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チェンジリング・ダウン

三八、空中庭園在住のとるにたらない不定形生物さん


 子狸が騎士の姿を見ると挙動不審になるのは

 王都で醸成された悲しい習性だった


 王国宰相は、おれたちの頭越しにバウマフ家と接触しようとしていたから

 魔物絡みの事件が起きると、騎士たちに子狸の捕獲と連行を命じるようになった


 子狸が正式に管理人の座を継いだのは王都襲撃の直後だったから

 捕獲チームとの因縁は、およそ二年前まで遡る


 ふだんはいがみ合っている実働部隊と特装部隊も

 一つの目的に向けて邁進するときは

 互いに手を取り合うことが出来た


 そして、それは敵が強大であればあるほど確固としたものになる


 降りそそぐ喚声を光刃が追う

 轟く剣閃が土壌を切り刻んでいく


 組み付いている不死身の男に

 魔軍元帥が悲鳴を上げた


庭園「命が惜しくないのか、きさまは……!?」


 堅牢たる子狸バスター

 その正体は、鎧に寄生したナイスガイである


 ※ 遠回しに自画自賛されても……

  ※ 庭園のんは、どこか不死身さんと通じる点があるからな

   ※ どこかというか、まあ……うん


 ※ 気付けば奈落だよね


 開放レベル4に限定したなら

 詠唱破棄できるのは、せいぜいレベル2までだ


 殲滅魔法の連発が許されるのは王種しかいない

 三勇士が開発した戦歌は、この一点において都市級を上回っている


 絡みついてくる魔力を焼き切った不死身さんが

 魔軍元帥もろとも大地に沈んでいく……


不死身「貴様にはわかるまい! 命はッ!……思いは……“つながる”……!」


 中隊長と運命をともにする帝国騎士たちが叫んでいるのは

 癒しを誘導するための言葉だ

 それは遺言だった


 魔物への罵詈雑言は、とうに尽きはてている

 語彙が尽きたら、最後に残されるものは感情の吐露しかない


 ありがとう

 ごめん

 さよなら


 吐き出された言葉が行き場をなくして

 豪雨のように降る

 滝に打たれるかのようだ


 魔王軍の総帥は“恐怖”した

 それなのに、どうしても振りほどこうという気が起きないのは何故だ

 とうとつな理解に総身がふるえた

 だが認めることは許されなかった


 怒りだけが、自らの心を守る鎧だった


庭園「きさまらは不完全な存在だ!」


不死身「知ってるよ」


庭園「悲劇を生み出し続ける! 際限なく」


不死身「それも知ってる」


 自らの死期を悟った不死身の男は

 おだやかな顔つきをしている



「でも、それだけじゃない」



 ――ああ、と思った


 それはゆがんだ独占欲だ


 満ちていく

 満たされていく


 だから目の前の人間が苦渋の表情を浮かべたとき

 裏切られたと思った

 だが、それすら心地良かった


 鎧の残骸が落ちていく

 不死身の人間などいない

 一人の男が、ここにはいない誰かに

 ひとこと詫びた


「すまない……頼んだ」


 足元が完全に崩れた


 落ちる

 ふかく、ふかく

 どこまでも、ふかく

         落ちて

           いく……



三九、山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん


 

 降り落ちる光刃が瀑布のようだ


 燃え上がった影が

 救いを求めるように

 天へ天へと伸びていく


 決して出会うことのない光と影が

 互いに寄り添うかのように

 登っていく……


 その光景は、遠目にもはっきりと見えた


どるふぃん「マイカル」


 トンちゃんが瞑目した

 迷いを振りきるように視線をきって前を向く


 見渡す限りの草原に

 真実を照らす輝きが淡く落ちる


 第二のゲートだ


 敵影はない

 門の守護獣が偶然にも職務を離れているという可能性を

 トンちゃんは無視した


 頭上を見上げる


 幾多の戦士が通ってきた道だ

 調べるという発想がわかないほど

 息をするように当然の感覚で知っているから

 不意を突かれることはない


 しかし対処できるかどうかは別次元の問題だった


 疎らに浮かんでいる雲が身じろぎをした

 いや、雲ではない……


 全身の毛皮は真っ白で

 青空によく馴染んでいる

 

