂したとき
すでに開戦より三日が経過していた
騎士A「無駄な時間を過ごしてしまった……」
大いに嘆くポンポコ騎士団のメンバーだったが
反乱軍を討伐した女王はイイ気分で告げた
女王「お行きなさい。バウマフの騎士たちよ」
特装A「え……?」
鬼のひとたちと、鎧について議論していた特装Aが
女王の意外な言葉に振り向いた
衛兵からまんまと逃げおおせた彼らは
実働部隊との合流を果たしていた
騎士A「…………」
小隊長の表情は険しい
開戦前と終戦後で、女王の言っていることが正反対だったからだ
女王は言った
女王「わたしは、自分を見失っていたようです。大切なことを忘れていた……」
彼女は、妖精属の女王だ
史上最高と謳われる八代目勇者に同行し
差別のない里作りを誓ったのが
およそ二百年前の出来事である
悪い夢から覚めたような
すっきりとした表情で、彼女は言う
女王「戦って散るなら本望。敵に囲まれ、頼る味方もない……絶望的な戦況に身を置きたいという、あなたたちの願い、しかと聞き遂げました」
騎士A「いや……」
同じ趣味を持つ人間なのだと、彼らは誤解されていた
女王「ここに誓いましょう。あなたたちを、必ずや魔都に放り込むと」
騎士A「それは助かるが……話を聞いてくれないか」
のこのこと近寄ってきた子狸が
三日ぶりに再会したポンポコ騎士団の面々を見渡した
鬼のひとたちと目が合う
不敵に笑った
子狸「行こう。魔物リーグに殴りこみだ!」
戦いの中で大きく成長した子狸さんは
自分の生きる道を見つけたようである
子狸「まずは一週間後の予選を突破する。お前ら、おれについて来い!」
鬼ズ「ポンポコさん!」
小人と言うわりにはでっかい連中が喝采を上げた
少し遅れて、騎士たちも理解した
魔物と人間が共存できないのは
生まれ持ったものが違いすぎるからだ
ならば、ルールを定めればいい
同じルールの上なら、完全に公平とは言えなくとも
互いに歩み寄ることは出来る筈だ……
ポンポコ騎士団のメンバーが
誰からともなく苦笑した
「今日から猛特訓だな」
彼らは、子狸に影響されて
少しおかしくなっているのだ
【魔物リーグって】山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん【なんですか】
ポンポコ騎士団が何かの世界一を目指して円陣を組んでいた頃……
王国最強の騎士は、完膚なきまでに敗北していた
石造りの床に散乱する白銀の鎧が
かつての誇りのようであった
倒れ伏したトンちゃんの頭を踏みつけながら
一人の魔物が、勇者さんの肩を親しげに抱く
??「だから言ったろ? ほら、選べよ。悩むほどの問題じゃねーと思うけど」
彼女の反応を楽しむように
耳に息を吹きかける
その唇は赤く
長い髪が勇者さんの頬をくすぐる
勇者「……!」
自分よりも幾らか上背のある魔物を
勇者さんは睨みつけた
いや、睨みつけることしか出来なかった
振りほどこうにも、びくともしなかったからだ
至近距離で見上げると、人間にしか見えなかった
側頭部には、つのが生えていて
揺れるしっぽは細長く
先端は房のようになっている
巨大ではない
頑健ではない
鱗のひとのような
極めて高い強靭さ
跳ねるひとのような
常識離れした脚力
そんなものは、彼女にはない
だが――強い
もしも人間に天敵がいるとすれば
それは、きっと彼女のような存在だろう
まるで人間のような
牛のひとは、どこか倦怠感を交えて笑う
しとど濡れるような声が、勇者さんの耳朶を打つ
牛「帰れよ。おれ、お昼寝の時間なんだ」