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悲願

 竜虎相搏つ――!


 あまたの戦士たちが空中回廊の踏破に情熱を燃やした時代……!

 腐敗した貴族政治を打破するべく、一人の男が立ち上がった……!


 リンドール・テイマア

 反乱軍の総指揮官にして

 空中回廊を制覇した“宿縁”の英雄だ!


 第二王女を擁する反乱軍と

 第一王子を擁する王国軍が

 大陸全土で激しい抗争を繰り広げた、この大戦は

 継承戦争とも言い

 のちに南北戦争と呼ばれることとなる……!


 しかし、リンドール・テイマアに影武者がいたことは知られていない


 反乱軍のリンドールとバウマフ家が出会ったとき

 時代の歯車は大きく動き出したのだ……


 その南北戦争が、いま!

 ふたたび勃発しようとしていた――


王国「…………」


帝国「…………」


 レスリングスタイルだ


 歴史は繰り返されると言うのか

 重心を低く落とし、両腕を上下に構えた二人の小人が

 じりじりと間合いを詰める


 王国と帝国、どちらが上なのか

 これは国家の威信を懸けた代理戦争だ……!


 両国の首脳陣からは本気でクレームが入っているものの

 では、格付けは誰が行うのだ?

 彼らの双肩にゆだねるしかあるまい……


 そして、ジャスミンとレジィがどったんばったんしている横では……!


かまくら「吹きぃ~すさぁ~ぶぅ~おれブリザードぉ~♪」


 特設ステージで極地戦仕様が単独ライブを実施していた!

 ライトに照らされた触手がきらめく

 観客席から野次が飛んだ

 

