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しいていうならお前の横を歩いてるのが魔王  作者: たぴ岡
名探偵くん、やってくれたな……! by怪盗アル
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「奇跡の子」part1

一、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中


 重い――

 重い雨が屋根を叩いている

 横殴りの突風が吹くたびに館がきしんだ


 風土の違いにより建築方式は異なれど

 大きな屋敷の間取りは、だいたい共通している


 館内に入ってすぐに大広間

 大広間は聖堂を兼ねている

 これは、自分が勇者の信奉者であり

 また魔物に与することは決してないというアピールのためだ


 聖堂には女神像が祀ってある

 人ならぬ神

 役目を終えた勇者を迎えるとされる、聖なる海獣だ


 女神が見守る中

 大広間へと通じる、なだらかな階段を

 ひとりの男が、ゆっくりと降りてくる


みょ「次は手加減しない……そういう約束だったな」


 詠唱はあればいい

 口早に詠唱を済ませると、両手に一本ずつ光の剣尖が伸びた


 余人には聞きとれない声量の詠唱は、特装騎士ならでは

 緻密なイメージは、第三者の認識を必要としない

 他者の助けを求めない――

 それは、自分自身への誓いだ


 男は言った


みょ「悪くはなかろう。お前はアリア家の使いであり、おれはピエトロ家に仕えるもの……ともに剣士の家柄だ」


 そう言って両手の剣をこすり合わせると、耳障りな甲高い音が鳴り響いた

 互いに干渉しつつも、相殺することはない

 片方の剣は盾魔法、もう片方は貫通魔法ということだ

 拒絶と浸食は完全に拮抗する性質を持っている


 変化は便利な魔法だが、連結することで剛性を失う

 だから剛性を保った二振りとはべつに

 誘導性を与えた第三、第四の手札を用意するのは特装騎士の常套手段だった


 妖精――あるいはオプションとも呼ばれる小さな光弾が、男の周囲を高速で飛び回っている

 魔法武装を終えた男が、あざ笑った


みょ「彼女から話は聞いたか? どうせ自分に都合のいい話しかしていないのだろう……」


 差し伸べた手を払われたマヌさんが、嗚咽を漏らしている

 傍らにしゃがみ込んだトトくんが、彼女の小さな背中をさすってやっていた


 子狸は、二人の子供たちをかばって立っている

 階下のポンポコと、階段を歩く男の視線が交錯した


みょ「子供を神聖視するのはやめろ。それは人間だ。どうしようもなく」


子狸「…………」


 子狸は答えない。男は続けた


みょ「保身しか頭にない。子供というのはな、そういうものだ」


 階下に光の剣尖を突きつけて言う


みょ「お前は知らんだろう。そいつは、親元から離れることを喜んでいた。行く先々であれが食べたい、これが欲しいだのと、おれは求められるままに買い与えてやった。子供の機嫌をとるのは骨が折れたぞ」


 男は、吐き捨てた


みょ「なにが奇跡の子だ。殊勝なふりをしているが……まるでお姫さま気取りだったよ。反吐が出る」


 黙って聞いていた子狸が、前足を突き出した


子狸「イズ」


 特装騎士と同じことができるはずなのに、子狸は詠唱を隠そうとはしない

 それは、選んだ道の違いだ


 紫電がほとばしった

 

子狸「ラルド・グレイル・タク」


 五つに分裂した雷球が、前足にまとわりつく


みょ「! 魔属だと……?」


 かすかに目を見開いた男に構わず、子狸は詠唱を続ける


子狸「ディレイ・エリア・エラルド」


 意思のまま動く防性の力場は、いつでも打ち出せるよう腰の後ろで待機

 触手のようにうねる、見るものに縞模様を錯覚させる、先太りの――

 これが子狸のオプションだ

 

みょ「人間ではないのか? いや、そんなことはどうでもいい……」


 敵であることは変わりない

 動揺を封じこめた男に、子狸もまた歩み寄っていく


子狸「おれが子供の頃は、もっとひどかった」


 その声には、静かな怒りがこもっていた


 納得できない

 納得できない……

 ままならないものが、この世には多すぎる

 子狸にとっては、とくにそうなのだ


 しっぽを揺らし、子狸は言う


子狸「おれの家族には、だれも逆らえないんだ。そいつらに、ずっと守ってもらって暮らしてきた。たまに変なことされたけど……。自由にならないことはないんだと、思ってた。だから」


