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しいていうならお前の横を歩いてるのが魔王  作者: たぴ岡
犯人はこの中にいる!……by子狸
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「子狸の事件簿」part7

一一七、空中庭園在住のとるにたらない不定形生物さん


 子狸さんは忘れているようだが

 山腹軍団が王都に到達するまで三週間しかない


 じっさいは、もっと短いだろう

 このまま事態が進めば、遅くとも三週間後には王国が滅ぶ

 だから、それまでに王国騎士団は決戦を仕掛ける筈だ


 勇者さんが魔都を目指すというなら

 わざわざ騎士団と別行動をとるとは思えない


 こんなところで油を売っているひまはないのだ



一一八、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん


 三つのゲートを開放して魔都へ……

 最短のルートなら

 計算上、いくぶん猶予がある


 しかし人間は不眠不休では戦えないし、消耗すればミスも出てくる

 正確には二週間といったところか……?



一一九、山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中


 それでも王国騎士団が三週間を目安に動くなら

 何かしらの隠し玉があるということだ


 おそらく騎士団の動向を把握しているだろう勇者さんは

 この事件を素通りするつもりはないらしい


子狸「次は負けない。トクソウに……勝つ。越えてみせる」


 トクソウというのは、特装騎士のことだ

 おもに実働騎士たちの負の感情がこもった呼称である


 気炎を上げるポンポコに、勇者さんは冷淡だった


勇者「無理ね。それほど甘くないわ」


 子狸は巫女さんに勝った。それは事実だが

 精神的な脆さを突いて、やっとという感じだったようである

 戦士としての訓練を受けた騎士に、同じ手は通用しないだろう


子狸「お嬢」


勇者「なに」


子狸「いままで黙ってたけど……おれ、じつは発電魔法を使えるんだ」


勇者「知ってる」


 本人はバレていないと思っていたらしい


妖精「紫術な」


 羽のひとの訂正が入る


 勇者さんは、発電魔法を紫術と呼ぶ

 今後、騎士団と合流したときに魔物と同じ魔法を使えると説明するよりも

 異能の一種であると言ったほうが騎士たちの感情を逆なでしないと考えたのだろう


 だが、おれたちの子狸さんに勇者さんの欺瞞は通用しない

 沈んだ表情で鳴く


子狸「きみたちが……起雷と呼ぶ魔法だよ」


勇者「知ってる」


子狸「ごめん。騙すつもりじゃなかったんだ」


妖精「しつこい。なんなの、このポンポコ」


 子狸さんの衝撃の発言であったが

 まともに反応してくれるのは子供たちだけだった


少年「そんな、にーちゃん……」


少女「……魔物なの?」


 子狸は矛先を二人に向けた


子狸「わからない。それを知るために、おれは旅をしている……」


 独断専行はバウマフ家のお家芸だ


 ここまで積み上げた設定をぶん投げて

 超古代文明の末裔ルートに進もうとしている


 本当になんなの、このポンポコ


勇者「……光の精霊に言われて、わたしについてきたんじゃないの?」


 勇者さんの指摘はもっともだ

 しかし子狸は首をひねった


子狸「……誰がそんなことを?」


 お前です


 子狸はひと通り記憶をあさったものの

 とくに思い当たるふしがなかったらしい


 あきらめて子供たちに言う


子狸「おれが思うに、その騎士が怪しい」


 そこに気が付くとは天才か



一二0、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん


 さすがは名探偵ポンポコだな



一二一、火口付近在住のとるにたらない不定形生物さん


 名探偵ポンポコさんの活躍をこの目で見られるなんて……



一二二、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中


 でも子供に論破された


少年「でも、あいつはいつでもおれたちを捕まえられたはずなんだ」


 そこだな

 特装騎士に類するような人間から、子供の足で逃げきれる筈がない


子狸「ふむ」


 立ち上がった子狸が、思案顔で室内をうろうろする


子狸「……!」


 なにか思いついたようである


子狸「マヌとか言ったな。もしかして騎士が追っているのは――きみなんじゃないのか?」


少年「だから最初からそう言ってるだろ!?」


 ところが勇者さんは感心していた


勇者「いえ、そうとも限らないわ。偶然が三つも重なるのは考えにくい。あなたが関わってくるのは想定内だったのかもしれない。それが、何らかの役割を与えられてのことだとしたら……」


