真実の対価
中隊長を欠いた中隊は、たんなる小隊の集まりだ
小隊長が自分の部下を大事にしたいと思うのは当然で
部隊をいちばんうまく扱えるのは自分だという自負がある
そうでなくては小隊長の資格はないとも言える
小隊長に、同じ小隊長を従わせる権限はない
せいぜい先任の小隊長と相談して戦法の調整をする程度だろう
小隊同士の連携には難がある
この問題を、騎士団は解決できていない
小隊長の裁量権に手出ししようとするなら
騎士団の指揮系統は抜本的な見直しを求められるだろう
改革には痛みがともなう
だから小隊長に命令を下せる中隊長がいるとき――
小隊の群れは、敵の喉笛を噛み砕くための機構へと劇的に生まれ変わる
機動力を騎馬に託した完全装備の騎士たちが
光の鞭を振るい戦場を蹂躙していく
戦歌が轟き、憎悪が渦巻く
つんざく雨音が千切れ飛び、うねるようだ
圧縮された空気を元に算出された運動量を固定し
対象の三番回路に数値を入力
退魔性などの抵抗を通して成否判定を行う
――これが圧縮弾と呼ばれる魔法だ
飽和した圧縮弾が、亡霊たちを押しつぶしていく
反撃は、障壁に遮られて届かない
一度、放たれた激情は止まらない
目に映るもの全てが敵だ
不用意に戦場に迷い込んだ魔物の幼な子を、圧縮弾が打った
一瞬よぎった後悔を、騎士は強靭な精神力で抑え込んだ
魔物は成長すれば人を襲う
偽善だ、と吐き捨てる
人間よりも背丈の低い種族の魔物だったから
輪をかけて小さな子供が、幼児に見えて仕方なかった
勝ち続ければ、いずれは直面する問題だ
芽を摘まなければ、魔物はどんどん増える
ヒーローみたいになりたくて騎士を志したのに
夢は叶った筈なのに
心のどこかで何かが違うと悲鳴を上げていた
――とどめを刺さなかったのは
子供の頃に色濃く根付いた“おとな”への反発だった
誰かが救ってくれればいいのにと願った
小さな魔物が、ふらふらと林のほうに向かう
傷ついた身体は、ちっとも思い通りに動いてくれない
痛みに身を委ねてしまえば楽になれる
怖いよ――涙があふれて止まらなかった
ついに力尽きて倒れ伏した幼な子に
前足が触れた
つながれた手を通して、前足から青白い霊気が伝う
光の粒子に変換されつつあった半身が肉体を取り戻した
安らかな寝息を立てる鬼のひと(幼)に
安堵のため息を吐いた子狸が
全身の痛みに表情をゆがめた
木にもたれかかって立ち上がる
たったそれだけの動作が苦痛だった
布団の中でゆっくりと眠れたら、どんなに幸せだろう
その誘惑を振りきって、ふらつく後ろ足を叱咤した
ひと息ついて空を見上げると、暗澹とした雲がひろがっていた
いや、あれは闇の魔法だ
開放レベル3。おそらく上位性質の……
闇に呑まれた光が無残にも砕け散った
トンちゃん……
不意に巫女さんの言っていたことを思い出した
なんのために戦うのか
人間のため? 魔物のため?