火口「氷属性自重!」


亡霊「言うほどステータスに影響ねーぞ!」


 子狸さんの新たな巣穴での出来事である


 ついに第一のゲートを開放した勇者一行

 勝利の美酒に酔いしれるひまもなく

 早々に第二チェックポイントへと向かう


 その中に、おれたちの子狸さんの姿はなかった……


 無敵の魔法はないから

 魔法使いを閉じ込めるのは難しい

 だから罰するのは簡単だ


 魔法に詠唱は不可欠で

 声を奪う方法は幾らでもある


 土牢に放り込まれた子狸は

 口元に拘束具をつけられている

 とうとう本格派の罪人扱いだった


子狸「ふぐぅ、ふぐぅ……」


 涙が枯れ果てるのではない

 痩せ衰えるのは心だ


 特訓に打ちこんでいる間は

 嫌なことを思い出さずに済んだ


 何度か騎士どもが訪ねてきたが

 そんなものはどうにでもなる


 しつこいくらい人間たちには教えてきたことだ

 魔法を使えば使っただけ退魔性は劣化する

 いまや世界は魔力の坩堝だ

 魔法使いは、おれたちの支配から逃れることは出来ない


 エサを運んでくるもの以外は丁重にお帰り願った


 一向に立ち直る様子がない子狸さんを慰めているのは

 連合のひとことユニィだ

 子狸の肩に腕を回して熱い吐息をつく


連合「うぃー、ひっく。いつまでもめそめそしてんじゃねーろ。なあ?……ええと、ステファニー?」


王国「ジャスミン」


連合「そう。ジャスミン」


王都「持ちネタやめろ」


 いつも子狸の横にいる青いのは

 忙しい合間を縫って駆けつけてくれたお前らの友情に

 感涙している


王都「帰れよ、もう。お前ら、なにしに来たんだよ」


連合「子狸じゃねーよ!」


王都「帰れ!」


 頬をぶったのは照れ隠しだ


 照れ隠しは種族の壁を越えるのか

 売り子の恰好で現れた歩くひとが

 格子をするりと抜けて

 ユニィの片腕をひねりあげた


しかばね「なに飲んでんの?」


 身にまとったエプロンドレスには布のあたたかみのようなものがある

 手つきまで、どこか優しげだ


連合「飲んでねーひょろ! 痛い痛い痛い。おれの肩が王権分離しちゃう」


しかばね「せめて酒瓶を手放してから言えよ」


 ステルスは、子狸限定で解除してある


子狸「ふぐっ」


しかばね「言っても無駄だろうけど、おれがクリスだから。リリィさんとクリスくんは同一人物なのね。わかる?」


 子狸はきょとんとしている

 なにを今更、という顔をしているが……


子狸「……ふぐぅ?」


 いま、あきらかに理解度を示すポンポコパラメーターが

 急速に失速して既定のラインを下回った


子狸「ふぐっ」


しかばね「え? なかったことにされた?」


亡霊「知恵熱で倒れても困る。訂正するんだ」


しかばね「めんどくさいなぁ……。クリスくんは、おれの遠い親戚なんだよ。親戚なんだから似てて当然だろ?」


亡霊「おい。適当すぎる」


子狸「ふぐぅ」


亡霊「ああ、納得するんだ……」


 土牢は連日連夜の満員御礼だ



王国「レジィィィッ!」


帝国「ジャスミィィィンッ!」


王都「…………」



かまくら「おれブリザードぉ~♪」


火口「おれプロミネンスぅ~♪」


王都「…………」



 傷心の子狸を気遣って

 お前らが大人しくなった頃……


 ポンポコさんのエサを一人の騎士が運んできてくれた

 いつもは特装騎士なのに、今日は実働騎士だ


 トンちゃんは、出発する前に

 一個の実働小隊に拠点の防衛を命じた

 彼は、その一人だ


 王国騎士団がゲートを一つ開放したことで

 戦況は一気に動く

 残る二国も介入してくるだろう


 本来なら、開放したゲートの守備に一個小隊は少なすぎる

 しかし人手が足りなかった


 あと二週間だ


 山腹軍団の牙が王都に到達するまで

 たったの二週間しかない


 片手で膳を支えている騎士が

 格子の前で立ち止まって、無造作に手刀を振った


騎士「グレイル」


 錠を開ける鍵を忘れたのだろうか

 切断した格子の隙間を潜ると、同様に子狸の拘束具を断ちきった


騎士「すまんな、三日も待たせてしまって」


 子狸が目を見開いた


子狸「お前は……」


騎士「覚えてないんだろ? わかるよ」


 子狸の生態を理解していた


 苦笑した騎士が、しゃがみ込んで背後を振り返る

 七人の騎士たちが、あとを追って土牢に入ってきた

 しきりに周囲を警戒している

 

騎士B「急げ。トクソウに気付かれる前に」


騎士A「少し待て」


 急かしてくる仲間に、騎士は声を掛けてから

 子狸に膳を差し出した

 魔どんぐりの甘煮だった


 照れ臭そうに笑った


騎士A「お前のいない王都はつまらんよ、ポンポコ」


 彼らは、子狸の天敵と言ってもいい存在だった


 トンちゃんは大将の大隊に属する中隊長だ

 ふだんは王都で待機している部隊である

 それだけではない


 彼は言った


騎士A「食べながら聞け。宰相から伝言がある。“どう思うかね?”」


 あんたには負けたよ……宰相さん


 子狸は、いまいちぴんと来ていない様子だった


子狸「……?」


 もぐもぐと口を動かしながら首を傾げる


 あとを追ってきた騎士たちが捕捉説明してくれた


騎士B「お前には内緒にしていたが、おれたちにはちょっとした特殊能力がある」


騎士C「宰相の息が掛かった騎士は、機密に触れることもあるからな」


騎士D「おれたちの心を、他人が読むことは出来ない。テレパスの世代が進んだものらしい」


 テレパスというのは、送信系の適応者のことだ


 適応者の異能は、世代が進むごとに劣化する性質を持っている

 その性質は、外部への働きかけが強いものほど顕著だ

 物体干渉の異能が希少とされるのは、ほとんど遺伝しないからである


 送信系の適応者は、他者へと一方的に情報を送ることができる

 彼らの場合は、念波をぶつけて相殺する方向に適応が進んだのだろう


 騎士たちが子狸を見る眼差しは優しい


騎士E「なんでかな? ふと思い出したんだ。お前をつかまえることが生活の一部だった」

 

 心理操作した筈だ

 日常生活の瑣末な出来事を思い出せる人間がいないように

 子狸のことを意識にとどめないよう仕込んだのに


騎士F「子供の頃、小さな魔物と遊んだんだ。ずっと忘れていたよ」


 それでも……記憶は消さなかった

 心は……

 この気持ちは、開祖からもらったものだから


騎士G「アリア家の狐に言われたんだ。お前を知る人間は残れと」


 狐娘たちのことだ

 おそらく彼女たちの独断だろう


 勇者さんは決定的なミスを冒した

 子狸を置いて行くという判断は

 少なくともコニタには受け入れられなかった


 その結果、彼らはここにいる


騎士H「お前は、きっと叫んでいたな。魔物たちと仲良くしろと。すべて思い出した。これだったんだ。ずっと引っかかっていたのは」


 バウマフ家の人間は、ずっと叫び続けてきた

 千年間ずっと叫び続けてきた

 無駄ではなかった

 無駄ではなかったのだ……


 彼らの叫び声は、人々の心に残っていた

 そして、いま

 はっきりと届いた

 たったの八人だけど

 届いていた……


 騎士Aが、感極まった様子で子狸の前足を握った


騎士A「行こう」


 他の騎士たちが唱和した


騎士B~H「行こう」


子狸「……就職……か?」


 いつしか涙は止まっていた


 この期に及んで理解が追いついていない子狸の前足を

 騎士Aが力強く引いて立たせた

 騎士団に勧誘しているわけではない


 子狸は、自力では立ち直れなかった

 だから手を差し伸べてくれる誰かが必要だった


 おれたちでは駄目だった

 おれたちは魔物だ

 バウマフ家の悲願は、おれたちの総意に反する


 それなのに

 いつの間にか、おれたちは負けていた

 さしものお前らも呆然としていた


騎士A「魔都へ――」


 歴史を動かすのは

 名もない人間でもいい

 勇者でなくてもいい


 一人の人間が言った



騎士A「魔王と話し合おう」



 ――ポンポコ騎士団の結成である



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