 一同の注目を浴びていることに気が付いて、彼女は慎重に前置きした


勇者「あまり期待しないで頂戴。誰の描いた画か知らないけど、ふつうこうした事件は露見しない構造になっているものよ。そうならなかったということは、相手のほうで何かしらのトラブルがあったということ……。まったく予想が付かない方向に事態が進む可能性もある」


 もしも狂言じゃなければの話だけど、と言って女の子を見る

 勇者さんの無機質な瞳にさらされて、年端も行かない少女がびくりとふるえた


 事件の概要は、彼女の証言に基づく部分が大きい

 もしも少女が嘘をついていたら、すべての前提が崩れる


 勇者さんは視線を戻して続けた。追及するつもりはないらしい


勇者「いずれにせよ、こちらから行動するというのは悪くない案ね」


 そう言って子狸を見る


勇者「この件は、あなたに任せる」


子狸「!」


妖精「!?」


 まさかのお墨付きである



一二三、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん


 勇者さんがさじを投げた!?



一二四、管理人だよ


 とうとうおれの時代がやって来た!



一二五、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん


 まあ、こう言っちゃ何だけど

 魔王討伐とは関係ないからな


 興味がないんだろう



一二六、空中庭園在住のとるにたらない不定形生物さん


 むしろ滞在するための口実に使われた感があるな



一二七、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん


 また、お前らはそうやって勇者さんの善意を疑う……


 勇者さんは少しずつ変わりはじめてる

 困っている子供たちを放っておけなかったんだろ


 口ではこう言ってるけど、きっと裏で動くんだよ



一二八、山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中


 うん、予想以上に根が深い事件なのかもしれないな


 子狸を以って不測の事態を制するというわけか



一二九、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中


 どうかな?

 はっきりしているのは、あの騎士は本気で二人を捕まえようとはしてないってことだ

 つまり逆に考えれば、子供たちの周囲は安全という見方も出来るだろう


 ただし、勇者さんの言うように相手のほうで手違いがあった可能性は否めない

 

 マントの留め具を外した勇者さんが、ベッドに腰掛けて言う


勇者「わたしとリンは宿屋で待機。あなたたちはどうする?」


 視線を向けられた二人は、顔を見合わせた

 先に顔を上げたのは少年だった


少年「おれ、にーちゃんに付いてく」


少女「……わたしは……」


 先の一戦で、子狸は騎士に手ひどく負けている

 一瞬の攻防ではあったが、両者の実力差を窺い知るにはじゅうぶんな内容だった

 

