分かたれる、道
注釈
・破獄鱗ゾス
勇者さんの必殺技その2。
刃に乗せた振動を光に変換して対象を拘束する。
なお、刀身の振動は勇者さん本人が意識して行っているわけではない。
媒体は別としても、光の正体は振動であると魔物たちは考えている。
戦隊級、都市級との戦闘を想定して編み出された。
光の輪が出現すると言うよりは、光が表皮を伝うと言うほうが正しい。
大きいひとの天輪から発想を得たと思われる。
魔軍元帥の魔力、妖精さんの念動力を間近で目にした影響もあるだろう。
新必殺技の概要は以前の状況からある程度の予測がついていたらしく、じっさいのお披露目を待たずして命名されていたようだ。
「破獄」は脱獄のこと。囚人が牢を破って脱走することである。
「鱗」は鱗御三家の緑のひと、蛇のひと、鱗のひとに敬意を表して。
鱗のひととの戦いで新技を出し惜しみできる余裕はないと踏んでいた。
「ゾス」は語感。まったく意味がない。意味はまったくない。まったくないんだ、意味は。
遥か上空で紫電が交錯した
雨雲に身を隠した蒼穹の騎士を、雷をまとった魔獣が追う
二合、三合と激しく打ち合ったのち、最後の一撃があだとなったか
黒煙を吐き出して墜落する機兵を、巨鳥が執拗に付け狙う
ぞろりと生え揃った牙が、大気を食い破った
寸前で体勢を立て直した四番目の名を持つ戦士が
絶妙なタイミングで飛び込んだ
柔らかな毛皮をむんずと掴み、力尽くで引き寄せる
内部のコクピットで、見えるひとがコントロールレバーを押しこんだ
ゲインが上昇する
亡霊「う! お! お! お! お!」
自身の十倍近い巨体を、空中で振り回して投げた
力場を蹴って猛加速した四号機が、空のひとのお腹に蹴りを叩きこんだ
ひよこ「おふっ!」
身体をくの字に曲げた魔ひよこが、地表に衝突した
遅れて着地した四号機が、追撃を仕掛けようとして踏みとどまった
泥の高波を突き破って迫る魔獣のプレッシャーに後退を余儀なくされる
空をきった翼には、鋭い鉤爪が具わっていた
おとなになることで失われるものもある
空のひとが外殻を幼体にとどめているのは
まだ何者でもない子供なら、何にでもなれるからだ
連続して襲いかかってくる鉤爪が、まるで嵐のようだ
急激なGに見えるひとが歯噛みした
計器類の数値は、機体の限界が近いことを如実に示している
ひっきりなしに甲高く喚くアラートを、見えるひとは手動で叩ききった
空中で身をひねる四号機を、空のひとが視界にとらえた
その瞳が怪しくきらめく
極限まで磨き抜かれた泥の刃が、波のように大気を伝った
レベル4の魔物は、一時的に時空間をゆがめて詠唱を破棄できる
一本の線で結ばれた始点と終点を、紙ごと折り曲げてぴたりと貼り合わせるようなものだ
すると、どうなるか
力場を蹴って間をつなぐ必要すらない
完全に重力を無視した機動が可能になる
後方に跳んだ四号機が、空中で上下左右に身体を揺さぶった
繊細な機体コントロール
薄く研がれた泥の刃を紙一重で見切り、さらに大きく跳ぶ
追撃をあきらめた空のひとが
無事に獣人戦を切り抜けた勇者さんを視界におさめて、安堵の吐息を漏らした
鱗のひとの肩に飛び乗った四号機が
気密を開放して蒸気を上げる
独立した胸部が前面に倒れ、操縦席に座る見えるひとの姿が覗いた
新鮮な外気に触れてひと息ついたエースパイロットを
鱗のひとが目線でねぎらう
一度の跳躍で悠々と林を飛び越える巨獣を
人間たちが追うすべはなかった
どるふぃん「ッ……! 仕留め、きれなかったか……」
あらゆる展開をあらかじめ予測し、検討していたのだろう
部下に肩を借りているトンちゃんが歯ぎしりをした
撃退に成功するパターンの中では、およそ最悪の部類に入る展開だった
勝ちを拾った、という表現がまさしく相応しい
門の守護獣が魔都の防衛に執念を燃やすというなら
鱗のひとが次に打つ手はわかりきっていた
どのタイミングで介入すれば、もっとも騎士団に有効な打撃となるか
第一のゲートは開放した
それは素晴らしい戦果だろう
――しかし第二のゲートで
騎士団は二人の戦隊級を相手取ることになる
悪いことは重なる
状況の悪化に歯止めがきかない
攻勢に転じる瞬間を見極めるのは指揮官の仕事だ
……勝てるのか
あれだけの苦戦をしいられた巨獣が二人……
たんじゅんに戦力は二倍になる
対する人類の切り札は一人しかいない
不公平ではないのかとすら思う
それでも空間が開けているぶん
三人目の門番――“最強の獣人”を打ち負かすよりは易しいと思えるから
いよいよ救いがなかった
トンちゃんの表情は厳しい
しかし……
どるふぃん「ともあれ、勝った、な……」
不意に口元をゆるめたのは、部下の緊張を解きほぐすためだ
肩を貸していた騎士が、振り向いて破顔した
握りこぶしを天に突き上げた騎士たちが
一斉に歓声を上げた
現金なものだ
苦笑したトンちゃんが、もうだいじょうぶだと騎士の肩を叩いて
