コークスクリューブロー
われわれ妖精は、常に人間たちの期待に応えてきた種族だ
お花に囲まれた妖精ハウスは
人間のひざほどの高さで
陶器のような質感をしている
形状は個人によってまちまちだが
基本は縦長の半球型だ
優美な曲線を描く屋根の下
小さなベッドの上でおれたちは羽を休める
人間を家に招くのは
サイズの問題から不可能だ
鮮やかな個性に彩られた妖精ハウス群に
目を奪われていた騎士たちが
女王の声に姿勢を正した
※ 巫女さんが見たら、なんて言うかな……?
※ あの爆破魔は、絶対に里に立ち入らせない
子狸の巣穴を問われても
騎士Aは何ら動じなかった
騎士A「団長は魔物の救助に向かっている」
彼は、間髪入れずに言った
騎士A「われわれは、魔王との対話を望んでいる。そのために、あなたたちの力を借りたい」
女王「ふむ……」
女王は目を細めた
鼻で笑って追い返さなかったのは
過去に同じことを言った青年を思い出したからだ
女王の座を狙う襲撃者の拳撃をいなしながら
はっとするほど真剣な眼差しを騎士Aに向ける
女王「魔王軍は、あなたたちの提案を呑みませんよ。それでも?」
騎士A「それは……話してみなければわからないだろう」
女王「いいえ、わかります。わたしは知っているのです」
彼女は、史上最高と謳われる八代目勇者のお供だった
女王「魔物たちは、限りなく不死に近い存在です。だから彼らは戦いを厭わない」
息をのむ騎士たちに、彼女は続ける
女王「地上の生物は、やがて土に還る。それも見方を変えれば不死と言えるのかもしれませんね。ですが、魔力は……」
第八次討伐戦争で、勇者は魔王を人間に転生させる道を選んだ
だが、光の宝剣にそのような機能はない
転生は、魔物に備わる機能の一つだった
聖剣は道を示したに過ぎない
女王「魔物の肉体を構成している魔力は、本来であれば地上にはなかったもの。分散した魔力の行き着く先は、魔物になるしかないのです」
彼女の言いたいことを察して
騎士Aが反駁した
騎士A「だが、死を恐れる魔物たちもいる」
しかし女王は首を横に振る
女王「同じ魔力なら混ざることもあるのでしょう。記憶を保持できる魔物ばかりではありません。……例外もいるということです」
騎士Aの目に理解の色が浮かんだ
騎士A「魔軍元帥……」
すると女王は、幼い子供にそうするように
良く出来ましたと微笑んだ
女王の職務に膿み疲れていようとも
彼女は妖精たちを率いる長だった
彼女には年少者の行いを見守る包容力があった
やわらかく微笑んで突きつけるのは
しかし非情な現実だ
女王「あなたたちに出来るのは、都市級を打ち倒し、魔力の結実を少しでも遅らせることだけです。さもなくば……」
反論を許さない口調で
妖精属の女王は言う
現在の魔軍元帥……つの付きは、初代から数えて五人目だ
復活するたびに力を増している
魔軍元帥は魔王軍最高の魔法使いだ
他の魔物にはない魔力を練る器用さがあった
女王「あれは、いずれ王種に匹敵する存在になってしまう」
そうなってからでは遅いのだ
女王「高位の魔物は死を恐れない。戦いを歓迎していると言っても良いでしょう。もう一度、尋ねます。あなたたちは、何をもって魔王を説得するのですか?」
彼女はバウマフ家の人間を警戒していた
妖精の姫を魔王軍に差し向けた時点で
女王の態度ははっきりしていた
妖精たちは、魔物側についたのだ
万に一つも人類に勝ち目はないと悟ったからだ
唯一、懸念があるとすれば――
女王は語気を強めた
女王「さあ、答えなさい。バウマフ家の人間はどこです?」
黒妖精から報告を聞いて思ったことだ
魔軍元帥は、バウマフ家の人間を気にしている
執着している、と言ってもいいだろう
魔王の魂をかすかに宿しているという話だったから
当然と言えば当然なのかもしれないが……
ひどく中途半端な……
そのことが裏目に出るのではないかと
言い知れない気味の悪さを感じていた
女王は頑なだった
思わぬ運びに、黒妖精は焦っている
早口で告げた
コアラ「女王。あの子は宝剣を持っています。これは魔王軍に恩を売る絶好の機会です」
彼女の予定では、ポンポコ騎士団は妖精の里を素通りできる筈だった
魔王が転生しているという情報は、わざわざ打ち明ける必要のないことではないのか?
