戦慄の花園
【赤いの】山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん【社会復帰】
燃え沈むような鳴き声が
一定の周期で大気を打つ
緋色の両翼が青空を覆い隠していた
どるふぃん「隊列を崩すな!」
トンちゃん率いる王国騎士団は
第二のゲートを抜けて先を急ぐ
王種に行けと言われたなら従うしかない
たとえ、それがどんなに理不尽な命令であろうとも
彼らの機嫌を損ねたら一巻の終わりだ
賭けに出るような局面でもなかった
火の鳥と対峙している得体の知れない少女は気に掛かったものの
中立の立場にある王種が出てきたということは
つまり魔王ではないということだ
二人の獣人は、すでに離脱していた
あの老人も一緒だろう
取り逃がしたか……
トンちゃんの表情は厳しい
と同時に安堵していた
おそらく二度と会うことはあるまい
何も告げずに去った強敵たちの後ろ姿は
戦いに疲れて騎士団を去った人間とそっくりだった
残すは最後の獣人種と
三人の魔獣……そして……
おそらく魔軍元帥は生きている
妹たちが気掛かりだった
内心で言葉を紡ぐが
先ほどから反応がない
ぞっとして振り返ると
迷彩を破棄した幼い妹が
ふらりと草原に佇んでいる姿が見えた
どるふぃん「コニタ!」
騎馬から飛び降りたトンちゃんが
矢のように飛んで行って狐娘を抱きかかえる
とって返してきた騎馬に並走して
歩調を合わせてから飛び乗った
前もって部下に声を掛ける余裕などなかった
王国騎士団が隊列を乱さずに済んだのは
勇者さんがトンちゃんに代わって先頭に立ってくれたからだ
ほっと安堵の吐息を漏らしたトンちゃんに
自失していた狐娘が小さくつぶやいた
狐娘「兄さま」
どるふぃん「いいんだ」
トンちゃんは繰り返した
どるふぃん「……いいんだ。お前たちはアレイシアンさまを守れ。それだけが私の願いだ。他のことはいい」
妹たちは彼にとって宝物だった
生きる理由そのものだった
かくして第二のゲートを開放した王国騎士団
犠牲をはらいながらも先へと進む……
彼らが去るのを待ってから
草原にひそんでいた一人の少年がつぶやいた
??「僕らの出る幕はなかったね」
その声に答えたのは、迷彩を破棄した騎士たちだった
全身を覆う大きな布の隙間から
鈍色の鎧が覗いて見えた
連合国に所属する騎士の制式装備だった
連合騎士「われわれの存在に、あの男は気付いていたよ」
連合騎士「ここからさ。本当の地獄がはじまるのはな……」
連合騎士「長居は無用だ。行くぞ、坊」
子供あつかいされた少年がむくれる
??「その呼びかた、やめてよ。僕は、あなたたちの上司なんだから」
連合国は、常にルールの裏を突いてくる
中隊長になるためには一千以上の出撃回数が最低条件だ
出撃回数を稼ぐだけなら幾らでもやりようはある
連合国には、生まれながらにして上級騎士になることを定められた人間がいる
世代最年少の中隊長
ノイ・エウロ・ウーラ・パウロは、その一人だ
二つの称号名を持つ少年騎士である
神父「悔い改めてよね、まったくもう」
※ 司祭だと……?
※ 司祭を出したのか、連合国は……!
※ あの国は、本当にろくなことをしないね
※ 王国よりは良心的だろ
※ 不死身さんといい、おれたちへの嫌がらせとしか思えない
※ まあ、そうなんだろうな
【子狸さん】王都在住のとるにたらない不定形生物さん【魔空間へ】
妖精たちの隠れ里は、妖精とともにある
だから人間が一人で探しても絶対に見つからないし
子供が妖精を追って迷いこんだという話もよく聞くが
それは尾行に気付いていて招かれたということだ
林を抜けると、そこは一面お花畑だった
先導していた黒妖精さんが振り向いて言う
コアラ「足元に気をつけてね。わたしたちはこうして飛べるから、歩くための道なんてないわよ」
騎士たちは心得たものだ
お馬さんたちを手近な木につないで
魔法で空中に足場を作る
子狸も習った
子狸「半日もあれば攻め落とせる。行くぞッ、豆芝!」
コアラ「せいやっ!」
子狸「おふっ」
時は王国暦一00二年――
野心に燃えるポンポコ王は妖精たちの秘宝を手中におさめんと
わずかな手勢を率いて隠れ里に攻め入るのだった……
子狸「くっ……これほどとは」
しかし妖精たちの思わぬ反撃にあい
撤退を余儀なくされる
子狸「ふっ、退くぞ」
騎士A「団長、しかし……!」
子狸「構わん。目的は果たした」
秘宝をめぐる人間と妖精の小競り合い
この小さな火種が
やがて大陸全土に飛び火することになろうとは
このときは、まだ誰も予想できなかったのである……
そう、ポンポコ王を除いて……誰も……
コアラ「……満足か?」
小芝居を終えた子狸に黒妖精さんが問いかけた
子狸さんは、やり遂げた顔をしている
子狸「ああ。待たせて済まない」
豆芝さんから降りると、首をぽんぽんと叩いた
子狸「いい子にしてろよ。すぐに迎えに来る」
力場の上を歩いていく子狸を
豆芝さんは不安そうに見つめていた
とうとう愛馬にも心配される始末だった
特装騎士たちは落ちつかない様子で周囲を警戒している
実働部隊が突入するとき、彼らは情報収集と狙撃を担当することが多い