……わからない
それでも――この気持ちに嘘はないと思った
喉が張り裂けても構わない
力を貸してくれ……届いてくれ……
その一心で、喚声を叫んだ
――声が聞こえた
亡霊と切り結んでいた勇者さんは目を見張った
天を衝くほどの巨大な霊気の柱が
青色の透き通った粒子を惜しみなく撒き散らしている
それは、この世でもっとも新しい魔法だった
二番回路が生み出した忌み子が選ぶのは
やはりバウマフ家の人間だ
システムエラーを起こした二番回路が
一方的に三番回路に干渉している
力が湧いてくる気がした
魔物を焼く筈のともしびが
まったくの無害であることに驚きを隠せない
立ち尽くしている見えるひとに、勇者さんが突進する
彼女は、あまり聖剣に頼ろうとしない
歴代勇者が光輝剣で魔王と相対したのは間違いだったと思っているからだ
魔王を刺し貫くのは、ひとの手で鍛え上げられた鉄であるべきだという確信がある
ぬかるんだ足場には、もう慣れた
滑るように距離を詰める
自然界にあふれる青い光が網膜に沁み入るかのようだ
呼応するように霊気をまとった外法騎士たちが
死角となる背後を、左右を固めてくれた
全身を投げ出すように繰り出した刺突は届かなかった
直前で接近に気付いた見えるひとが後退したのだ
ならば、と踏み出した足を支点にくるりと回る
懐から取り出したのは万国旗だ
妖精「え~……?」
この日のために子狸から徴収しておいたのだが
羽のひとの理解は得られなかった
しかし見えるひとは目を疑う
亡霊「!?」
勇者さんの手から、忽然と騎士剣が消失していた
彼女の剣術は、見えるひととは相性が悪い
だから相性が良い剣術に切り替える
そういうことが、アリア家の人間には出来る
箱姫みたいに、袖に剣を仕込むのは無理だろうが
自分の身体で剣を隠すことは出来る
勇者さんが旋回する
妖剣が閃いた
爆発的な退魔力を叩きこまれた亡霊が
鱗光を放ちながら、自分を打ち倒した勇者を見る
亡霊「すまない。ありがとう……行くよ」
戦いから解放されたことを喜んでいた
ステルス陣からブーイングが飛ぶ
亡霊「おい! いまのは避けられただろ!」
亡霊「自分だけさっさと退場しやがって……」
ひよこ「ふう、ふう……!」
王都のん謹製の猫耳を
勇者さんは毎朝、山腹のんにセットされている
お揃いの猫耳が、雨水を嫌ってぴくぴくと跳ねていた
ひよこ「あァアァァァァッ!」
魔獣が咆哮を上げた
やりたい放題だッ……
冷気をまとった巨鳥が歩むたびに
凍結した泥が踏み砕かれる
見えるひとが舌打ちした
亡霊「ちぃっ……! やるしかない。下がれ!」
亡霊「くそっ……もって五分! 全力稼働で二分だ」
とうに結論は出ていた
レベル2がレベル4に対抗するためには
同じレベル4になるしかない
地を蹴って跳躍した亡霊さんが
空中で身体を屈めて魔ひよこを指差した
亡霊「おれ革命!」
背後の空間が裂けた
飛び出してきたのは、光沢のある青みがかったプレートメイルだ
空中で分解したパーツが
召喚者を基点に組み上がっていく
瞬時の出来事だ
操縦席に滑りこんだ見えるひとが
ところ狭しと並んだ操作盤を繊細なタッチでなぞる
空中に佇んだブルーメタルの騎士が
重たげにまびさしを持ち上げた
不屈の闘志が両目に宿る
尖角がにぶく光った
魔物界の巨匠が世に送り出した第四世代の鎧シリーズ……!
高機動型と言えば聞こえは良いが
操作性と装甲を犠牲にした怪作である
実質的に見えるひと専用機とも言える、この四号機を
ひとは魔軍元帥と呼んだっ……!