ここで彼らに心変わりされても困るのだ
おそらく子狸は、勇者さんよりも高い次元で宝剣を使いこなせる
里で足止めするのも一つの手だろう
しかし――と彼女は考える
勇者などどうでもいい。あれは弱い。問題にならない
本当に警戒すべきは、魔都に巣食う魔獣どもだ
力が欲しい。四つの宝剣があれば、あのひとはさらに強くなれる……
自分の居場所は妖精の里ではない
あの黒騎士の傍らなのだと思った
だから他の女王候補は眼中になかった
いや、それは昔からそうだった
彼女の才覚は同胞の中でも際立っていた
右に出るものがいないと女王は評した
その通りだ
いっそ高慢になれたら良かったのかもしれない
しかし彼女には、天性とも言える情の深さがあった
その慈しみは弱者へと向けられる
その態度が、真剣に女王を目指しているエリート妖精の癇にさわるのだ
妖精「ユーリカ・ベル……! 見ていろ!」
彼女は第二位の継承権を持つ妖精だ
血のにじむような努力を積み重ねてきたのに
外の世界で遊び呆けている黒妖精に劣ると認めるわけには行かなかった
女王が、かすかに目を見張った
加速した妖精を見失ったからだ
残像が浮かぶほどの高速飛翔だ
女王「三人……いえ、四人……!?」
驚愕する女王に、残像が一斉に襲いかかる
避けきれず、頬をかすめた一撃に女王は笑った
女王「なるほど……」
向き直り、言葉少なに詫びる
女王「あなたを見くびっていたようです。これは嬉しい誤算ですよ……」
そう言って、人差し指の握りをゆるめると
親指と中指で挟んで、こぶしを固めた
独特の握り――
ぎょっとした黒妖精が、反射的に騎士たちを見る
コアラ「女王っ……!」
妖精属には、女王の代名詞とも言える秘奥義が存在する
女王は薄く微笑んでいる
女王「構いませんよ。人間の剣士は奥義を人前では晒さないと聞きますが……それは不完全だからです」
騎士A「…………」
ポンポコ騎士団の面々は
女王を説得しに来たのに
気付けば妖精ファイトの観客と化していることに唖然としていた
女王が言った
女王「わたしが、この技を隠していたのは、誰にでも使えるものではないからです。ですが、あなたは、わたしに可能性の一端を示してくれた……」
妖精「っ……!」
気圧された妖精が、負けじと気勢を放って前に出る
女王は笑った
女王「喜びなさい。戦いなさい。ふたたび相まみえましょう」
さして力を込めたようには見えなかった
いかなる技術によるものなのか
ゆるりと構えを崩した女王のこぶしが
吸い込まれるように挑戦者の腹部に触れた
女王の羽が高速で振動する
ひねるように、こぶしを突き出した
妖精「かはぁっ……!」
まるで衝撃が光へと転化されるように
二対の羽から零れる鱗粉が四散した
一部始終を目撃した黒妖精が瞠目する
コアラ「コークスクリューブロー……!」
武術の到達点が一撃必殺であることは疑う余地がない
ねじ貫き、とも称される妙手である
それは妖精属の奥義とされる紫電三連破とは
まったく異なる理論から成り立っていた
ひざから崩れ落ちた挑戦者を
愛しげに抱き支える彼女は
まさしく妖精界の女王だった……
※ というか、なんだ……
あれだね。きみたちは、いっさい妖精魔法を使わないね
※ 妖精魔法とはいったい何だったのか……
騎士A「……話を続けても良いだろうか?」
騎士Aが申し訳なさそうに言った
ぐったりしている挑戦者を
見せしめに宙に吊るしながら
女王が不敬を詫びた
女王「問答は無用です。掛かって来なさい」
燃え上がった血潮が
次なる獲物を求めて止まなかったのだ
両腕をひろげて構える女王を
騎士Aは冷たい眼差しで見ている
騎士A「いや……」
種族間の隔たりが埋めがたい溝であるかのようだった
二人の温度差を敏感に察した黒妖精が、女王に耳打ちをする
コアラ「女王っ、イメージを大事に……!」
妖精たちはイメージを大切にするのだ
女王は舌打ちして構えをといた