 それが子狸の出発点

 子供たちのために戦う理由だ

 少なくとも本人はそう思っている


子狸「だから」


 子狸は叫んだ。そして駆け出す


子狸「トトも、マヌも、昔のおれなんだ! 幸せになってくれたら、気分いいだろ!」


 階段に足をかけた子狸が、腰だめに前足を構えて駆け上がる


みょ「わかりやすくていいな!」


 男が賞賛した。破顔して、盾剣を突き出す


 拒絶は浸食と完全に拮抗する性質を持っている

 つまり変化を交えない純粋な盾魔法は、同格の浸食魔法をいっさい通さないということだ

 

 雷球と盾剣が正面からぶつかり合って、互いに弾き合う

 魔法と魔法の衝突には、体重差も体格差も関係ない。位置エネルギーすら同じことだ

 

 さらに男が繰り出してきた貫通魔法の剣――槍剣を、子狸は前足で受けることはできない

 同格、同性質の魔法は、互いに相殺し合ってしまう

 崩落魔法、融解魔法などの上位性質は、いまから開放レベル2まで引き上げているひまがない


子狸「ディレイ!」


 宙を踏んで飛び退いた子狸。その未熟を特装騎士は笑う


みょ「遅い」


 盾剣の刺突を、子狸はかろうじて雷球で弾いた

 その反応の速さに、戦士は評価を改める


みょ「いいぞ。その調子だ。だが」


子狸「……!」


みょ「すでに詠唱を終えているおれに対して、そのつど対応するのか? 選択を誤ったな」


 魔法にはイメージが欠かせないから、神経を削る近距離戦では破綻しやすい


 しかし、同時にこうも言えるだろう。同じことをやっていても、子狸は決して勝てない

 だから子狸が自分の真似をしなかったことを、男は内心で評価している筈だった


みょ「せっかくの起雷魔法も、宝の持ち腐れだ!」


子狸「このっ……イズ!」


みょ「遅いと言った!」


 盾剣と槍剣で交互に攻め立てる特装騎士に対して

 子狸は前足の雷球で弾き、あるいは異様とさえ言える勘の冴えで回避を続ける


 紫電が走り、閃光がひらめく

 前足と両腕が踊る中、互いのオプションが空中で激しくしのぎを削る……



二、山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中


 遡ること一日前――



三、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中


 !? なんで回想に入るの?



四、山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中


 お前が、子狸を戦いへと駆り立てようとするからだよ

 訓練もいいが、おれはバウマフ家の人間にべつのことを期待してる



五、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん


 さいきん王都のんに対して、なにかと反抗的な山腹のんであった



六、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中


 わかった。腹を割って話し合おう


 山腹の、子狸は特装騎士を越える必要がある

 お前もわかっているはずだ



七、山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中


 それは違う

 ちがうんだよ、王都の


 負けてもいいんだ

 戦って得られるものなんて、たかが知れてる

 弱さは財産だよ。本当に望んだものを手に入れた英雄なんて、おれは一人も知らない

 

