ミッドナイトラン
五二、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
子狸「子供たちのために他に何をしてやれるのかと思った。未来はあかるいと教えてやりたかった。いまは反省してる」
騎士たちに取り押さえられた子狸は
冷たい牢屋の中で、のちにそう述懐した
前足を拘束されて連行されていく子狸を
マヌさんがうるんだ瞳で見つめていた
奇跡「先生! わたし……」
思いがあふれて言葉にならなかった
彼女は、たぶん理解していたのだろう
ピエトロ家の門をくぐるということは
いままでのような暮らしはできないということだ
ただの平民ではいられないということだ
これが今生の別れになる可能性だって、きっとあった
子狸を連行している騎士が足を止めた
それは恩情だった
肩越しに振り返った子狸が言う
子狸「マヌ。お前は正しかった。よくがんばったな」
その言葉をきっかけに
ぽろぽろと大粒の涙をこぼすマヌさんを励ますように
彼女の小さな肩に、みょっつさんが手を置いた
そう、彼女は正しかった
最後の最後まで優しさを信じていた
みょっつさんを第八の属性に導いたのは
あるいはマヌさんだったのかもしれない
それをひとはこう呼ぶのだ
――希望と
五三、山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
連行されていく子狸を見送ってから
勇者一行はトトくんを自宅まで送り届けた
トトくんのお母さんには
やはりと言うべきかピエトロ家から話が通っていたようだ
無断外泊した件について
とくべつ怒っている様子はなかった
それでも心配だったのだろう
我が子を抱きしめるトト母を見て
少し……
お母さまのことを思い出した
記憶の中で微笑むママンの面影が
子狸と重なる
バウマフ家の人間には独特の雰囲気がある
ママンの姿を借りることは容易いのに
この上なく相似であるはずなのに
不思議と子狸のほうが似ていると感じる
五四、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
牢屋に放り込まれた子狸に
看守の騎士Bは親身になって接してくれた
騎士B「ポンポコ卿、例の件ですが……」
子狸「……ああ。もう全てが終わった。これで、われわれの勝ちは揺るがない」
牢屋越しに自らの行いを悔い改める子狸
まだ子供だ
更正の余地はじゅうぶんにある……
五五、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん
おかしいだろ
おい。ちょっと待て。ストップ
五六、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
ん?
五七、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん
きょとんとするな
おい。どういうことだ
五八、魔都在住の特筆すべき点もないライオンさん
急にどうしたの、てっふぃー
いま、すごい感動的な流れだったよ?
五九、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん
わかった
少しおちつこう
びっくりしたわぁ……
おれも危うくスルーしかけたもん
お前ら、自覚してる?
すごい勢いでハードル低くなってるぞ
どんどん低くなってる
いや、お前らも自覚はしてるんだろうけど
お前らが自分で思ってるよりも遥かに深刻な事態が水面下で進んでる
旅シリーズがはじまった頃だったら
怒涛の勢いでツッコミが入ったと思う
なに? 子狸の発言はスルーなの?
おれは空気が読めない妖精ですか?
どうなの? そこんところ
あと、てっふぃーって言うな
六0、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん
どうと言われてもな……
六一、空中庭園在住のとるにたらない不定形生物さん
羽のひとは、なんだかんだで子狸に甘いよなぁ……
非情になりきれない面がある
六二、火口付近在住のとるにたらない不定形生物さん
あるある
六三、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん
おれはこう思うんだよね
ツッコんだら負けなんだよ
わかる? ボケを拾ったら、それはもう優しさなのね
ツッコミという名の優しさなんだよ
六四、古代遺跡在住のごく平凡な巨人兵さん(出張中
一理あるな
六五、火山在住のごく平凡な火トカゲさん
うん、一理ある
六六、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん
いや……
え? いやいや……
お前ら、冷静になれ
これはあきらかに青いのが裏で糸を引いてるぞ
言え! 子狸を利用してなにを企んでる!?