自分の足でしっかりと立つ
この男は、その身に備わる回復力も常人の比ではない
どるふぃん「適度に喜べ。残党がいるかもしれん」
難しい注文をつけてから、身体についた泥をはらっている勇者さんに歩み寄っていく
どるふぃん「アレイシアンさま」
正体を隠して勇者一行に潜入していたから
中隊長として話しておきたいことはたくさんある……
いったん退散した鱗のひとが
ステルスして戻ってきた
深刻な表情をしている王国最強の騎士を尻目に
泥の上に寝転がってごろごろする
トカゲ「あ~……しんどかった」
ひよこ「お疲れっ」
ぴょんぴょんと飛び跳ねて近寄った空のひとが
ぽんぽんと肩を叩いて労をねぎらう
トカゲ「……こんにゃろ!」
ひよこ「おふっ」
魔ひよこを引きずり倒した鱗のひとが
上質な羽毛に顔をうずめる
枕の代わりにされた空のひとが身の潔白を訴えた
ひよこ「おれは良かれと思ってだな……」
トカゲ「うるさいよ。おれは眠いんだ。さいきん昼寝してなかったからな~……」
ひよこ「や~め~ろ~よ~」
じゃれ合う巨大生物たち
お馬さんたちと地上で再会した子狸が
二人に抱きついて頬をすり寄せている
話しながら並んで歩くトンちゃんと勇者さんを見つけて、ぱっと喜色を浮かべた
子狸「トンちゃん! お嬢!」
駆け寄ってくる子狸を見る、トンちゃんの眼差しは
……冷たく
そして酷薄なものだった
まわりの部下たちに目配せをする
どるふぃん「とらえろ」
子狸「え……」
思いもよらない言葉に反応が遅れた
前足をひねり上げられた子狸が、苦痛に身をよじった
抗議の声を上げたのは羽のひとだった
妖精「離しなさい! なにをっ……こんな……」
語尾がふるえたのは、勇者さんが何も言わなかったからだ
聖騎士は中隊長に命令する権限を持たない
そのことを思い出した羽のひとが、トンちゃんをなじった
妖精「卑怯者っ!」
――しかし勇者さんはアリア家の人間である以前に勇者だ
彼女が本気で反対すれば、中隊長といえども無視はできない
自由を奪われた子狸が呆然とつぶやいた
子狸「トンちゃん……?」
信頼に縋りつく目を、真っ向から受けて立つのは鉄の意思だ。巌の眼差しだ
どるふぃん「われわれが何も知らないとでも思っているのか? 魔物と人間の魔法は、あきらかに異なる」
伝播魔法があれば、視認できる範囲にいる人間に声を届けるのは簡単だ
聖木盗難事件の顛末は、トンちゃんの耳に入っていると見て間違いない
だからトンちゃんは言った
どるふぃん「君は、何者だ? 人間ではないのか? 何が目的で勇者に近づいた……」
子狸「…………」
答えるすべを持たない子狸を見かねて、羽のひとが反駁した
妖精「わたしたちは、ずっと一緒に旅をしてきたんだ! お前なんかに何がわかる!」
剥き出しの敵意をトンちゃんにぶつける
商人を名乗る得体の知れない男に、彼女はずっと疑いの目を向けていた
しかしトンちゃんが羽のひとに向けた眼差しは
対照的に穏和なものだった
どるふぃん「いままでは、それで良かったかもしれない。しかし、これから先、敵はますます強大になる。付け加えて言うなら、私の部下は百を越える。不安要素は致命的になる」
事実、子狸は鱗のひととの戦いで活躍したのではないか――という
予測されてしかるべき羽のひとの反論を
トンちゃんは先回りしてつぶした
どるふぃん「今回は、たまたま上手く行った。では次は? その次はどうなる? どのみち、彼を連れて行くことは出来ない。彼に、その資格はない」
反論を封じられた羽のひとが、視線で勇者さんに助力を求めた
……勇者さんは答えない
考えるひまを与えるほどトンちゃんは甘くない
子狸を拘束している部下に命じた
どるふぃん「連行しろ。多少手荒でも構わん。情報を引きずり出せ」
勇者「待って」
不意に勇者さんが口を開いた
トンちゃんが、彼女に無断で行動を起こす筈がない
認めていた筈だ
許可を下した筈だ
子狸が命令に従わないことを
誰よりも知っているのは彼女なのだから
けっきょくのところ
騎士団に子狸の居場所はなくて
子狸と騎士団のどちらを選ぶか
焦点になっているのは、そこだ
そして騎士団を選ぶのは当然の選択だった
子狸は軍人ですらない
それなのに歩み寄った勇者さんが
子狸のひたいに自分のひたいを押し当てた
子狸「お嬢……?」
揺れる子狸の瞳が定まる
勇者さんが囁くように言う
その表情はようとして知れない
優しい声だった
それは別れの言葉だった
勇者「宝剣を集めなさい。あなたなら、きっと……わたしよりも立派な勇者になれるわ」
たとえ王国が滅んでも
人類には、まだあとがある
しかし勇者さんは王国の大貴族だ
沈むとわかっている船に乗るのは
貴族の義務……いや
最後の矜持なのかもしれない
だから彼女は、自らを犠牲にしてでも
魔都へと至る血路を切り開こうとしている
全ての属性に通じる子狸なら
魔王に対抗できる
