表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
しいていうならお前の横を歩いてるのが魔王  作者: たぴ岡
犯人はこの中にいる!……by子狸
112/240

「子狸の事件簿」part2

二七、山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中


 いまなら、わかる気がする

 勇者さんは、ずっと悔んできたのではないのか

 

 最善の行動を選んできたつもりだった

 最悪の結果を避けるために

 不安要素をはらい落としてきた


 だから、たとえば歩くひとの退路を断ったのは、勇者さんなのだ

 もしも少しでも……

 ほんの少しでも歩み寄ろうとしたなら

 いま、勇者さんのとなりには歩くひとが座っていたかもしれない


 もちろん、彼女の判断が間違っていたというわけではない


 人間と魔物は共存できない

 一度は歩み寄ったから夢見る資格も失った

 これが現実だ


 後悔はしても、勇者さんの考えは変わらない。変わらなかった


勇者「魔王が人間に情を移したというなら、それは隙になる」


 きっと狐娘たちは、勇者さんが心配なのだ

 だから勇者さんは、勝ち目はあるのだと

 ことさらに強調した


勇者「魔軍元帥……つの付きは魔王に忠誠を誓う都市級なの。でも時期が合わないから、王都襲撃を指揮した魔物はべつにいると考えたほうが良いでしょうね。魔王軍は一枚岩ではない……自ら前線に立つタイプの総指揮官……本当に重要な局面で他の都市級に頼ることができないということ……」


 最後に笑うのはわたしだ――と彼女は口元をゆがめた



二八、火山在住のごく平凡な火トカゲさん


 さいきん巣作りに凝ってるんだが



二九、山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中


 ごめん、あとにしてくれない?

 いま、だいぶシリアスな話をしてるんだが……



三0、火山在住のごく平凡な火トカゲさん


 まあ、そう言わず。聞いてくれよ

 まったく関係ない話でもないんだ



三一、火口付近在住のとるにたらない不定形生物さん


 プレッシャーから解放されるなり

 ぺらぺらとよく喋るようになったな、この緑……



三二、火山在住のごく平凡な火トカゲさん


 のほほんと温泉につかりながら、そんなこと言われても……


 で、おれの巣なんだが

 巫女さんたちがひんぱんに訪ねてくるもんだから

 ちょっとおれも他人の目が気になるっていうかさ……


 落ちてる枝とか地道に集めて作ってみたのさ

 これが、なかなかどうして心が休まる

 いままで損してたわぁ……


 おしまい



三三、古代遺跡在住のごく平凡な巨人兵さん


 おい。なんの関係もないじゃねーか



三四、火山在住のごく平凡な火トカゲさん


 あ、大きいの



三五、古代遺跡在住のごく平凡な巨人兵さん


 あ? なんだよ



三六、火山在住のごく平凡な火トカゲさん


 見てた? 勇者さん、魔都に向かうんだってさ

 お前、スルーされちゃったね



三七、古代遺跡在住のごく平凡な巨人兵さん(出張中


 ……ちょっと、そっち行くわ



三六、火山在住のごく平凡な火トカゲさん


 おっと、でっかいのんのこぶしがうなりを上げておれに迫る

 甘いぜ! おれミスト!


 効かないよ~ん



三七、海底都市在住のごく平凡な人魚さん


 すっかりリラックスしているようで何よりである



三八、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中


 注釈


・おれミスト


 緑のひとが得意とする無制限の変化魔法。開放レベル5

 群れなすコウモリさんに変身して攻撃を回避する大技

 遠目には黒い霧にも見えることから、おれミストと呼ばれる

 そのまま相手の懐に飛び込んで再構成、前足で殴るというコンボにつなげるパターンが多い

 でも大きいひとの変化も無制限。この二人の喧嘩は、まず決着がつかない。まじエンドレス



三九、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中


 海底の、お前……だんだん便利になっていくな……



四0、山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中

 