 長い耳が上空の強風に揺れていた


 血のように赤い瞳と目が合う


 片腕で力場にぶら下がっている


 懸垂の要領で身体を持ち上げると

 器用に上下反転して逆さまにしゃがみ込んだ

 

 魔都へと至るには

 三つの扉をくぐらねばならない


 扉には一人ずつ門番がついている


 一人はトカゲの化身

 走攻守の三拍子が揃った正統派の戦士だ


 一人は牛鬼

 最強の獣人とひとは呼ぶ


 そして、もう一人があれだ

 長い耳と丸い尾

 うさぎの特徴を色濃く残しつつも

 人の輪郭に陰りはない


 この場に子狸がいたなら、こう言っただろう

 跳ねるひと、と――


うさぎ「きゅう」


 鳴いた


うさぎ「きゅう」


 鳴いた


 力場を蹴る


 空中で身をひねって着地した

 地面が大きく揺れる

 両足に備わる柔軟な筋肉が衝撃を緩和した

 間を置かず再度の跳躍

 ふたたび上下反転して力場を掴む

 その繰り返しだ


 激しい揺れが連続して騎士たちを襲った

 満足に立つことすら叶わない


 反撃の光槍は虚しく空をきる

 足場にしているのは盾魔法だから

 折り返しの高度は自在に変更がきく


 鱗のひとは、横の動きで騎士団を翻弄した

 跳ねるひとの場合、そこにさらに縦の動きが加わる


 高速で天地を行き来する白い巨影を

 肉眼で追うのは難しい


 弾力性に富んだボールを

 狭い部屋で思いきり床に叩きつけたなら

 似たような光景を目にすることが出来るだろう


 怒涛の十連跳躍だ


 通りすぎざまに腕をなぐ


 挨拶代わりの強襲で

 三割近くの騎士が宙を舞った

 不意に荷物を失って身軽になった騎馬たちがきょとんとしている


 跳ね上がった騎士の一人を

 行き掛けの駄賃とばかりに口でくわえた巨人が

 ぴんと張りつめた耳を揺らして笑った


 ぺっと吐き出して騎士たちを見下す


うさぎ「なんだ、黒アリどもはいないのか」


 地を踏みしめて

 巨躯を見せつけるように

 ゆっくりと立ち上がる


うさぎ「何か不都合でも? 急な用事でもあったのか。しかし、まあ……」


 白々しくも言う

 

うさぎ「“良かった”な。……そうだろう? お前たちは、帝国の人間が憎くてたまらないのだから。手間が省けたというものだ」

 

 同意を求めてくる魔物に、王国の騎士たちが歯噛みする

 彼らの怒号を、跳ねるひとは軽くいなした

 口を開くたびに鋭い前歯が覗く


 上機嫌な様子だったが、ふと眼差しに剣呑なものが宿る

 跳ねるひとは標的を仕損じていた

 

うさぎ「お前は、おれを目で追ったな。見えているのか」

 

 負けじと睨み返したのは、トンちゃんだ


どるふぃん「確かめてみればいい。そうだろう、メノゥシマ……」


うさぎ「シマだ」


 メノという単語を固有名詞に用いるのは正しくない

 本来ならば現象を指し示す……

 つまり人格を認めない言葉だ


 気分を害した跳ねるひとが言外に訂正を要求した


 王国最強の騎士は取り合わなかった

 刺し貫くがごとし視線に苛立ちを見てとれる


どるふぃん「ならば、貴様も口を慎め。礼を欠くものに道理を説く資格などあるものかよ」


 しかし跳ねるひとは笑った

 ひとしきり哄笑を上げてから

 巨躯を屈めて言う


うさぎ「怒っているのか? そんなに大事なら、守ってやれば良かっただろうに」

 

