「子狸の事件簿」part6
九八、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん
本当に……少年には申し訳ないことをした
おれたちに出来ることなんて、たかが知れてるけど……
たしか騎士志望だったか?
ここは責任もって中隊長にするしかないな
九九、火口付近在住のとるにたらない不定形生物さん
うむ。夢はでっかく、目指せ大隊長だな
一00、管理人だよ
お前ら……
おれの弟子のために……
ありがとう
一0一、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん
ふっ、気にするな。礼には及ばないぜ
一0二、空中庭園在住のとるにたらない不定形生物さん
本当にね
一0三、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん
うん、本当に……
一0四、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
かくして、ひとりの少年が修羅の道を征くこととなったのである
未来の中隊長と奇跡の子を連れて
宿屋への帰途につく勇者一行
勇者さんに脅されて退いた騎士(仮)が
仲間を引き連れて戻ってこないという保障もなかったからだ
ちなみに、おれたちの子狸さんは
勇者さんの新たな装いに関して並々ならぬ興味を示していた
子狸「…………」
妖精「お前、そのうち通報されるぞ」
だが、少年と少女はむしろ子狸のマフラーが気になっている様子だった
少年&少女「…………」
羨望の目である
――羨望の目なのだ
一0五、山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
はぐれないよう、マフラーの端をぎゅっと握る勇者さんが健気だった
大通りにはさまざまな店舗が軒下を並べている
肉屋さんが天にこぶしを突き上げ
発光魔法で高らかに半額セールを謳う
お向かいの魚屋さんが驚きに目を見張った
魚屋「きさま……! 気は確かか!?」
肉屋「ふっ、お前はそこで指をくわえて眺めているがいい……」
魚屋「……いいだろう。おれとお前、どちらかが完全に滅びるまで決着はないようだ……」
食卓の王座をめぐって、肉屋さんと魚屋さんの仁義なき戦いがはじまろうとしていた
とりたてて騒ぐほどでもない日常風景だったが
名探偵ポンポコの目は誤魔化せない
王都に専用の牢屋を用意されているのは伊達ではないのだ
事件の匂いを嗅ぎとった子狸が駆け出そうとするたびに
マフラーがぴんと張ってシュナイダーする
子狸「ぬぅっ……!」
重心を落として前進しようとする執念の子狸に
非力な勇者さんが引きずられそうになる
勇者「こら! どこ行くの」
子狸「……明日へ!」
妖精「お前に明日は不要ですよ」
子狸の肩に降り立った羽のひとが
小さな指を蠢かせると
まるで枷でもはめられたように子狸の活動がにぶった
子狸「くっ、これほどとは……!?」
羽のひとの念動力が、だんだん魔☆力じみてきた今日この頃である
後ろ足で踏ん張る子狸とマフラーを何度か見比べて
少女がなるほどと頷いた
なにか腑に落ちることでもあったのだろうか?
それはわからない
少女「……トトくんの先生なの?」
少年の名前はトトくんと言う
少年は、かすかに逡巡したものの
小さく、けれどしっかりと頷いた
少年「そうだよ。おれの先生だ」
じつに人間が出来た子である
一0六、魔都在住の特筆すべき点もないライオンさん
……惜しいな
一0七、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん
ああ、じつに惜しい
魔が差したというやつなんだろうな……
一0八、管理人だよ
自慢の弟子さ
一0九、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
誇れる日がやって来るといいな……
一一0、管理人だよ
うん? 誇りに思ってるよ?
一一一、山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
うん
さて、宿屋の一室に通された少年と少女
これまで、ずっと二人で逃げてきたのだろう
勇者さんと羽のひとの協力を得られるのは大きい
少年は、嬉しそうに子狸の相手をしてやっている
子狸「ここで会ったが三年目だな。少し背が伸びたか?」
少年「そう? 測ってないからわからないや」
子狸「言われてみれば縮んだかもしれないな。ちゃんと食べてるか?」
少年「昨日は魔どんぐりを食べた。マヌは料理がうまいんだ」
少女のことを呼び捨てにしているらしい
遠くへ行ってしまった弟子を、子狸はまぶしそうに見つめた
子狸「男子……あれだな」
少年「うん? うん」
男子三日会わざればかつ目して見よ
以前のおれとは違うということだな。日々の努力が大切ですよ、という故事だ
一一二、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん
故事と言っても子狸にはわからんだろ
一一三、空中庭園在住のとるにたらない不定形生物さん
おい! 子狸さんをばかにするな!