……まあ、それは置いておくとして
無事に見えるひとを撃破した勇者さん
勝利の余韻にひたっているひまはない
外法「ポンポコ卿!」
勇者「……卿?」
一般的に、卿と呼ばれるのは貴族の当主だけである
凄まじいまでの霊気を放っているポンポコ卿を
見えるひとたちは指をくわえて眺めることしか出来ない
勇者さんの肩の上で、羽のひとがうめいた
妖精「なんなんだよ、この魔法……」
のこのこと歩み寄ってきた子狸が
真剣な眼差しで勇者さんを見つめる
子狸「お嬢」
勇者「なに」
子狸「おれを信じてくれ。目をつぶってほしい」
妖精「おまわりさん、コイツです」
でも、まわりの騎士たちは外道しかいなかった
勇者「これでいい?」
勇者さんは素直だ
子狸「そう。そのままじっとしててね」
羽のひとはフックの角度を調整している
てっきり不埒な行いに及ぶと思われたが
意外にも子狸は勇者さんから視線を逸らした
子狸「くろくも!」
名前を呼ばれて、林に避難していた黒雲号が歩み寄ってくる
豆芝さんもついてきた
身体をすり寄せてくる黒雲号を、子狸は前足で撫でる
子狸「大きくなったね……」
はっとした黒雲号が顔を上げた
……まだ赤ちゃんだった頃、黒雲号は子狸と出会っている
このお馬さんは、二年前の王都で産声を上げたのだ
相反する属性魔法のスペルは融合できる
結界術師のためにデザインされた魔法だからだ
子狸が瞑目して前足を合掌する
前後左右を固めた外法騎士たちが緊張した
子狸「パァルダ」
光と闇が前足に宿った
子狸「レゴル」
雪の結晶と火の粉が踊る
子狸「ポーラレイズ」
雨水が紫電を帯びて舞う
子狸「ドミニオン!」
目を見開いた子狸が、前足をひろげた
六つの属性で結界を作るのは困難を極める
巫女さんならば、あるいは……といったところだろう
だから人間たちは、結界のノウハウを持たない
外法騎士たちが感嘆の声を上げた
眼前にそびえる大きなお城は
つい先ほどまでなかったものだ
その外観はお城と言うよりも
塔と言ったほうがしっくり来るだろう
火口「ポンポコキャッスルは不滅です……」
おれ「不滅です……」
子狸「不滅です……」
勇者さんを抱きかかえた子狸が
黒雲号にまたがる
勇者さんの退魔性は強すぎる
彼女が見ている前で結界は成立しない
途中で目を開ければ崩れるだろう
どこからどこまでが現実で
どこからどこまでが虚構なのか
わかりきっている状況で魔法の横行を許すほど
剣士の退魔性は甘くない
羽のひとは子狸の肩にとまった
妖精「だいじょうぶなのか、これ……」
子狸が黒雲号の手綱を握った
子狸「行け!」
駆け出した黒雲号に、豆芝さんもついてくる
子狸「ん? 一緒に来る?」
馬上の子狸が首をひねって問いかける
すると豆芝さんは嬉しそうに瞬きした
子狸も嬉しそうに笑った
子狸「よし、行こう!」
勇者一行は塔に突入する
内部は、なだからな斜面になっていて
ぐるぐると回りながら最上階を目指す構造になっている
目をつぶっている勇者さんが
ふと口を開いた
雨水を吸って頬に張りついた髪を
指先で払いながら
勇者「あなたは、いつも一生懸命ね」
懐かしむような口調に
子狸の返事も穏やかなものになる
子狸「怠けてると、突っつかれるんだよ」
勇者「誰に? パンの精霊に?」
子狸「え?」
妖精「え?」
子狸「ああ、うん……。パンの精霊ね……」
勇者さんの声は、かすかに弾んでいた
勇者「あなたは、精霊の味方なの?」
子狸「放っておけないんだよ」
ずいぶんと見下してくれるじゃねーか……
子狸「あいつら、なんでもかんでも難しく考えるから。おれが代わりなんだ」
妖精「ろくでなしですね」
そう他人事のように言うが
おれたちは、お前のことを仲間外れにはしないぞ
お前は、もっと安心していいんだ
勇者「代わりというのは?」
子狸「むずかしく言うと、代理かな」
妖精「判定基準が……」
子狸「おれは管理人なんだ」
パンの精霊という共通認識を得たことで
もう子狸さんを止めるものは何もなかった
子狸「あいつらがしたくても出来ないことを、おれがするんだ」
勇者「だから代わりなの?」
子狸「いいやつらなんだよ。お嬢とも、きっと仲良くなれる」
ずっと言いたいことだったから
次から次へと言葉があふれて止まらなかった
子狸「争う理由なんてないんだ。どうして戦うんだろう?」
勇者「理由なんて探せば幾らでもあるわ。あなたが知らないだけよ」
妖精「目の前のことしか見えてないからなぁ……」
散々な言われようである
しかし子狸は認めなかった
子狸「いや、ないんだよ。本当は、ないんだ」
勇者「……どうして?」
子狸「どうして?」
妖精「情報源を出せよ」
羽のひとに通訳されても
子狸はぴんと来ない様子である
子狸「……おれ?」
妖精「そういうのを妄言と言うんだ」
子狸「妄想くらいするさ」
堂々の妄想宣言である
子狸「……例えば、ここに肉屋さんと魚屋さんがいたとしよう」
だいじょうぶか?