女王「戦わずして、なにを得られるというのです? さあ、音に聞こえし王国騎士団の力を示してみなさい!」
しかし女王は一歩も退かなかった
騎士A「…………」
騎士Aは瞑目してから、大きく深呼吸した
騎士A「私たちは争いを望まない。魔物たちが魔王に従うのは、私たちと同じ願いが根底にあるからではないのか?」
魔王は弱い
少なくとも都市級には及ばない
それは過去の討伐戦争の経緯から明らかだった
女王「あなたは王国に仕える騎士である以前に、一人の戦士である筈。自らの力を試したいとは思わないのですか?」
※ おーい。微妙に話が食い違ってるぞ~
※ ぐぬぬ……
騎士Aは挑発に耳を貸さない
女王は少し切り口を変えてみた
女王「……あなたたちが魔王の元まで辿りつけるとは思えませんね」
彼女の脳裏に浮かんだのは、三人の魔獣たちだ
魔王軍きっての最大戦力、魔人は魔都の地下に幽閉されている
仮に遭遇したとしても、対話に応じる可能性は高いと思われた
極めて強力な魔物だが、気分屋なのだ
女王「……ズィ・リジルはどうするのです? 相性の面で言えば、あなたたちにとって最大の脅威になるでしょう。あの毒蛇は狡猾ですよ。交渉には応じるかもしれませんが……騙し討ちされる危険は大きい」
ズィ・リジルというのは、結晶の砂漠に住みつく大蛇の本名だ
ある意味、魔人よりも厄介な存在である
※ 女王さま、おれも誉めて。がおー
※ ……ひよこか?
お前さ……凄くいまさらなんだけど
どうして屋内に住んでるの?
お前が輝くのは、どう考えても屋外だろ
※ !?
※ いやいや、猫さんは魔王の騎獣なんだから、それでいいんだよ
むしろ機動力に制限を掛けておかないと、人間たちに勝ち目がまったくなくなる
※ あとね、こう……お城の中で翼をひろげて
足をくわっと開いて勇者に挑む空のひとは
絵になる
おれは好きだぜ
※ お前ら、なんで魔ひよこの肩を持つの?
言っとくけど、このにゃんこはレベル4だからね
うちのにゃんこだから
お前らが味方につくのはお門違いなのね。わかる?
※ 日頃の行いだろ
空のひとは優しいし、細やかな気配りもできる
お世話になったひとは多いんだ
魔獣どもの対処を問われて
騎士Aは迷わず断言した
騎士A「魔軍元帥に協力を仰ぐつもりだ」
ひよこと蛇は、魔軍元帥に対しては相応の敬意をはらう
女王はため息をついた
なにか作戦があるとばかり思っていたのだ
しかし、そうではなかった
彼らは、なんの勝算もなく魔都に飛び込もうとしている
……魔軍元帥が、魔王との対話を認める筈がない
万全を期して、魔都に招くことはあるかもしれないが……
宝剣を奪われて終わりだ
女王「論外です」
しかし騎士Aは、大きく頷いた
騎士A「そうだ。だからこそ、やってみる価値がある。われわれは、都市級の魔物にとって何ら脅威ではない。妖精たちに迷惑を掛けないことは約束する」
一考の余地すらないことだから、魔王軍の意表を突ける
魔物たちの興味を惹くことからはじめる……
それがポンポコ騎士団の下した結論だった
もっと時間があれば……と、悔やむ気持ちはあったが
もしも猶予を得られたなら? 自分たちは何をするのだろうかと
年甲斐もなく、わくわくしていた
女王は内心で舌打ちしていた
やはり彼らを通すわけには行かない
何かしら理屈をつけて幽閉するのがいちばんだ
そして、その理屈をわざわざ探す必要はなかった
里に“侵入”した人間たちが、衛兵と一戦を交えていたことを、女王は把握していた
衛兵「女王!」
急降下してきた一人の衛兵が、女王に危急の用件を告げる
報告の内容を聞くまでもなく、女王は勝利を確信していた
ポンポコ騎士団の面々は動じていない
自分たちは間違っていないという確信があったからだ
だが、彼らは女王の企みを知らない
理由は在ればいいのだ……
はたして衛兵は告げた
衛兵「一部の衛兵が反乱を! ポンポコ反乱軍です!」
女王「な、なんだってー!?」
洗練されたリアクションであった