故事というのは、むかしのひとたちが残してくれた教訓のことだ
一一四、管理人だよ
過去は捨てた
一一五、山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
捨てるな。拾え
過去から学ぶべきことは山ほどある
今回の件でもそうだ
マヌ・タリア嬢は奇跡の子と呼ばれている
港町襲撃事件は、複数の都市級が関与した大事件だ
魔軍☆元帥と魔ひよこに立ち向かったのは勇者一行だったが
王国の上層部は勇者さんの存在を隠しておきたかった
理由はいろいろとあるのだろうが……
まず第一に、歴代勇者と比べた場合、勇者さんは見劣りする
指揮能力は高いかもしれないが
世間一般で勇者に求められるのは、単独で都市級と渡り合えるほどの個体戦力である
勇者さんにはそれがない
だから王国の上層部は、港町で起こった出来事を
勇者が関わった事件としてではなく
ひとりの勇気ある少女が、果敢にも騎士たちを支えようとした美談として処理した
それは事実なのだから、本人も否定できない
その彼女が、なぜか騎士(仮)に追われて国境付近の街にいる
どういうわけか子狸の一番弟子も一緒だ
たしかに偶然にしては出来すぎている
疑ってくれと言わんばかりの状況だった
子狸が大人しくしているうちにと
宿屋の一室で勇者さんは事情聴取を開始した
タリア嬢の歯切れは悪い
これを隠し事をしているととるか、あるいは勇者さんへの苦手意識から来るものととるか
彼女の証言を整理すると、だいたいこんな感じだ
まず、勇者一行が夜逃げ同然に港町を出航して数日後
彼女は王都へと招待された
断るという選択肢はなかった
親元を離れるのは不安だったが
道中、騎士団が護衛をしてくれるというので従った
ところが王都へ向かう途上
突如として魔物の軍勢が決起したという情報が入る
数えきれないほどの大群であったらしい
国家存亡の危機である
そこで騎士団は、予定を変更して最寄りの街へ立ち寄り
駐在の騎士たちに彼女を預けることにした
同僚のために命を懸けてくれた少女だ
彼らは快く受け入れてくれた
仕事の合間に勉強を見てくれたし
寂しさを紛らわそうと名所案内までしてくれた
楽しい時間は矢のように過ぎ去る
当初は十六人いた騎士たちであったが
一週間が経過した頃には半分に減っていた
魔物の軍勢がますます膨れ上がり、駐在に人手を回す余裕がなくなったのだ
その翌日には、残りの八人にも出撃の命が下されたらしい
しかし少女の身を案じた彼らは、前もって本隊と交渉し、ひとりの騎士を回してもらったのだという
その騎士というのが、あの男だ
おそらくは特装騎士なのだろう
少女は、実働と特装の区別を知らなかった
駐在たちの出発を見送ってから、男はこう言った
男「この街は戦場に近すぎる。きみは、いったん港町に戻ったほうがいい。家までは私が送り届けよう」
少女は同意した。実家が恋しかったのだろう
男は優秀な騎士だった
これは特装だからということだと思うが
見たこともない魔法を使うのだという
しかし一人で寝ずの番は無理だから
街から街へと渡ることになる
来た道とは別のルートである
知らない街から知らない街へ
少女は、だんだん不安になってきたらしい
直接、尋ねることはしなかった
男は常に自分を気遣ってくれたし
疑っていると思われるのは嫌だった
少年と出会ったのは、つい昨日の出来事だ
なんでも騎士に憧れているらしく
駐在の騎士たちとも懇意にしているようだった
実働と特装は仲が悪い
実動騎士の働きぶりをチェックするのも、特装騎士の仕事だからだ
同じ騎士からしてみると、特装騎士に類する人間はひと目でわかる
物腰からして商人のそれではないし、何より目つきでぴんと来るらしい
まず騎士崩れと言っていい人間が……宿屋に泊まっているらしい
酒場で管を巻いている騎士たちの話を聞いて、少年は興味を惹かれたのだという
特装騎士と話せる機会はそうそうない
明くる日、さっそく少年は宿屋へと出向き、そこで自分と同じ年頃の女の子を見つけた
さすがは子狸の一番弟子である
目的に向かって邁進するようでいて、けっきょくは女の子だよ
特装騎士を探しているのだという少年に、少女は事情を話した
特装という区分を知らなかったので、同行している騎士のことだと思ったらしい
事情を聞いた少年は、こう言った
少年「ここは国境付近の街です」
かくして二人の逃避行がはじまったのである
つまり元を正せば……
おれのせいだな
一一六、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
そうですね
少年のほうも似たり寄ったりの事情みたいだ
山腹軍団から避難してきたらしい
親父さんが現役の騎士だから、妻と子供だけでもと考えたんだろう
国境付近なら、騎士がいなくなるということもない
女の子から話を聞いた少年は、とりあえず単独行動に出た
男の目的は不明だが、とつぜん少女がいなくなったら追いかけてくるに違いない
自分一人でどうこう出来る問題ではなさそうなので
まずは駐在の騎士たちを頼るべきだと考えたのだ
ところが、くだんの男は少年のほうを追ってきた
おそらく他に見張っている人間がいて、男に報告したのだろう
組織的な犯行である
少年も同じ結論に至ったらしい
大人は信用できないと判断を下す。一瞬でグレた
振りきれないと悟るなり、とって返して女の子が待つ宿屋へと急行する
しかし何だ?
ずいぶんと稚拙な犯行である
宿屋へ戻った少年は、無事に女の子を連れ出すことに成功した
まず、この時点でおかしい
見張りの人間はどこへ行ったんだ?
勇者「…………」
勇者さんの表情は厳しい
何から何まで妙な事件だった
勇者「……徹夜で逃げ回っていたの?」
少年「どこへ行っても先回りされてるんだ。交替で魔法のテントを作った。たぶん……」
つかまえる気がないんだ、という言葉を少年は飲みこんだ
少年は丸一日以上、音信不通の状態だ
母親から騎士へ捜索願いが出されていてもおかしくはないのに
街中で騎士たちが動いている様子はなかった
特装騎士ならば、魔法で他人を装うことはできる
しかし確実な手段とは言えないだろう
映像と音声だけで肉親をあざむくのは難しい
もっと大きな力が働いているのか……
勇者「…………」
勇者さんが無言で視線を振る
子狸は頷いた
子狸「打って出るしかない」
魔王 伐 旅
討 の
シ
リーズ
~子
狸編~
子 狸 の 事 件 簿
はじまります