 身の安全のことを考えるなら、勇者さんのそばにいたほうが良い

 ただ、マヌ嬢は勇者さんに対して気後れしている


 決断を下しかねている女の子に、勇者さんが言った


勇者「自覚がないようだけれど、あなたには利用価値があるのよ」


 突き放すような口調である


勇者「港町でのあなたは立派だったわ。だから理不尽に思うでしょうけど、あなたは奇跡の子という風評からは逃れられない。この先ずっと」


 善意で行ったことが、本人の幸せに結びつくとは限らない

 褒賞を望んで行動したわけでもないのに、まるでそれが当然であるかのように称えられる

 だから彼女は、理不尽だと叫んでも許される筈だった


 勇者さんは、奇跡の子に課せられたものを言葉で誤魔化さなかった


勇者「あなたは、もう日常には戻れない。自分で判断して、自分で決断なさい。港町で、あなた自身がそうしたように」


 自立をうながす勇者さんだったが

 ここは子狸が黙っていなかった


子狸「まだ子供だ。そんなの無理だよ。一緒においで」


 そう言って女の子の頭をなでる


子狸「お嬢は、子供に甘いからだめ。コニタみたいになる」


勇者「…………」


 勇者さんの言うこともわかるが

 しょせんは理想論だ

 世の中、実績がものを言う


 勇者さんの直属の部下たちは、おもにだめ人間で構成されている


勇者「……べつに甘やかしたつもりはないのに」


 視線を逸らした勇者さんが、負け惜しみを口にした


子狸「その点、おれについてくれば間違いない!」


 子狸は自信満々で前足を振る


子狸「まずは情報収集だ。酒場へ行くぞ。ついてこい!」


少女「いま、お昼ですけど」


子狸「それがどうした?」


少女「……たぶん、夜にならないとお店やってないです」


子狸「わかってないな」


少女「?」


子狸「出来るか出来ないかじゃない。やるかやらないかだ」


 気合いと根性で全てを乗り越えようとする子狸さんを、一番弟子がフォローする


少年「昼間でも飲める店はあるよ。……なんで酒場なのかはわからないけど」


子狸「情報収集と言えば酒場だろ」


少年「そうかなぁ……? 酔ってる人って、けっこう適当なこと言うと思うんだけど……」


子狸「真実は泥に埋もれてるものさ」


少年「なにそれ、なんかかっこいい」


少女「……そう?」


 言葉の響きで最初の方針が決まった


 子狸さんがマフラーの端をぴんと前足で弾いて首に巻く

 地面につかないよう長さを調節して、いざ出発だ


 解き放たれた名探偵ポンポコが、見送る勇者さんと羽のひとに前足を突き付けた


子狸「果報は……」


 言いかけて、ふっと微笑する


子狸「行ってきます」


 果報は寝て待て


 なすべきことをなしたなら、なにも焦る必要はないという意味だ

 人事を尽くして天命を待つとも言う


 部屋を出て行く前に、女の子がぺこりとお辞儀した


 山腹の、あとを頼む

 いざというときは、これを使え

 きっと役に立つ筈だ……



一三0、山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中


 おう。これは……

 ふっ、なるほど……

 抜け目のないやつだ、王都の……


 ちいさく手を振って見送る勇者さんに、羽のひとが尋ねる


妖精「本当にいいんですか? 野放しにして……」


 絶賛ステルス中のおれが

 ひそかに勇者さんの背後に忍び寄る……


勇者「どのみち、あの子は放ってはおけないと言うでしょ。二日以内に決着をつけたいの。わたしがファミリーと連携しているのは知ってるわね?」


 ファミリーというのは、王国の裏社会を取り仕切る巨大な組織だ

 羽のひとを旅の仲間に迎えてすぐに、勇者さんはファミリーの幹部と接触している

 その幹部というのが、かつて子狸のお気に入りだったペットのタマさんである


 おれは、ふるえる触手を勇者さんの頭に伸ばす


 妖精さんが凄まじいまでの殺気を叩きつけてきたが

 ステルス中のおれに手出しなど出来よう筈もない


 おれは成し遂げたのだ……


 立ち上がった勇者さんが、部屋を横切って窓の前に立った

 大通りを駆けていく子狸を二階の窓から見下ろして言う

 


勇者「二日後には、わたしの新しい剣が届く。魔王を討つための剣が――」



 彼女の頭上で

 可憐な猫耳が微風にそよいでいた……



一三一、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん


 残念だよ。とうとうお前らは禁断の川を越えてしまった……


 おれアナザー! 来い!



一三二、山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中


 羽のひとの影が剥離して伸び上がる


 まるで漆黒の翼だ


 光の鱗粉が舞い散る

 夜の帳をまとった妖精さんが

 空中に飛び上がって、ぱっと羽をひろげた


 秘密結社ライフワークの首魁……

 黒妖精ことコアラさんだった



一三三、住所不定の特筆すべき点もないてふてふさん


 言い残すことはあるか?



一三四、山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中


 くっ、おれはここまでのようだ……


 すまない、お前ら

 だが……悔いはない



一三五、火口付近在住のとるにたらない不定形生物さん


 山腹の~!



一三六、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん


 山腹の~!



一三七、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中


 山腹のんがステルス魔法でおしおきされている一方その頃



一三八、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん


 一方その頃じゃねーよ。次はお前の番だ


 やれ



一三九、空中庭園在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中


 待ってくれ、羽のひと!

 王都のんは信念を貫いたんだ! 

 たしかに手段は間違えたかもしれない……それでも!

 

 どうしてもやるというなら……おれが相手だ!



一四0、住所不定の特筆すべき点もないてふてふさん


 面白い。お前とは一度、闘ってみたいと思っていた


 魔軍☆元帥のオリジナル……

 相手にとって不足はない


 来い!



一四一、空中庭園在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中


 おれは、こんなところで負けるわけにはいかないんだぁーっ!



一四二、魔都在住の特筆すべき点もないライオンさん


 おれも思いきって猫耳を生やしてみたんだけど……どうかな?



一四三、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん


 対抗するなよ


 あれ、意外と似合ってるな……



一四四、山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中


 かくして魔王軍に新たな魔獣が誕生したのである


 

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