表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
136/240

疑心の平原

 三角地帯で暮らそうとする人間はいない

 魔物たちを嫌悪しているからだ

 そうなるよう、おれたちが仕向けた


 退屈で仕方ないんだ

 愛されるより憎まれるほうがいい

 憎しみに勝る感情がこの世にあるのか?


 それは愛だと

 善良な人間は口を揃えて言うが……

 憎悪は、より本能に根ざした感情だ

 愛情を信仰するのは科学的ではない


子狸「だったら、おれが決めてやる」


 言下、子狸の前足が素早く宙を駆けた

 机の上には肉球を模した凹凸がある

 刹那の判断で押し込んだ


 前足と肉球が運命的な邂逅を果たした

 軽妙な音が鳴り響く


子狸「お前たちは、おれと一緒に来るんだ。道はおれが決める。答えはその先だ」


 つまりこうだ


 ぴんぽーん!


火口「おぉっと挑戦者ポンポコ、これは早い! まだ問題文は途中ですが……? 答えをどうぞ!」


 回答権を得た子狸が、ゆっくりと深呼吸した

 表情に宿っているのは不安と緊張

 自信と覚悟が同居している


 子狸は答えた


子狸「石橋を叩いて渡る」


妖精「お前さっきからそればっかりじゃねーか!」


 声色も鋭く指摘された子狸が

 羽のひとにぼそぼそと耳打ちした


子狸「…………」


妖精「え? なに? 引っこみがつかなくなったの?」


 うんうんと子狸


妖精「お前、本当に頭がわるいんだなぁ……」


 しみじみと妖精さん


 とつじょとして開催された早押しクイズ大会

 回答者は四組だ


 人間側からは子狸&羽のひと、トンちゃんの二組

 魔物側からはかまくらのん、見えるひとの二名がエントリーしている


 子狸さんの奇天烈な回答に

 司会、進行をつとめている火口のんが触手を交差させた


火口「残念! ハズレです。本当に残念……」


亡霊「四回目ともなると、さすがに飽きますね。罰が必要でしょう」


火口「これは手厳しい意見です! ごもっともかと。勇者さん、お願いします!」


 勇者さんは罰ゲーム担当だ


勇者「……どうしてわたしが罰しなければならないの」


かまくら「連帯責任というやつだな」


 彼女は、子狸さんの教育を怠った

 どうせ何を言っても無駄だと諦めた……それは一面の真実ではないのか


 どの口で、と言われるかもしれない

 それでも、おれたちには声を大にして言わねばならない

 子狸さんの可能性を信じているからだ


勇者「…………」


 それなのに勇者さんは納得してくれない

 彼女は勘違いしているのだ

 ここはどこだ。三角地帯だ

 おれたちの本領地だ

 いつまでも人間側の理屈が通用すると思ってもらっては困る


 その点、トンちゃんは柔軟だった


商人「……動くな」


 ステルスした太っちょが

 かまくらのんの背後に回り込んでいた


かまくら「ッ!?」


 かまくらのんが信じられないといった様子でとなりの席を見る

 互いの不正を監視する意味で、席順は人間と魔物を交互に挟んでいる


 かまくらのんのとなりに座っているのは

 トンちゃんが発光魔法で作り上げた分身だった


 分身を作ると同時に、本体は迷彩して待機

 のちに分身をおとりに隠密行動か……


 人間たちのステルス魔法は、周囲の風景に擬態する簡易的なものだ

 人間の記憶力には限界があるから

 本体の運動に画像の処理がついてこれないという欠点がある


 だから理屈の上では、人間離れした記憶力と観察力

 そして並外れた魔法技能があれば

 その欠点は克服できる


 そして回答権を得たものは自由に発言できるという特性上

 不自然にならない程度にスペルを織り込むことも可能だった


 迷彩したトンちゃんが

 硬直したかまくらのんの体表に

