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それは笑顔

 策士、策に溺れる――!


 グランドさんの作戦は、あまりにも深遠で

 ひろく……

 そして、あまりにも緻密すぎた

 だから気付かなかった


 宝剣から放たれた光刃は

 針の穴を通すように

 ここしかないという軌跡を描いて

 白い巨体を貫いた


 いつの間にここまでの力を……


妖精「すごい」


 羽のひとが感嘆の声を上げた

 ずっと傍らで成長を見守っていた彼女ですら見誤っていた


 聖剣は日増しに本来の力を取り戻しつつある


 だが、それが本質ではなかった

 

 鬼のひととの戦いが、歩くひととの戦いが、魔軍元帥との戦いが

 火口のんとの戦いが、見えるひととの戦いが――


 勇者さんを強くした


 王都のんは正しかった

 彼女はどんどん強くなる

 飛躍的に成長している

 まるでパズルのピースが埋まるように

  

 この短時間で、勇者さんは跳ねるひとの動きに適応した


 深手を負ってぐったりしている跳ねるひとを

 鱗のひとが抱きかかえて泣き叫ぶ


トカゲ「跳ねるの……!」


 盟友だった

 苦楽をともにしてきた白い友人

 彼の跳躍を目にすることは

 二度とない……


古狸「いかん……!」


 精霊の宝剣は、魔法ではなく道具という扱いになっている

 治癒魔法の適用外だから

 本人ベースの変化魔法でしか回復できない


 したがって本人の意識がなければ致命傷になる


 跳ねるひとの命をつなぎとめる可能性があるとすれば

 それは、分類2以上の過度属性しかなかった


 力場から飛び降りたグランドさんが

 跳ねるひとのもとに駆けつけようとする


 トンちゃんが部下に命じた


どるふぃん「勇者を援護しろ!」


 彼は“戦慄”していた


 こんな幕切れを、誰が予想した?

 検討にすら上がらなかった

 いや、仮に誰かが提案したとしても一笑に付しただろう


 あの老人の言動は、まったく予測できない

 ここで討たねばならない


 そう理屈をつけたときには、すでに駆け出していた


どるふぃん「チク・タク・ディグ!」


 人間が同時に制御できる圧縮弾の上限は十二発とされている

 人間の脳容量には限度があるから

 二発の六連、三発の四連、四発の三連、六発の二連と

 公約数が多いほうがイメージの圧迫を避けることができる


 扱いやすさは一つの武器になる


 巫女さんは規格外だ

 彼女を従来の規格に当てはめて考えるのは無意味でしかない


 奇しくもトンちゃんの投射魔法は

 子狸と同じ理論に基づいている


どるふぃん「ディグ! ディグ! ディグ!」


 突き出した片腕をとりまく圧縮弾が

 時間差を置いて射出される


 おれたちの軍師が、感情を剥き出しにして叫んだ


古狸「邪魔をするな! チク・タク・ディグ!」


 長年、管理人として戦ってきた経験は

 感情の乱れとイメージを切り離すことに成功している


 互いに同じ数の圧縮弾を撃ち合う


 これは、けん制だ

 彼我の距離を埋めるための一手だった

 圧縮弾の合間にスペルを連結して手札を充実させていく


 魔法の武装をまとったトンちゃんに

 お前らが一斉に触手を放つ


火口「単騎だと!?」


かまくら「なめるな!」


どるふぃん「邪魔だ!」


 三つの光弾が飛翔した


連合「こいつ……!」


 こん棒で迎撃しようとした鬼のひとが

 空中で直角にカーブした光弾に打たれる


 両手に光の鞭を巻きつけた王国最強の騎士が

 魔物たちの群れに切りこむ


 ※ おお……

  ※ トンちゃん無双

   ※ これほどとは……


 ※ たしかに子狸さんの手には余るな


 鋼の鎧は武器にもなる

 殺到する鬼のひとを手甲で殴りつけたトンちゃんが

 別の鬼のひとの顔面を鷲掴みにする


どるふぃん「おおおおっ!」


 たたらを踏んだ鬼のひとに投げつけるや否や

 まとめて光弾でなぎはらう


 まるで嵐だ

 手がつけられない


 倒れ伏したお前らだったが

 次の瞬間には何事もなかったかのように立ち上がる

 泡立った細胞が傷口を埋めていく……


どるふぃん「! ディレイ!」


 少しでも反応が遅ければ終わっていた


 素早く後退したトンちゃんが

 眼前に迫ったしっぽを光弾ではじく


 頭上から襲いかかった前足が地面に穴を穿つ


 盾魔法の力場で自身をはじいたトンちゃんが

 背筋を伸ばして両腕を弛緩させた

 その手から伸びる双鞭が、お前らに睨みをきかせる

 