 トンちゃんのとなりには、勇者さんがいる

 黒雲号を降りて、騎士剣をぴたりと構えた


 さりげなく彼女をかばえる位置をとったトンちゃんを

 跳ねるひとはあざ笑った


うさぎ「口を開けば、守る、守ると……お前たちはいつもそうだ。そうして、けっきょくは失っていくのだろう。弱い、弱い……悲しいなぁ……人間は」


 とん、と地面を薄く蹴った巨人が

 いったいどれほどの脚力なのか

 ふわりと滞空する


 軽やかに着地すると、片腕を伸ばして地表すれすれをすくう

 その手つきには慈しみがある

 草たちがくすぐったそうに身をよじった


 姿勢を正した跳ねるひとの大きな手のひらに

 何かが乗っている


 老人だった


 その姿をよく見ようと、羽のひとが勇者さんの肩から舞い上がった


妖精「リリィ……?」


 リリィというのは、歩くひとの本名だ

 歩くひとは人間の姿を写しとる魔物だから

 外見では区別がつかない


 しかし、そうではなかった


 跳ねるひとの肩に乗った人物が

 しわがれた声で言った


??「魔物の味方をする人間もいる。当然じゃろう……。のぅ、シマや」


 跳ねるひとの眼差しが、はっとするほど優しい


うさぎ「お前はとくべつだ。お前は賢い……他の人間どもとは違う」


 騎士たちが目に見えるほど動揺していた

 さしものトンちゃんも驚きを禁じ得ない


どるふぃん「人間だと……?」


 老人が言った

 全身をゆったりとした長衣で包んでいる

 目深にかぶったフードの奥から

 くぐもった笑い声が聞こえた


 おちついた声音が大気に沁み入るかのようだ

 さほど大きな声でもないのに、不思議とよく通る


??「人間は、魔王軍には勝てぬよ。戦いは勝たねば、な……」


 だから魔王軍についたのだと、狡猾な老人は言う


 その声の調子に、何気ない仕草の一つ一つに

 何か感じとるものがあったのか

 勇者さんが眉をひそめた


勇者「あなたは……」


 老人の口元が不敵にゆがんだ


 眼下の人間たちを睥睨する眼差しには

 ほの暗いものが宿っている


 内面を覗き見られるような

 得体の知れない感覚に晒されて

 騎士たちは戸惑った


 彼らは知らない

 圧倒的な退魔性は

 極端に近しいものほど

 鮮烈にひとを惹きつける


 同じ人間なら、なおさらだ


 巨大な魔物を従えた賢人が

 フードの奥で目を細めた

 



四0、管理人なのじゃ


 あれっ

 おれの孫がいねえ



 登場人物紹介


・跳ねるひと


 獣人種の一角。開放レベルは「3」。

 長い耳、丸い尾が特徴的な、うさぎの化身である。

 全身を覆う毛皮は純白で、真紅の瞳は丸くて愛嬌がある、魔物界のアイドル。

 脚線美にはちょっとした自信があるようだ。

 月面計画の熱烈な信奉者であり、月の満ち欠けに強く影響を受けるという設定を自らに課している。

 満月時は巨大なうさぎの姿をとるが、月が欠けるつれて人間の形態に近くなっていき、やがて新月時には完全なる直立歩行を獲得する。

 満月時の跳ねるひとを、人間たちは「メノッドシマ」、新月時は「メノゥシマ」と呼び方で区別をつける。

 彼らは、月が欠けるほど跳ねるひとが弱くなると信じているが、これは単なる相性の問題だ。

 獣化が進んだ跳ねるひとは脚力が増すものの、手足が短くなる。


 盟友・鱗のひとほどの頑健さはないものの、柔軟なバネを活かした高速戦闘を得意とする。

 人体の構造上、上下の動きには対処しにくい(人間の視野は左右に広いが上下に狭い)ため、鱗のひとよりも危険視されている。

 

 ふだんは前々管理人の夫妻と一緒に暮らしている。

 気苦労は絶えないが、充実した日々を送っているようである。

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