六つの宝剣を使いこなせる
その悲壮な決意に、羽のひとがうなだれた
彼女にもわかっていた
同じ時代に魔王と同じ特性を持った人間が現れた
それは、きっと運命なのだ
子狸の肩を離れた羽のひとが
勇者さんの肩にとまる
彼女を一人にすることは出来なかった
きびすを返した勇者さんに
子狸が言葉にならない思いをぶつけた
子狸「お嬢!」
彼女は振り返らなかった
遠ざかっていく
暴れる子狸を、騎士が乱暴に地面に押しつける
子狸「だめだ! お嬢!」
トンちゃんを従えた勇者さんが
いつしか彼らのやりとりを注目していた騎士たちに言う
勇者「魔都へ――」
泥を噛みながら子狸が叫んだ
子狸「やめろ! 言うな!」
見えないふりをしてきた
聞こえないふりをしてきた
彼女は貴族で、一人では何も出来ない女の子だった
たまに、ひどく幼く感じられるときがあった
そんな彼女だったから、魔物と関わるうちにきっと変わると思っていた
立場が違いすぎたから、本音で話すことも出来ない
もう少し――
もう少しで、何かが変わりそうだったのに
最後の最後まで子狸は踏み出せなかった
あの塔の中でさえ、魔物とはひとことも言えなかった
本音を隠して接してきたから
いずれ関係が破綻することはわかりきっていたのに
二人の選ぶ道は、決定的に違える
千年間、数珠のように悲願を紡いできた
勇者と魔王が手を取り合ったなら
きっと、まだ見ぬ世界がひろがっていると信じた
その悲願は――
勇者「魔王を殺す」
果たされない
この記事は「火口付近在住のとるにたらない不定形生物さん」が書きました
一四七、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
まあ……なんだ
今回は縁がなかったということで……
一四八、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん
失恋なんて、いまにはじまったことじゃないだろ?
元気を出せよ。な?
一四九、海底都市在住のごく平凡な人魚さん
お前なら、いつかいいひとにめぐり会えるよ
むしろ、きっぱりと振られて良かったじゃないか
未練を残さずに済む
一五0、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
べつに振られてねーから!
ていうか、いまの子狸に振られるとか言うな!
人型のひとたちは、昔からそうだよ……
見た目は振る側なのに、デリカシーに欠ける
一五一、迷宮在住の平穏に暮らしたい牛さん
でも振られたものは仕方なくね?
いじいじと悩むよりは
現実を突きつけてやったほうが本人のためになる
一五二、草原在住の平穏に暮らしたいうさぎさん
失恋した子狸さんを励ます会場はこちらですか?
一五三、住所不定の特筆すべき点もないてふてふさん
子狸さんが失恋したと聞いて
一五四、空中庭園在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中
子狸さんが失恋したと聞いて
一五四、空中回廊在住のごく平凡な不死鳥さん
子狸さんが失恋したと聞いて
一五五、山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
略
九九九六、山腹巣穴在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中
子狸さんのルービックがキューブしたと聞いて
九九九七、火口付近在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中
一0000ゲットで失意の子狸さんが新しい恋を見つける
九九九八、かまくら在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中
一0000ゲットで失恋した子狸さんが堂々の復活
九九九九、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
一0000ゲットでスーパー子狸タイム。勇者さんは惚れる
一0000、管理人だよ
おおっふ、おおっふ……
一000一、山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
この河はお前らの愛であふれて使いものにならなくなりました
【管理人さんの一0000ゲットでボーナスメッセージが開封されます】
よう、おれ
このボーナスメッセージを見る頃には
お前は勇者さんと幸せな家庭を築いていることだろう
そんなお前に贈りたい言葉がある
感謝だ
感謝を忘れてはならない
いいか、感謝だ
感謝を忘れるな
追伸
おれはダブルした
お前はダブルスか?
【続けてリリィさんのコメントが開封されます】
念のために励ましておくわ
ドンマイ
【以上です】