 地上に降り立った偉大なるポンポコが

 ぐるりと周囲を見渡して治癒魔法の成果を確認する


 お前らの顔色は悪い

 トンちゃんは完成された戦士だった

 つけいる隙がまったく見当たらない


 お前らのおびえを感じて、おれたちの軍師が義憤に燃える

 王国最強の騎士に向き直って悪態をついた


古狸「おのれっ!」


 力場を踏んで飛び上がったグランドさんの前足がゆがんで見えた

 ほとばしった紫電が全身を駆けめぐる……



 戦いは続いている


 どこまで行っても落としどころなどないかのようだ


 おーん……


 盟友を抱えた鱗のひとの慟哭が響く


 放たれた光刃が空をきる


 勇者さんの猛攻を

 鱗のひとは避けるだけで

 いっさい手出しして来なかった


 ――もう勇者などどうでもよかった


 光槍が背中に突き刺さるのも無視して

 地を踏みしめるように歩いていく


勇者「……!」


 勇者さんは容赦なく宝剣を振るうが

 疲弊から来るものなのか

 その剣筋には乱れが見られた


 肩にとまっている羽のひとは

 一心に上空を見据えている


妖精「リシアさん、退きましょう」


 その声はふるえていた


勇者「リン……?」


 これまで、羽のひとが作戦の遂行に口出しすることはなかった

 その彼女が、焦りを隠すことなく叫んだ


妖精「早く!」



【旅シリーズとか】方舟在住の世界をめぐる不定形生物さん【わたしには関係ない】


 バウマフ家の魔法武装は、他の人間とは異質だ


 チェンジリングというのは、もともと魔物たちの奥義で

 その名称を拝借したのが騎士の詠唱変換だった


 圧縮した重力場が肉球を模した形態をとっているのは

 そうなるよう教育を受けたからだ


 光の鞭では押し負けるとわかっているから

 トンちゃんは距離をとって性質の衝突を避けている

 

 上位性質は我が強すぎて連結には不向きだ

 だから、このままだったら

 きっとグランドさんは負けていた


 バウマフ家の戦闘スタイルは

 持久力の高さと魔法への親和性を主軸に据えたもので

 肉体の衰えが弱体化に直結するからだ

 

 でも、そうはならなかった


 とつぜん眼前に割り込んできた少女に

 トンちゃんは硬直した


どるふぃん「ッ……!?」


 まったくと言っていいほど接近を感知できなかったからだ


古狸「でかした!」


 その隙をついてグランドさんが離脱する

 傷ついた跳ねるひとのところに向かったのだろう


どるふぃん「待てっ!」


 即座に追跡しようとする王国最強の騎士を

 少女の細腕が押しとどめた


 逆さまに浮いている少女が

 くるりと空中で上下反転して

 トンちゃんの頬を優しく撫でる


 頭ではわかっているのに

 トンちゃんは視線を逸らせない


 絶世の美少女だから仕方ないね!


 ※ 自画自賛か

  ※ お前というやつは……

   ※ ふつうに空中浮遊するのはいかがなものか


 どうせ人格がゆがんでますよ~


わたし「あはっ」


どるふぃん「ッ! さわるな!」


 トンちゃんは動揺している


 無理もないかな。絶世の美少女だからね!


 ※ しつこい

  ※ 青みが足りないぜ

   ※ つのも生えてないし


 あなたたちの美的感覚はおかしいんだよ!