 低く

 研ぎ澄まされた刃のように

 目的と機能が別れがたく接着した声でささやいた


商人「わかるな? 貴様は頷くだけでいい。それ以外は“なにも”するな」


 回答者は四組だ


 見えるひとと子狸は、先ほどから得点を度外視してボケを競っている

 かまくらのんが回答権を放棄すれば

 おのずと勝者は限られてくる


 でも子狸の鼻は誤魔化せなかった


子狸「トンちゃん、この問題ってさぁ……」


火口「ちょっとちょっと。常識的に考えて相談禁止でしょ。そんで、そこ。こそこそと迷彩してなにしてんだ、こら」


 子狸に袖を引っ張られたトンちゃんは

 迷彩を破棄すると、快活に笑った


商人「はっはっは。いや、これは参った。ノロさんには敵いませんな」


 退場の審判が下る可能性もあったから

 何かしら落としどころが必要だった


 目線で促されて、勇者さんがしぶしぶと言った

 子狸の鼻先に人差し指を突きつけて


勇者「めっ」


 その後、奮起した羽のひとが

 暴走する子狸を抑えて優勝したのは言うまでもない


 この日の夜、勇者一行を待ち受けていたのは

 はじめての野宿だった


 とはいえ、おれたちの子狸さんは世界中に巣穴を幾つか持っているし

 行商人というからにはトンちゃんも野宿のノウハウは持っているだろう


 日もどっぷり暮れた頃、勇者さんがぽつりと言った


勇者「わたし、野宿なんてはじめてだわ」


 しかし旅慣れた人間は

 今晩の宿はどうするか、まずそこから考える癖がある


子狸「少し戻る?」


商人「そうですね。私は拠点の設営をします。ノロさん、夕食は任せても?」


子狸「腕にふるいをかけよう」


 腕によりをかける

 よりとは、ねじること

 つまり存分に腕前を振るうという意味である


 トンちゃんが言う拠点には、簡素な浴場も含まれる

 魔法で岩盤を砕いて、水を張る

 それから融解魔法を叩きこむだけの簡単なお仕事だが

 勇者さんは女の子なので立地条件に気を配る必要はあるだろう


 そうした気配りが子狸に出来るかどうかは未知数だから

 トンちゃんは拠点の設営を買って出た


 なお、役目をはたした簡易浴場は治癒魔法で元に戻せる

 滞在した痕跡を残さないのは旅人の鉄則だ


子狸「狩りの時間だっ。狩るぜぇ……人間の業は深いぜぇ……」


妖精「綺麗ごとを言うな。食べなきゃ死ぬんだよ」


 夜の森に消える子狸

 羽のひとも一緒だ

 この二人のコンビは、なんだかんだで安定している


 子狸は森の生きものだから

 本性を現したポンポコに人間の脚では追いつけない

 だが、羽のひとのスピードなら――

 しとめきれる……!


妖精『しとめねーよ。お前らと一緒にすんな』


 ツッコミも完備だ

 まさしく適任と言えよう

 

 森に踏み入る直前、後ろ髪をひかれて振り返る羽のひとに

 勇者さんが小さく手を振っていた


勇者「あまり遠くに行っちゃだめよ」


 彼女は二人を見送ってから

 地図と睨めっこしているトンちゃんに声を掛ける


勇者「なにか手伝えることはあるかしら?」


 夕食前だというのに、太っちょは途中で拾った魔りんごをかじっている

 この男は、ひまさえあれば何か食べている

 だから一向に痩せないのだ


商人「私の目の届く範囲にいて下されば」


 剣士の勇者さんは、まず戦闘以外で役に立つことはない


 二人きりということもあり

 いくぶん砕けた口調でトンちゃんは言った


商人「お嬢さま、変わりましたね。……が、あなたは英雄号を継ぐもの。そして光輝を掲げるもの」


 いまでこそ聖剣は勇者の剣という認識だが

 古くは、偉業を成し遂げた剣が聖剣と呼ばれた

 もしくは魔剣と


 それらと区別するために

 精霊の宝剣は光輝剣と称されていた時代がある

 光輝を掲げるものというのは、勇者のことだ

 