 子狸は勇者じゃない

 お前は……子狸に勇者になって欲しかったんだ



八、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中


 いや、ありえないでしょ

 おれに妙なキャラ設定を押し付けないで欲しいです……



九、山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中


 そういうことにしておいて下さい


 というわけで、つい昨日の出来事です


子狸「犯人はこの中にいる!」


 聖☆木盗難事件が身内の犯行であることを突きとめた名探偵ポンポコ


箱姫「…………」


 館内に紛れこんだ野生のポンポコを、箱姫は不思議に思っているようだった

 目線で問うと、騎士Aが淡々と答えてくれた


騎士A「彼は、例の賊にまつわる重要な手掛かりを持ってきてくれた人物です。保安上の問題から、いったん保護することにしました」


 ものは言いようである


 こくりと頷いた箱姫が、床を見つめながら言う


箱姫「……そう。では、わたしは部屋に戻ります」


 しばしためらってから、彼女は勇気を振りしぼって付け加えた


箱姫「が、がんばって」


 耳まで真っ赤にした少女に、子狸が声を掛けた


子狸「部屋が暗くなったとき、あなたはどこにいましたか?」


箱姫「え……」


子狸「ま、参考までに。参考までに、ね……」


 そう言いつつ、子狸はえぐるように箱姫の表情を覗きこんでいる

 すでに犯人の目星は付けているようだった


箱姫「じ、自分の……部屋に」


子狸「……本当に? それを証明できる人間はいるんですか? いないですよねぇ……」


 箱姫が視線を逸らそうとするたびに、子狸は回り込んでいる


子狸「これは困ったことになりましたよ……。つまり、あなたにも犯行は可能だった、ということになりますねぇ……」


 箱姫の挙動は不審のひとことに尽きた

 子狸は彼女への疑いを深めていく……


 その数時間後


子狸「…………」


勇者「…………」


 子狸と勇者さんは、牢屋越しの再会をはたした


 王国に大貴族を罰する法はない

 しかし大貴族を罰しようとするものには、もれなく不敬罪が適用される

 騎士たちの温情により、子狸は死罪をまぬがれて投獄されたのだ


 勇者さんの肩にとまっている羽のひとがコメントした


妖精「ここに来れば会える予感はしてました」


子狸「そうか。……そうだな」


 子狸はしゅんとしていた

 牢屋の中で殊勝に振る舞うのは、ポンポコなりの処世術だ


奇跡「先生、これ……」


 騎士たちに保護されたトトくんとマヌさんが、子狸に差し入れを持ってきてくれた


子狸「ありがとう。すまないな、二人とも」


 地下の牢獄は暗く冷たい

 身震いした勇者さんが看守の騎士Bに告げた


勇者「宿屋に戻るわ。この子も連れて行く。文句はないわね?」


騎士B「はっ……いえ、ですが……」


勇者「あなたは、わたしのことを知っている。余計な問答は時間の無駄だわ」


 頷きかけた騎士Bが、うかつなことを口走る前に

 勇者さんは逃げ道を用意した


 剣士が所有する鉄の剣は、しばしば身分の証明に用いられる

 騎士Bが迷ったのは、港町で剣を失った現在の勇者さんが丸腰だからだ

 その葛藤は、視線を注意して追っていればわかる


 聖☆木に携わる任務についている騎士だ

 勇者さんのことを知らされていても不思議ではない


 騎士Bは意を決して言った


騎士B「アレイシアンさま。奇跡の子を預かって頂くわけには参りませんか?」


勇者「無理ね」


 勇者さんは即答した


勇者「旅の途中なの。第一、わたしは奇跡の子に価値を見出していない。ただの子供だわ」


騎士B「だからこそです!」


 言い募ろうとする騎士Bを、勇者さんは片手で制した


勇者「わたしは他人に興味がないの。排除するべきか、そうでないか。それだけよ」


 奇跡の子に価値を見出していない勇者さんにとって

 ただの子供に過ぎないマヌさんを匿う理由はない

 むしろ匿ったところで他の貴族たちの妬みを買うだけだろう


 それは、つまり排除する対象に含まれるということだ


騎士B「っ……!」


 言葉に詰まった騎士Bを、勇者さんは置き去りにする


 誤解のないよう言っておくが

 彼女は気付いていないだけだ

 