 かくして驚天動地の王種バトルが開幕したわけだが

 まあ……いつものじゃれ合いだ


 話を続けよう


 灼熱の太陽が照りつける中、子狸はペダルを回し続けていた

 滝のような汗を流すポンポコを尻目に、女性陣はランチタイムに突入

 蒼穹の空に包まれながら、巫女さんたちからもらったおにぎりをお召し上がりになる


 唯一、羽のひとだけが子狸に付き添っている


妖精「おら、お前も食え。食べんと身体がもたんぞ」


子狸「うん、ありがとう」


 振り返った子狸が、差し出されたものを目にして小さな悲鳴を上げた


子狸「ちょっ、なんスかそれ……」


妖精「ん? なにってお前……あれだよ。クッキー」


 びんづめにされたペースト状の物体をクッキーと言い張る妖精さん


子狸「おれの知ってるクッキーじゃない……。しかも、どピンク」


 桃色と表現するには、いささか……どきつい色調であった


妖精「だいじょうぶだ。なにも心配はいらない。元気になるおまじないを掛けてある」


子狸「出たよ、付加効果! それ、妖精屋さんで売ってるやつでしょ!? 絶対に食べないっ、食べるものかっ、食べれるものとも思えぬッ……」


妖精「好き嫌いは良くないぞ」


子狸「好きとか嫌いとか、そういう問題じゃないんだっ……なんていうか……」


 子狸は慎重に言葉を選んだ


子狸「なんていうか……それを食べてるところを想像したら……ところどころ記憶が欠落したんだ……」


 たしかに好き嫌いの問題ではなかった


妖精「つくづく面倒くさいポンポコだな……」


子狸「ポンポコにだって食べるものを選ぶ権利はあるはずなんだッ」


 舌打ちした羽のひとが、上目遣いで子狸を見る。うるんだ瞳

 もじもじと小さな指を絡みつけて、少し拗ねたように言う


妖精「……ノロくんのためを思って、わたし……」


子狸「わかった。やってくれ」


 今日も子狸さんは男前であった


 でも意外とおいしかったらしい

  


四一、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中


 このあたりで走りの質が変わった


 ハンドルを上から抑えこむように前傾した子狸が

 全体重を掛けてペダルをぶん回す


 大空を駆けるひよこ

 本家本元に勝るとも劣らない走りだ

 魂の走りだ


 孤独な戦いがはじまる

 子狸が吠えた

 

子狸「見える……! スピードの向こう側が……!」


 省略します



四二、魔都在住の特筆すべき点もないライオンさん(出張中


 魔王の魂とはいったい何だったのか



四三、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中


 魂そのものは実在してもおかしくないんだけどな


 物理法則ってのは延々と続く割り算みたいなものなんじゃないか

 性質と性質が衝突し合って、どちらかが折れる。その繰り返しなんだろう

 だから最後の最後には、必ず割りきれないものが残る

 人間たちの場合、それはたぶん魂とか霊魂とか呼ばれるものだ



四四、空中庭園在住のとるにたらない不定形生物さん


 そうか? 割りきれてもいいだろ

 ぴったりと収まるなら、それに越したことはない気がする



四五、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん


 いや、わかる気もする

 早期の段階で性質の衝突が完了した世界は、きっと原子が生まれるまで行かないんだ


 割り算にゼロなんて答えはない

 あるとすればゼロで割るしかない


 それって、つまり最初から完成してるってことだろ

 割り算の必要がないってことだ

 違うかな?



四六、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん


 うむ、数学は面白いな



四七、火口付近在住のとるにたらない不定形生物さん


 ああ、算数って最高だよな



四八、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん


 どうでもいいよ


 船で三週間の行程も

 最速の名を欲しいままにする魔獣のスピードなら二時間ほどで走破できる


 上空から見下ろした王国領の光景に勇者一行は絶句した


 山腹軍団と騎士団の衝突だ


 至るところで光線が閃き

 立て続けに炎弾が爆ぜる


 騎士とは、騎馬の戦士を指して言う

 速さを

 どこまでも速さを追求してきた集団である


 ふだん大隊長が率いる部隊は十個の中隊がまとまったものだから

 大隊長の下には最大で十人の中隊長がつく

 同様に、中隊長の下につくのが十人の小隊長だ


 たとえば大隊長が部隊に南下を命じたなら

 迂回して目的地へ向かうか、それとも困難を承知で直進するかは中隊長に委ねられる

 中隊長が直進すると決めた場合、いかにして困難に立ち向かうかを現場で判断するのが小隊長の仕事だ


 対する山腹軍団は、作戦の概要に沿って全体が動くというだけで

 現場の判断は個々に委ねられる

 自由に動けるぶん乱戦には強いが、不測の事態には対応できない

 いや、対応する必要がない


 人間は、青いのを下位騎士級と呼ぶ

 一対一なら圧倒できる

 一対十では厳しい

 しかし十対百なら勝ち目がある


 では、一万と十億ならばどうなるか


 戦線の進捗を上空から観察していた勇者さんが、ぽつりとつぶやいた


勇者「二週間……いえ、三週間ね」


 お昼寝していた狐娘たちが

 勇者さんの声に反応して身体を起こした


 睡魔と戦い続けた勇者さんが言う


勇者「もって三週間。遅くとも三週間後には、魔物たちの軍勢が王都に到達する……」


 三週間。それがタイムリミットだ


狐娘A「真っ青。きれい」


 狐娘Aは寝ぼけていた


 狐娘BとCが子狸に絡みはじめる


狐娘B「なにそれ、汗? しぬの?」


狐娘C「洗ったげる。ポーラレイ、えいっ」


 お面を通してもわかる、透き通った声音だった


 頭から水をかぶった子狸は、もうかれこれ三十分ほど無言だ


子狸「…………」


 気力だけでペダルを漕いでいた


 後ろ足が痙攣している。呼吸がおかしい。だいじょうぶなのか、このポンポコ



四九、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中


 まだ余裕がある

 水分補給はまめにしてるし

 限界を越えたその先で

 どこまで命を燃やし尽くせるか

 これ子狸のテーマね


 人生は四則計算みたいなものだ

 たったひとつの暗算で世界は変わる



五0、空中庭園在住のとるにたらない不定形生物さん


 まったく、算数ってやつは最高だぜ



 注釈


・算数は最高


 魔物たちは自分たちの管理人の学力に不安を感じているようだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