「子狸の事件簿」part5
登場人物紹介
・少年
子狸の一番弟子。お名前はトトくん。
父親が騎士らしく、自分も大きくなったら騎士になりたいと願っている。
勇者一行が港町へ向かう道中、魔物たちを撃退している子狸を見て弟子入りする。
そして、おそらく道を踏み外した。
ポンポコ直伝のパン魔法を知らぬ間に伝授され、パン職人の道を歩みはじめる。
勇者一行と別れたのち、学校で級友たちに崩落魔法を披露したところ「パン屋さんみたい」と絶賛されたらしい。
それ以降、「パン屋」という愛称が定着してしまった。
今日も今日とて騎士を目指してパンをこねる。
八一、空中庭園在住のとるにたらない不定形生物さん
ぽ、ポンポコさーん!
八二、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん
イイのが入ったな……
王都の! ポンポコさんは無事なのか?
八三、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
ああ、うん。ミリ単位で軌道を修正したから、まず問題ないよ
盾魔法でちょちょいっとね
あとは……
騎士(仮)の出方しだいでは、おれが出る
八四、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん
引っこんでろ。おれがやる
八五、魔都在住の特筆すべき点もないライオンさん
いや、ここはおれが
八六、火山在住のごく平凡な火トカゲさん
いや、あえておれが
八七、墓地在住の今をときめく骸骨さん(出張中
いや、むしろおれが
八八、迷宮在住の平穏に暮らしたい牛さん
とらえろ
八九、墓地在住の今をときめく骸骨さん(出張中
はっ
おら、大人しくしろ!
ひとりだけ逃げようなんて甘いんだよ!
九0、墓地在住の今をときめく骸骨さん(出張中
は、離せ! 見逃してくれ! 後生だ!
九一、墓地在住の今をときめく骸骨さん(出張中
あほか! キーパーが逃げてどうするんだよ!
九二、墓地在住の今をときめく骸骨さん(出張中
いやだ~!
子狸さん助けて! 子狸さん!
デスボールはもう……あふっ
九三、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん
で、デスボールだと……?
九四、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん
注釈
・デスボール
おれたちの伝統的な球技
正式名称はファルシオンというのだが、誰もそう呼ばない
原則的に魔法は禁止。もちろん直接攻撃は厳禁
2チームに分かれて得点を競うゲームで、たいていの場合どちらか片方のチームが戦闘不能に陥ることで決着がつく
状況によっては勝利条件が敵戦力の殲滅になることもあるらしい
その場合、いかにして審判を足止めするかが勝敗の鍵を握る
ファルシオンというのは、おれたちとの戦力差を埋めるために人間たちに配布されるカードの一種であり
一時的に審判を味方につける効果を持つ
ちなみにバウマフ家の人間は、ジャッジメントと呼ばれる究極のカードを使える
一定時間、フィールド上にいる全プレイヤーのあらゆる反則行為を禁じるという、まさに究極のカードだ
さすが管理人である。バウマフ家は格が違った
九五、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
骨のひとの悲痛な叫び声に
子狸がぴくりと反応した
震える前足で、騎士(仮)の足首を掴もうとする
男「…………」
しかし仮にも騎士を名乗るものが
気絶しただけの相手から警戒を解くようなへまはしない
男は一歩さがって子狸の前足をかわす
彼は、子狸を無視して少女に言った
男「次は、手加減しない。あなたが逃げれば逃げるほど、まわりに被害が出る。まずは一人……」
少年が言っていたように、男が追っているのは女の子のほうらしい
少女「っ……わたしが……」
少年「! だめだ!」
自ら進み出ようとした少女の手を、とっさに少年が掴んだ
卑劣な手段も辞さない騎士(仮)を睨みつけて、子狸の一番弟子は言った
少年「にーちゃんは、お前なんかに負けない!」
その信頼に応えるかのように、子狸の前足が土を掻いた
子狸「強い、な……」
ふらつきながらも立ち上がる
子狸「強い……。でも……それだけだ」
三半規管が揺れているのだろう
まともに立っていることも叶わず、片ひざをついた
男「…………」
男は慎重だった
無理に押し通ることは難しくない
しかし表通りに近すぎるということもあるし
子狸に連れがいないとも限らない
じっさい、その判断は正しかった
少年が大声でツッコんでいたので、いったい何事かと羽のひとが飛んできたのだ
新コスチュームに身を包んだ勇者さんも一緒だ
妖精「ノロくん……!?」