しかし、これから女王を説得しようというのに
姿をくらますわけにはいかなかった
仕方なく子狸の前後左右を固めて襲撃に備える
仕事をとられた実働騎士が特装の肩を掴む
騎士B「おい。お前らは下がってろ。邪魔だ」
特装B「状況が違うんだ。お前らが下がれ。目障りなんだよ」
特装騎士の対応は理性的だ
騎士団は不意打ちに対処できるよう鍛え上げられている
それは実働部隊の戦歌と
特装部隊による情報共有という二本の柱から成り立つ
片方が欠けた状態なら
万端の特装騎士が不慮に備えるべきだった
実働部隊は八人の騎士で構成されている
ぎりぎりの人員だから
もしも一人でも脱落したら戦力が激減する
子狸は、どちらかと言えば特装寄りの魔法使いだ
短期間なら特装騎士の真似事は出来るだろう
しかし実働騎士の肩代わりは不可能だ
培ってきたものの方向性が違いすぎる
騎士B&特装B「…………」
互いの真意を探るように
実働と特装が至近距離で見つめ合う
口を半開きにし、眉尻を限界まで下げる
小声で「あ?」「あ?」と言い合っていた
相互理解は大切だ
良い傾向と言えるだろう
※ こうして見ると、勇者一行はなんだかんだで仲良しだったんだなぁ……
※ 失われて、はじめてわかるものってあるよな……
子狸は秘密兵器なので温存しておくとして
ポンポコ騎士団の隊長は道すがら黒妖精さんと話し合っていた
騎士A「説得と言われてもな……いったいどうすればいいんだ? ありのままを話せば通してくれると思うか?」
ポンポコ騎士団が突入部隊に先んじるためには
超空間を経由して行程を省くしかない
つまり妖精の里を通過する許可を得れば良い
コアラ「それしかないでしょうね。あとは……」
ただし、騎士団とは武装した戦闘集団だ
相応の信頼を勝ち取る必要はあるだろう
肩越しに振り返った黒妖精さんが、子狸を一瞥した
コアラ「バウマフ家の人間がいるなら、多少は大目に見てくれると思うわ」
騎士A「どういうことだ?」
コアラ「知らないの? わたしたちの女王は、勇者と一緒に旅をしていたことがあるのよ」
騎士A「いや、それは聞き及んでいるが……」
有名な話だ
ベル族の女王は
過去に八代目の勇者を導いた妖精である
コアラ「待って」
何かいると、小さな少女はささやいた
騎士Aが片腕を上げて、さっと水平に振る
たったそれだけのことで、他の騎士たちが一斉に動いた
彼らはよく訓練された戦士だった
言うべきか、言わないべきか
騎士Aが悩んだのは一瞬のことだった
騎士A「高度を下げろ。先手を取りたい」
彼女が女王候補の一人だとは聞いていたが
妖精の錬度など計りようがない
ひとつだけはっきりしているのは
彼女の羽から舞い散る光の鱗粉は目立つということだ
無言で頷いた黒妖精さんが忍び寄ってきた子狸の肩にとまった
子狸の隠行は、騎士の目から見ても見事なものだった
いまのうちに逮捕しておこうかと悩んだが
王都に戻ってからでも遅くはないと自分に言い聞かせた
左右に展開した部下たちと意識を同調させて
感覚を研ぎ澄ませていく
人間の口は一つしかないから
同時に一つの喚声しか吐けない
その常識を打ち破ったのがチェンジリング☆ハイパーだった
八つの口を持つ魔法使いは
魔物と何が違うのだろうかと
ふと生じた疑念を遠く感じた
機先を制するためには、ある程度の思い込みも必要だ
境界線を三歩と決めて、慎重に前進する
それまでに敵影を目視できなければ突進するつもりだった
しかし、その必要はなかった
コアラ「…………」
鬼のひとたちが、無言で地面を掘っていた
一心にスコップを土に突き立てている
すでに相当な深さまで掘り進めていた
無残にも踏み荒らされた花園に
黒妖精さんは何を思うのか……
はっとして振り返ったのはレジィだった
帝国「…………」
コアラ「…………」
作業の手を止めたレジィに
ジャスミンが文句を言おうとしてやめた
ふわりと子狸の肩から舞い上がった黒妖精さんの姿が見えたからだ
王国「…………」
硬直しているジャスミンの肩を
ユニィが軽く叩いた
連合「突破する」
独特のストライドで駆け出す
コアラ「…………」
黒妖精さんは、ひとことも言わなかった
もはや言葉を交わす必要性を感じなかったからだ
二対の羽を高速で振動させると
大気が爆ぜるほどの推進力が
彼女の小柄な身体を前方へと運んだ
接触する直前――
ユニィの背後からレジィが飛び出した
黒妖精さんの視線が揺れた一瞬を見越して
跳躍したジャスミンが頭上から襲いかかる
三位一体の奥義だ
しかし――
※ だめだ! その技は……!
次代の女王候補とささやかれる妖精の姫
彼女の技量は想像を絶していた
空中でくるくると回りながら彼我の距離を詰めた彼女が
ステップを踏んで、さらに加速した
彼女の動きは、人間が視認できる領域を逸脱していた
港町で羽のひとと戦ったとき、彼女はまったく本気を出していなかったのだ
鬼ズ「……!」
どうと倒れ伏した小鬼さんたちに、黒妖精さんが背を向けたまま告げた
コアラ「奥義、紫電三連破」
鬼のひと~!
※ 鬼のひと~!
※ 鬼のひと~!
※ オリジナルかな?
姿が見えないと思ったら、里にいたのか……