怨嗟の運河
旅シリーズも十回目となると
絶対条件のようなものが見えてくる
最低限、必要不可欠な要素である……
おれたちが完全勝利をおさめるためには
勇者一行から管理人さんを隔離し、捕獲せねばならない
おれたちの子狸さんは
人間たちへの義理を果たしたと言えよう
ここまで来れば、もうじゅうぶんだ
あの太っちょが現れた以上
子狸が勇者さんにしてやれることは
もう、ない
勇者さんも薄々は勘付いている筈だ
彼女はどんどん強くなる
勇者さんの成長に、子狸はついていけない
――非情な選択を下したのは骨のひとだった
早朝、気温が上がる前に出発した勇者一行が
ラストダンジョン近域の大河を源流とする支流群に差し掛かったとき……
ちょうど、おれのご近所さんがおめかしして家を出た頃だ
人魚『長老会議に行ってくるよん』
木陰にひそんだ骨のひとが
ついに
嗚呼、ついに禁断の罠を
仕掛けた……
・用意するもの
◎大きなざる
◎つっかえ棒
◎魔どんぐり
骸骨「ちちち……」
子狸「!」
素早く振り返った子狸が、大きく目を見開いた
鍛え上げられた第六感が警鐘を鳴らす
これは罠だ……!
しかし過去の戦史をひもとけば
罠のない方向に大軍で待ち伏せするのは常套手段だった
大を生かすためには小を切り捨てねばならないときもある
軍師ポンポコは決断を下した
ふらふらと罠のほうへ
誘い込まれるように
それでいて細心の注意をはらいながら
野生動物としての矜持を胸に
いま……
後ろ足を
前へと
勇者「どこ行くの」
子狸「おぅふっ」
真紅のマフラーが
分かちがたいきずなのように
ふたりをつないでいた
……このように
お前らがパーティーの分断を目論むたびに
そうはさせじと勇者さんが立ちふさがる
内通者の存在を疑うおれたちだったが
もちろんこきゅーとすの輪でつながるおれたちの結束は小揺るぎもしない
火口「火あぶりだ!」
かまくら「いいや、手ぬるい。無間すごろくの刑だ!」
注釈
・無間すごろく
おそろしく緻密にイベントを組まれた巨大なすごろく
襲いかかる逆境の数々に、不屈の闘志で挑んだものだけが成功できる
人生観が一変するとさえ言われる逸品だ
庭園「……妙だな。このサイコロ、4と6が出ないんだが」
山腹「ッ……もういい! もういいんだ、庭園の!」
庭園「そうか。イカサマじゃないんだな。そうか……」
厳密な調査のすえ、無実が証明された庭園のんに
火口のんとかまくらのんが這い寄る
疑わしきは罰せよと言うが
そんなものは人間たちの理屈だ
おれたちの理屈は異なる
理由は在ればいいのだ
火口のんが触手をにゅっと伸ばした
火口「おれは、お前らのために!」
かまくらのんが続いた
かまくら「お前らは、おれのために!」
交差した触手に、庭園のんが気恥ずかしそうに触手を重ねる
庭園「おれら、最高!」
仲直りした三人が徒党を組んでアナザーたちに召集を掛けたのは
おれのご近所さんが前人未到の脱出劇を演じていた頃だ
人魚『サメ怖ぇー!』
群れなすお前らが、どんぶらこっこ、どんぶらこっこと川を流れていく
川沿いに北上していた勇者一行は
その光景を、ただ見守るばかりであった……
火口「ふっ、しょせん人間よ」
かまくら「なんと非力な存在か」
庭園「われら魔王軍の前では、お前らなど無力に等しいのだ」
きっちりと捨て台詞を吐いていくお前らを
人類の希望たる勇者一行は
為すすべなく見送るしかなかったのである……
子狸「こ、これが魔王軍……! 勝てるのか、おれたちは……?」
勇者「…………」
三角地帯を進むごとに勢力を増していくお前ら
はたして勇者一行は、無事にチェックポイントのゲートへと辿りつくことができるのか……!?
待ち受けるは、戦隊級の魔物たち
レベル1、レベル2とは次元が違うとさえ囁かれる猛者である……!
人類に明日はあるのか?
次回へ続く!
この記事は「海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん」が書きました
参考になればいいのに
一二六、沼地在住の平穏に暮らしたいトカゲさん
来るか、勇者よ……!
一二七、草原在住の平穏に暮らしたいうさぎさん
われらアニマル三人衆
レベル2のひとたちとはわけが違うぞ……!
一二八、管理人なのじゃ
絶望的な戦力差に打ちのめされるがいい……!
一二九、迷宮在住の平穏に暮らしたい牛さん
そこは順番から言っておれだろ