ひと足先に裏路地に入ってきた羽のひとが小さな悲鳴を上げた
薄暗い路地
かすかな土ぼこり
片ひざをついている子狸
素早く視線を走らせてきた男
女の子を引きとめようとしている少年には見覚えがある
遅れて現れた勇者さんは、ひと目で状況を把握したようだ
勇者「…………」
無言で少年と少女を押しのけて前に出る
新調したマントがふわりと揺れた
男「っ……!」
一見、丸腰の勇者さんに男がひるんだ
騎士は恐怖にあらがえるよう訓練を受けている
しかしアリア家の人間がもたらす感覚は、死よりも別れのそれに近しい
子狸越しに男を見つめる勇者さんが、わずかに首を傾げる
その表情が、すとんと落ちた
勇者「名乗りなさい」
男「……まずは自分から名乗るのが礼儀というものだろう?」
そう言って虚勢を張る男に、勇者さんは視線を固定したまま言う
勇者「あなたが、わたしに対等にものを言える人間なのかどうか……確かめてみればいいわ」
自分の人差し指をつまんで、ゆっくりと曲げた
勇者「口答えを、したわね。このわたしに」
事実上の死刑宣告だった
自らの立ち位置を探られていることに気が付いて、男は冷や汗を浮かべた
勇者さんが貴族であるという保証はない
だが、そんなことは関係ない。貴族の命令ひとつで平民の首は飛ぶ。王国とは、そういう国だ
男「…………」
男は答えなかった
つまり最低でも正当な理由があり、作戦行動中か
あるいは貴族がバックについている、ということになる
これ以上の問答は自分の首を絞めるだけだ。そう判断したのだろう
負け惜しみを言うこともなく、大きく後ずさる
男「……ディレイ」
空中に設置した力場の階段を踏み、後ろに飛び上がる
去りぎわに女の子を一瞥した
ジグザグに宙を駆け上がる
最後まで背は向けない
あきらかに戦闘訓練を受けたものの動きだった
やはり騎士なのか?
どこか違和感がぬぐえないな
九六、空中庭園在住のとるにたらない不定形生物さん
戦時中だからな
王国騎士がぶらついてるのは妙だ
帝国、あるいは連合国の所属かもしれん
とはいえ、事情による
なんで追われていたのか、それ次第だろうな
騎士(仮)が追っていた女の子は……
見覚えがあるな。あのときの子か?
九七、山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
おれは見覚えがないけど
……ああ、あのときの?
そんな偶然があるのか?
身体をかがめて子狸の顔を覗きこんだ勇者さんが、振り返って羽のひとに言う
勇者「リン。治療をしてあげて」
妖精「はい!」
軽やかに宙を舞った羽のひとが
子狸の頭上でくるくると回る
きらめく鱗粉が子狸に振りかかる
このひとの妖精魔法は
おれたちの触手をどうこう言うわりには適当で
詠唱破棄してるくせにレベル2以上のダメージを癒したりもする
その羽のひとがさじを投げた
妖精「あ、だめみたい。リシアさん、こいつ素手で殴られたみたいです」
魔法を介さない攻撃は、治癒魔法の適用外なのだ
子狸さんは、しばらく動けそうにない
勇者「……そう」
妖精「追いますか? わたしなら、たぶん追いつけます」
勇者「だめ。単独行動とは思えないし、あなたが無茶をする義理はない」
二人が話している間に、少年が子狸に駆け寄った
少年に手を引かれている女の子は、すっかり勇者さんにおびえてしまったようだ
フードを深くかぶって目を合わせようともしない
おちつかない様子で、身体を小刻みに揺すっている
……いや、事情は知らないけどさ
もう誤魔化すのは無理だろ
勇者さんが言った
勇者「奇跡の子が、こんなところでなにをしているの?」
女の子がびくりとした
少女「ちっ、違います!」
勇者「そう。家族を人質にとられたのね」
少女「……そんなんじゃありません!」
激しくかぶりを振った拍子に、フードが脱げた
慌ててかぶり直したものの、あとの祭りだった
およそ三週間前
暮れなずむ夕日の中
くれないに沈む港町で
子狸バスターに敗れた騎士たちを癒そうとしていた
あの女の子だった
くだんの港町襲撃事件は
世間ではタリアの子の奇跡と呼ばれている
タリアというのは、南方ではそう珍しくない苗字だ
勇者「わたしは、アレイシアン。アレイシアン・アジェステ・アリア。名前くらいは聞いたことあるかしら?」
少女「勇者さま……」
女の子は観念した
彼女は、港町で光の宝剣を振るう勇者さんを目にしている筈だ
うなだれて、言う
少女「……はい。ごめんなさい。マヌ・タリアです。奇跡の子なんかじゃ、ない……」
子狸「それはちがうな」
少女「え?」
壁にもたれかかって立ち上がった子狸が、にっこりと笑った
子狸「なにを言おうとしたのかは忘れたけどさ、違うんだよ。きっとね」
少女「……え?」
少年「ごめんな」
少年が謝罪を代行してくれた
ポンポコさんには過ぎた弟子である
少年「なんか、ごめん」
むしろ、おれたちが申し訳なかった