「子狸の事件簿」part4
六九、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん
いや、うさぎは悪くないだろ
元はと言えばお前らが
七0、管理人だよ
ぷれしあーん!
七一、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん
元はと言えばお前らが月面計画を推進したせいだよ
めども立ってないのに見切り発車するから……
七二、魔都在住の特筆すべき点もないライオンさん
てっふぃーはうさぎさんに甘いよね。なんで?
七三、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん
おれは、もふもふしたのが好きだ
牛さんのしっぽとか見ると心がなごむ
七四、魔都在住の特筆すべき点もないライオンさん
もふもふと言えばおれだろ!
おれというものがありながら、うさぎにうつつを抜かすのか!?
七五、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん
お前は生理的にだめ
身体の大きさと足の太さが釣り合ってないから
見てるとむずむずしてくる
その点、あのにょろにょろしてるのは潔くていいね
七六、砂漠在住の特筆すべき点もない大蛇さん(出張中
べつにそんなつもりじゃなかったんだけどな
すまんね、猫さん
七七、魔都在住の特筆すべき点もないライオンさん
いえ、蛇さん。いいんですよ
おれも言うほど気にしてませんから
七八、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん
あと、お前らの関係が気持ち悪い
七九、山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
空のひとと蛇のひとは理想的なご近所付き合いをしているようだ
さて、国境付近の街に到着した勇者一行
王国領で最北に位置するこの街は
港町ほどではないが、それなりの規模をしている
大通りを歩けば、武装した騎士を見かけるのも珍しくない。そんな街だ
到着した翌日、宿で朝食を済ませた勇者一行は
恒例の買い物に出かける
そこに狐娘たちの姿はなかった
彼女たちは勇者さんの身の安全を第一に考えている
あるじのそばにいるよりも、遠巻きに待機していたほうが出来ることは多い
魔法使いを出し抜ける異能持ちであればなおさらだ
狐娘A「やだっ」
まだ幼い狐娘Aはごねたが
狐娘BとCに説得されてしぶしぶと頷いた
狐娘B&C「…………」
傍目には、ただ見つめ合っているようにしか見えなかったが
ずっとアリア家で暮らしていた彼女たちが
仲間同士でしか通じない何らかのサインを持っていたとしても不思議ではない
勇者「夜は一緒に寝ましょう。いちばん無防備な時間帯だから、集まっていたほうがいいわ。それ以外のときは、わたしの指示に従いなさい」
勇者さんがそう言ったのは、狐娘たちにと言うよりは羽のひとと子狸にあてたものだった
発光魔法を使えば、周囲の景色に溶け込むのはさして難しくない
しかし子狸の鼻を誤魔化すのは無理だから、余計なことを言って奇襲をふいにするのはやめろと言っている
ちらりと勇者さんに目を向けられて、子狸は小さく頷いた
子狸「すべては……あのときに、はじまっていたんだな」
まじめな顔をしてなにを言っているのか
王都のんの夜を徹したマッサージが効いたのだろう
あるいは羽のひとに一服盛られた成果か
今日も元気なポンポコである
マフラーの端を握る勇者さんの目が冷たかった
勇者「なんのこと?」
子狸は寂しげな目をしていた
子狸「わからない。おれには、なにもわからないんだ……」
ふだんなら知ったかぶるところを、一周して正直に言う
新しい芸風を身につけたようである
きびすを返した狐娘Aに、子狸は声を掛けた
子狸「どこへ……行くんだ?」
狐娘A「……アレイシアンさまは、わたしたちがまもる」
子狸「待て。お前には、まだ教えてないことがたくさんある」
狐娘A「お昼ごはんまでには戻る」
勇者「戻るの?」
子狸「行くな! コニタ! お前になべは扱いきれない!」
妖精「なんの話をしてるんだ、コイツ……?」
狐娘A「それでも」
お面の奥で
彼女が微笑んだ気がした
狐娘A「フライパンとなら戦える」
子狸「待っ……!」
引きとめようとする子狸の前足を
狐娘Bが掴んだ
狐娘B「妹が世話になった。たまには甘いものが食べたい」
通り過ぎざまに狐娘Cが子狸の肩を軽く叩いた
狐娘C「一日三食。忘れないで」
自分たちで作る気はさらさらないらしい
勇者「…………」
かくして狐娘たちは去って行った
生きるということは、戦い続けるということだ
子狸「忘れないさ……!」
子狸の挑戦は続く。どこまでも、はてのない道を歩いて行くのだ