 記憶の底にある、まだ感情を制御しきれなかった幼少時の思い出に縋っている

 成長とともに興味は薄れ、好奇心は擦りきれていく

 それがふつうのことなのだと、勇者さんは知らないのだろう

 仮に知っていたとしても、それは知識によるものだ。実感はない


 子供の遊びは不要なものだと教わったから、切り捨てて生きてきた

 その代償として、勇者さんは自分の心を見失っている


 去り際に、勇者さんは振り返って言った


勇者「護衛は必要ないわ。二人の子供も、わたしが預かる」


騎士B「では!?」


 喜色を隠そうともしない騎士Bに、勇者さんはぴしゃりと言った


勇者「勘違いしないで。そのほうが余計な手間暇を省けるから、そう言ってるの。明日中には、決着をつけるわ」


 うなだれる騎士Bを尻目に、勇者さんは二人と一匹を連れて宿屋へ戻るのであった


 宿屋に戻った勇者さんは、さっそくトトくんとマヌさんから報告を聞く

 マヌさんは元気がなかった。自分を無価値だと断じる勇者さんの言葉を真に受けたのだろう


 こんなとき、いつも場をあかるく盛り上げてくれる子狸さんは

 羽のひとにお説教されていた


妖精「これで何度目だ?」


子狸「……数えることをやめるくらいは」


妖精「どうしてお前は過去から何も学ばないんだ?」


子狸「そこに未来があるから……」


 勇者さんは少し悩んでから、マヌさんに言った


勇者「騎士にああ言ったのは、わたしの本心だけど気にしなくていいわ」


 びっくりするくらい何のフォローにもなっていなかった


中トロ「お姉さん……」


 トトくんも呆れている


 勇者さんは続けた


勇者「……あなた、わたしのことが苦手でしょ? アリア家の人間で、わたしはわりと優しいとか言われるの。どういう意味かわかる?」


 マヌさんが生きていける環境ではないということだ


奇跡「そうなんですか?」


 勇者さんは、事あるごとにマヌさんに冷たく当たってきた

 彼女は、もう日常には戻れないと知っているからだ

 それでも日常に固執するなら、マヌさんは強くなるしかない

 それは勇者さんなりの哲学だ


奇跡「……でも、わたしは……」


 ところがマヌさんの心は折れかかっていた

 アリア家のご厄介になることで問題が片付くなら、それでもいいと言う

 自暴自棄になっている


 勇者さんに圧倒的に不足しているのは、他人への興味ではない。配慮だった

 その点、おれたちの子狸さんは他者の感情に敏感だ

 ひとしきり羽のひとに絞られてから、のこのこと会議に加わる


子狸「だいじょうぶだ。犯人に目星は付いてる。聖☆木は、このおれが必ず取り戻してみせる」


 ひとりだけべつの事件に首を突っこんだままである


 内容はともかく、勇者さんは安堵したようだった


 おれたちの子狸さんは、ある特技を持っている

 無作為に抽出した人間たちを並べて、殴りやすいのは誰かと問うと

 ほぼ満場一致で選ばれるという特殊能力だ


勇者「聖木がこの街にあるの?」


子狸「おう。盗まれたのがトリプルバインダーじゃなかったのは不幸中の幸いだな」


 九代目勇者の聖☆剣はトリプルバインダーと称される

 お前らの趣味が色濃く反映した聖☆剣で

 使い手の意思を無視して魔物に襲いかかろうとするという……

 なんていうの? 聖性? 的なものを極限まで突きつめた実験作である


勇者「トリプル……?」


 小刻みに頷くポンポコ(前科あり)を、一番弟子がフォローした


中トロ「にーちゃんは、領主さまのお屋敷にいた大貴族のひとが怪しいって言うんだ。おれもそう思う」


 勇者さんがトトくんに視線を振る


勇者「大貴族……。名前は聞いた?」


子狸「容疑者Aってトコだな」


妖精「それ通じないから」


中トロ「うーん……名前までは覚えてない。ピエトロ家のひとだよ」


奇跡「ココニエド、って騎士さんが言ってました。女のひとです」


 マヌさんは記憶力がいい

 警戒心が高いのだろう。常に気を張ってるから、耳にしたことを忘れない


 箱姫の名前を聞いた勇者さんの目が、かすかに見開いた


勇者「……そう」


 知り合いなのだろう

 同格の身分で、同じ年頃の、同じ剣士。おまけに同性と来てる

 むしろ、勇者さんと旧知の仲だったから箱姫が派遣されたと考えるべきだろう


 これは勇者さんに向けて放たれた明確なメッセージだった


勇者「そうなの」


 この時点で、勇者さんは真相に気が付いたのだろう


 一度、目線を落とし

 ふたたび顔を上げたとき、勇者さんの眼差しには決意が宿っていた


勇者「明日、わたしも領主の館へ行くわ。あなたたちも付いて来なさい」



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