 トンちゃんは言った


商人「役割は分担するべきです。平民でも出来ることを、あなたがするべきではない」


 それは、言ってしまえば勇者を否定する言葉だった


勇者「そうかしら?」


 しかし勇者さんは首を傾げた


 その振る舞いが以前の彼女には見られないものだったから

 かえってトンちゃんは表情を厳しくする


商人「そうです。貴族と平民の主従関係が崩れたら、王国は立ち行かなくなる」


勇者「アトン。宰相は、わたしを幽閉することも出来たのよ」

 

 大貴族を罰する法はない

 だが、あの男ならやるかもしれない


 貴族だろうと何だろうと

 子供を言いくるめる方法は幾らでもある


 もともと奇跡の子――マヌさんのことだ――が王都に召喚されたのは

 たぶん宰相が「どう思うかね?」とか「そうは思わないかね?」とか言うためだ

 そうに決まっている


 お屋形さまのまわりに集まってくる人間は

 もれなく変人だ

 ろくなことをしない


 勇者さんは続けた


勇者「それをしなかったのは、おそらく周囲の反発を買うとわかっていたからでしょうね」


 貴族出身の勇者は、王国にとって都合の良い存在だ


勇者「わたしは期待されてる」


 そうつぶやいた勇者さんが

 頼りない月明かりに照らされて、まるで濃紺に落ちていくようだ


 彼女は知らない


 母性に目覚めた魔ひよこがとなりで見守っていることを……


ひよこ「…………」


 山腹のんが尋問したところ

 この魔ひよこは、勇者さんの寝床になるために参上したらしい


 よそさまから預かった娘さんを

 硬い地面の上に寝かせるわけには行かないというのが

 空のひとの主張だった


 一理あると許可を出したのは羽のひとである


 強硬に反対したのは山腹のんだ

 自分こそが勇者さんの布団に相応しいのだと言う


 しかし空のひとには

 魔王の騎獣としてのプライドがある


 ふだんは温厚な二人だけに

 この議論は勇者さんがお風呂を上がるまで続き

 最終的には相撲で決着をつけることになった


妖精「はっけよい!」


ひよこ「どすこい!」


山腹「どすこーい!」 

 