八0、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
勇者一行の台所事情はともあれ
ごくつぶしどもと別れた勇者一行は
勇者さんの強い希望で服屋さんに立ち寄ることになった
羽のひとが勇者さんファッションショーを眺めている間
子狸はお店の外でつながれている
ちょうど立て看板があったので、マフラーの端を結ぶにはぴったりだった
子狸「…………」
子狸がマフラーの結び目を前足でつついていると
裏路地のほうで物音がした
それほど大きな音ではなかったが
子狸は妙な胸騒ぎがしたのだという
子狸「……?」
子狸の前足は、人間の手と比べても遜色ないほど器用に動く
マフラーの端を掴んで引っ張ると、きれいなちょうちょ結びが
はらりと
ほどけた……
ふんふんと鼻を鳴らしながら
のこのこと裏路地に歩いて行く
野生の勘は冴え渡る一方だ
子狸のほうへ向かって駆けてくる小さな人影が二つ
小さな男の子が、女の子の手を引いている
学校で子狸の飼育係を買って出てくれた低学年の子供たちと同じくらいの年頃である
女の子のほうは、大きな布をかぶって顔の露出を避けているようだった
一瞬で状況を把握した子狸が、二人の前に立ちふさがる
子狸「鬼ごっこは終わりだ……」
ゆらりと上体を揺らして歩み寄る子狸に
男の子が「あ!」と声を上げた
少年「にーちゃん!」
子狸「……師匠と呼べと言ったろう」
港町まで向かう途中で出会った少年だった
危ういところで先達としての矜持を保った子狸が
女の子の手を引く少年を見て、ふっと微笑した
子狸「おれを越えたな」
少し見ない間に負け組を踏み越えていった弟子に
子狸の胸が熱くなる
少年「早いよ!」
鋭いツッコミであった
息をきらしている女の子が、苦しそうに胸を押さえながら子狸を見上げる
少女「あなたは……」
子狸「下がっていろ」
これ以上、知り合いが増えても処理しきれないと悟った子狸が
ぎらりと眼光を鋭くして裏路地に踏み込んだ
子狸「誰かくる」
少年「追われてるんだ。おれ、この子を……」
子狸「騎士か」
少年「! どうしてわかるんだ?」
子狸「追ってくるのは騎士と相場が決まってるからな」
少年「どういうことなんだよ!」
大きな街に裏路地は付きものだ
人口が増えれば区画を整理しなければならないし
けれど街壁を拡張するのは手間が掛かるから
無理に家を建てようとするなら道を狭くするしかない
道とも呼べないような細い裏路地を
一人の男が駆けてくる
こちらは大人だ
とくに鎧のたぐいは身にまとっていないが
騎士は必要に応じて私服で捜査することもある
二人をかばって進み出る子狸に
男が足を止めた
男「……その二人をこちらへ引き渡してもらおうか」
第一声で自分の身元を明かさないということは
何か後ろ暗い事情があるということだ
男「どこの誰かは知らんが、余計なお節介はやめておくことだ。早死にすることになる」
自分よりも上背のある相手に凄まれても
巨大な魔物たちに囲まれて育った子狸がおびえる理由にはならない
子狸「やれるものなら」
不敵に笑った子狸が、無造作に歩み寄る
子狸「やってみるがいい。おれは、豊穣の巫女に勝った男だ」
かつてこれほどまでに残念なヒーローがいたろうか……?
男「…………」
男は押し黙った
動揺を表に出さないようにしているが
巫女さんは有名人だ
騎士団に所属する人間で、彼女の名を知らないものはまずいない
男が素早く視線をめぐらしたのは、子狸の実力を測りきれていないからだ
そして計算している
もしも子狸の言っていることがはったりでないなら
ここで巫女さんの名前を出す意図は何なのかと
時間稼ぎだと結論を下したらしい
ならば決着は早ければ早いほどいい――
男も歩を詰めてくる
動作に無駄がない。特装騎士か?
何か妙だな……
そもそも少年との再会も偶然にしては出来すぎている……
子狸「…………」
子狸は、にやにやと不気味な笑みを貼りつけたまま
わずかに背中を丸めた不格好な姿勢で近付いていく
一歩、二歩……
互いに無言で距離を詰める
手を伸ばせば届く距離になっても二人は動かなかった
さらに一歩
子狸の後ろで少年と少女が息をのんだ
魔法の撃ち合いは、たいていの場合、短期戦になる
とりわけ最速とされる戦法が、これだ
殴る必要すらない
手で触れて詠唱するだけで、人の意識は断ちきれる
親友同士が夢を語り合う距離
戦意が弾けると同時に、子狸の前足と男の両腕が跳ね上がった
子狸&男「アバドン」
子狸の前足を、男が手首で弾く
詠唱はおとりだ
返す刃で、ひじを胸元に引き寄せる
子狸「んぅっ」
あごを掠めた一撃が、子狸の意識を彼岸へと押し流した
がくりとひざが折れる
無駄に格好良く倒れ伏した子狸に、少年が絶叫した
少年「ふつうに負けた!?」
いつだって子狸さんはおれたちの期待を裏切らないのだ