 ※ 失礼な

  ※ ママンに似てたら評価した

   ※ この世でもっとも美しいひとはママン


 ※ つまり子狸さんは美少年ということになるな……

  ※ その発想はなかった

   ※ 目から魔どんぐり


 ※ 手の施しようがないだろ

  ※ 目から鱗ですね

   ※ 遅まきながら子狸さんが新ルールを把握してくれた件


どるふぃん「お前は……いや、そんな筈がない! 何者だ!」


 誰何しながら即座に排除しようとするんだから立派だ


 でも、わたしには通用しない


 死角から迫る光弾を摘まんで握りつぶした


 トンちゃんが光の鞭を突き出したときには

 わたしは力場を踏んで彼を飛び越している


わたし「チク・タク・ディグ」


 さすがは王国最強の騎士だ


 四方から襲いかかる圧縮弾に

 彼は躊躇わずに突進した


 回避できないと瞬時に判断して鎧で受ける

 さらに治癒魔法を詠唱変換した


 たくましく育ったね


 ひと目、会っておきたかったんだ

 あんまり時間がないからさ


わたし「魔軍元帥が、魔都を離れたのは何でだと思う?」


 その可能性は視野に入れていたのだろう

 トンちゃんは圧縮弾を生成しながら歯噛みする


どるふぃん「魔王……!」


わたし「さて、どうでしょう?」


 違うけどね


 圧縮弾を解き放つと同時に

 トンちゃんは視線に力を込める


 彼が異能を使うときに

 相手を指さしたりするのは

 簡単に言うと自己暗示みたいなもので

 集中を補うためだ


 いよいよとなれば完璧に抜き打ちできる


 圧縮弾を避けようとしたわたしの身体が2cmの動きを強制された


 2cmのみ動くということは

 2cmしか動けないということだ


 ああ、これは避けられないな――


 たとえ瞬間移動しても同じことだ

 わたしには使えないけど、時間跳躍しても無駄だろう


 確実に当たる


 しかし、その一撃は

 とつじょとして、わたしを包んだ炎にはじかれた


 はっとしたトンちゃんが頭上を仰ぐ


 わたしは、確認するまでもなくわかっていた


わたし「ニレゴル。出てきたんだね」


 火の粉が散る


 再生を象徴する不死鳥だ


 その全身は火の海と形容するのが相応しい


 大きくひろがる翼

 鋭くとがったくちばし

 ぴんと立った尾羽

 それら全てが紅蓮の炎で形成されている


 火の鳥がさえずる


 ろ、ろ、ろ、ろ……


 物悲しい鳴き声だった


 王種というのは、人間を基準にした魔物ではない

 

不死鳥「……行け」


 その言葉は、トンちゃんに向けられたものだ


どるふぃん「礼は言わんぞ!」


 王種は、どの陣容にも属さない中立の存在だ

 彼らが動くなら、それは人間を守るためではない


 でも、それは人間側の理屈だよね

 王種は人間たちを守る

 ずっと守ってきた


 人前でも開放レベル5を使えるというのは、そういうことだ


 ※ お前ら、見てくれ! おれのお隣さんの勇姿を……!

  ※ 良かったな、庭園の……


 ステルスしたアリスが

 転移してきてニレゴルの頭に乗る

 そして猛虎の構え

 触手の一本一本に力がみなぎっている


 うんうん……

 じゃあ、怖いひとも来たし帰ろうか


わたし「出迎えご苦労!」


不死鳥「ほざけ……」


 ニレゴルは凄むけど


 わたしは楽しく生きたいんだ


 わたしたちは、なんのために生まれたの?


 縛られたくない。自由に生きたい


 そのための力もある


 魔物は、魔法使いを狩るための存在だ


 でも、そんな生き方は嫌だな


 わたしは管理人さんの力になりたい


 魔物と人間が仲良く暮らしてもいいじゃないか


 そう思う……



 ろ、ろ、ろ、ろ



 不死鳥が哀切の歌をつむぐ


 眼下では、霊気を補填されたシマが

 完全に獣化していた

 前足と後ろ足を折り畳んで鳴く



 きゅう、きゅう


 おーん……



 うさぎさんとトカゲさんが

 抱き合って互いの無事を喜んでいた



 思わず微笑が漏れた


 スマイルだよ

 笑顔は世界を変えるんだ



【逮捕】王都在住のとるにたらない不定形生物さん【連行】


 まず、お前らに謝っておく

 おれの妹がすまん

 迷惑ついでに

 消し炭にしておいてくれ


 ※ どっちが早く消し炭になるか、競争だね。お兄ちゃん!


 なに、遠慮することはない

 兄には構わず消し炭になってくれ


 無償の愛とは不完全燃焼のようなものだ……


 ※ 王都さん、夢と希望! 夢と希望を忘れないで!


 火のひとが久しぶりに外出した頃

 子狸さん率いるポンポコ騎士団は


妖精「次! 突き百本!」


妖精「はい!」


 妖精たちの隠れ里にいた……


子狸「……思っていたのと少し違うな」



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