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絶望の使者

 連結魔法は、個々人の才能に左右されにくい

 つまり総人口に対する魔法使いの比率が高いということだ


 技術は発展する

 技術は飛躍する

 研鑽の果てに何があるのか

 過去の先人たちが夢見た光景がここにあった


 千年――

 気の遠くなるような歳月が

 膨大な量に及ぶ術理を育み

 削り出された理想像は 

 いつしか……

 ひとりの怪物を産み落とした


 階段状の力場を駆け上がったトンちゃんが跳んだ

 巨漢が宙を舞う


 熟練した魔法使いは、しばしば子狸がそうしてきたように

 自在に宙を駆ける


 詠唱は、ほとんど足かせにならない

 そこに足場がある前提で踏み出し

 先行したイメージに

 かちりと詠唱を当てはめるのだ


 少しでもタイミングが狂えば、踏み外して落下するだろう

 あまりにも危険であるため、学校では禁止されている技術だ


 交錯した視線をねじりきるように

 大きく手足を振ったトンちゃんが空中で回転する

 両腕をひろげたのは、座標起点へのささやかな抵抗だった


ドルフィン「ゴル」


 ささやくような詠唱は、喚声と雨にのまれる

 しかし魔物の聴力は人間の比ではない

 鍛え抜かれた背筋が収縮し

 仰け反った巨獣の腕がしなる

 

 蛍火が舞い

 凶兆をはらんだ鉤爪が跳ね上がるよりも早く

 トンちゃんは横手の力場を蹴って真横に跳んだ


 両者の戦いを、何者かが林の中から見つめていた

 感嘆の声を上げたのは、両腕を組んで木にもたれかかっている人物だ


??「速いな」


??「ああ。だが、おれたちほどじゃない」


??「ふっ……」


 三人組だ

 全身を黒衣で覆っているため

 その正体はようとして知れない


 いったい彼らは何者なのか……?


トカゲ『お前らというやつは……』


 内心で呆れつつも

 トカゲさんはにたりと笑った

 トンちゃんを追う目は確信に満ちている


トカゲ「やはりな」


 旅シリーズも後半戦に突入すると

 一部の魔物は本気でボケに回りはじめる


 リアクションしたら負けだ

 苦しい戦いになる


 それでも鱗のひとは

 真面目くさった顔で言った

 

トカゲ「連発はない」


 外部に働きかけるタイプの異能は

 まず間違いなく何かしらの欠点がある

 トンちゃんの場合は連射性と射程距離だ


 まず連射性

 複数の対象を一斉に操らないと有効打が望めないため

 多大なる集中力を要するらしい

 つまり疲れる


 そして射程距離

 こちらは対象の大きさによって変動するようだが

 だいたい近距離~中距離の間で推移する


 トンちゃんの異能を知るものは

 ひろい視野を与えてしまうことを避けるため

 実質的には、ほぼ近距離戦をしいられることになる


 また、非運動の物体に重ね掛けは出来ないという欠点もある


 絶対的なルールのようなものが先にあるから

 そのルールに干渉しようとすれば

 異能が言うことを聞かなくなる


 トンちゃんの場合は“2cm”というのがそうだ

 2cmのみ動くというルールが絶対の決まりごとだから

 非運動の物体に連続して働きかけることはできない

 4cmにはならない、ということである


 無敵を誇る異能も、そうと知れれば対策を打てる

 重心を落とした鱗のひとが、巨躯をひねる

 首筋を噛み切ろうとする光の牙を掻い潜りながら

 ――勇者さんの援護射撃をものともしていない――

 跳ね上がった尾でトンちゃんを叩き落そうとする


ドルフィン「パル」


 雨の中を泳いでいるかのようだ

 王国のドルフィンが四人に分裂した

 目の前で分身したのだ、本体は見え透いている

 そこに鱗のひとは罠を察知した


 鞭のようにしなった尾が、三人の分身を打ち砕く

 これを、本体は空中で倒立し

 上下反転した視界の中、両腕で跳躍して回避した

 