六七、山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
羽のひとには苦労を掛けてるからなぁ……
一時的におれがナビゲーター役を肩代わりできればいいんだけど
勇者さんが納得してくれるかどうか……
賭けになるね
六八、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん
ならねーよ! 共通点が一個もねーだろ!
六九、山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
共通点とか、ささいな問題だよ
真心をもって接すれば、きっとわかってくれると思う
……ようは語尾でしょ?
です~とか言ってれば誤魔化せる気がするんだ
七0、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん
子狸じゃねーんだよ!
七一、魔都在住の特筆すべき点もないライオンさん
おれたちの子狸さんをあなどってはいかん
さすがに勇者さんと比べたら少し……なんていうの……あれな部分はあるけど
それは彼女が専門的な教育を受けて育ったからであって
むしろ子狸さんの偏差値は平均よりもやや上なんじゃないか?
そんな気がしてきた……
七二、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん
天才となんちゃらは紙一重というからな
ほとんど変わらんと言っても過言ではない筈だ
七三、空中庭園在住のとるにたらない不定形生物さん
もう少し踏み込んで
いっそ同じと言ってもいい筈
七四、海底都市在住のごく平凡な人魚さん
さいきんのお前らは、ずいぶんと子狸を推すね
ぐいぐい推してくる
七五、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
誉めれば伸びるかもしれないだろ
あらゆる手を尽くしてみるのさ
七六、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん
なるほど
いろいろと考えてるんだな……
七七、山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
うむ……
勇者さんの身元引受人としてのスキルは
日増しに上昇している
すでに感覚で取り調べに要する時間を把握しているようだ
羽のひとを連れて自主的に署へ向かう
二回目とあって顔パスだった
この上なくスムーズに子狸を回収して
その帰り道の出来事である
マフラーを引っ張って歩く勇者さんは
何故か上機嫌だった
予定よりも一日ほど早く
新しい剣が手に入ったからかもしれない
踊るような足取りで子狸を牽引していたかと思えば
不意にくるりと振り返って言う
勇者「良かったの? ココに預けて。あなた、反対してたでしょ?」
子狸「ん? んー……」
マヌさんのことだろう
たしかに子狸は反対していた
身代わりになるとまで言っていた
子狸は頷く
子狸「いいんだ。おれは、あいつが許せなかった。でも、マヌは違ったみたいだ」
あいつというのは、みょっつさんのことだろう
子狸「だから、いいんだ」
ひとりで納得している子狸に
苦言を呈したのは羽のひとだ
妖精「だからって特装騎士に挑むのは違うんじゃないですか? シャルロットさんの言ってたこと、当たってると思います」
巫女さんの名前はシャルロットと言う
緑の島で、彼女はこう言っていた
子狸は戦いを欲していると
羽のひとは、子狸の負傷がよほど気に入らなかったらしい
じろりと睨みつけてくる妖精さんに
子狸は釈明した
子狸「……しゃるろっと?」
妖精「巫女さん」
子狸「ああ、ユニのこと。……しゃるろっと?」
妖精「お前、自分でもそう呼んでただろ」
子狸「なんで名前がふたつあるんだよ。意味わかんねえ……」
片方を思い出すと、もう片方は忘れてしまうらしい
ひとは過去を忘れることで
はじめて未来へと目を向けることができるのではないか
なお、ユニというのは巫女さんの偽名である
こうして子狸ライブラリは更新されていくのだ
子狸「シャルロットか。あいつ、けっこう適当なこと言うからね。はじめて会ったときから、おれの推理にケチをつけてくるし……」
真犯人だったからね
通りすがりの赤の他人が犯行を自白したら
正直ちょっとびびるよ
たぶんラッキーとは思わないんじゃないか
ぶつぶつと文句を垂れる子狸のとなりに勇者さんが並ぶ
勇者「聖木のことは?」
子狸「……ん? 緑のひと?」
会話が破綻した
話題の変更は子狸には通用しない
しかし勇者さんは推し進めた
勇者「聖木のことはいいの? もう一つは持って行かれたままだけど」
子狸「…………」
がんばれ、子狸。がんばれ
子狸「……緑のひと?」
子狸もまた推し進めようとする
見るに見かねた羽のひとがこそっと耳打ちした
妖精「怪盗アル」
子狸「…………」
怪盗アルに一致するポンポコページは見つかりませんでした
妖精「ツインホーク」
子狸「…………」
もう一声
妖精「いったん巫女さんから離れて」
子狸「……なるほどね」
常人なら、こうすんなりとは行かないだろう
やはり子狸さんの理解力はアニマルの域を超えている
二度、三度と頷いて言う
子狸「……で、なんの話だったかな?」
すまない、お前ら
おれはここまでのようだ
王都の、あとは任せるぜ……がくっ
七八、火口付近在住のとるにたらない不定形生物さん
山腹の~!