その組み合わせは破滅の予感しかしないんだが……
子狸「二人はライバルだ」
さらにハードルを上げてきた
子狸「今日の晩ごはんはどうしようか。おれは悩む」
それどころか、すでに対立構造が完成していた
子狸「ところがおれは、そう一筋縄じゃいかない。アピールタイムスタートだ」
勇者「おちついて。もう争いがはじまっているわ」
冷静沈着な勇者さんをして
子狸の論法は黙って聞いていられないほどひどい
子狸「お嬢、いま……争いを止めたね?」
そして、この得意顔である
おれたちの子狸さんは根本的な勘違いをしていた
争いが嫌なのではない
お前が心配なのだ
子狸は不気味な含み笑いを漏らしている
子狸「はじまったな。ついに勇者一行がはじまった……」
妖精「……ノロくん、この先に何かあるんですか?」
見ていられなくて、羽のひとが助け舟を寄越した
子狸「未来かな」
妖精「口当たりの良いこと言ってないで、ちゃんと答えて下さい」
子狸「……聖剣は、レベル4にだって通用する」
勇者「都市級のこと?」
子狸「むしろ都市級というのがわからない」
じつは、わかっていなかった
勇者「……ごめんなさい。続けて?」
子狸「おう。鱗のひとはレベル3だ。お嬢なら勝てる」
勇者「……どうして、わたしに協力してくれるの? あなたは……」
ずっと疑問に思っていたことだ
子狸は、魔物に対して容赦がない
かと思えば、庇ったりもする
まるで一貫していないのである
核心を突く問いに
子狸は悲しげに微笑んだ
儚げで、消え入りそうな笑みだった
子狸「お嬢、おれは……おれはね……」
ここまで来たら、もう隠すことはなかった
子狸は言った
子狸「――ごはん派なんだ」
衝撃的な発言だった
この記事は「かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん」が書きました
参考になぁ~れ
一三四、海底洞窟在住の現実を生きる不定形生物さん
激震、こきゅーとす……!
一三五、湖畔在住の今をときめくしかばねさん(出張中
う、嘘だろ……?
一三六、かまくら在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中
工場長! 気をしっかり持って!
一三七、火口付近在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中
……おれは薄々と勘付いてたけど
旅立ってから、ぜんぜんパンを食べてないし
年がら年中パンを見てたら、もう食べ物という認識は持てないだろ
一三八、砂漠在住の特筆すべき点もない大蛇さん(出張中
たしかに衝撃的な発言だけど
お屋形さまは、あんまり気にしてないみたい
一三九、湖畔在住の今をときめくしかばねさん(出張中
気にしろよ!
お前からパンをとったら何が残るんだよ!?
一四0、かつて管理人だったもの
家族が残る
あと、お前ら
一四一、管理人なのじゃ
家族が残る
あと、お前ら
一四二、かつて管理人だったもの
お父さん、そういうのやめて下さい
本気でカンベンしてほしい
第一、もう管理人ではありませんし……
一四三、管理人なのじゃ
あ? おれは生涯現役なんだよ
一四四、湖畔在住の今をときめくしかばねさん(出張中
夢の共演はいいんだよ!
事は重大だ……
緊急会議を要請する!
お前ら、集合!
一四五、かまくら在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中
工場長、パンが足りません!
一四六、火口付近在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中
工場長~!