 刹那、分身に気を取られた鱗のひとの意識から

 蛍火の存在が消える

 その瞬間を狙い澄まして、トンちゃんが拡張魔法を連結した


 だが、鱗のひとの反応速度が勝った

 一挙に膨張した火球から、素早く屈んで難を逃れる

 片手を後方に突き出して、拒絶を叫んだ


トカゲ「ディレイ!」


 魔物の盾魔法を、物理的に破壊することは不可能だ

 その不可能を可能にするのが勇者の聖剣である

 再度の援護射撃

 光刃が魔物じるしの防性障壁を打ち砕いたとき

 巨人は遥か上空だ


 破裂した火球が雨を急激に熱し、大量の水蒸気を生み出していた

 この水蒸気を、トンちゃんは減速魔法で凍結して

 鱗のひとを拘束するつもりだったらしい


 当てが外れたことを、王国最強の騎士はおくびにも出さない

 飛び上がった鱗のひとを指差して

 ――史上最高峰の異能すら

 トンちゃんにとっては布石のひとつだ

 

 空中で身構えた鱗のひとに

 一歩、スペルで先んじる


ドルフィン「パル・タク・ロッド・ブラウド……」


 舌打ちしたい気持ちをこらえて、鱗のひとがすかさずあとを追えば


トカゲ「アルダ・バリエ・ラルド・アバドン……」


 両雄、競うように片腕を突き出した


ドルフィン&トカゲ「グノ!」

 

 上空で光の剣と闇の沼が衝突した頃

 眠る子狸に、忍び寄る影が二つ……


亡霊「…………」


亡霊「……(こくり)」


 林を迂回した亡霊さんたちが

 互いに顔を見合わせて頷いた


 無言でサインを交わすと

 腰を屈めた低い姿勢で駆け寄る


 何をするのかと思えば

 ふと気になったようで前足を確認

 うむ、と頷いた


王都「ねーよ」


 王都のんに触手で頬をぶたれる


王都「あと、おれに無断でさわるな。実印は?」


 巣穴に潜った子狸さんにさわるときは

 王都のんの許可がいる


 差し出されたスタンプカードに

 見えるひとたちは順々に判子を押した


王都「……よし。いいだろう」


 許しを得て

 さっそく二人は子狸の梱包を開始する

 魔都まで、クール便で二日ないし三日といったところか

 牛のひとが黙って通してくれるとは思えない

 あのひとは、子狸を手元に置きたがる癖がある


 いそいそと子狸を縛り上げていると

 不意に羽のひとと目が合った


亡霊「…………」


妖精「…………」


 勇者さんは、別働隊の亡霊さんたちに囲まれていた

 彼女の援護をしながら、妖精さんが小さな人差し指をこちらに向ける

 その指先に、光の羽が咲く


妖精「蜂の巣になっちゃえ」


 おれガトリングだ

 秒間40連発もの光弾を吐き出す可憐な妖精魔法に

 たまらず見えるひとたちが悲鳴を上げた


亡霊「はわわっ……!」


 逃げまどう彼らを、羽のひとの指先が執拗に追いかける


妖精「リシアさん!」


 火力不足を補うための連射性能だ

 マジカル☆と比べ、精度は著しく落ちる


 着弾の合間を縫って子狸に近寄ろうとする見えるひとたちに

 羽のひとが救援を要請した


勇者「待って。いま……」

 

 上体を揺さぶりながら迫る亡霊たちは

 とらえどごろがなく

 勇者さんの剣術とは相性が悪い


 魔都に近づくたびに

 魔物たちは真の実力を解放するかのようだった


 しかしトンちゃんの部下たちも、また精鋭だ

 同僚と連携し、着実に亡霊を駆逐していく

 とはいえ、決め手に欠けているのが現状だった

 実働部隊と分断されてしまったのが悔やまれる


 予定通りに推移している……とトンちゃんは思っているだろう


 子狸の危惧は正しい

 いくら王国最強の騎士といえど

 あるいは史上最強だったとしても

 一対一で鱗のひとに勝てる人間はいない

 

 だが、時間稼ぎにはなる


 そして――


 それは、魔物たちも同じことだったのだ



ひよこ「ふう、ふう……」



 このトリを、おれたちは何とかせねばならない


亡霊「……お前、行けよ」


亡霊「嫌だよ。お前が行けよ……」


 見えるひとたちのリベンジマッチがはじまる……!



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