七九、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん
山腹の~!
八0、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
お前の犠牲を無駄にはしないぜ
どういうわけか勇者さんは
持ち去られた聖木に固執している
ふたたび子狸が暴走したらどうするのか
いったいなにを企んでいるのか……?
彼女は繰り返し言った
瞳が悪戯っぽく輝いているような気さえする
勇者「怪盗アルだったかしら? 聖木は二つあった。そのうち一つは、まだ取り返していないわ。あなたは、それでいいの?」
とてつもなく違和感があるのだが
子狸は、さして気にしていないようである
子狸「ああ、そっちはだいじょうぶだよ。パンの精霊たちが何とかしてくれると思う」
勇者「パンの」
子狸「そう。うち、精霊の形をしたパンを売ってるんだ」
悲報
おれたちのことだった
八一、火山在住のごく平凡な火トカゲさん
ごめん、聞き逃した
八二、古代遺跡在住のごく平凡な巨人兵さん(出張中
目の前が霞んで盤面が見えない
八三、海底都市在住のごく平凡な人魚さん
おれたちは何も聞かなかったし、何も見なかった
ただ、しばらくそっとしておいてくれると嬉しい
八四、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん
せめてばうまふベーカリー以外のところの子になりたいです
理想を言えば食パン
食パンの精霊なら、甘んじて受け入れる用意がある
八五、空中庭園在住のとるにたらない不定形生物さん
お前は……強いな
おれは、もうパンと一緒に歩いていける自信がないよ
試食会の、あの全員が着席して誰も動こうとしないじめっとした緊迫感がもう……
八六、かつて管理人だったもの
たまらないよな
八七、空中庭園在住のとるにたらない不定形生物さん
最高です
八八、海底都市在住のごく平凡な人魚さん
パン最高
八九、火山在住のごく平凡な火トカゲさん
ばうまふベーカリーは不滅です
九0、古代遺跡在住のごく平凡な巨人兵さん(出張中
逆にね。逆に
おれたちごときがパンの精霊なんて
おこがましいにも程がありますよ
九一、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん
ところがおれは反旗をひるがえしますよ
ふつうでいいと思うんです
どうしてふつうじゃだめなの?
ふつうの食パンが食べたい~! ばたばた
九二、かつて管理人だったもの
愛だろ
九三、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん
……この敗北感はいったい何だ
九四、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
完全敗北を喫した海底のんであった
この日、勇者さんは終始ご機嫌(のように見える)だった
勇者「ふうん。いつか、あなたのおうちのパンを食べてみたいわ」
妖精「ッ……」
子狸「毎度」
自ら修羅の道へと足を踏み入れるほどである
以前、羽のひとは勇者さんを子狸の嫁にと言っていたが
どうやら本気であるらしい
妖精「そッ……そのときは、わたしにも……はんぶん、ください」
勇者「ええ、もちろん。半分こね」
子狸「毎度」
けっきょく原因はわからなかった
宿屋に戻っても勇者さんの上機嫌は持続し
おれは戦々恐々とした夜を過ごした
かと言って夜間訓練をおろそかにするわけにもいかない
入念に仕込んだポンポコダミーを設置し
子狸の負荷テストを実施
結界はだいぶコントロールできるようになってきた
次の課題は開放レベル8だ
子狸は上半身を鍛えたいと言っているが
そんなものは後回しである
シーン34の2、スタート!