妖精「のこった、のこった!」


山腹「どすこーい!」


 巨大化した山腹のんが

 年季が違うとばかりに空のひとを土俵に転がした


妖精「山腹の舞~山腹の舞~」


山腹「ごっつぁんです」


 この日を境に

 山腹のんと魔ひよこは互いに切磋琢磨するライバルになったのだ


山腹「…………」


 無言で触手を差し出す山腹のんに

 魔ひよこは満天の星空を眺めながら言った


ひよこ「いい……勝負だったよな」


山腹「ああ」


 ふたりの間に、それ以上の言葉は不要だった……


 その日の晩の出来事である


 子狸と羽のひとは火の番をしていた

 勇者さんは必要ないと言ったが

 狐娘たちに仕事を押し付けられたためだ


 彼女たちの食生活を豊かなものにしている子狸は

 独自の連絡網を築き上げつつあった


 ちなみに新メンバーのトンちゃんは狐娘たちに大好評だ


 ふっくらとしたお腹に体当たりするような勢いで抱きついてきた狐娘(小)を

 トンちゃんは軽々と抱き上げて、くるくると回っていた


商人「はっはっは。少し見ない間に大きくなりましたね」


 長年、アリア家に出入りしているという話だったから

 気心が知れた仲なのかもしれない


狐娘B「また太ってる」


狐娘C「どうして痩せないの? ばかなの?」


商人「はっはっは」


 笑うしかない


 勇者一行の異様な状況に

 トンちゃんは面食らっている様子だった

 しかし言及はしない

 おとなだからだ


 二番弟子との親密な様子に子狸は嫉妬していた


子狸「コニタ。コニタ」


狐娘A「なんだ」


子狸「おれのこともお兄ちゃんって呼んでいいんだぞ」


 ああ、これ誤魔化すの無理だわ


 トンちゃんの正体は

 出稼ぎに出ているという狐一族の長男だった


狐娘A「…………」


 妹の存在に憧れる子狸へと向ける

 彼女の視線は冷ややかだった


 でも子狸さんはめげない


子狸「ふっ。だんだんお嬢に似てきたな」


狐娘A「……お前の言うことはあてにならない」


 そう言いつつも嬉しそうだった


子狸「お嬢は、もっと無関心な感じで見てくる。乾いた風が吹くっていうかね……そんな感じだ。精進しろ」


勇者「……こんな感じ?」


子狸「そうそう。そんな感じ。はじめて会ったときは、もっと胸をえぐる感じだったよ。お嬢も丸くなったよねぇ……」


 狐娘たちが加わると、とたんに勇者一行は賑やかになる


 そんな彼女たちも就寝すると静かなものだ


 いちばん幼い狐娘は、勇者さんと一緒に寝るのが日々の習慣だ

 山腹のんが布団みたいになっているとはいえ

 このあたりは帝国領に程近く

 夜間はだいぶ冷え込む


 狐娘Aにしがみつかれて身じろぎをする勇者さん


 子狸がはじめて野宿をしたときは緊張して眠れなかったが

 彼女は心因的な負荷を意識的に無視することが出来る

 夢を見ているのかもしれない

 意外と長いまつげが、かすかにふるえていた


子狸「ゴル」


 羽のひとを肩に乗せた子狸が

 小さな蛍火を生成して周囲に放った


 そのうち一つは火勢を増して椅子になった

 緩慢な動作で腰掛けた子狸が

 垂らした前足を組んで勇者さんの寝顔を見つめる


 正統な発火魔法は、こうと設定しなければ熱量を持たない

 子狸の魔法は、人間たちのそれとは異なる

 何から何まで異質で、当然ながら学校でも散々な評価だった


 同年代の魔法使いと比較して汎用性に優れる筈のポンポコ魔法が

 魔物じみていると言われて、及第点しか貰えなかったことに関して

 子狸がどう思ったのかはわからない


 憤慨したのか

 それとも恨んだのか


 舞い踊る蛍火に淡く照らされて

 ほっと表情をゆるめた勇者さんを

 子狸は無言で見つめている


 引き結んだ口元

 何かを懊悩するような険しい表情は

 おれたち魔物にしか見せない子狸の貌だ


 蛍火を映し出す瞳が、不意に揺れた

 

 星空を眺めていた羽のひとが

 子供みたいにぶらつかせる足を止めて

 ふと子狸を見た


 子狸は寝静まっているトンちゃんを見ていた


 その視線を追って

 羽のひとは表情を引きしめた


妖精「……ノロ、あいつに気を許すなよ」


子狸「わかってる」


 視線を落とした子狸が、組んだ前足をぎゅっと握りしめた


子狸「わかってるよ……」


 言われるまでもなく知っている、という態度だったが……

 羽のひとは念を押した


妖精「……本当にわかってんのか?」


子狸「しつこいな。わかってるよ。わかってるんだ、そんなことは」


妖精「いや、絶対にわかってないだろ。もっと具体的に言ってみろよ」


子狸「……おれは、トンちゃんを超えなくちゃならないんだろ」


妖精「おお。なんだ、わかってるじゃないか。そうと決まったら特訓しようぜ。特訓」


 シリアスぶって逃げようとしても無駄なのである

 人間たちが完全に寝入ったのを確認してから、子狸の夜ははじまる


子狸「おれに勝てるのか……? トンちゃんはおとなだ……すごくしっかりしてる。いつか現れると思ってたんだ……」


妖精「しっかり……?」


 雲行きが一気に怪しくなった


 そうして子狸は告げたのである


子狸「おれの恋敵……!」


妖精「やっぱり何もわかってなかった~」 


 羽のひとが、子狸の肩の上でぴんと万歳した



 この記事は「空中庭園在住のとるにたらない不定形生物さん」が書きました


 参考になりましたか?



一二三、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中


 お前ら、集合



一二四、魔都在住の特筆すべき点もないライオンさん(出張中


 打倒、山腹のひと!

 どすこい! どすこーい!



一二五、山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中


 ふっ、上がってこい。この高みまで……!



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