九四、樹海在住の今をときめく亡霊さん(出張中
某所……
廃屋に子狸が入ってくる
ひとりだ
勇者さんと羽のひとが寝静まるのを待ってから
宿屋を抜け出してきたらしい
子狸「…………」
屋内には、ごくさいきん誰かが争った形跡があった
しゃがみ込んだ子狸が、床の亀裂を前足でなぞる
魔法の痕跡にしては荒すぎる
材質から言って、人間の力で破壊できるとは思えない
なにか重量物を落としたか
あるいは魔物の仕業だ
子狸「!」
はっと顔を上げた子狸が、素早く飛び退いた
子狸「誰だ!?」
おれ「嗅ぎつけるとしたら」
壁を透過したおれが、子狸の眼前に立つ
おれ「それは、お前だろうと思っていた」
子狸「お前は、昼間の……。ここで何をしていた? 言え!」
九五、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
カットぉー!
九六、管理人だよ
え、なに?
九七、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
ふつうに個体を判別するな
そこは
お前「メノゥパル……!」が正解。変にひねる必要はない
九八、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん
いや、べつにいいんじゃないか?
個体を判別できたところで不都合はないだろ
退魔性の問題で片付ければいい
九九、空中庭園在住のとるにたらない不定形生物さん
うーん……
というか、おれたちにも分身の区別はつかないからな
そこは徹底するべきだと思う
さすがに減衰特赦は……
一00、火口付近在住のとるにたらない不定形生物さん
子狸さんは、あれなの?
そういう……分身の年輪みたいなものが見えてるの?
管理人さん全員に同じ質問してきたけど、いまいち要領を得ないんだよね
一0一、管理人だよ
そんなのわからないよ
わからないけど、わかるんだよ
じっと見てると、なんだかわからなくなってくる
ぱっとわかるから、それでわかることにしてる
一0二、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん
やはり要領を得なかった
一0三、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
まあ……消去法で特赦だろ
それ以外の要素が見当たらない
ハートで感じるとか、夢あふれた証言もあるけど……
そのわりにはシャッフルすると外したりするし
一0四、管理人だよ
シャッフルしたら外れるよ
だって、そういう流れだし
一0五、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん
だったら、せめて一言でも相談してほしいっつう話ですよ
流れとか本当に……
本当にやめてほしい
たまに混ぜてくるから、本気で混乱する
一0六、管理人だよ
ふむ……
父さんは?
一0七、火口付近在住のとるにたらない不定形生物さん
そこですよ
聞いて下さいよ、子狸さん
あのひとがいちばんひどい
なんて言ったと思う? こんなこと言ったんだぜ
親狸「お前らはいちいち理屈をつけようとするから、誰が出てくるか読める。悪い癖だな、直せ」
ちょう偉そう!
なんなの? あのときは本気でぶっ飛ばそうかと思ったかんね!
しかも、けっきょく教えてくれねーし!
なんで? って聞いたら今度はこうだよ
親狸「おれが正しいとも限らないしなぁ……。まあ、予想はつくけど」
王都のーっ!
一0七、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
なんだよ
一0八、火口付近在住のとるにたらない不定形生物さん
なんだよじゃねーよ!
あの口ぶり、まんまお前じゃねーか!
どういう育て方をしたんだ!
一0九、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
え~……?
どういうって……ふつうに
一一0、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん
ふつうに育てて、あんなふうになるもんかね……?
そうそう、お屋形さまと言えばさ~
一一一、魔都在住の特筆すべき点もないライオンさん
こうして、おれたちの夜は更けていくのでした……